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2009年5月28日 (木)

赤軍のいた頃

70映画を観たので連合赤軍のいた頃を思い出しました。世界同時革命……彼らは言っていました。所属の友人も言う。私は聞きました。

――同時といっても……具体的にどうするんだ?

「それはまあ、やるんだよ」友人は答えます。

友人も判っていなかった。なぜ判りもしない物を信じたか? 赤軍を信じたのではない。何も信じなかった。なぜなら大学は巨大な使途不明金を出し、それで月謝の値上げで埋めるという。これは今も似ています。

国の赤字を消費税で埋めようという……そういう国がどこかにありますなあ。そこでは県も市も予算備蓄が発覚しても、使うべき所には使われない。同じではないが似ています。野党にでも期待してみようか? あの国には、なーあんて思う人があるかも知れません。

そう思う人を非難しますか?

連合赤軍に行った友人を非難できません。当時、文学でいうと大江健三郎さんが流行りました。「死者の奢り」は学生がアルバイトに医学部に行く話です。教習用の古い死体を洗うバイト、完全なフィクションですが大変、気持ちが悪い。

当時はフィクションと思わなかった。何を意味してるかさえ判らなかった。主人公の若い男は一緒に働いた女大生が、貧相で、異性として見えない。意味として目に入らない……たとえばですが、そういう現実が言いたかったのでしょう。

大学生というのは当時、エリートで豊かさや未来を担うシンボルでもあった。しかし当人はアルバイトに追われ、月謝が払えるか払えないか。切迫が気になって異性も目に入らないという。経済に困って死者にまで仕える。タイトルの意味です。

そういう皮肉があります。今だと簡単に理解できます。当時は判らない……判らない小説を一生懸命、理解しようとします。音楽もそう、私のようにマイルスは気楽に聞くジャズですが、パーカーとかコルトレーンは判らない。

哲学もすぐ判る安易なのはステイタスにもならない。サルトルやハイデガーが対象になります。ステイタスたって人に見せびらかすのでなく、自分で納得するために読む。どこかに漱石が判るの自慢にしてるバカがいます。漱石は哲学でさえない。

赤軍を弁護しようとは思いませんが、そういう時代でした。今は軽いのが流行る。流行は雑学でしょ? 昨日仕入れて明日役立てる。ジャズや文学はそうは行きません。コルトレーンを2~3年聞いたあげく、私にはパーカーが向いてるのが判った(笑)

冗談ではなく、そういう事もあります。2~3年かけて仕入れた年月は帰って来ません。それが怖いので音楽もじっくり聞くことが出来ない。向き不向きの少ないマイルスでお茶を濁す、実存もこの際はカミユで納得する。

今のように軽薄淡小が流行るというと私程度でも、けっこう重く見える物です。重い事は大事です。でも連合赤軍は間違えたのです。重く重く生きる事が、軽い軽い生き方と同じような結果を生む。昔のリンチ殺人は、今の無差別殺人と何やら似ている。そう思うのは私だけでしょうか。

〇画像は夏目房之介「講座」における当時の若者。

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コメント

こんばんは
重く考えて生きることと、軽く考えずに生きることの結果が同じであれば、誰も重く考えないのではないでしょうか。と、いうか、今の時代は何も考えていない、すなわち刹那的な生き方を誰もしているのではないか、とも思えてしまいます。

雑学はそう、昨日仕入れたことが今日にでも使えるという、キャッシュフローでいうところの“流動性資産”です。アイキャッチにはなるでしょうが、薀蓄や深い知識には結びつかないのでは。私は、今現在の仕事、6年前に受けた研修を下敷きに、その後、自分で学んだことで肉付けをしてやっています。その当時は先端的過ぎると言われた内容でしたが、ようやく今、私の周りが追いついてきたような感じです。長い時間をかけて蓄えた知識は、その人の財産として長く使えるものになるはずです。

こんばんは!
流行には鈍いと自覚していますが、それでも時間差でそのうち伝わってきます。
その時によく思うことがあって、「結局この1年を通して流行ったものって何だろう?」ということです。
思い返してみると、去年流行ったものがなかなか思い浮かばないんです(苦笑)
今の季節は毎年新人教育をしているのですが、開発における旬な話題と今までの経験(特に失敗した内容など)を合わせた話の方が何だか新人さんの反応も良いみたいです(^^)

わあ~ぁ、突っ込まれた(笑)対応できるのか? ツバメさんは理解力が高いので判ったと思うのです。実存というのは理解の後に実践が問われました。
総括とか自己批判とかいわれる事にも、新たな行動を求められる。マルクスがそう言ったのではないト思う。思想といって考えと行動を一致させろ、この辺が時代の要請だった。
当然、理解できないと言えばそれまででした。ただし以後、相手にされなくなる。突っ張って理解し、自己批判して処刑も受け入れた部分があるという話です。
理解できない事を理解できるように解説する力が、問題になっていて……あまり難しいのは、その事自体が間違っているのかも知れませんね。

R-V乗りさんも頭よすぎる人かなあ。
記憶力はだんだん落ちる人と急に落ちる人がありまして、記録しとかないとマズイです。去年から政治的にも経済的にも停滞していて、思い出せない原因はそれでしょうね。
時代の停滞というのは昔もありまして、その内容は違うのか? 新人さんに受ける受けないというのと、停滞の中で焦燥感にかられるのとは違う……かなあ。
昔は給料は上がったのです。今は上がらない。ヘタすると下がる。家のローンかなんかあると極限まで追い詰められるという話で、家も車も買えない人がいる。出てくる来るのカモよ。
ちょっと話が違いますね……25年くらい前に私にワープロ売った人は、商売でワープロ扱う人でしたが、機械をよく覚えられないというんで失業しました。
似た話として医師や病院というのは最初に仕事にパソコンを組み込もうとしたのですが、例外なしに失敗します。理解できない事を噛み砕く力がなかった……パソコン自体が発達不良だったト見るべきでしょうね。

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