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2012年2月21日 (火)

ディア・ドクター 映画

Deliadoc 映画「ディア・ドクター」の名目で、今日も病院の話になります。風邪や腹痛だけが病気ではなく、昨日のように、かなり面倒な検査が必要な、検査で発見でもあれば手術もある。するかしないか、本人だけでなく家族の意見もありうる。

 

高額医療費で落としたのか? 大動脈瘤の親戚の場合、費用は数万円で想像より安かったと言います。これが抗がん治療、人工透析となるとそうも行かない。そういう時の事は考えない人もありますが……

 

平均寿命が80才にもなるのだから、これは実は当然な問題になります。近代、現代の問題はつまり自己責任です。すべて運に任せ神のみぞ知るという生き方では、本当は困る。これから困るのでなく、すでに困っている現実がある。

 

がんを発見するPETは、今でこそ熊本市内に数台ありますが、数年前まで1台もなかった。宮崎に1台置いたので、泊りがけで来るようと勧誘講演がありました。隣県まで勧誘で、高額機械は思いのほか運営が大変なようでした。

 

……で、映画ディア・ドクターは、ほぼ無医村、鶴瓶医師が居るだけの田舎に、瑛太研修医が赤いBMのオープンカーで訪れます。研修医は父に不満です。病院を経営の対象としてしか見ない。そういう意味のセリフがある。

 

親が親なら……医師としての自覚に欠ける瑛太研修医が、鶴瓶医師を手本として医療に目覚めて行く。ここは「赤ひげ」をなぞる。ところがこの鶴瓶医師はニセ医師だった。松重豊警官が出て来て、詐欺事件になる。

 

物語を時間順に書けば、そうなります。だがミステリのように時間が倒錯される。しかし映画はミステリではない。話法の意図、必要が判りません。それでここから私の推測になります。

 

どうも西川美和監督は、病院は都会より田舎の方がいい。私が前に書いたような精密検査、やややこしい治療はもうしない方がいい。そう主張があるように見える。後半、八千草薫さん扮する高齢女性が出てきて……

 

自分は胃がんである。それは判っているが、娘に迷惑をかけたくないトいう。年も年だしとまでは言いませんが、その意味を含むかの主張をします。鶴瓶ニセ医師はいったん、お婆さんの言葉を呑みます。

 呑むが都会から帰って来た娘と話す内に、突然に姿を消してしまう。状況が手におえないので詐欺師にもどった? 意図不明、西川監督の場合、合理的な解決より、夢で見た物語を再現したかった。そういう前例もあり「ゆれる」の場合……判らないのよ。(以下次回)

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