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2010年11月14日 (日)

ある放送関係の講演 2

Tv2ブログ他で原稿を出している私ですが、最初からこういう事態を考えていた訳ではありません。「hataさんのかけはし」の前にワープロの「かけはし」があり、その前にはガリ版刷りのかけはしがありました。

かけはしの他に、私は月刊で書いたり年刊会報に書いたり、出版の経験もあります……そういう活動は顔、知名度とは結びつかず、言わなければ判らない物でした。むろん執筆で食える訳ではなく、言う必要もなかった。

ところが最近はブログが読まれて来て、Googleの検索トップにはさすがに出ませんが第1ページに出る記事がポツポツあります。これは想定外で少し困っています。

近所に知れると、すでに知れているかもしれませんが、私の方からは言いません。言わないから知らない振りをされる……かもしれない。そうすると人間関係に隙間が出来る。あるかなしかの隙間は人間関係に障ります。つまり困ります。

そう言った所から昨日の続き、ある放送関係の講演、続きに入ります。TVのデジタル移行は決まりましたが、それが成功するかどうかは、まだ判らない。米国が失敗した話は、私もどこかで書きました。

失敗するとアナログを残せいう事になる。もう一方では早くも3D化が言われ、まだ水面下ですが。3つの媒体が平行して進んでいます。講演者はこの上、3Dまで言われたら会社は潰れると言いました。

それはそうだと私も思います。私のメディアはパソコンという意味で一本化していますが、視覚障害者には点字や拡大印刷を必要とします。拡大印刷は対応できますが、点字化は出来ません。

聴覚障害者はFAXや手話の対応を言われ、私も前にはFAXを持っていたが、今は対応できません。視覚も聴覚も高齢者は誰でも「hataさんのかけはし」をパソコンで見てくれません。この状況はTVの状況と何やら似ていると思います。

TVは何のことはない。借金返しと機材買いに追われていると言います。私も5年前に買ったパソコンに10年前に出たプリンターを合わせる等のメディア参戦は、経済的にほめられた状況ではないのです。

身障者福祉協会はメディアの位置づけを間違えました。コンピュータを一時的な流行と捉え、社会の一部でしかないト思った。私の執筆活動はトヨタ財団の目に止まる。私への研究助成は協会としては不服だったらしい。

今も福祉協会は身障者同士の連帯を言います。私は健常者の理解や共感なしに障害者の生き残りはないと思う。若い障害者は協会には入らない。パソコンで情報を取る。協会は衰退の一路をたどります。

新聞が衰退すれば、やがてTVも衰退していく。ジャーナリズムの危機は民主主義の危機、国立放送には中立性に疑問と演者は言いました。放送がNPO化し大学教育と連携し、方法はない訳ではない。
だが寄付集めは大変で、破綻からの再生はむつかしい。

日本では米国のように寄付はしない……ホームページやブログも初期の頃は、障害者の書くものがそこそこありました。少しなら今もあるのですが個人は結婚し、子供ができると、内容が子育てブログに変って行きます。

さて新聞やTV、情報伝達は、これからどうなっていくのでしょうか? 私としても深い関心を寄せたいと思います。

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