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2009年11月25日 (水)

ブログでDJ 第11回 南米篇

Sikan

近場で書きました。今、県立美術館でシカン展をやっていて、そのデモンストレーションに館内で、ビアントのミニ・コンサートがありました。シカンというのは南米インカの前の文化をいいます。

インカや南米音楽というとケーナ、コンドルは飛んでいく。アタウアルパ・ユパンキ、ウニャ・ラモス、メルセデス・ソーサー……色々あります。美術館ではビアントは吉川万里(男)ケーナと竹口美紀さんのシンセザイザーをやります。こんな感じでした。

ビアント「さくらさくら」

http://www.youtube.com/watch?v=J5tSpCZtB8A&feature=related

私が南米関連で音楽を意識的に聴いたは、ウニャさんの「灰色の瞳」が最初でした。ウニャさんを今、聞くと堂々としてギターのからみも計算が行ってます。今と比べても録音がしっかりしている。ウニャさんは灰色の瞳よりは、これがいいでしょう。

ウニャ・ラモス Danse Du Point Du Jour

http://www.youtube.com/watch?v=uOOfBMBtgcE&feature=related

「灰色の瞳」は競作になり、いろんな人が演奏しました。人気が高かったのは加藤登紀子と長谷川きよしさんで、感傷的ではなく陰りや侘しさを加えて味が出したと思います。

http://www.youtube.com/watch?v=qqrD3-878sY&feature=related

メルセデス・ソーサさんを聞くと、これが滅ぼされた民の歌とは、とても思えません。地の底から湧きあがるように女はたくましく母はさらに強い。わびしいとか影があるという事が男のことと小さくなって行きます。「Solo le Pido a Dios」

http://www.youtube.com/watch?v=SIrot1Flczg&feature=fvw

ビエントの音楽にも日本的な移ろう季節感があり、リーダーの吉川さんはその延長でシカンやインカを捕らえます。トークの割合がけっこうあります。昔、日本と地続きだったような捉え方をします……が、これを聞くと違うんじゃないか。思いますねえ。

日本の捕らえる南米音楽は、南米音楽と違います。もっとも「灰色の瞳」でも違うのもあるのです。思わず笑い出して、これはいい思いました。まあねえ。感傷をこんふうに唄う世代が出てきたのですね。椎名林檎と草野マサムネでの灰色の瞳。

http://www.youtube.com/watch?v=W9JnYr3n-6w

椎名さんはよく聞くと、やけっぱちになって歌っているのですね。戦略のない点で歌謡曲の延長です。ビエントも歌謡曲を始めて入れ共感を広げたいと思います。音を広げると心も広がるような気がする……ほんとに広がったかどうか、演奏が終る時に判ります。

心に染み入るとはどんな事か、簡単ではない。シカンの見方も、こういう音楽を聴くと変わってくる気が私はします。ユパンキの歌と演奏を最後にかけたいと思います。人が生きる事を正面から捕らえると、きっとこんな唄いっぷりになると思います。アタウアルパ・ユパンキで「Los ejes de mi carreta」

http://www.youtube.com/watch?v=w9g9jvZ4yJ0&feature=related

●「ブログでDJ」はシリーズになっていて過去2008年には、4・2、4・3、5・4、10・2、12,15 9年に入って1・2、3.29、4.4、8.17、9.16の10回ほど、やっています。次はいつか判りませんが、お楽しみに。

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