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2012年5月14日 (月)

ザ・メキシカン 映画

Mek どこで笑っていいのか判らないギャグを見ました。スナッチではあんなに笑えたのに、ブラピのギャグが笑えない。チンピラやくざを演じ、演技内容もそれほど違わないのに……

 

ただ、これは完全なコメディ。コメディの為のコメディなので男の愚かしさ……たいしたセンスもないのにヤクザをやって行きたい。一種の自惚れ感に訴えるものがあって、そこは面白い。

 

しかしジュリア・ロバーツさんが出てくるとお手上げで判らない。心理学というより占いに近いだろう、信じる女性アドバイザーに依存して生きる。よくある女性が出て来る。

 

ロバーツさんは大抵コメディで、同じ感じで出る。プリティ・ウーマンでもエリン・ブロコビッチでも似ていた。女友達に聞くとプリティはともかく、エリンには共感しないという。

 

どちらも売り込みに成功する話で、実力以上に評価される人間像が演じられる。もっと有体に言うと品のないネーチャンが評価される方向に動いて行く……で、元々は品はあるか?

 

ロバーツさんは品のない人が品を付ける演技をするのか、品のある人が品のない人を演じるのか? 映画の前半、品がない。後半がある。プリティもエリンも、どちらもそういう映画です。

 

そのコントラストを演じる。ブラピは明らかに元々の品のない人で、そういう人が品を得ようと演技をしている。エリンの元ネタはP・ニューマンの「評決」なんです。

 

ブラピはニューマンと同じ方向に演技を向ける。プリティの元ネタはマイ・フェア・レディで、ロバーツさんはプリティでオードリーを演じようとしていた。

 

オードリーさんには生来の品が備わり、あれは演技ではありません。演技以前……では、ロバーツさんに生来の品があったか、なかったか? オードリーコンプレックスはあったでしょうね。判りませんが……

 ただブラピは、ロバーツさんを自分と同族と思い、そこを追求すべくお手合わせを願った。つまり競演を受けたのでしょう。しかしザ・メキシカン、それにしては夫婦喧嘩のシーンが足りないんです。

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