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2009年10月25日 (日)

鏡の国の恐怖

028041 神社のご神体は鏡が多いですね。そういえば鏡への恐れというテーマで、このブログにもインチキな短編を書いたことがあります。書いた時に忘れていて、あれには元になる話がありまして、思い出しては首を縮める。今日この頃です。

人間は誰でも自分に対する幻影があって、自分はこんな形をしている。自分は背が高い。福山雅治よりは少しハンサムで、軽薄なことは喋らない。心がけてそうしているから、絶対そのはずである……たとえばA君は思います。

むろん真っ赤な嘘です。まあ、そういう風なイメージで思うのです。これには根拠がない。嘘ですから崩れるイメージです。本人だけが知らない。本人は崩れないト思っています。本人の知らない所で「福山さんに比べてAさんは……」とか、なんとか女性が噂をする。

ちらりと聞きつけたら本人A君は、それはショックです。学生だったら登校拒否、社員だったら出社拒否になります。それから引篭りが始まる。心療内科に行っても精神科に行っても治らない……そういう事はあると聞きます。

この場合は悪いのは誰でしょう? A君本人? 噂づきの女性? ちょっと違いますが、似たことは身障者にもよくある事でしてね。車椅子の身障者は車椅子に乗ってる他は、自分は健常者と同じと思っています。

それがビデオなどに写ると、いわゆる健常者とかけ離れた顔つき、いかにも身障者身障者した自分の顔を見ます。自分の部屋で手鏡で写す自分の顔と、顔が違う。これにたいていショックを受けます。会社や学校に行ってないと、社会そのものを拒否したくなります。

車椅子より軽い身障者の場合、商店街やデパートでショーウインドウを見ます。ガラスに映る合せ鏡のショーウインドウ……ビデオに撮るより頻繁に自分を見かけます。他人に自分がどう見えるか。知るチャンスが多く、なる。単なる受け止め方かもしれません。

しかしそうではなく……自分を知る事が身長を測って数字で知っても、自分の体重を記憶したとしても、そういう事とは違うことです。引篭りがたとえば鬱、ウツで自殺や殺人につながるとするなら、自分を知ることは極めて危険なことなのでしょう。

見慣れれば自分にも慣れます。ショーウインドウの合わせ鏡に写った自分に、私も驚かなくなりました。ウチに来る犬は、いつまでたっても鏡に慣れず、鏡に映った自分に吠えます。しかし福山さんだって今のままではない。やがて中年化し老人化も進む。

人は変わって行く。時代も変わって行く……昔はその変化を神の社に奉納し、ささいな変化はないものとして生きて行ったのでしょう。曖昧にぼやけていく記憶を、なかった事と忘れれば、短かかった一生は風のように吹きすぎたのかも知れません。

鏡に映った自分より厄介なものがあります。それは忘れない自分であり覚えている自分です。ましてや書いてしまった自分は消えない。書いて公開した自分は、ひとり歩きすら始めます。恐怖です。神社のご神体も、そろそろパソコンかケータイに変える時期かも知れません。

ところであなた、自分は福山雅治に似ていると、まだ思う方ですか?

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