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2009年6月28日 (日)

気になる木

025009_2 もしも木を一本だけ描くとすると、どういう木を思い浮かべられるでしょうか。芽を出したばかりで草のような木もあれば、数メートルに伸びて風にそよぐ木……数百年、いや千年を越えて大木になった木。そのどれも木……どれか気になる木はあります?

草のような小さな木が毎年、大きくなって行くのは見ていて楽しいし、植樹が推奨された事もあり注目されます。ただ少し大きくなった木には雀や鳩、鳥が来ますから直接には見られなくなり、どうしても鳥の方に目が行きます。

台風が来て枝が折れて、後が洞になると雀の巣になります。木を見ないで洞を見ます。ピイピイと小雀が鳴き、やがて這い出して来て愛嬌をふりまきます。もう誰も若いケヤキに注目しませんでしょう? ケヤキの洞から顔を出す、その子雀しか見ません。

別に悪いとも思いませんが、そうなるのは違いがない。その子雀が直にプールに来るのではないが、実は雀はよくプールに来ます。室内プールはガラスドームで空が見えます。それが雀に自然空間に見えるらしく、ドアから入り込んで来ます。

プールの中にはどこにも出口がないので、雀は果てしなく飛びまわります。時折、どこかに止まりますが飛び続けます。暗くなるまでいえ8時過ぎまでライトが付きますので、いわば夕暮れの彼方まで飛びつづけます。

彼方に何があるのか? 夜の向こう朝がある。朝は変わりませんが朝から始まる少し長い日。そんな異形の時間があろうがなかろうが木には関係なく枝は成長を続けます。ガラスを通した光の屈折とも雀の死とも無関係に葉は光合成と、風の震えを続けます。

楠の木があります。楠の木は誰かが植えたケヤキより前に植わったらしい。楠の木は何百年もの樹齢を重ねていて、何とない間隔で立っています。つまり樹と樹の間には歳の違いがある。樹は千年を越えているのか?

千何百年とは国の年齢にも近い、雀より鶴かと思う。いえ現実の鶴はそんなに長命ではなく、鶴が何年生きるか、人が知らなかった頃の鶴の寿命です。人は知りません。ガラスの不自然も明日吹く風の強ささえ……判ったような顔をしているだけ。

千年の楠は何にも動じなく見えるけれど、今年来る台風に倒れるかも知れません。それは枝を削がれて洞を作るだけかも知れないけれど、ガラスの中の雀と似ている命でもありうる。何百年は千年を保証せず、千年は二千年を保証しない。

倒れた樹の骸から、また草のような木が育ち伸びていく。朝が来て夜が来て、春が来て冬が来る。千年は永遠のように長く、その長い時間を刻み刻んでまた繰り返す。木に登るそのサルは木に登らなくなった。気になる木があるのは昔が懐かしいから、いつか木の上に家を持っていたからと言われます。

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