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2010年11月24日 (水)

新人の小説家

Ban1章は丸々、序章に当たる。読者をナメてるというか、本調子に入るまでが長い。調子が出るのは後半ですね。大阪、ズッコケ、カッコ悪のそれを……絵に描いたような小説です。

大阪が東京より田舎と思うのは大阪の人で、私ではありません。これだけズッコかして置いて当人、いいと思ってる。これ勘違い。服装に関する描写に出てますが、悪趣味はやっぱり趣味が悪いということ。

まず塩田武士「盤上のアルファ」タイトルの意味が判らない。ご覧のように表紙絵の男は、黒いランニングにGパンです。苦悶の表情でこれは将棋を指している。アルファは絶滅した狼を意味するが、それが主人公のイメージと重ねてあります。

そういうのがいいと塩田さんは思ってる。だからズッコケでなくカッコつけ、なのにそうは思われたくはない。照れと屈託なのですが勝手も過ぎる……そう思われると潔しとしない。美学か、ナルシズムか、独りよがりか? 

その辺は未分化で塩田さんにも整理がつかない。それが小説の入りにくさ、読みづらさになる。あ、これは純文学でなく娯楽作に入ります。本にはなってるが未発表で1月に売り出される予定、試読本を講談社から頂きました。ブログに書いてもいいようです。

33才の2人の男が主人公です。一人は恵まれない少年時代、親から引継いだのは将棋だけ、何の取り得もないまま崖っぷちに立つ。主人公がそうなら作者もそうらしい。もう一人の男は新聞社勤め、事件記者から棋界記事に左遷されます。これも絶望的。

私は成人前に田舎の結核療養所にいました。まだ病室にTVがない時代で、病人は将棋を指して退屈をしのぐ。サナトリウムたって退院の見込みこそないが、死ななくなった頃の結核の倦怠を知っています。生殺しの生きているだけというか……

屈託は凄まじく。将棋によせる焦燥と鬱屈は果てしない。この小説のようにのんびりした物ではありません。その時、私は若くまだ理解できない所もありました。そういう理由で塩田さんの書こうとした崖っぷちも判らないではない。

33才といえば青春はもう終わり。いや今はそういう自覚はありませんか? 33才で終らない青春は44才でも終らないかも知れません。そうすると55才の崖っぷちもあれば66才の崖っぷちもある、あるのかも知れません。

もっとも66才には私、成っていません。そういう訳で共感はしませんが、崖っぷちの感覚はかなり出てます。こうなる原因は出たとこ勝負、小説の結末に向けて、その出たとこ勝負が華やかに歌われる……何とかなる。

実はなる事とならない事があるのですが、塩田さんの理解は大丈夫かなあ……この本、1月になったら本屋に並びます。「盤上のアルファ」という訳の判らないタイトルです。

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