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2010年4月

2010年4月16日 (金)

私の孤独

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あまり赤ん坊をあやし過ぎてはいけないと、深夜ラジオから精神科の教授がのたもう。教授とは若かりし頃に作詞家や、なんと歌手までも、こなしたというあの、あの何とかいう教授です。

あやされ過ぎた赤ん坊は成人後、誰もあやしてはくれない不安を抱える事になる。早い話が孤独に弱い。その教授はある火山が噴火した時、TVラジオの全放送局いっせいに噴火を放送し、それで手持ち無沙汰で困った。

その教授は噴火ニュースに飽き、違う番組を視聴したくなるが、応じてくれる局はなかったという。浅間の噴火か、桜島の噴火か、はたまた雲仙岳の噴火か。それは言われません。

その時、教授は孤独を感じたそうです。教授は実存的孤独というのですが、私は実存的不安の言い違いのように思います。それは本人が感じた事ですから、他人がとやかくいう事ではありません。

そこは判ってはいるものの……お節介に話を展開すると、孤独、寂しさ、ロンリネスにも浅い深いはあります。住んでる町や故郷の地が、噴火の地震と地割れと考えると心配です。

孤独は……不安とは違う気がする。つまり同じ内容を聞き飽きて退屈した意味でしょう? その状況は判ったとして、それで退屈を不安や孤独と言われても、私としては同情できない。

火山のふもとに何かの理由で逃げ遅れ、そのまま一人、家に立て籠もっている。何やら映画じみるのですが、流れる溶岩と炎に巻かれて立ちつくす。そういう孤立、恐怖に比べると放送番組の単一化は私なら我慢が出来ます。

我慢の出来る不安から、出来ない不安への、グラデーション・リストを作って置いて、あなたはこの辺りで、そちらさんはこの辺り。あなたはまだまだ、そちらさんはもう手を打った方がいい。

私の場合、不安のコントロールが出来ます。我ながら嫌な性格……正しくは性格ではない。極限状況を体験して一度死んだ事のある人は大抵、そういう性格になります。自立です。

赤ん坊が不安に慣れ、成人後、不安に強くなる。それは教授の説であって本当かどうかは知りません。そして私が不安に慣れ不安を知っているというのは、不安の元が消えたというのとは違う。

まして火山の噴火を止め、地震の揺れを押さえ込める訳ではない。ごくごく当り前の事です。でも祈りやまじないで噴火を止めると言う人はいます。それが嘘かほんとか、ここで私は断言しません。

そう私に出来る事といえば、放送を止めビデオをつなぐくらいの事。以前に録った録画の再生、見たことのある映画を、もう一度観るくらいの事……教授は思いつかなかったか?

祈祷師、呪師、心理学教授……実存的孤独の解決、不安の解消……(笑)そんな大げさな。簡単なコントロールです。あなたにだって出来るでしょう。誰だって出来る、ただの自立にすぎません。

2010年4月15日 (木)

「橋の歴史」崎元達郎

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放送大学で「橋の歴史」の講義を聞きます。講師はセンター新所長の崎元達郎教授。橋の始まりは丸木橋です。木橋はすぐに石橋になります。石作りでアーチ式……この辺りから私は実際の講義を聞きます。

長崎にあるのが有名な、いえどこにでもある眼鏡橋、世界的に有名なのはアヴィニヨンの橋……先生は歌いたかったというので童謡の方のアヴィニヨンの歌を少し歌って、用意されてあった歌手に歌わせます。

これがオペラ「ジャンニステッキ」の中の一曲でした。崎元先生はトリッキーな所があって、講義に必ずしも必要でない仕掛けを3つほど仕込んでおられます。

私はブログタイトルに「はし」を入れています。それで気になる。もう少し下調べが進んでいればよかったのですが、まあ例によって例のごとく……ただ私の中では講義に出てこない、ハシがあって、それはハシケです。

木から石へ、石から鉄へ、鉄板から鉄鋼へと橋は変わって行きます。たとえば九州本州架橋は若戸大橋、本州四国架橋は関門大橋、明石海峡大橋、橋は文明の高さに比例するように高く、長く伸びて行きます。

2つ目のトリックは模型の橋、橋の模型を作られた方が模型の橋をたずさえて来られる。先日書いたように残念ながら後で来て、後ろの席に私はいます。デモの内容はつかめません。

橋は端から始まったと思われます。端と端をつなぐと利になって橋が成立する。だから戦争になると橋は攻撃されます。あるいは自主的に破壊されます。だが問題はもうひとつある。

文明の発達に合わせて橋は高価になっていく。若戸大橋や天草五橋あたりまでは簡単に採算が取れますが、四国大橋になると怪しくなっていきます。無理を重ねて、それを2つも作る。

実は天草五橋の時も簡単ではありません。採算が取れるものか、危ぶまれました。無理を通したのは経済成長と政治でしょうね。橋を渡る人だけが金を出す訳ではない。

一生に一度も橋を渡らない人からも税金という名目で金を集める。四国のフェリーに配慮すれば四国大橋は安く出来ない。国民の平等を考えれば四国だけ高価というのも通らない。今、民主与党の問題になってましょう?

文明のように橋も矛盾を抱えます。橋ではなくハシケ、フェリーの方が安くつく場合がある。作れるものをあえて作らない。出来る事をあえてしない……それもまた人知の結晶、あるいは有能な政治です。

3つ目のトリックは試験……クイズといったがいいのか。予定では3つの問題に手を上げて答えるものでした。全問正解者に賞品を出すという……私は最初の問題を外します。

2つの問題は外しません。最後の問題が難しすぎて、全問正解が4人になってしまう。4問目が出来ての3問正解者とルールが変更されます(笑)……デ、貰って来たのが映像の絵はがきです。

この手のテストに私は強く、周囲が唖然とする中、トヨタ財団の研究助成を取った事があります。橋に関心、研究をされてる方は多く、それを出し抜く快感はある訳ですが、嫉妬の対象には……トヨタの時は大変でした。

●賞品は崎元達郎絵葉書集

2010年4月14日 (水)

アタマがよくなる勉強会 田原総一郎茂木健一郎

Atamaga

田原総一郎、茂木健一郎、二人の一郎さんの対談本「アタマがよくなる勉強会」がネットで試読版を出します。全体9章のうち1章が丸ごとが出て、後は買って読んでという訳です(笑)面白いでしょう。

この章は「脳ブームは現代を勝ち抜くための革命原理」と題され全体のダイジェストを兼ねるらしい。田原さんは、まず今を脳ブームと定義します。それはそうでしょう。

他にも、楽してアタマがよくなる方法探しがよくない。他にも定義があります。茂木さんの話は、自分はそういう学者ではない。そういう学者は勝間さんではトカ言ってます。

茂木さんは具体的な事もいっていて、昔はKJ法をやったらしい。KJ法というのはアイデア、考えた事をカードに書き込むメモ法で、使えそうなアイデアや使えそうもないアイデアを、とにかく並列にカードにして保存する方法です。

実際に茂木さんは懸賞論文を量産した時期がある。そしてKJ法の限界をいいます。限界がどこかは書いてないが、アイデアには最初から考えついた次の瞬間から、大体、価値が判ります。例外はあるが大抵、それは外れない。

野口悠紀雄さんの、超整理法はKJ法の改良から出来たので、野口さんはそう指摘しています。茂木さんの意見を全部を読まなくとも、私は推測がつきます。茂木さんは発想法にも個人差があるので自分に合った方法は自分で考えないとダメといいます。

私もそう思います。KJ法は今、どこのブックオフにもあり、野口本も右に同じ。茂木さんの本やこの本の方法が、決定的に違うものであっても、右に同じといつかブックオフに並ぶでしょう。

頭が悪いよりは良い方がいい。どんな頭の悪い人でもそう思う。それは苦労したくないのです。頭が良い事は人目には楽に見えるにすぎません。しかし頭がいいと幸福感は別な事です。

本人が努力している。努力しないと頭がよく見えないのなら、自分は頭がよく見えなくともいい。頭が悪くて結構、毛だらけ猫灰だらけ……楽が幸福、馬鹿だらけになる。ポスト野口の茂木さんが売れている。

田原さんは茂木さんを怪しいと突っ込みながら、結局、茂木さんを持ち上げる……の、では、ないか? その辺はこの本を全部、読んでみなければ判りません(笑)

私も、どうも長生きしそうだし負けてもいいし、頭悪くとも不便がないから、この本、ブックオフに出てから読みます。

     アタマがよくなる勉強会

http://www.ascom-inc.jp/book/9784776205876.html

2010年4月13日 (火)

簡単にはいかない

143_00572_2 身障者は調子が悪いと簡単に行きません。放送大学に行くつもりが定刻に遅れてしまう。門に車をつけると放送大学側の駐車場は埋まったらしい。係員の指示により熊本大学側の駐車場を借ります。(大学は同じ所にある)

いつもより長く歩いて放送大学の駐車場を振り返ると、身障者用のスペースだけがポッカリと空いています。係員の言った事はきれいに裏切られた訳で、私は笑うしかありません。

むろん係員に悪意はなく、時に普通スペースより先に埋まる事もある身障者スペースであります。管理は難しい。不行届きとか管理とか責める物でも、この場合ないでしょう。

それでなくっとも係員を雇えば月給がかかり、駐車器械を置けば購入費がかかり設置費も要る。61才の身障者は就学の志は低い……これは私の事です。大学としては不景気の折といえ、のんびり構えるしかない。

私としても体調は悪い、どこにも行かないでラジオかステレオでも聴いていればいいので、その気になったのが悪い(笑)私の場合は車を使うので迷惑と知りつつ、このケースは多くなります。

先日はニュースショーで、高齢者の京都旅行を取り上げていました。車椅子に乗るに抵抗がある、この場合は身体的抵抗でなく精神的な物を指します。それでも旅行はしたい。そういう内容でありました。

本人はお祖母ちゃんです。お祖父ちゃんは先に亡くなった。お祖父ちゃんと約束があったそうです。その内、いつか二人で京都を見て回ろう。約束は約束のまま、お祖父ちゃんは病を得て、寝込んでしまう。

お祖母ちゃんは看病をするが、約束は果たされないまま亡くなってしまう。今ではお祖母ちゃんも昔の元気はなく、車椅子には乗りたがらない。約束を知っているのは子供等だけです。

今はヘルパー付き旅行というプランを請け負う、業者というか営業があるそうです。半日から1日の介護で4万円とか、そういう価格設定でした。半日といえども準備から入れると1日では済まず、オーダーメイドと言えば使い回しも効かない。(熊本にはない)

身障者の周りには営業側にも利用者、本人その家族にも厳しい現実はある訳です。私も車で行けると行く。バスでは行かない(笑)バスは通ってはいますが簡単ではない。調子が悪いとさらに簡単でない。

ポッカリと空いた身障者スペースに、4月はじめの風は5月のように温かく吹いています。風に見とれていては遅れた講義をさらに聞きそびれてしまいます。急げ。

●ヘルパー付き旅行

http://www.47news.jp/localnews/miyagi/2010/02/post_20100213081637.html

2010年4月11日 (日)

ほんとの空

0062_2「智恵子は東京に空が無いといふ、ほんとの空が見たいといふ。」

千恵子抄という、高村光太郎の詩の一行ですが、なぜ千恵子が統合失調症で死ぬ事になったか。むろん千恵子抄に記載はありません。

似た者夫婦というが光太郎と千恵子も良家の子女であり似ています。新しい明日を希求しながらも、古い現実に根を張らなければならない。それは、いつの日にもある、可能性の敗北とも言える事でした。

朗読CDに高村光太郎の千恵子抄があって、これをヴィヨンの妻と聞き比べると面白く対象的です。千恵子夫人は酒蔵家の出身で、その家が傾いたあたりから精神的に不調をきたします。

結婚する時には誓うではありませんか。

健やかなる時も病める時も、喜びの時も悲しみの時も、富める時も貧しき時も、これを愛しこれを敬い、これを慰めこれを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか……光太郎は妻に尽くす訳です。

太宰も本名性を津島といい東北名門、家の出です。自殺未遂、心中未遂をくり返し同情を誘います。生き方が器用でなく、これは育ちに雑があったト思われます。現実に直面して工夫を凝らす、切り開く力が足りません。

単純に無頼派を志向してしまう。明治初期に日本は欧州を規範としながら実際には徹底できてない。儒教や仏教の影響を払拭できず、しだいに失調して行きます。

千恵子夫人の統合失調症という病名は、日本の失調とは関係がありません。感性で新しく感じた事を知性で再構成し、一般にも活用できる。この効用は詩や小説が面白い、ひとつの理由なのですが……

ヴィヨンの妻の場合、夫が妻に不貞とは書いてありません。前後の関係で無頼の行動は確かです。「坊やは四つになるが、夫の酒毒のせいか、病毒のせいか、二つの子供よりも小さく足許さえおぼつかない……」という意味があります。

まあ尽くしていない。式を挙げたという記載もないので、これは同棲だけかも知れません。尽くせる人は尽くせばよく、尽くせなければ尽くさない……そういうのは誓いとはいいませんが、そのように誓っても、お互い様の勝手ではあります。

このヴィヨンの妻本人も、最後の方で若い親切な男に汚されるシーンがあります。汚されるとはまた古い言い方ですが、そのように記載されます。裏切られたように裏切るのなら、それもお互い様、共に無頼派なのです。

ヴィヨンの妻が偽悪なら千恵子抄は偽善なわけで、両方は以外に近い関係にあるト私は思います。失調症を起こすには神経が太すぎた太宰は睡眠薬で心中未遂を繰り返します。

あなたは偽善家、それとも偽悪家? 結婚しますか同棲にしときますか? 人に尽くしますか尽くしませんか? この二人の作家の観察力はどちらも一級品です。私は二人の観察から洞察を引き出そうと、今、書いたような試みをしている所です。

2010年4月10日 (土)

高齢者住宅のある風景

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高齢者住宅ガイドの第一号が去年冬に出ています。

「有料老人ホームを知らないか」と電話での問い合わせも、実をいうとチラホラ出てきています。大学の福祉研究あたりでも関係者を呼んでの研究は進んでいます。

ただ問題はあります。夫婦二人を考えての設計された部屋に二人で入る時はいいとして、死ぬ時も一緒という訳にはいかない。ケア付き老人ホームなのに寝たきりになったら話は別、出なければならない。

需要に応じて変わる、割と変えなくてはならない。そういう面もあるわけです。たとえば家賃月4万、管理費4万、食事が一食平均で550円、病院やデイサービスが併設されています。ちょっと熊本市からは離れた場所で、菊池郡になります。

高いですか? この辺りが平均的で、アパートを借りるのと同じ感覚ですね。元気な時に一度も現実を見ないでいて、体の調子が悪くなった。それでホームを探そうとするとイメージが違う……当り前ですがギャップがある訳です。

むろん、種類はあります。違うのでは、家賃3500円より言う所もあります。管理費等4万で食事は一食平均473円……これは市内町中です。もとビジネスホテルを改造した、ここはホームではなく高齢者住宅です。

実は私の部屋から歩いて5分(笑)場所柄は、よく知ってる所です。少し前に改築していたのでどうかするのか、思っていたらホテル止めたみたいです。ホテルに泊まる感覚になるのか?

ビジネスホテル知らない人に言っておきますが、トイレと風呂、洗面台のほかはTVくらいしかない。ポットで湯は沸かせるでしょうが、いわゆる自炊は出来ません。服はクリーニングで散髪は床屋、つまり爪を切るくらいしか自由はありません。

洗濯機や冷蔵庫、電子レンジは置ける所もあるのでしょうか? 元はビジネスホテルですから入口に階段があります。手すりが付いたようですが、スロープはなく車椅子での出入りは自由ではありません。

部屋には窓がない場合もあります。緊急にベランダ伝いに逃げる……それは出来ないと思った方がいい。地震や火事への対応が万全かどうか、それは問えません。むろん所によると思います。

近場にコンビニがあります。自由がしたければそういう自由になります。あまり壁は厚くないから大きな音でTVは見られません。イアホンかヘッドホンです。

TVは今段階で無料でも、地デジに対応して有料化されると思います。つまり健康なまま病院暮らしに入るト思った方がいい。老人ホーム、高齢者住宅いうのの具体的なイメージです。

「ひばり」という広報誌は熊本リビング新聞、フリーペーパー作る所で編集しています。郵送料別での無料、096-359-3311の電話番号が出ています。

     ひばり http://www.kumamoto-hibari.jp/

2010年4月 9日 (金)

ヴィヨンの妻 太宰治

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ヴィヨンの妻を朗読CDで聞きます。実存の立場から見ると面白いことになりますが、そういう読み方をしてはいけない。中学の授業で教師から、太宰はあまり高級ではないとの評を聞きます。

文学的にか道徳的にか、その所を曖昧にしたので反発した記憶があります。教材は走れメロスで、あれはバカバカしい所は認めます。その後、自主的に「斜陽」を読んで、高校で富岳八景を習った……確かではない。太宰は4度目です。

奈良岡朋子さんが生の太宰を一度だけ見たという話を、どこかでします。街灯の下にインバネスを羽織って、雪の中に絵のように立っていた言う。今でいうとキムタクのファーラウェイのサングラス姿を見たいう感じか?

どうも漱石、公房というような作家の評価とは違う。タイトルのフランソワ・ヴィヨンは無頼派の詩人らしい。作家の妻とも同じ、社会的にダメ男に代わって女性が水商売で売り出す話とも読める。そこだけ言えば一時TVドラマで取り上げられた設定と重なります。

一人称記述で客観的には何も言わない。たとえば妻が不幸という記述がある訳ではなく、子供が障害児風に書かれるので、前半、不幸な印象がある。後半にこの子供は記載されなくなる。読者は不幸ではなかったのかト思う。女性にはなんとなく幸福感が生まれる仕組みになる。

その辺りの記述はフェアではない。そこは非難すべきか? 作家風の男は太宰本人を連想させる。しかし客観的に太宰という訳ではない。太宰は芥川賞が欲しくて、選考委員に懇願の手紙を書いたとされる。賞をもらえれば私は文学に精進するでしょう、私に是非に芥川賞を……

その手紙の方向としては、そういう物でした。論理として弱い。つまり精進すれば賞は取れるであろう。がんばりなさい式の返事を食らう可能性が高い……もっとも賞を懇願できる論理なんて、私も思いつかないが……同情する人はいるかも知れません。その辺が計算のウチにもなる。

誰もが最初は甘えた子供に過ぎない。困難を精進して克服する、それが大人になる事であり、つまり人として育つ。では精進する事の具体的方法は何か……この物語は基本的には「走れメロス」であって、それは書けてないのではないか。メロスでは知らない娘が、メロスにローブを投げかける。

「斜陽」では不幸な貴族の主人公は不幸なまま終る。人は生きていればいい。ある意味での幸福にさえ、ならなくてもいい。小説はそこで打つ切られて、その続きはない。この小説の前半の未発育で、障害児の疑いがある子供は、障害のままでも生きていれば、無頼にでもならないか?

その辺は私も客観的ではないが……細部がないというべきか、はぐらかされている気がして都合のいい同情を強制されるのは敵わない。そういう意味では中学教師の評が今頃になって冷酒のように効いてきます。いかにも冷静に見える奈良岡さんのミーハーぶりも微笑ましい。

語り手である女性は、やってみたら水商売が合っている。もっと具体的には客扱いが上手いと描写されます。これだと客観的に読むと子育てはヘタという事に成りかねない。描かれる客扱いの質はリアルなリポートとは読めない。

ただ人によって、こういう女性はいるだろうトは思います。水商売の女性は詳しくないが、私も客扱いはある程度、心得ます。商品の黒と白の色で迷う客は、実は多いが、内心では色を決めてる場合があります。

たとえば白い服を着ている客は基本的に白が好きです。客と話をしてその確認を取る。取れれば白を勧める、そこは勘で裏打ちします。しかし作品の描写には、これに類する記載が何もなく説得力に欠ける。

だから芥川賞が取れなかったトそこまで言いません……言うと私ももらえる物ならもらいたかったのがバレてしまいます。あ、もうバレてしまいました。私の場合、その辺が下手くそだったと反省します。

そこを演出で補う。現実の裏付けを入れれば、この小説は面白い。最近、映画化され賞も取った事に納得がいきます。この役を松たか子さんがやるのか、興味は湧いてきます。松さんは野心的というか闘争的な演技をしますから、この役に合うとも思います。

2010年4月 8日 (木)

オークションの後に

059_00262 ヤフーのネットオークションで物を買った後、気になることがあります。決まって迷惑メールが多くなる。そのためのメールフィルターもヤフーにはあるが、簡単には機能しません。

記事によるとサポートセンターからメールが届く事もある。嘘なのだが……この「重要な知らせ」はもっと簡単にいかない。いう所のフィッシング詐欺に気をつけろトいう内容ニュースが出ています。

そのフィッシング詐欺については下記のHPアドレスで勉強して頂くとして、ヤフーのオークションは便利がよく一度やったら、なかなかに止められません。

ところがこの取引を誰かが見張っていて、後でメールを送りつけてくる。怪しい日本語から近辺国からと思われる。ブランド商品のお勧め、ある意味では本気なので、いたずらメールの域は出ています。

時計、サプリ、靴に服、モザイクがないというDVDに、後はお決まりのお誘いと判り切っています。それと判る奴は見ずに消すのですが、中には「ご相談があります」の見出し。

一応、身障者相談員ですから空けない訳にも行きません。そのメールを空けると、翌日に輪をかけてメールが多くなる。フィルターで弾いた分も、器械が間違えて弾いた分が時々、混じります。

忙しくない限りざっとチェックして消します。それやこれやでパソコンは便利なような憂鬱なような、半端な感じがあります。オークションで売っている人も、その辺は憂鬱らしい。

買いたいというとすぐに、よければ後はgooメールにしてくれませんか? それでgooで取引詳細の移行になります……そういうケースもあるのです。最初からgooにしたらいいではないか?

オークションに関してはヤフーの客が多いので、簡単にgooやGgoogleという訳にはいきません。そうだろう、だから自分はオークションはやらない。そう言う人もいます。

情報には基本的にそういう側面があります。いい情報なら欲しい、しかし自分にとって都合の悪い情報はいらないのです。それは誰だってそうです。しかしそうはいかない。

新聞を止めTVを消し、情報を絶った人があります。代わりにラジオを付けると同じ事になります。パソコンをつけても同じです……結局、TVを付けます。新聞を見ます。

理想の形のひとつに隠遁生活があります。しかし食わない訳にはいかず程度問題で外界と交流する。画家のゴヤは宮廷画家の立場を極め、その後に立場を捨て隠遁生活に入った人です。

直接の原因は耳を悪くした事による……見方によれば障害に負けたといえない事もない。なぜ私がブログを書くか。負けたと言われるのでは腹が立つから(笑)私はゴヤか?

そのような事はありませんが、ネットオークションには気をつけて下さい。

   こうして私はだまされた ~ Cさんの場合

http://pc.nikkeibp.co.jp/article/knowhow/20100218/1023021/?set=ml

2010年4月 7日 (水)

朗読CD

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少し前までCDの最低価格は、消費税も入れれば105円、ダイソーや中古CDなど軒並みそうでした。最近は250円で揃っているようです。210円のがダイソーに、まだありますか?

先日、ブックオフに出ていたCDも概ね250円、封を切ってない、かなり前のCDでジャズの5枚組セットには食手が伸びたのですが、この選曲は概ね聞き飽きている。

クラシックからジャズと聞いて来ると、もうポピュラーや歌謡曲には戻れません。民族音楽から自然音、効果音の方に行きますねえ。それで帰りかけ気がついたのは朗読CDです。

佐藤慶さんの朗読で夢十夜なんて懐かしい。山本学さんヴィヨンの妻、岸田智史さん金閣寺、草野大悟さんヴェルレーヌ……しかし何と言ってもよさそうなのは岸田今日子さん。

実際、今日子さんのリルケ、萩原朔太郎は絶品です。朗読はライブで行われていると聞いています。林隆三さん、中井貴惠さんが朗読をメインのお仕事にされるト聞きます。

岸田さんは歌うように読むんですね。今日子さんの朔太郎には、このブログでも取り上げた「艶めかしい墓場」が入っています。今日子節はどうも訓練による物ではないらしい。とても若い声で、今のままの読み方のまま。(hataさんのかけはし: 青猫 萩原朔太郎

ムーミンをやる前の声と思うのですが、いや若いです。CDがいつの製作なのか? データがないのですが、パルナスの基本は図書館用の音源でしょうね。ネット検索では出て来ます。

ああヤフオクで一枚800円で出てますねえ。これが百円で思わず何枚か買って来ました。朗読といえばインストルメンタル・ジャーニーは、なんと朗読を止めてしまった。

誰かが面白くない言ったのか。イキの判らん俗物が多いのか? ナンテ判るような事を書いてしまった。ハイ、私だって判りません。童謡を聞くと動揺する俗物です。ダジャレも言います。

朗読CDは青空文庫から原本を出して来て読みながら聞きます。大抵あるでしょう。小田島訳のハムレットなんて新しい著作もありますね。この本は、どこか違うブックオフにあった気が……

高齢者は字を読むのが億劫で朗読CDなんて言いますが、私の場合はまだそんな事はありません。そうあちら側のブックオフにありましたから合わせて読みましょう。

2010年4月 6日 (火)

禁煙の論理

Kinen

舘ひろしさんが「お医者さんと禁煙しよう」というファイザーのCMをやっています。ひどく簡単に禁煙に成功した私は40年もタバコを吸えば、あれほどの物かと思う。

どうすれば禁煙できるか……の話ではありません。どうすればと医師に問われ「気合ですか?」ト問い返す、舘さんのセリフが面白い。そして切実に私は感じます。

気合ではタバコは止められない。医師はその辺から変えてみましょうかト応じます。何でもかんでも気合では物事が進まない。その辺はどうやら間違いがあるようです。

間違いを認めなければ進まない物事、現実があります。がむしゃらにやっても出来ない。なぜ出来ないの? ……現実を疑っても仕方がありません。

経験はすべてではなく、経験で開かれる道もあるが経験が全部という訳にはいかない。気合や経験に頼ると、たとえば理論や訓練を信じなくなる。現実を疑ってナメる。かえり見なくなる。

それで禁煙に失敗します。たとえばの話ばかりで恐縮ですが、物事は単純には行きませんね。物事は一筋縄でいかない。昔から言われていた事にも嘘がある。常識の嘘、私は成功した言う人もあるが、そうとばかりも行かない。

ほんの少し前のTVCMで、アニマル浜口さんが娘の京子さんに、

「気合だ気合だ気合だ、気合だあ~ぁ」と気合を連呼するのがありました。京子さんはうっすら涙を浮かべて、その連呼に聞き入りました。

あれはあれで美しいCMだったと思うのですが、アニマル浜口さんの言葉を真実と受け入れてはいけない。気合は娘に対する父の愛であって叫びと連呼自体に意味はない。

胃の薬を飲む。酒を呑む前に薬を飲むCMもありました。あれも浜口さんでした。気合を入れて呑むという意味でしょう。そんな呑み方が必要なのか……間違いではないのか。

間違いが正しいかのように常識化します。私がタバコを止めた時も禁煙が流行りました。私は好きな時だけタバコを吸いたかった、しかしタバコが私の好き嫌いを無視して吸われたがる。

時も場所もかまわずタバコが私を要求して苛立つ状況になりました。禁煙する友人に便乗し、私はタバコの箱をひねり、チリ箱に向って投げました。絵に描いたように弧を作ってストンとタバコは落ちた。

気合で物事を運ぼうとする人には計画性がない……そういう人が多いです。経験主義で理論がない、理論が新しく見つかった時には動揺し、現実の否定に回る。

気合の力を信じる人は、そういう意味では反社会的です。間違った自分を正さない。お好きであればタバコ自体は了解区域で続けられていい、喫煙は重大ではありません。

問題は誤った事に、誤ったまま気合をかけ続ける人の存在です。

●すぐ禁煙.JP http://sugu-kinen.jp/index.html