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2009年10月29日 (木)

寺田寅彦随筆集2

Torahiko

人を理解するのはいつも難しく、特に理解困難なのは自分という事になります。寺田寅彦さんはどういう風に自身を捕らえたのか? 音に敏感なのが先ですが……視覚的にもそうだったらしい。

とりあえず自然の音が特に好きだった。夜中に雨音で目が覚めて「無条件に理屈なしに楽しい」というのだから、好きを通り越し何だか危ない所があったのではトいぶかしい。(備忘録、夏)

蓄音機にも並々ならない傾倒が感じられます。メーカーはどこがいいとか竹針に変えたらどうとか……どこぞのカセットデッキマニアと変わらない口調です。で結局、音楽ではなくて自然音をレコードにしたらいいとの、ご託宣です。(蓄音機)

環境音楽とかリラグゼーションミュージックは言われた事のない、大正11年にそう書いています。ただ寅彦さん、この時にはすでに持病を抱えていた噂もあります。持病でなくとも学生結婚の奥さんを早くに亡くします。

2番目の奥さんも亡くすなど無常観があるような気がします。これは今で言うとトラウマ、傷心という事になります。つまり平たく言ってウツの傾向にある。実生活の上でも障害があったフシがあります。

「24年まえ」という随筆に、音楽が好きだが音楽家が好きではないト書いています。楽器屋の店員に至るまでよい印象がないトする……楽器を教わりたいのに教わる相手がない。随分な人見知りではないでしょうか。

熊本に居た頃には、バイオリンと教則本を一冊持って立田山の林の中で、独習を試みたという。勝手という意味では非難ではありません。お節介の意味で、もう少し何とかならなかったろうか、思うのです。

バイオリンは後になって尺八に変わります。尺八は博士論文にまで伸びて行きます。確かに私も小中学、音楽教師で好きな教師がなく、高校では迷うことなく美術を取りました。

それが、このブログでは5日と開けず音楽を書いている……判りませんなあ。それは寅彦さんにとって幸福な事ではなかった。寅彦さんは身辺物理にばかり気を取られ、本研究が捗らなかったト言われます。

一方で蚊に食われるのは苦にせず、夏に蚊がいないと鯛のさしみにワサビがないような物とまでいう。記憶の端々が絵に描いたように鮮やかで、判るような判らないような感覚です。

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