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2010年11月26日 (金)

私の中のあなた 映画

Watasino2なぜケイトは死に、私たちは残ったのか、その答えはない。死は死、誰にも理解できないのだ。その昔、姉をすくうために生まれた私。でも救うことはできなかった。

今になって思うとそれは重要ではない。重要なのは私にすばらしい姉がいたということ。いつかまた会える。その日まで私とケイトの心はつながっている。

これが、この映画のシメのセリフです。戸田奈津子さんの名訳をバラしてしまうのは反則かもしれないが、ここだけ読んでも仕方がない。シメを読んで映画を見たくなるか。それとも……それはこのシメとも違う問題です。

この映画は何も目新しいことを言う訳ではないが、私たちが立ち戻らなくてはならない場所を明確にします。誰でも自由ではあるが、願いすぎてもならない。自分の願いが他人を不幸にし、自分をも不幸にする。

教訓としてでなく無理な話という事なのだが、C・ディアスが演じるとなるほどと思ってしまいます。少し前にケータイのCMに出ていたディアスと重ねて見ると説得力が出るかもしれません。

映画全体のバランスの取り方がうまいと思う。実は少しやり過ぎている部分もあるが、暫くすると忘れてしまいます。ギリギリ上品のハンチュウに納めてしまう。日本映画はこれでもか、これでもかト感傷的にします。

うんざりして映画館の座席を立つ、それがサービスと信じるフシがあります。自然の取り込み方もいいです。米国という国はこんなに自然が豊かな国ではない……行った事がないから深く追求しませんが……随分、走り回って見つけた映像と思う。

さらに苦情をいうと元はセレブな話で、映画用に一般化した話という感じがします。しかし基本的に病室で誰かが死に、生き残るという事実、確かにこういう感じです。

救急車のサイレンが鳴ってスピードを落としてクルマを道の脇に寄せる。それでも基本同じです。大体、何も思わないでしょ? 救急車の中では、1割かそこら、そういう感じで患者さんは亡くなる。

「私の中のあなた」というタイトルのあなたは、死んだ姉、ケイトを意味します。クルマを道の脇に寄せて走る時、救急車の中にも「あなた」は居るのです。そうは思いませんがね。

特別な日や特別な事に囲まれる訳ではない。人はありふれた普通の何でもない日常に帰って行きます。そういう時に、この最初に書いたシメの言葉をつぶやいてみます。

詩のような言葉、ちょっとした演説のような数行を持っている。時に他人にもつぶやいて聞かせる。それが文化というもんです……人生の贅沢というもんですがね。

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コメント

もう見ました、面白いですね

まあ、こんな感じです。

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