« 道州制を手掛かりに 上野真也 | メイン | 宝子たち 原田正純 »

2012年6月17日 (日)

慰安旅行

034028 人はそれぞれで、どうこう口出しすべき事ではありません。車椅子の本人(40代男)には上に2人の兄があって、どちらも健常者です。その本人は去年、副甲状腺に異常があって、手術で取ります。

 

すると切った側の腕に不自由が出ます。前のように車椅子が押せない。つまり障害の重度化です。リハビリでそれも何とか、回復に迎います。それで2人の兄たちが介助し、兄弟3人は旅行に出かけます。

 

めでたしめでたし……だが、聞いた私としては気になる表現がありました。兄たちに慰労されたので「また明日からリハに頑張らなければ……」というのです。

 

――そうですか。もうすっかりリハに慣れましたか?

 

そう聞きますと本人は「慣れた」と言います。慣れるとは辛くなくなる事を言います。

 

――苦ではなくなりましたか? 

 

本人はここで首を傾げ、リハはリハ本来が辛いもの。微妙な口調で言います。私は極端な話、雪の降る日に水泳に行きます。泳ぐのがストレス解消で、行かないとストレスがたまる。その解消に行く訳です。

 

ご存知の人があるかもしれませんが、私は酒をやりません。ストレス解消に酒を使いません。本人も兄弟も酒を呑まれる。旅行に行ったという意味は、3人で酒を呑んだという意味です。つまり酒がストレス解消の切り札としてある。

 

リハが切り札になりません。リハは何時まで経っても、酒に比べれば、どこかに辛い意味を帯びます。それ以上は慣れ親しむ事がない。だからリハは普通ではなく、慰労されるべき事になります。

 

人はそれぞれで、どうこう口出しすべき事ではありません。ただ障害生活は、難しく言うと車椅子で普通となる。いつか健常者に戻る訳にも行かない。いくら旅行に一緒に行っても、兄弟といえども別々に死ぬ他人同士なのです。

 

もう一つ、昔と違い今は、時代は変化を伴う。40代の人は余生は、もう40年あるのです。すると嫌な事、辛い事もあります。百薬の長は、そういう時、凶暴な側面を見せる。アル中、肝臓等への障害が指摘されています。

 

――そうですか。私は雪の降る日もプールに行きます。極端なときは誰も居ないプールで泳ぎます。

 

私は生来の身障者ではなく、健常だった子供時代があります。正直いうと時折、それは心をよぎる。過ぎ去った時間は何もなかったに等しいト、どこかの哲学者が言ってました。

 

兄に従う従順な弟を演じていれば幸福だった。そんな時代があった事は否定しません。人生の中心には酒を置けば、それでよかった。それも昔ではないでしょうか。もう少し厳しく自分を問われる時代かもしれません。

 

●悲しみのスパイ 小林麻美 

 http://www.youtube.com/watch?v=C7hoZim0dQs&NR=1&feature=endscreen

トラックバック

このページのトラックバックURL:
http://app.blog.bbiq.jp/t/trackback/394232/29246399

慰安旅行を参照しているブログ:

コメント

コメントを投稿