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2009年6月12日 (金)

犬と私の10の約束 映画

10yaku_2  犬から見た一家の十年を、映画時間2時間で流すという試みは「クイール」でありました。この「犬と私の十の約束」でも効果を上げます。理解の難しい部分は省略して、十年で人生全体を見渡してしまおうトの考えです。

斉藤一家では母がまず、亡くなってしまう。病名も何もない状態で死ぬんだからご都合主義ですが、2時間枠で終らせるには仕方がない。仕事好きの父の生き方も納得できないでしょうが、娘あかりの生き方の鏡と納得してもらう他はありません。

こう書くと私が納得してないように取られる方もありましょう。犬は主人の多忙を理解しないまでも納得はします。犬の名前はソックス、よくあるゴールデン種でクイールもそうでしたね。大人しくて演出がやりやすいようです。

父が医師であり、やがて娘も獣医を志すようになる。幼馴染の男の子はギター教室の息子で、やがてギタリストとしてデビューする。そういう風に設定は上流社会で、それで全体に口当たりのいい映像になります。

ソックスは大きな庭に、犬小屋で飼われます。しかし今の標準ではない。今は小型犬を室内で飼うのが標準です。むかしと違って日がな1日、人間に接するため、かなり高度に人の顔を読むようになる。

私の部屋に来るクロスケは、来るとワンと外から吼えてサインを出します。ドアを空けないと諦めて帰るようです。ドアを空けると私の顔をみて片足を上げる。ハンドの躾は覚えて、言われない先にやります。片足を握ってやると、もう片足を上げる。

全部、先回りして最終的にエサをねだる。エサをもらうと「バイバイ」いわれるか、手を振られるのを待って帰っていきます。一応は帰っていくのですが、すぐまた取って返し、またワン。最初から繰り返して……エサをもうひとつトねだる魂胆です。

頭がいい訳ではなく、室内犬は人馴れがこのように大きく、映画よりは繊細な親近性も示す。それが最近の犬ブームでの要因のひとつになる……ト私はみます。つまり我々は何かとわずらわしい人つきあいを止めて、犬に向かった。

クイールでは盲導犬だった為に見えなかった部分が、この十の約束では明瞭になります。他人の影響を受けると借りを作ることにつながり、その人に頭が上がらなくなるなど不都合が起きます。犬だとそういう事にならない。つまり好都合です。

たとえば主人公は犬の影響で獣医への道を取る。父の影響もあるのですが、親子といえども借りは作りたくない。そういう風な暗黙の認識がある。生きる道を選ぶ大きな場面にさえ……些細なプラスマイナスを……人間同士として影響しあった時代が、どうやら終ったようです。

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