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2011年9月

2011年9月20日 (火)

トロピカル・マンゴー

Manng マンゴーはヒガシ元宮崎県知事から、知名度が上がり旨い物の代表にもなったが、それまでは珍しい果実とされた。マンゴーはアップルマンゴーとペリカンマンゴーがあり、状態にもバラつきがあります。

 

ヒガシ知事が言ったのはアップルで、それも完熟状態の物に当たらないと麻薬的においしくはない。別に私は麻薬常用者ではなく、マンゴーに特殊な薬物成分も含まれず、これは言葉の彩なのですが……

 

ヒガシ知事があの話術と、勢いと調子で乗せたアップルマンゴーはそれほどの物ではない。一時は一個何万円と、万円価格になったんです。万円のマンとマンゴーのマンをかけて、あれをお買いなさいと、私は言えない。とても言えない。

 

熊本県産のマンゴーいうのもありまして、一時はそのマンゴーブームに乗って、数千円まで行きました。スイカより高いマンゴーがありました……今年はもうそんな事はない。大体、熊本ではスイカの方が高いという正常値。

 

それで頂いたのがコレです。ジュースの方のマンゴー、生とは違いますが、まあまあ、完熟マンゴーを彷彿とさせる味がする。熊本弁でいうドケダッカ、パンチのある味とでも訳しましょうか?

 

アップルマンゴーいくつか食べれば当たるそれに、一発で当たる……私もだんだんヒガシ元宮崎県知事みたいな口調になって来ましたので、そろそろ止めましょう。以下は県果実連の推薦文です。売れてないらしい……

 

 

 

トロピカルマンゴーはJA熊本果実連が製造しているこだわりのジューシーブランドのひとつです。上品な甘みと濃厚な風味が特徴の厳選されたアップルマンゴーを使用。まろやかな口当たりで、マンゴーの果実を食べているかのような飲み心地です。そのままで飲むのはもちろん、ゼリーなどのデザート作りにもどうぞ。

 

30%マンゴー果汁入り飲料 1000ml×6本 1990円より

 Juicy Tropical Mango ジューシィ ジューシィー/熊本果実農業協同組合連合会

2011年9月19日 (月)

継子物語は誰のために書かれたか 森正人

Hati 通過儀礼という言葉がある。一般的に成人式、大人になるための儀式だが内容や意味的には時代や、その人の置かれる立場によって変る。「継子物語は誰のために書かれたか」との演題で、およそ勘はつきます。

 

森正人教授の講演は今回、レジメよりは交錯し、どうなるのかスリルがありました。物語は複数の読者を必要とします。手書きの写本があって古活字が江戸時代前期に出来ます。

 

本や絵巻により以後、物語は大量に出来るようになる。住吉物語は源氏物語や枕草紙以前に成立したらしい。作者不詳はそれが普通だったから……と説明されます。

 

継子物語には落窪物語、源氏物語とバリエーションが多く、これは読者の事情を反映させる必要で作り変えたらしい。この段階で13才の本人より、親に需要があって作り変えられたらしい。

 

親が「アンタも縁談があったら嫁に行きなさい」式の教育をしたらしい。だからエンターティメント性はなかったとは言えないが、重点は子別れ教育にあったらしい。

 

後に私は、先生は「どこで気が付かれたか?」と質問します。森先生は「学生と馴染んだ頃にコミック、萩尾望都などに触れて、観たことがある」共通性を感じられる。

 

学生が萩尾望都を読むのは明らかにエンターティメントを求めての事です。父母の教育ではない。エンターティメントで悪ければ通過儀礼を自ら求めるので「嫁に行きなさい」という父母の画策ではない。

 

住吉物語はやがてポーの一族に至った。それは認めるとして親から子本人に……子別れの物語を求めた主体はいつ、なぜ移ったか……その部分に矛盾があります。

 

継子物語は女性にとっての単にテーマ、サクセスストーリーかも知れない……とはいえ、自らの内面に物語を書こうトあるいは作ろうとする女性は多くあります。男としては?

 

森レジメには橋本治、大塚英志の引用がありました。先生の関心は純粋な国文学から、国文学の現代的な意味に移っているのだろうと思います。誰もがやがては大人になるとして、どうなればいいかが判らない。

 

60才過ぎて成人式、通過儀礼さえ必要なのかも知れません。通過儀礼の意味が曖昧になる中、酒井順子さんは母娘が協力してテーマをクリアする話「負け犬の遠吠え」を書かれています。

 

 

 森 正人(もり まさと、1948年- )は、中世日本文学研究者、熊本大学教授。1971年熊本大学法文学部文学科卒、76年東京大学大学院国文学専攻博士課程中退、愛知県立大学専任講師、助教授、82年日本古典文学会賞受賞(「説話形成と天竺・震旦仏法史」ほか一連の『今昔物語集』研究に)。熊本大学助教授をへて教授。『今昔物語集』など中古・中世の説話を研究する。画像は「鉢かづき」より

2011年9月17日 (土)

平岡和徳講演 

Hiraoka 平岡和徳(ひらおか かずのり、1965727 )は、熊本県下益城郡松橋町(現・宇城市)出身の元サッカー選手、サッカー指導者

 

平岡和徳さんは大津高校サッカー部の監督です。その講演を聞きます。自身をサッカーで作り、今はサッカーで人づくりをされる。講演の中には矛盾する2つの要素がある。

 

たとえば体力の限界と限界を超える変化、一日100分の練習と24時間のデザイン……デザインは位置づけの意味合いらしい。全体と部分、全部と一部を合理的に考えておられる。

 

挨拶の重要性はいわれるが根性や形式ではない。返事、整頓という言葉につながり、挨拶はコミニケーションの入口、だから大切にしろとの主張につながって行く。つまり合理性がある。

 

スカウトしなくとも生徒は入って来て誰も止めない。一人も止めない。ただ一つのキーパーポジションを10数人の部員で競うことになる……サッカーをサッカーだけで終わらせるな。

 

監督のそういう主張にもなって行く。経験的に獲得された理論だろうと思われる。ポジションを競わせたら続かない。変化、自己変革を競わせるから部員が去らない。だから続く。

 

そこで私の質問、お酒がお好きという事は、監督の中にストレスが生まれると考えられますが?

 

「ストレスはサッカーによるものでなく、家庭にあるのです」娘さんは同部マネージャーをされている。娘さんにあるとは考え難い。

 

監督の家庭の事はお聞きしません。ランニングや水泳は中毒するといわれてます。私も2、3日、泳がないといらいらする傾向にあります。サッカーは中毒しないでしょうか?

 

「それはあるト思います」中毒するという返事。

 

私としては中毒性をうまく使い、ストレスからは上手く逃れる方法を模索したいが、これが簡単には行かないようだ。監督は監督業としては上手く行われて見える。家庭人としては破綻もあるのかも知れない。

 

スポーツへの集中化は、スポーツだけに収まる事なく、他の時間へ影響を与える。集中の反対は何か、拡散や散漫ではないか。平岡監督の場合も、20数時間散漫化された家庭が、逆襲してくる。

 ●くまにちコムでの平岡監督 http://spysee.jp/imgcache/2003565/%E5%B9%B3%E5%B2%A1%E5%92%8C%E5%BE%B3

2011年9月16日 (金)

8020ヨーグルト

8020 歯に効くヨーグルトを遅ればせながら手に入れます。某安売り店に投売りで出ていたので、定期的な購入は出来ません。8020運動にかけて8020ヨーグルトという。

 

発売元「らくれん」四国乳業の事で、九州からは遠いような気がします。熊本では「おいしい」というプレミアムでの地元ヨーグルトがあって、九州他県のヨーグルトも無論あります。

 

そこに明治、森永、雪印と大手のヨーグルトが入って来る。らくれん8020ヨーグルトの場所はなかったのだでしょうつまり企業に力がない……歯を気にする人より、体重を気にする人が圧倒的に多い。

 

それを8020は砂糖を入れて甘くしている。歯に砂糖では看板にも疑いがかかる。むろんダイエットにマイナスイメージ、試みに8020をタネに自作します。お得意の牛乳から培養。

 

砂糖気が完全に抜ける訳ではないが、素の味に近くなる。これがイケます。むしろ味覚的には優れる。甘味料はステビアとか、イメージのいいのがあるのに……それとも単純に、甘くさえすれば売れると読んだのか?

 

80歳で20本残そう……事実関係はそうですが、80歳の人しか買わないコピーなのです。歯は二十歳から残そう、今から準備にかかろうヨーグルト……若い人に向ける感覚がない。

 

ヨーグルトの戦国時代に歯が立たなかった。効果を出す前に安売りという結果、ねらいはあるのに生き残れなかった。そうい企画力で残念なヨーグルトです。あなたの行き方、企画力は大丈夫ですか。

 ●二川教授とL8020 http://www.rakunou.org/dairynews/new/new02.html

2011年9月15日 (木)

いっぷくラーメン

Ippuku 

豚骨スープに細めんというオーソドックスな熊本ラーメンです。30年残ったラーメンはこれからも残る、そうは言い切れないが、その可能性は高い。いろいろあって勿論いいんだけど、記憶に残ってまた食べたくなるラーメンはこれです。

 

タマゴはどうか。メンマはどうか? それも色々あるでしょうがコストをかけなくて、出来れば子供にも好かれると言った条件をかけて行くと、大体こういう形になってしまう。

 

スタッフ写真の中に0才児の赤ちゃんがいて、この子が30年すると、いいおネエさんになる訳です。札幌ラーメンや東京ラーメンは判らないけど、熊本ラーメンなら消えないでしょう。

 

いっぷくラーメン

 http://www.ippuku-ramen.net/

2011年9月14日 (水)

ノルウェイの森 映画

 

Norwe 死は美しい物ではない。客観的には醜い面が多いのに……若い頃はそう思えない。夜、散歩していて公園に行き着く……友人の話はよく、そういう風に始まりました。若い娘は夜、散歩するかあ?

 

確かにねえ、ノルウェイの森に出てくる光景と似ている。それで街の公園に入って友人は水を飲む。いえ友人に聞いた話、そのままですから、どこまで本当なのかは怪しい。

 

友人は苦しくなるまで水を飲んで、もう飲めないと思う。でももっと飲めという。友人は声を聞くのです。夜の公園でそんな事をいう人はありませんから、友人は幻聴を聞いたのです。

 

往年の美少女も歯が黄色くなる程、タバコを吸うと色気も何もあったもんではない。金がないとコボすこともあるので「止めたら」と言いました。ただ、今と違いタバコも安かったんです。

 

とんでもないト友人は言います。タバコを止めるなんて考えられない。人指し指がニコチンに染まった、酷いタバコ飲みになっています……で、声はというと死ぬまで水を飲むようにと言う。

 

公園で水を飲んで自殺なんて聞きませんが、友人はそういう。簡単には死ねない。どうしたらいいのだろう……そういう話なのです。信じた物やら信じない物やらト私は思ってしまう。

 

結局、友人は自殺します。私は別口で自殺した友人がありますので、ちょっと多いような気もします。東大を出た後、統合失調症を発病して精神科に通っている人も知っています。

 

人にもよるでしょうが、東大生いうのは普通の学生と雰囲気が違っていて、まあ誰でも怪しい言えば怪しい。その友人とは、主に漱石やキリスト教の話をしていました。

 

hataさん、よくあんな話しますね」ほかの大学生はそういう。それは米国映画に出てくるキリスト教程度の常識的な話ですが、ついて行けない。東大とは、ろくに話もしないそうです。

 

村上さんの「ノルウェイの森」が売れたのは、主人公が次々女性と寝るからで、確かに当時はフリーセックスという言葉もありました。だが、あんなに次から次へと寝るか? 口調で判ると思いますが、私はその友人と寝てません。

 タイトル曲も寝る歌だし、ビートルズは難解な音楽でないように、バッハもマイルスも難解ではなかった。日常にカーステレオから流れました。それとも今はJポップスしか聴かない若い人が多いのでしょうか?

●映像はきあいさんから、無断借用。ごめんです。http://photozou.jp/photo/show_blog/128216/47516511

2011年9月13日 (火)

おとたけさんと白いズボン

Ohen 

学校は独特の閉鎖状況にあり、教育には複雑な手続きがいる。簡単にいう事など出来ないのだろう。それでも身障児が普通に、小中学校に行く事は、それほど難しくはなくなった。

 

それが高校となると飛躍的に難しくなる。乙武さんが小学校に、教師として就任する時も、簡単ではなかったという。まあ学校という所は身障者には向かない、場所なのか?

 

学生時代に、三船とか勝新に似ているトされた。容貌ばかりではなかったらしい。先日、食の専門店で意地汚く、試食をしたので「どこの店ですか?」と聞かれた。

 

トレーを持ったまま、障害の足では逃げ出す訳にもいかない。素人ですと答えられず、玄人ですとはなお言えず。曖昧なトークで逃れようとしたが……あの販売員とは会いたくない。

 

どうもハッタリが効くらしい。白いズボンを穿いていたので厨房関係と取られたらしい。このところトレーニングルームに入り浸るので、トレーニングズボンのつもりです。

 

都合によりスポーツ用品店で買わず、ユニクロで買う……都合とは価格の都合、早い話が安かったから。つまりスポーツズボンではない感じが、ある種の説得力につながる、のか?

 

スポーツ用品店のズボンは細すぎ、制服ズボンは太くなる。どちらも街に行くにはヤボったい。後付けの理屈を捏ねれば、そうなる。さらに障害の現実を重ねると、ある種のリアリティになる訳だが、違うだろうか?

 

制服店で厨房服を買っても、スポーツ店に行っても、私に丁度いいサイズなどない……乙武さんは教室で開口一番「先生には出来ないことが沢山あります。手伝ってください」とやったらしい。

 

これが職員室で波紋を呼ぶ。「弱みをさらして助けを求める」と解釈されたらしい。学校は独特の閉鎖状況にあり、教育には複雑な手続きがいる。ここで批判の論点は、乙武さんは間違ったという訳だ。

 

むろん私は乙武さんを支持する……用品店のズボンも制服店のそれも合成繊維の割合が多い。ユニクロのズボンは綿の割合が多く、身障の身体にも馴染むのが早い。そしてズボン吊りを使う。はったりといえば、それがはったりになる。

 

もうバレているのか? この次、あの販売員に会ったら試食をたかった事を詫びよう。はったりの白ズボンで誤魔化すのはよくない。ファッション感覚というのでもない……様には、なるらしい。

 

開き直れば着こなしというか? 私はマネはしない。つまり出来ない。身障者には身障者の演出法がある。健常者の方法だけが方法ではない。閉鎖性は学校だけでなく日本の問題でもある。

 

瓦礫の山を今だに始末出来ない、複雑な手続きの故なのか。弱みをさらして助けを求めるべきだ。私も出来ないことは多い。私もそう言う事にしている。被災県もそうではないか。確かに間違っていると私もそこはそう思う。

 ●画像、お遍路も白いズボンをはくらしい

2011年9月12日 (月)

神の火 2

Kaminohi2 

高村さんのハードボイルドは、例えばチャンドラーのミステリとは違う。高村さんは会社に事務員として雇われ、それでワープロに開眼した……らしい。

 

ワープロ文章は手書きに比べ長くなる傾向にある。警句めいた圧縮はかかりません。手書きは面倒というか気が急いて、その分が圧縮される。ワープロ文は、人にもよるが進行が何倍も早い。

 

例えば高村さんは「四六時中目を凝らし、尋常でない観察力と記憶力で、目に見えたものを仔細に記憶したのだ」副主人公、良を通しそう書きますが、高村さん自身の事と思われます。

 

「強くなければ生きていけない。優しくなければ……」というチャンドラーの有名な警句は、漠然とした人生感を和歌のように短く言い尽くそうとします。

 

男の文章に特に圧縮がかかる……長くいうのは面倒だからです。女性は言う事自体に悦楽を感じるらしい。長い表記自体が目的化する、場合すらある。

 

島田はスパイであり、周囲の異変には殺意を感じる。敵の変動か、味方の粛清か、スパイにとって変動とは自身の死……敵味方どちらにしろ同じ意味でしかない。

 

島田の上司、江口という男は2重スパイで、父代わりだが父ではない。スパイとして秘密を守るために、島田を始末しようと動き出す可能性もある。中世の殿様と家来、主従関係に似ます。

 

殿様は一方的に家来から奪い取るが、何かを与えうるかどうかは判りません。一家で長男は後取りの意味があるが、次男以下は長男のスペアの意味しかありません。むろん女性もそうです。

 

長男が生まれるとお父さんは、その写真を撮る事に熱心になります。長男が身障児と判ると関心を次男に向けます。後取り、家の概念が薄れると、お母さんは長女に、自分の分身としての意味を見出します。

 

自己の分身としての子供です。次女が生まれると美醜で長女次女を比べます。高村薫さんの場合、妹に母を奪われた。女性という事で父の関心もひけなかったのでしょう。

 

親の関心をひく事の出来なかった子の無念が、スパイ物語を紡ぎ出すのであり、物語にリアリティは必要がない。これは鬱積した愛、家族の物語なのです。

 

愛された事のない子は、誰かを愛すること出来ません。そういう島田の関心は良に向き、同性愛とも家族愛ともつかない心が、物語の軌道を辿って行く。

 むろん私はスパイになった事は一度もない。だが異形の者として周囲を見渡す様は判る。身障者はほぼ同じ中にある……屈託したナルシズムに、高村さんも愛や家族の意味を見失ったのでしょうか。

2011年9月11日 (日)

グッド・シェパード映画

God 

1961年、カストロの革命によりキューバは共産主義に体制を変える。反カストロ軍はビッグス湾に上陸し巻き返しを狙う。しかし米国CIAの情報漏れから作戦は失敗し、反カストロ軍も敗退します。

 

創生期のCIAに勤める主人公、つまりスパイという事になる。暗号名は「マザー」エドワードに、情報漏らしの容疑がかかる。事実に基づく脚本は、複数手記を材料に、綿密かつ複雑に構成されます。

 

「愛してる……愛する者同士は秘密を持たない……私といれば安心よ」ベッドの中でささやく女は、いったい誰なのか。相手の男とは。冒頭のモノクロ画面、エドワードに送られる同一写真。

 

脚本が先に出来てコッポラ監督にお声がかかり、紆余曲折があってデニーロさんにお鉢が回る。それでか? 映画全体が何となくゴッドファーザーです。第四部の始まりはじまり……

 

完成後、ノンフィクション部分にCIAが論評を加え、日本でもその筋のライターがコメントを入れた、そうです。早い話、これはCIAの国策映画……ゴッドファーザーを見直す意味もあります。

 

しかし私の関心はエドワード個人の心象風景にあります。お父さん子のエドワードは、幼い頃に父の自殺を目撃します。父は軍人で軍への忠誠心を疑われ、汚名をそそごうとしての自殺です。

 

なぜか幼いエドワードは遺書を隠してしまう。エドワードにもまた、一人息子のエドワードジュニアがあるが、ジュニアも昔のエドワードのようにお父さん子です。

 

作られた物語は作り物である為に、逆に作者の心を反映してしまう。隠された遺書はどこに行ったか……しかしエドワードは組織への献身が第一で、まあ、家庭を顧みない。

 

エドワードはCIAに属する前も、秘密結社に入っており、そういう志向が強い。父の不在は心の穴になり、組織に穴埋めを求めます。遠藤周作、三島由紀夫さんには共通点がありました。

 

ここでの主人公は男ですが、女性であっても志向はそれほど違わない。たとえば家庭を重視せずジェンダーに身を入れるようになる傾向は心理的な遺伝……つまりエドワードと同じと言える。

 

親子間の内面の連鎖してエドワードからジュニアに受け継がれます。タイトルの「グッド・シェパード」は忠実な羊飼いの意味で、新約聖書のキリストの言葉から取られる。

 

この映画はビッグス湾上陸作戦シーンとラスト決着シーンを別にすると、内面のやり取り室内シーンに終始する。書いたような父子の内面は、私の分析も入ってます。

 

時間の流れは順送りと限らず、逆流し暗示に終わる所もある……ここで書かない三角関係の描写が、むしろ主になる。映画は恋愛は重要ではなく、それに続く家庭がさらに重要でない……

 

そういう事を言いたい……らしい。私は古いスパイ映画でコンドルを思い出します。日本の戦争映画では家族を愛する。あるいは恋人を愛するゆえに闘争する。そういう論理が目立ちます。

 そうではなく家族や恋人をおいても国を愛せよ。CIAの論理はそういうような……コンドルは判り易くシェパードは判り難い……私自身、何か言い残したようで、これも2が書けそうですが。

2011年9月10日 (土)

劇場型という電話サギ

Kin 投資勧誘や金融購入のトラブルが増えている。読売記事には福井県での表記があったが、熊本県でも同じ手口のようだ。複数または一人が複数を演じ、投資意欲をあおる「劇場型」勧誘の手口に特色がある。

サギ手口が複雑、かつ巧妙化している。熊本県警、シルバー見守りネットは「鉱山の採掘」や「鉱物」に関し、勧誘があった場合は、慎重に対応してくださいトいう。また福井の県消費生活センターでは「高齢者が狙われるケースが多い。不審に思ったらすぐに相談を」と呼びかける。

福井県消費生活センターによる。50代女性宅に、A社を名乗る男から「九州の金鉱の採掘権(1口10万円)の購入」に対するお礼の電話があった。覚えがないと伝えると、関連のパンフレットが送付された。

引き続き、B社を名乗る男から「A社の金採掘権を1口18万円で買い取りたい」との電話があり、50代女性は消費者生活センターに相談したもの。複雑、巧妙化といわれるゆえんです。

一方、熊本県警は「熊本県球磨郡水上村の湖底で、砂鉱(砂金)の存在が明らかとなった。ついては採掘プロジェクトに参加しないか」と電話内容。むろん、熊本で金が取れた事実はない。砂金を言ったらウソと思ってよい。

○株式会社山神鉱床
○合同会社薩州鉱山
○株式会社ビジネスタウン
○合同会社ヤマト興産
○合同会社中部産業
○合同会社天然資源開発コンサルティング

等の会社名も出ています。ご注意ください……熊本県警、シルバー見守りネットからの情報です。