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2012年3月 6日 (火)

ソーシャルゲーム

Game 他人や社会には無関心になり、自分だけに関心を持つように見える時も、完全な断絶や絶交を望むわけではない。差し当たって直の関係を薄めたいだけ……人はそのような物のようです。もっともゲームは私、知りません。

 

 

 

デ、調べると、ソーシャルゲームとはSNS上で提供される。他の人とコミュニケーションを取りながらプレイするオンラインゲームの事で、ソーシャルネットワークゲームとも言われます。

 

 

もう少し調べると……ソーシャルゲームは、ほかの人との直接的なコミュニケーションも取れるが、それだけでなく他の人の、プレーヤーの状況を教えてくれるゲームもあります。無料とは言われるが課金システムはあり、やはり商売みたいです。

 

ゲーム自体からの告知は、自分も「将来はこんな事が出来るんだ」と気づかせ、「もっと頑張ろう」とノセてくれる。つまり一人遊びではあっても、他人の状況を感じられる……それこそがソーシャルゲームの重要なポイントなのです。

 

粗方この辺りまで調べると、私にも見当がつく。私にとってブログがいわば執筆ゲームであるように、ソーシャルゲームも一種のつながる道具であり、個人的なことのようでいて、薄いうすい社会性がある……そういう事でしょう。

 

課金が問題にならない位に安かったとしても、飽きさせないで人を惹きつけるシステムはギャンブルに近い。本当に生きる意義や時間を見失わせ、ゲームに吸い取るシステム、享楽性は強く依存性を伴う。

 

ソーシャルではない、一般ゲームについてゲーム脳が言われた時、誰だったか心理学者が1人でゲームを擁護しました。「昔、私はパソコンゲームに熱中したことがある」ト。悪玉と言い切るには問題があるにしても……

 

たとえば私が言葉や文章で社会とつながろうとするように。写真が好きな人は撮った写真で見る人とつながろうとする。絵を描くのが好きな人は絵でつながればいい……どれもが不得意だったらゲームという選択になる、らしい。

 

ジムのベンチで見かける子供がゲームに熱中する。子供用の遊び場がないからゲームに熱中する……というような単純な事ではないらしい。子供に言葉がなく絵も何もないというか、自分が固まっていないというか。

 

相手に言葉ぶつけるまでに心が固まらない……そういう意味では、柔らか過ぎる言葉であれば、沈黙せざるえない。人のつながりは簡単ではない。身障者であってみれば健常者へのコミュニケーションは難しさに途方に暮れ、口ごもる。

 あげく何も言わず沈黙してしまいたい。そう感じる事も確かにある。誰とも話さずゲームの世界にありたいと思うことは私にもあるかも知れない……まあ差し当たり、今日のところ、そうしないだけの事だが。

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