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2012年4月18日 (水)

少女の肖像

Runosyou 絵に関心があります。特別な関心があるトいうより何にでも関心を持ち、その一環として絵にも関心というべきか……絵の好きな子供は同じ絵を何度も描きます。そういう子がいる訳です。

 

池の近くに花が咲いていて、その花数、池にいる金魚の数も全く同じ……その子の場合は、毎日そういう絵を描き続けます。ピカソが、青の時代に蒼ざめた人物たちを描くのに似ています。

 

なぜ蒼、あるいは青か? 青年ピカソがまだ貧しく、青絵具が安かったという説があります。ピカソに恋人が出来ると薔薇色の時代になります。どうも孤独の色合いが蒼だったのかも知れません。

 

その子の花と池の連作は、やがて山に登るクルマの連作に移ります。子供の心ですから池でもクルマでもいいような物の、ひょっとして本人にも判らない。理由が何かありそうです。

 

理由が判らなくともピカソは鑑賞できます。蒼とバラの色の違いに関心を持たない人も、鑑賞者はむろんある。ただ描かれた絵は描いた人の気持ち、心のあり方と無関係という事はない。

 

それがもし判れば、うれしい。脳学者茂木健一郎氏によると、気がついた瞬間に脳の中に何かが起こる。サムシングエルスがいいコトという。そしてコトの影響は脳から身体全体に及ぶ。

 

注目を浴びたフェルメールは、前には注目されなかった。それも全体に注目が来たのではなく、真珠の耳飾りの少女、青いターバンの少女とも言われるが、この少女一作に注目が来てから全体注目に行きます。

 

あの少女はたとえば、ルノアールの少女とは違う。フェルメールはとても短い、一瞬を描いている。立ち尽くしたりポーズを取って絵ではない。たとえば恋人を待たせ、これから外に出て行く。

 

その為に鏡を覗いて、家族のいる方に目をやり、目はやるけども家族にそれ以上の関心はない。デイトだか何だか知りませんが迎えに来た恋人と共に、やはり外に出て行く。そういう一瞬を捕らえている。

 

どんな少女もいつか結婚し、家族を置いて家を出て行く。新しい人生に向かう……それは必ずとは限らないが、少なくとも可能性を抱えます。画家フェルメールに、その可能性は眩しく見えた。

 それで真珠の耳飾りの少女、あの絵を描きます。絵を描いたフェルメールはこの時、中年、まだ老人という程ではなかったのに、なぜ……謎は解けると、もうひとつ別の謎を生む……まるで解けないパズルのように。

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