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2009年11月22日 (日)

ベルト、ベルト、ベルト

Img_03602 この前まで、赤と黒のスニーカを使っていました。外側を黒く、内側を赤にデザインされた。もともとは黒の靴紐がついています。よくあるスニーカで赤い靴下で穿くのがオーソドックスでしょう。

ただ欲をいえば靴紐を片側だけ赤につけ変えたい。どっちでもいいけれど左かな。片側、左だけ赤いシューズベルトに変えましょうか? 論理的につめて行くとそうなります。

つまり私たちの内側と外側にはギャップがある。これは、たとえばTVで野村監督が劣等感と、高価な腕時計の関連について語ります。自分がどれほどの物かを知れば、相応に生きることになります。

だが、それだけでいいか? 悪く言って実際には、はったりかまして、その場を切り抜ける。そういう事だってあります。高価なスニーカは7000円、9000円、それ以上のもありますか?

3000円のスニーカのシューベルツを変え、靴下を合わせても対抗は出来ます。その辺りは理屈として野村さんの腕時計と重なります。腕時計がステータスシンボルだった時代があって、今はほぼ終わっています。

その辺りが認識されない。野村さんの年齢的な限界がある、と思われます。中国が脇目もふらずに作っていた時代に、ダイソーに腕時計が出たことがあります。メタルベルトの腕時計は100円でした。

冗談のような腕時計を私はして、国際情勢の話になると、その時計を見せびらかしました。

「100円なの? 見せて」

――月単位で1分くらい遅れるけどね。

「それでも実用上の問題はないのかぁ」

時計を見た友人は、ある種のショックを受けます。ただ、その中国腕時計は文字盤がどうしようもない。青いイルカが跳ねているデザインに問題がありました。ありました……実はその時計を私は、まだ使っているのですが……

腕時計はさんざん見世物にされたあげく、電池が切れます。2年以上3年近くも使いましたから、まあ切れるでしょう。中を空けて文字盤をはがし電池の型番を見ると、その電池はダイソーにありました。電池を換えるとまた時計は動き出し……

文字盤を外してメタルだけのメカが見えると、シースルーを通り越し別な意味でモダンです。雨に濡れない限り大丈夫と思われます。ゆったりと平和な中で実際はそうではない。見えない駆り立てを食わされる。

そういう時間を計るのは高価な時計ではない。今、多くの時間を計るのはケータイの時計ではないでしょうか? 文字盤をはがしたダイソーの腕時計は一番、それに似ています。……いますかね?

●画像コメント 本文とは関係がありません。大河ドラマの次回作が「坂の上の雲」で坂の上をテーマに撮ってみました。

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