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2011年12月30日 (金)

トゥルー・ロマンス 映画

Romance 私の中で、また政治への無関心が広がりつつあります。まず、自民党が昔の社会党に見える。民主党は第2自民党であることが明らかになる。そして非自民系の新人政治家への関心も薄れます。

 

こういうのをアナーキーというそうです。無政府というと大袈裟ですが、この映画に出て来る若者はある意味でそうです。「トゥルー・ロマンス」のタイトルは恋愛ですが、犯罪映画……たとえばゲッタウェイと同じ内容です。

 

アラバマ「ソニー千葉って今、画面に出ている人、この人、善玉?」

クラレンス「殺人を請け負っているんだから善玉とはいえない。どちらかというと悪人だろう」

 

映画館で知り合った二人は、そんな会話から親しくなる。クラレンスは人生を太く短く、せめてカッコよく生きたいと思う。アラバマも教養がある訳ではなく、好きな男に100%尽くしたいと思っている。

 

そうは言っても、この恋自体が、バースディガールとして仕組まれたロマンスで……厳密にはアナーキズムでも何でもない。このとおり男は簡単に恋に落ちるが、そのへん女性は映画のように簡単ではない。

 

ただ一目惚れは女性にもあるようです。二人は何も頼りにせず頼りに出来ず、やっていこうとします。障害者は恋愛が出来ないのが普通で、もし恋愛すると家族が大抵、反対します。状況としては似ています。

 

その意味で、この犯罪映画は面白い。社会も政治もあてにはならない。クラレンスは粗雑だが純愛……まあ、そうです。こんな単純なお相手なら私も好きになれそう、アラバマは思ったんでしょうね。書いたように今の日本がこの映画を面白く見せます。

 

こんな単純なアナーキー男が実際にいるか? 物語が単純すぎてバカバカしいので、お父さん役のD・ホッパーや親分役のC・ウォーケンとか脇役がリアリティを加える。この2人の対決シーンは最大の見せ場です。

 

他にもちょい役でブラピとか、サミュエル・L・ジャクソンが出て来ます。こういった脇に比べると主役の2人が、今ひとつ売り出せなかった……それが残念なところ、まあ上手くばかりは行かない 

 

たとえばですが嘱託医が身障者に不都合な診断を下します。一人の身障者にではなく何人もの身障者に対してする……嘱託医というのは県が任じたか、市が任じたか……ともかく行政が任じる。

 

身障者の不都合は嘱託医の都合ではないが、誰か都合がいい人がある訳です。その誰かとは行政ではないか? 疑いが生まれます。私のところに寄せられる相談内容には、そういうのがあります。

 

「医師は私が困っているのを知りながら、私の都合を聞いてくれない。どうしたら……」そういう話です。私でも多分、地域相談員に委託されると思います。県からギャラの割り増しはありません。召集だけされるノーギャラです。

 

私もギャラが出たら県の利益になるような処置をするか。相談員にそんな権限はありません。他の医師にそういう処置書を書いて下さい……そう言って面談して下さい。診断ではなく相談に上がりました。そうも言ってみて下さい。

 

いえ、そうすると診断だけして処置書は書かない……それは出来ないという。嘘かホントかは知りませんよ。そういう話がある……なんて私は話をします。個人情報は行政にもブログにも出しません。

 

 

 ●アナーキー 無秩序である。無権力ないし無支配である。無政府である。

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