« ベルト、ベルト、ベルト | メイン | バッテリー不調 2 »

2009年11月23日 (月)

森正人教授の「羽衣説話の変奏」

Moon 例によって放送大学の公開講演で、森正人教授の「羽衣説話の変奏」を聞きます。タイトルだけ聞くと何か判りませんが、これは三島由紀夫4部作と竹取物語などの関連を問う講演です。

私は出版時に「春の雪」は読んでいます。夢のような話で関心しなかった。それで2部以降を今も読んでません。三島さんが自決した時には、たまたま喫茶店で女性と会っていました。

それでその時のTV映像と、女性の顔と、春の雪の文章が、今も3つ重ねになります。今さらそれを再検討する事になろうとは、人生は生きてみないと判らないものです。

その後、4部作は全体で注目はされていない。最初の「春の雪」だけが映画化される等、注目されます。判りませんが夢のような話の夢のような部分が好かれたのではないでしょうか?

夢のような物語を通し、三島は何を語りたかったか? 男女をロマンティックに書いた春の雪、以降も男女ではない人間関係を夢のように描いて第4部に至ります。

4部作を通し、真の主人公は本多と判ります。予想される方もあると思います。三島に一番近い人物は、清顕でも聡子でもなく、死を前にした本多と森教授も、そう言われる。

古今東西の物語は主人公がどこか違う世界に向い、必ず帰って来ます。この帰る約束は、大きな約束になっている。森教授はいわれる。それは物語の成立の理由にある、私は思います。

人はなぜ物語を必要とするか? 人の生に限界があるからでしょう。今という時が色あせ、やがて消えて行く。そこに不安があるからでしょう……だから次々と物語を紡ぎ出すでは?

天女の羽衣はこの世の記憶を去り、異界に入る道具立てになります。竹取物語にも記憶を去る衣が出て来ます。裏返せば、この世の記憶を去れば次の世が始まります。

一瞬の現実、それを積み重ねて来た過去。長い時間の中に位置付けるには……物語に寄せる思いに、思いがけない答が出ます。今と過去を捨て去れば、今ではない新しい明日が始まるト。

伝説の発祥は転生、どうも仏教から来た輪廻に由来した気配もあります。私には覚えがないのですが前世の記憶がある方があるそうです。さあ嘘かまことか、輪廻を元に三島は4部作を書いたようです。

TVで身障児のお母さんが、

「この子が何か悪いことをしたか?」障害の現実に納得が行かないと言われます。

前世で悪い事をしたから障害児に生まれた。よい事をすればト言われる。

私の知らないことです。私は身障者ですが誰にも悪いことをしていません。証拠もなく前世の罪を問われるのは心外です。前世、私に隣合わせた方が2人以上あり、立証でもされれば考えてもいいが……

前世の存在自体が、つまり筆の誤りかもしれません。仏陀も、お釈迦になる前は、ただの人だったようですし、人として間違った事も教えられたのでしょう。

トラックバック

このページのトラックバックURL:
http://app.blog.bbiq.jp/t/trackback/394232/22391721

森正人教授の「羽衣説話の変奏」を参照しているブログ:

コメント

こんばんは!
三島由紀夫氏の作品はほとんど目を通したことがないのですが、最後のシーンだけは何かのTVで見たのでしょうか、不思議と頭に残っています。
機会があれば読んでみたいなと思います。
障害児のお母さんのお話がありましたが、私も子供がそうであれば最初はそのように感じてしまうかもしれません。
でも最近TVなどを見ていると、障害を持って生まれてきた人たちには、健常者にはないような才能があるのではないかと思いました。
先日もTVで習字の才能が素晴らしい女性のドキュメンタリーが放送されていましたが、ダイナミックでスゴイなと感じました(^^)

お早うございます。コメントつけにくい所にありがとうございます。

三島さんは……血の通う親子関係が足りなかった人です。情に欠けて虚無的になったんでしょうね。
竹取物語の方が問題は大きくて、かぐや姫は「姫」天女です。
人でないから天皇の求婚も断わり月に帰る。これが転生を意味します。元は仏教説話だったらしい……人の上に人を作らないのか? 自分は他人より高級と考えるか? どっちの方針でやっていくか? どうもそういう選択になりそうです。

コメントを投稿