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2012年4月22日 (日)

海を飛ぶ夢 映画

Sorawoこの映画の監督は「アザース」や「オープン・ユア・アイズ」のアレハンドロ・アメナーバルさんです。もう一方から言えば、海を飛ぶ夢には原作があって尊厳死を実行した、その人の著作です。

 

しかし「アザース」「オープン・ユア・アイズ」両作を見た人ならピンと来ると思います。この「海を飛ぶ夢」も必ずしも文芸作でもノンフィクションでもなく、かなり面白い。映画としての娯楽作とまでは言わないが、その要素があります。

 

この映画に関してはネタを割っていいでしょう。主人公は最後に死にます。生きても人間としての尊厳は与えられない。冷静に知的に死を願い、それが叶えられます……人が生きるという事はどういう事であるか?

 

主人公ラモンは、若い日にダイビングに失敗して車椅子身障者になる。しかし車椅子は嫌い拒否して、観念の中で健常者のように生きます。私は11才で障害児になったので、感覚は理解できます。

 

死ぬ権利を求める裁判で車椅子に乗って裁判所に行きます。車椅子に乗れない訳ではない……乗りたくない。歪曲化していうとニンジンが食べられない。たとえです。そうではなくセロリでもブロッコリーにたとえてもいいが食べたくない。

 

好んでは食べないので他に食べる物がなければ食べる。松葉杖だってステッキだって好んで使う人はいない。私だって身障児やりたくてやった訳ではないのです……生まれつき身障児だった人はこの辺の事をスッキリ割り切ります。

 

障害児である事が自分には普通だト。言い方は何ですが障害児は惨めです。惨めはむろん嫌い……本音は健常児に生まれたかったが、開き直ってタンカを切ってみせる。あくまで本音は見せない。大したもんです。

 

車椅子に乗ったのでは人間の尊厳が保てない……死なしてくれ。尊厳死は平たく言えば、そういう事です。だから尊厳死をいうのは中途障害者、元、健常者です。健常者には人間が健常な物と言う幻想がある。

 

根拠はありません。片手を失えばもう片手で生き、足を失えば車椅子に乗る……両方を失えば虫のように這うしかない。杖を突き義手をはめて生きるのも人生です。惨めだが仕方がない。そうしてなお生きる事にも、人間の尊厳はあります。

 ニンジン嫌いセロリ嫌いブロッコリー嫌い……牛肉を出せと駄々をこねるのはミットモナイ。嫌ならば一晩、空腹を抱えて寝るがいい……などとタンカを切っては生来障害者の加勢になりますが……以下次回。

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