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2011年6月22日 (水)

もう一つの顔

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プレッシャー、圧がかかってストレスが生まれます。どうでもいいと思うのなら、圧はかからない。物事を良い方向に運びたいと思うからプレッシャーがかかる理屈です。

苦と思うと、それは苦になる。思わなければならないか? たとえば平常に話をするのは苦になりません。人前で意見発表となれば苦になる。うまく話さなければ……思った途端、緊張が始まり、それは圧となりストレスにもなる。

自分の事は圧にならないが人にして上げる事は苦になります。健常者が行うには圧がかからず……そうでもないのですが。身障者が行うと苦になります。身障者はそう思っています。

身障者が自分の部屋に閉じこもり、「外に出かける用事がない。私はこれでいい」と言うのは、その辺の理由があります。もっとも最近は若い健常者が、同じ事を言いまして、引きこもりも一般化されています。

身障者である事には特殊性がからんで圧がかかる。特殊というのは自分が自分である事です。身障者も障害の軽い人と、重い人があり、単純に言って重い人に大きな圧がかかります。

もっとも心の中でかかる圧を、外に取り出し、秤にかけて他人と比べる。圧を競う訳にはいきません。私は手術をしてギブスを巻き、3ヶ月程、ベッドから降りられなかった体験があります。

その体験を、本当に車椅子も乗れない人に話したら「私の寝たきりは、そんな物ではない」と言われました。私はそう言った時には、もう立って歩いていました。

その人は車椅子に乗るメドも立ちませんで、そう言われればそうなのです。まず私の激励の仕方が悪いので、その人もまた激励される余裕はなかったのです。

ベッドの人の方が障害が重く、重い障害を将来に向け変える余裕はなかったと思います。むろん圧を減らす軽くする工夫は大事です。しかしゼロに出来ない以上、プレッシャーでもそれ逆手に取る工夫も大事です。

圧や障害を逆手に取るなど、そんな事が出来るのか? お前はやっているのか? 問われそうです。出来ると思います。今もニュースが流れ。クルム伊達が勝ちました。

例の笑顔でガッツポーズ。娘のような世代の選手と試合して勝つ……通例では過去あんな選手はいなかったと言います。伊達選手がカムバックした理由は、子供がいないせいではないでしょうか?

伊達はいない娘の変わりにコートに帰って来た。あの笑顔の裏にある、もう一つの顔を、私はそう見ています。ラケットを持つ手に身障者も健常者もむろんないが、身障者は伊達を見て奮起しなければなりません。

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