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2009年10月

2009年10月31日 (土)

遊々・車いす 本

Bunnken_2 「遊々・車いす」が本のタイトルですが、どうもエンジョイチェアウォーカーライフと洋題にしたかったらしい。サブタイトルはそうなっています。本文に入ると言葉として車いすとチェアウォーカーが交互に出ます。

どうでもいい指摘ですが、玉木文憲さんにとってここは重要な事のようです……車椅子生活に慣れない人にとって、車椅子は特別な意味があり、それは車椅子が身障者の象徴だからだろうト思います。

車椅子でない私は時々、身障者として肩身の狭い思いをしてショーウィンドウの前を歩いています。逆に健常者の意識のまま、身障者になり車椅子に乗る人は、屈託すると思われる。

屈託の結果、車いすとチェアウォーカーが交互に出て来るとあれば……のでしょうか? ここは過剰分析なのかも、あまり自信はありません……失礼しました。

車椅子は自分に合ってなければなりません。だが自分に合う車椅子は簡単ではない。人にもよりますが私の場合、中古の車椅子を何台か乗ってみて合う条件をつかみました。

2万円ぐらいの既製品を、ムダになるのを判って乗ってみるのも、手かも知れません。ギックリ腰になったら身体を動かすな。どうしても動かすんなら車椅子に乗れ、ト私はいいます。

玉木さんは車椅子の価格に驚くのですが、ギックリ腰の治療代と思われます。次回ギックリにも使え、身障者の気持ちも理解できる……むしろお安い買物かも。

玉木さんは、福祉事務所を通して注文すれば車椅子が安くなる事を書いておられます。身障者になったら身障者の友達を作って、具体的に教わった方が早いのです。

私はいくぶん希な軽車を買って、同じ車に乗っている友達を募ってブログ会議を開きました。問題は違いますが対処は同じようなものでしょう。

軽というのは普通車に比べれば劣等感につながります。普通車を買わなかった劣等感が自分を閉ざし、幾分希な車種の取り扱いの判らなさが、自分を自分から遠ざけます。

よくある車に乗る事のメリットはそこにあります。そしてメリットの裏にはデメリットが潜んでいる。玉木さんは車椅子を肯定的に捕らえようとして、この本を書かれています。身障者を肯定的に捕らえようと、私はこのブログを書いています。

玉木さんと私は、ほとんど同じ年齢らしい。ただ身障者としての経歴には倍ほどの時間差がある。もし、もし失礼な表現があったとしたら、身障の甲にてお許し願います。ご本人のお目に止まるは必定、予防線を張っておかなくては(笑)

インカ帝国のルーツ黄金の都シカン

Sikan_2「インカ帝国のルーツ黄金の都シカン」を見ました。見るに先立って篠田謙一さんの講演を聞きます。講演タイトルが「アンデスの黄金文化とシカン」展覧タイトルと微妙に違います。

エジプトのピラミッドのように、アンデスにも幾つか墓があって、その新発見という事と思います。アンデスは地形が複雑で、気候が違っていて次期によって文化内容も違うといいます。

ただ残っているのは墓と副葬品、過去の生は現在の死であります。両手のひらに収まるツボがありまして、宗教的な意味を持つと思われるが装飾は神を意味します。

……といって特別な思い入れはない。カエルの絵が描かれます。雨とカエルの絵、渇きと乾き、水に困った体験から、雨への祈願はカエルの存在に神を見ていく……らしい。それ以上は判らない。

網を張る蜘蛛は一般に女性を象徴します。しかしハエ取り蜘蛛は狩りを意味する。描き分ける事が出来るか、前方に出した足が開いていると狩り蜘蛛になるそうです。

狩猟民族が狩りへ豊穣の祈りを捧げたから、ハエ取り蜘蛛を描いたと篠田教授は推理されます……何が描かれたにしても意味なく描かれる事はない、そうです。それはそうでしょう。

ツボに装飾された神はやがて外され、ツボはただ水を入れるだけのツボになります。人が神に祈る意味、祈らない日常を持つ意味が見えてきます。

2009年10月29日 (木)

寺田寅彦随筆集2

Torahiko

人を理解するのはいつも難しく、特に理解困難なのは自分という事になります。寺田寅彦さんはどういう風に自身を捕らえたのか? 音に敏感なのが先ですが……視覚的にもそうだったらしい。

とりあえず自然の音が特に好きだった。夜中に雨音で目が覚めて「無条件に理屈なしに楽しい」というのだから、好きを通り越し何だか危ない所があったのではトいぶかしい。(備忘録、夏)

蓄音機にも並々ならない傾倒が感じられます。メーカーはどこがいいとか竹針に変えたらどうとか……どこぞのカセットデッキマニアと変わらない口調です。で結局、音楽ではなくて自然音をレコードにしたらいいとの、ご託宣です。(蓄音機)

環境音楽とかリラグゼーションミュージックは言われた事のない、大正11年にそう書いています。ただ寅彦さん、この時にはすでに持病を抱えていた噂もあります。持病でなくとも学生結婚の奥さんを早くに亡くします。

2番目の奥さんも亡くすなど無常観があるような気がします。これは今で言うとトラウマ、傷心という事になります。つまり平たく言ってウツの傾向にある。実生活の上でも障害があったフシがあります。

「24年まえ」という随筆に、音楽が好きだが音楽家が好きではないト書いています。楽器屋の店員に至るまでよい印象がないトする……楽器を教わりたいのに教わる相手がない。随分な人見知りではないでしょうか。

熊本に居た頃には、バイオリンと教則本を一冊持って立田山の林の中で、独習を試みたという。勝手という意味では非難ではありません。お節介の意味で、もう少し何とかならなかったろうか、思うのです。

バイオリンは後になって尺八に変わります。尺八は博士論文にまで伸びて行きます。確かに私も小中学、音楽教師で好きな教師がなく、高校では迷うことなく美術を取りました。

それが、このブログでは5日と開けず音楽を書いている……判りませんなあ。それは寅彦さんにとって幸福な事ではなかった。寅彦さんは身辺物理にばかり気を取られ、本研究が捗らなかったト言われます。

一方で蚊に食われるのは苦にせず、夏に蚊がいないと鯛のさしみにワサビがないような物とまでいう。記憶の端々が絵に描いたように鮮やかで、判るような判らないような感覚です。

ボサノバ

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誰でもどういう状況か、自分のリアリティを自分で理解するまでには間があります。体験を通して実感する手間と言ってもいい。これは私の身体障害に関しての話です。

体調をオーバーに言うのもどうかと考え「2~3年若返っている」と言って来ましたが本当をいうと、もうちょっとあります。5年くらいか、10年では大げさでしょう。

理由は筋トレのせいで、6月後半に始まっています。4ヶ月強と計算が立ちます。しかし何がどう良くなったか、私自身、それほど明確に把握してはいない……そう言えば最近という程度です。

身体障害自体にそういう所はあり、体を動かして初めて障害箇所を意識するのです。行きたい場所があるから自分の足の不自由も認識される。そういう場所がなければ認識もない、ちょっと極論か?

まあ、そういう所がある。こういう認識ですから障害も、微妙な変化はあります。痛みの内容も変わっています。私はキリリと痛い痛みから、鈍痛の我慢しやすい痛みになります。

我慢しやすい痛みは、我慢がすぎると厄介な事になります。朝の目覚め直前の痛みのかたち、輪郭をたどる訳ですが、最近はなかなかつかみかねます。

病院で医師の見立てと、自分の予測では重ならない時がある。自分の身体に自分で苛立つ。身障者ならではの世界です。その体験がこの数ヶ月、いい方に苛立ちます。

そういえば若い頃、無頼派を気取った健常者でも、検査入院後は、医師に何か言われると素直にタバコを止めるんですってネ(笑)私なんか若い整形医の言う事に逆らって……単に逆らうだけでなく結果出していますからねえ。

雨の降りそうな夜明け前の空が、明けてみると光に包まれます。確かに見たあの厚い雲は何だったのかト……しばし私と私が分離する。朝方の障害の酷い私と、昼からのそうでない私。

どっちがどっちか? 簡単には言えない。重い股関節が気になれば、用は明日に回したい私……明日になったとしても、快調とは行かない私は、むしろ半分は今と思う。

今したいような、したくないような、どっちつかず。こういう書き方では誤解を生むか? ……それにしてもボサノバを聞いているような気だるいインウツです。

2009年10月27日 (火)

買物難民~ハゼヤマ その2

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紙のかけはしでハゼヤマを出したら読み手のひとり、大橋さんから連絡があります。それで電話を入れました。伝言文と合わせて、今回は追加記載であります。ハゼヤマに向うバスはあって、時間1本ていど熊本都心からバスが出ている。料金は260円といわれる。

身障者には約半額の割引があります。(重度者には一割負担)ひとりで行く人は片道代金で行け、介護の必要な人は一人分で行けます。

――わざわざ行かれるのでしょう。ハゼヤマだけの用事ですか?

「そうそう私はハゼヤマを、この半年くらい使っている。都心に比べれば半額以下の物もあるト思う。むろん人の感じ方ではあるが……百均の物と比較できると思う」大橋さんはそう言われる。

ハゼヤマはブログには09年5月に記事を書いて、私としては重視せず、それ切り出さなかったのです。ハゼヤマ熊本は独自ホームページを作らないからか、その後、検索に来られる方がボチボチありました。

検索が増える傾向で紙のかけはしにも出したのです。私は取材で一応、行ったきり2回目を行っておりません。理由は水泳パンツをNIKEしか置かない所は?……商品価格も都心バーゲン価格とほぼ同じ感じで、身障者に向いていると推薦を出すほどではない。

そういった扱いでした。まあ好きずきであります。私はヤフーオークションで北海道から古着を買った方が、好きなのですね。大橋さん言われるように見方にもよります。手数も金額もあまり変わりません(笑)ご意見の大橋さんはハゼヤマが、いいみたいです。

ごヒイキで、あるいは習慣的にハゼヤマを使われている方、ヒイキの理由とか聞きたい気がしますが……話してくれるか? この辺に私としてはコメントが欲しいのです。ハゼヤマを検索した人、何か書いて下さい。

●09年6月末に熊本市役所、障害福祉課で担当と、こんな話をしました。

――最近では買物難民って言葉があります。役所では何か聞かれたり、熊本市としての対策が出たとかありましたか?

担当「? ……ないと思います」

●西日本新聞 

http://qkeizai.nishinippon.co.jp/news/item/44359/catid/1

2009年10月26日 (月)

インフルエンザの教訓5~読むくすり箱から~

Mask5

パンフ版の読むくすり箱、32号がインフルエンザについてまとめています。詳細かつバランスが取れた文ですがネットでの更新はされておりません。むろん著作は読むくすり箱にありますが流行阻止を第一と考え、引用させて頂きます。(部分引用で了解済み)

イフルエンザについては、まとまった情報は流れておらず、部分的な話が別々に出ているので困ります。個人は自分の聞いた情報に重きを置いてしまうからです。読むくすり箱ではインフルエンザをこのように言っています。

●インフルエンザとは                    

「風邪の場合は最初、喉や鼻の症状で現れますが、インフルエンザの症状は急に悪寒・発熱(38度~40度)・頭痛・全身倦怠感・筋肉痛・関節痛があり、咳や疲・井水・吐き気・下痢といった症状も出ます。合併症には肺炎や子どもにおいてはインフルエンザ脳症などがあります。」

感染路についてはマスクが強調され、春には店頭からマスクが無くなる事態に発展したのですが、現在、その点では冷静に進んでいます。

「●感染絶路について 普通の風邪で一番多いのが、手から手による接触に対し、インフルエンザは、くしやみや咳・疲からの微粒子からうつる飛沫感染が一番多いです。」

「また、ウイルスが粘膜を通して感染するため、極力鼻や口などを触らないようにしましょう。」と自分の指による感染を指摘します。

●予防接種した方がいい?

「インフルエンザの予防接種を受けた方がいいと思います」とした後、「絶対にインフル工ンザを阻止できるというわけではありませんが、予防接種をしていない人と比べると、仮に感染しても症状が重くなりにくい」と言っています。

「予防接種は効果が得られるまで3週間程度かかるといわれています。早めの接種をおすすめします。」という。

●自己判断は禁物

「風邪かインフルエンザかを自己判断するのは絶対にやめましょう。風邪だと思って市販の風邪薬を飲んでもインフルエンザに効果はありません。

インフルエンザ特有の症状がなく、熟も高かったけれどすぐに引いてしまったから風邪だと思い、そのままにして周囲にインフルエンザを蔓延させてしまったりということもありますので、必ず医療機関を受診するようにしましょう。」

常識の部分もありがちな話もあります。これは私も知りませんでした。「病院から風邪のときにもらった抗生物質が余っているからといって服用しても、インフルエンザはウイルスによるもので、抗生物質は細菌に効果のあるものなので効き目はありません。」

●インフルエンザ予防

「換気をこまめに行い、加湿器など利用して湿度を上げる(60%ぐらいが望ましい)とウイルスが空気中に舞いにくくなり飛沫感染をかなり抑えられます。うがい・手洗いは、外出後だけではなく可能な限り、頗回行いましょう。」

「お茶や紅茶などでのうがいは含有するカテキンによりウイルスの感染力を低下させる効果があるようなのでおすすめです。手洗いは石けんを使って最低15秒以上行い、洗った後は清潔なタオル等で水を十分に拭き取りましょう。」

●インフルエンザ治療

「インフルエンザに感染してしまったと思ったらすぐに医師に診察してもらってください。今あるインフルエンザの治療薬は発症後48時間以内に使用しなければ効果はありません。

 インフルエンザの治療薬(抗インフル工ンザウイルス簗)で代表的なものに、タミフル(中外製薬㈱)とリレンザ(グラクソ・スミスクライン㈱)があります。昨今マスコミによく取り上げられているようにタミフルは10代の子どもには原則使われません。

リレンザは吸入薬(器具を用い、お薬を吸って使用するもの)なので小さい子どもには使いにくいこともあります。」

●新型インフル工ンザ情報

「現在発生している新型インフル工ンザ(豚インフル工ンザH1N1)の症状は、突然の高熱・咳・咽頭痛・倦怠感に加えて、鼻汁・鼻閉、頭痛等であり季節性インフルエンザと類似しているといわれています。ただし、季節性インフル工ンザに比べて、下痢や嘔吐が多い可能性が指摘されています。」

「感染した場合には極力外出は控え、医師の治療のもと安静にしましょう。また、感染していない方も、流行時には必要のない外出(特に人が集まる場所)をひかえることが大切です。」

部分引用というには多く引用し過ぎたかも知れません。専門の指摘は鋭く、なるほどと感心します。「読むくすり箱」に感謝して書かれたことを用立てて下さい。 

2009年10月25日 (日)

鏡の国の恐怖

028041 神社のご神体は鏡が多いですね。そういえば鏡への恐れというテーマで、このブログにもインチキな短編を書いたことがあります。書いた時に忘れていて、あれには元になる話がありまして、思い出しては首を縮める。今日この頃です。

人間は誰でも自分に対する幻影があって、自分はこんな形をしている。自分は背が高い。福山雅治よりは少しハンサムで、軽薄なことは喋らない。心がけてそうしているから、絶対そのはずである……たとえばA君は思います。

むろん真っ赤な嘘です。まあ、そういう風なイメージで思うのです。これには根拠がない。嘘ですから崩れるイメージです。本人だけが知らない。本人は崩れないト思っています。本人の知らない所で「福山さんに比べてAさんは……」とか、なんとか女性が噂をする。

ちらりと聞きつけたら本人A君は、それはショックです。学生だったら登校拒否、社員だったら出社拒否になります。それから引篭りが始まる。心療内科に行っても精神科に行っても治らない……そういう事はあると聞きます。

この場合は悪いのは誰でしょう? A君本人? 噂づきの女性? ちょっと違いますが、似たことは身障者にもよくある事でしてね。車椅子の身障者は車椅子に乗ってる他は、自分は健常者と同じと思っています。

それがビデオなどに写ると、いわゆる健常者とかけ離れた顔つき、いかにも身障者身障者した自分の顔を見ます。自分の部屋で手鏡で写す自分の顔と、顔が違う。これにたいていショックを受けます。会社や学校に行ってないと、社会そのものを拒否したくなります。

車椅子より軽い身障者の場合、商店街やデパートでショーウインドウを見ます。ガラスに映る合せ鏡のショーウインドウ……ビデオに撮るより頻繁に自分を見かけます。他人に自分がどう見えるか。知るチャンスが多く、なる。単なる受け止め方かもしれません。

しかしそうではなく……自分を知る事が身長を測って数字で知っても、自分の体重を記憶したとしても、そういう事とは違うことです。引篭りがたとえば鬱、ウツで自殺や殺人につながるとするなら、自分を知ることは極めて危険なことなのでしょう。

見慣れれば自分にも慣れます。ショーウインドウの合わせ鏡に写った自分に、私も驚かなくなりました。ウチに来る犬は、いつまでたっても鏡に慣れず、鏡に映った自分に吠えます。しかし福山さんだって今のままではない。やがて中年化し老人化も進む。

人は変わって行く。時代も変わって行く……昔はその変化を神の社に奉納し、ささいな変化はないものとして生きて行ったのでしょう。曖昧にぼやけていく記憶を、なかった事と忘れれば、短かかった一生は風のように吹きすぎたのかも知れません。

鏡に映った自分より厄介なものがあります。それは忘れない自分であり覚えている自分です。ましてや書いてしまった自分は消えない。書いて公開した自分は、ひとり歩きすら始めます。恐怖です。神社のご神体も、そろそろパソコンかケータイに変える時期かも知れません。

ところであなた、自分は福山雅治に似ていると、まだ思う方ですか?

2009年10月24日 (土)

マミーきな粉

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知って得するビューティー×健康セミナーで、ヨーグルトと黄粉の組み合わせがいいと聞きます。さらにプルーンか、乾しぶどうを合わせると、SOYZOYに近づきます。

そこまでは出来ないとして、とりあえずマミーとマルキンきな粉、この組み合わせが面白い……リポート申し上げます。マルキン食品ではこのきな粉を特価で売り出しています。(中国製大豆)

使用については塩砂糖を混ぜてご飯という他、きな粉牛乳が食バランスのいいこと。マーガリンや干しブドウと練り合わせ、パンに塗ることもダイキンは提唱します。

きな粉は匂いが強く、上記の方法で好きな人はいいのですが、この個性は嫌いという人も多いでしょう。この個性を、さらに個性を持って中和させてはどうでしょう。

森永マミーはヤクルト状の乳酸菌飲料です。砂糖、ブドウ糖液糖などで甘く、なぜか香料も多い……子供向けはこれがいいの? 今、マミーも安いです。安物同士を組み合わせてヘルシーに行きましょう。

香料と大豆臭さが相殺され、甘さも打ち消され……おいしいとは言いかねますが、まとまりがいいのでは? お試し下さい。

カセットデッキそれから

Z71002 カセットデッキのゴムベルト等を交換して復活、デッキマニア・シリーズです。今回はA&Dの最高機種、Z9100EVをジャンクで入手、その復活に挑みたいと思います。では、これまでの経過から。

私は元々、A&DのGX-R3500というリバースデッキを使っていました。同機は2、3年でゴムベルトを交換した方がよいとして、私は時々、電気店にベルトだけ注文して自分で代えて10数年が立ちました。

そのうちHRAD・OFFハードオフではR3500が525円で出るようになります。モーターが切れた場合には500円機を使ったりします。R3500も上級機のZ7100もジャンクは同じ500円であることから、好奇心でZ7100も買います。

7100はリモコンが共通で、圧倒的に音がいい。ただ違いは判らない人もあれば、ないと断言する人さえあります。せっかく買った7100ですが3ヶ月でメカベルトが切れ、ベルト代替も見つかりません。

そこで壊れた9100を買って来てメカベルトのみ取り出します。だが7100に取り付けるのに自信がなく手が出ません。そこで家電修理教室に持ち込み、先生から教えをいただき、7100を無事に復活させます。

これが前回までの話です。キャプスタンベルト、およびメカベルトは本当にないのか? よくよく調べるとヤフーオークションにベルトを売る人があって、そこではメーカーではなく、ベルトサイズで注文する必要がありました。

……となると7100を腰をすえて使おうと思います。ベルト交換のテクニックも早い時期に再確認、復習して置きたい気もします。それやこれやでハード・オフをうろうろしていますと……

そこにA&D GX―Z9100EVのジャンクがあるではありませんか。さっそく買って来て開けてみます。キャプスタンベルトが古くなっている。R3500のベルトは巾が4ミリで、7100および9100は巾が5ミリで大きいがほぼ同じサイズです。

R3500のを代用しますが、ただちょっと、ベルトのテンションが足りないような……やはり5ミリでないと……あるいは、この9100EVは他の部分も弱いのかも知れません。

さて、7100と9100EVの音の違いはありますよ。(再生チェックのみ)やはり9100EVがいい。ただ線の細い感じでクラシック向きの音です。ビゼーのオペラ、真珠取りが素晴らしく鳴ります。7100の方が元気という感じで、一般には、この方向がいいのでしょうか?

9100EVジャンクは今回1050円で、525円の7100の時より高くなっておりました。それでもヤフーで買えば郵送代に過ぎません。ドアも開き固着もない、むろんリモコンも利きます。ここまで復活すれば何も文句はありません、ハイ!

2009年10月22日 (木)

白川秀樹講演会~セレンディピティー~

Sirakawa2

偶然からものを見つけ出す能力……何の事かというと失敗からの発見を指します。やはり判りませんか? 失敗にも説明が必要で、意図と離れた結果からも発見する力を、セレンディピティーというそうです。

やはり判りませんよね(笑)白川秀樹教授の講演に行って来ました。白川教授は2000年にノーベル化学賞を受けました。これは小柴教授や田中さんと同じ時期です。

実験というと理科室みたいですが、試して見るという意味で現実に移すことを、私は実験と言います。食べてみる。着て見る。行ってみる。やってみる……その一回目の具合がいいと本格的に取り込む訳です。

一回目に具合が悪いとこれはダメと省みません。このダメ、失敗体験をもっと吟味して、何らかの意味を見出したら? それが白川教授の提唱される失敗からの発見、偶然から物を見つけ出す能力になる……のだと思います。

一般に成功から、その原因を探る。これは誰もがやります。するなと言ってもする。私などは成功からの教訓をつい拡大解釈、拡大しすぎて間違った結論にまで至る。単にこういうのは、おバカといいます。

間違えて自惚れを現実に当てはめ失敗する。柳の下のドジョウ、それは普通です。だが成功体験なんて、そう幾つもある物ではない。圧倒的に多いのは失敗なので、うまくいかなかったと捨ててしまっては勿体ない。

●社会全般に対する考察 オンリーワン見聞録 http://blog.fideli.com/u-nbd/archive/161/0

……どうか? よくある処世術、成功術に短絡させてないでしょうか? すでにセレンディピティーという言葉を解釈した本は沢山出ていて、それは能力であるから訓練できるのではないか? まるで私のようにさもしい(笑)幾分、話が逸脱していますが……

そうではなくセレンディップとはセレンディップの三人の王子」いろいろな事に出会うが、知恵を出し合って、困難を切り抜けていく。彼らは賢明と偶然にも助けられて、予期しなかったものを次々と発見し、旅を続けていくという童話です。

     セレンディップの三人の王子 http://kumagaku-h.ed.jp/gakunai_book/01koutyou/007.html

白川教授は司馬遼太郎の菜の花の沖を引用しながら、多量の童心を持っている事をいいます。失敗を期待する訳にはいかない。しかしあやまり失敗として捨て去らない。やって来る偶然、迎えに行く偶然、知性を持って待っている者だけにセレンディピティーは好意を示すと言います。