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2009年5月

2009年5月21日 (木)

ウソの嘘と真実

032004 小説は嘘と認識されます。認識とは、この場合「思う」の意味です。思うを強くいうと嘘になる。アンデルセンの童話に、歩けない子供が出て来ます。身体障害児の意味です。この子に誰かが同情して小鳥を贈ります……その辺の記憶は怪しい私。

これは寝たきりに近い重度の障害児です。この子が小鳥を気に入って愛でる訳ですが、ある日、ベッドから少し離れた位置に鳥かごが置かれます。何でそういう風になるか? オチまで行くと判るのですが、物語の進行過程に、あまり合理的な意味はありません。

それで小鳥を猫が狙うのです。ドアか窓が開いていたか、来た事もない猫が、その時に限ってやってくる。なぜなら猫が来ないと話がオチないからです。むろん子供は誰かを呼びます。誰も来ません。なぜなら話がオチないから。

話は娯楽性に眼目があって、合理性や情報性はいらないとされた。そうすると話の組み立てが奔放になった。肯定的にいうとそうなります。それこそが本来の芸術性との主張もありますが、さあ、そこまで肯定したものか?

話にもどってその時、奇跡が起こって子供の足が立ち、歩いて行って子供は自分で猫を追い払うのです……こういう話は、近代以前はいっぱいあって、まあ近代以降も少しは残っています。ただ最近は流行らない傾向にはある。

浅田次郎さんの原作で「オリヲン座への招待」という映画がありました。深夜映画劇場であって、私は録画しましてね。民放のものはCMで長くなり、それ計算に入れてなくて、録画は途中で終ってしまう。一番のクライマックスで切れるんです(笑)

笑っちゃいけません……笑うと私が浅田さん好きか嫌いかバレてしまう……いえいえ嫌いではありません。鉄道員とか新撰組とか、見ています。失礼、新撰組ではなく壬生義士伝です。最初に結論とすべき前提があって、その為の物語です。

だから無理もあれば不可能もある。講演会が1時間くらいで短かい。変わった方とは思いました。その段階では自分についても言えない事があったと聞いています。鉄道員で私は首を傾げ、義士伝でやはりと思います。

簡単にいうと歩けない子供が小鳥を助け、以降は歩けるようになった話がお好き……簡単でもないのか。何に生きるかではなく主人公は死ぬために登場します。目的を持って生き、その達成に死ぬという人間像ができて、時代は長くないのです。

この時代の前には悲劇のための悲劇になります。必ずしも主人公は悲しくないのです。オリヲン座の話も、浦島太郎とか鶴の恩返しとかに、つながる系統になります。ドラマが終ってないからDVD屋に借りに行こうとは思いません。

みんなで連れ立ってスクリーンの向こうに消えて行く……そういう話じゃないでしょうか? 私はそれほど気にならない。この手の嘘はやっぱり嘘です。嘘を前提にすると話の組み立てが変で、趣味のある人以外の人は説得できません。

合理的に筋を通す面白さもあるので、こういう場面では、子供はおかあさんが置き忘れた小銭を投げて、猫を追い払った。以来、子供は投げる事に関心を持ち、やがて野球の投手になりたいと思うようになりました。たとえば、遥かなる甲子園は、そういう筋立てになります。

2009年5月20日 (水)

上級のカセット・デッキ

Z7100 例によって古いカセット・デッキを仕入れました。手持ちと同じ型のはずが……違っていました。手持ちを買った時に、欲しかった3ヘッドの上級機GX―Z7100でした。でもジャンク品でしたので、スイッチを入れてもカセットが入りません。

スイッチオンで自動で吸い込むはずが吸い込まない。ヘッドが下がらない……指で押して、ヘッドを押し込んでやる。グリース切れというか動きが鈍いのです。基本は壊れていない。まるで使えないではないが……やはりジャンクはジャンクです。

そして音が出ました。録音は手持ちの2ヘッドデッキでした、テープなのですが、明らかに違う音がします。高域が立って、CDのように……しかしCDと違う。柔らかい音質です。そう思わずボーッとなる音。その差は歴然、デッキとデッキでテープをかけかえ、聞き比べしなくても判る。

たまたま掛けた石黒ケイのボーカルの、顎から肩にかけての線が目に見える気がします。ピアノの鍵盤上で指が走る。ベースの糸と爪の先。スネアドラムがライトをはじいて光るかのように鳴る……これはもう、元の2ヘッドデッキにもどれません。

ただねえ。音がするだけで調節しても、それ以上は直りません。つまり巻き戻しも早送りも出来ません……プレイ走行だけ(笑)むろん中を明けて見ましたが私のデッキと違い、かなり複雑なメカで、私の手にちょっと負えません。

お得意のゴムベルトチェックにしたって、どうすれば外れるものか。アルコールで拭いて裏返しに掛けただけ……溜まったほこりを掃除機で吸い出してクリーニング。元の持ち主は修理に出さない一方、よくよくも使ってないように見えます。

修理に出したら……いくら掛かるかなあ。1万くらい? これ買うと幾らくらい? ジャンクで1000円、完動品なら2万以上か? ……それでもリモコンは付属せず? 2ヘッドのが使いまわせます。昔の上級機もアナログは今やそんなもんです。幾らで入れたのかって? ナイショ!

2台置くと場所は取るけど、2ヘッドデッキと重ねて、プレイ専用に使う方が無難です。

追伸、朝からかけっぱなしで使っていますが、ちょっと動きがよくなってきた。これくらいのデッキとなると、クロムテープよりノーマルテープの方が音、いいんだ! 感心、感心。

2009年5月19日 (火)

買物難民~ハゼヤマ

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商店街が衰えたため、豆腐1丁を買うためにタクシーに乗らなければならない事態がある。高齢者にとって死活問題であり、このように買物困難はあります。杉田聡さんは著作で、このような高齢者を買物難民といいました。

佐賀市商業振興課では「今後、高齢化が進むと対応できなくなる可能性もある。市としてどんなニーズや対策ができるか実態を把握し、住民の利便性向上につなげたい」と話している。        佐賀新聞05月03日

この春先、長袖の外着がないとヤフーオークションを探し回った私ですが、これが個人的な話とも片付けられません。宮崎、島根、各県でも、そういう事態が懸念されています。車を運転できないパソコンを操作できない、こういう高齢者は今後どうなるのか?

事態は予測はされていたが、この不況で急速に実現したのです。中古の軽車も100円パソコンも、使えないという現実はどうしようもないのです。とりあえず熊本市郊外には、こんな衣料スーパーがあると聞き、行ってみました。

ハゼヤマ 熊本市御幸笛田6-7-50

営業時間  10:00~19:00 

定休日  年中無休 

駐車場  有り 

お問合せ  TEL(096)214-8410 FAX(096)214-8470 

低予算での調達に向いています。季節外れが、むしろ得意か。外着の長袖でいうとU首のTシャツになります。ハイネックもタートルもありません。水泳パンツは大人は1000円から、私向きの学生用は800円から。ブランドはNIKEのみというところ。

売り場は広い。物量はある。しかし思った物が何でもある訳ではありません。場所があまり便利な所ではなく、車がないと行けません。

●続きがあります。 買物難民~ハゼヤマ その2

2009年5月18日 (月)

コツはバランス

143_0049_3  コツは一歩を進めて絞り込む。逆に引いて選択支を広げる事と思われます。といってもカメラを構えた時の話ではありません。迷った時の選択であります。何でそう思ったか言いますと、特別支援教育の本で、この辺からややこしい。

発達障害の子供を育てる手段では、一歩を引いてみる事に主眼があるみたいです。なぜか障害児はかんしゃくを起こすことがある。その対応に記述があります。これがクラスメート用にか、絵本風にまとめてあります。教師、母親専用ではない。

大人の対応とはいいますが、実は対応は類型化してしまう。一歩を引く人は何事に対しても引いてしまい、選択肢はどんどん広がるが、そのどれかに決まる事がない。

「難しいから決められない」との感想が出ることもあります。

逆の人は、どんどんのめり込んで行って他の方法をみなくなります。兄弟の子供を放棄して、障害児に集中するお母さんはあるかもしれません。バランスを取った動きをと言うと、逆に冷たいと批難を受けます。肯定的にいうと熱い人ではあります。

平均を取ってから動くのでなく、動いてみたら平均が取れた。そういう事だってあります。そう趣味のカメラをのぞいたら体を動かさない。そういうカメラマンはダメで、気に入る構図ができるまで体を動かす。これはカメラのコツと言われています。

子育てにも、やり方は色々あります。固着する事はないです。こういった一方で事柄は別々なようで同じ側面を持っています。昔の子供より今の子供は、身障者に似ています。社会は閉塞しているのでしょう。健常者も、かんしゃくを起こす自体が増えている。

あまりに選択肢が少ないとイラつく。これしかないのか思う訳です。そしたら選択支は広げたい。でも、あまり広げると選択の多さに迷ってしまう。そしたら絞る方向で考えたい……自分がどっちでイラついているか知る必要があります。

すると予測が立ちます。あまり立ちたくない予測もありますが、立って見た方がいい。すると悩むとか、迷う事とは動いてみる。頭で迷わず足で迷う、そういう事も理解がいくと思います……いえ、今日は予定原稿をボツにして間に合わせを書いています。

何を書くでもないので、私の迷いを書いて見ました。こんな感じで、いつも考えの堂々巡りをやっています。この原稿に結論はありません……そろそろマスクを買った方がよさそうな雲行きです。買いに行きます!

2009年5月17日 (日)

続 空飛ぶタイヤ

034018_2 連続ドラマ「空飛ぶタイヤ」は、終った後も評判がいい。私は満足できない部分もあります。今日は好評の理由を追いました。シリアスドラマがシリアスで押し通した。最近のドラマはすぐコメディ部分を挟む、そこが新しかった。

主役の仲村トオルさんは主役俳優です。ドラマは脇役の役どころを丁寧に作り、脇に回った俳優に充分な演技をさせた。脇が主役になった。構造が忠臣蔵のような面白さになった。久々に正統ドラマを堪能したとの意見が多数を占めます。

私は自動車会社、銀行側からの描写は充分と思います。主人公側、被害者側の描写に疑問がある。バラバラの被害者たちが主人公を役割分担し、自動車会社に対抗していく。その反骨の志が感じられなかった。

日本映画のつまらなさは、いつもそう。仲村さんの役どころは単細胞の頑張り屋さんです。はったりをかます部分もなければ、嫌がる相手をたらし込むでもない。幾ら何でも単純すぎる気がします。これでは実際に勝てません。

狡猾なホープ自動車やホープ銀行の間と、単純に走り回る仲村社長を交互に描くだけではと……私は思ってしまう。私の性格が悪いのでしょうか? 米国映画でも、もう少し何かあります。欧州映画の主人公はもっとしたたかです。

「ライラの冒険」では主人公の子供が、大人にむかって公然と嘘をつくシーンがあります。つまり敵を騙すのは悪くないとする。そう子供に教える。現実は単純じゃありません。たとえば空飛ぶタイヤのホープ自動車のモデルとなった会社は、その後、体質改善は進んだか? そうではないみたいです。

4月23日付けの、こういう書き込みを見ました。

「この自動車メーカーは、大事なことをどこかに忘れてしまっているようです。この問題が、この地域を担当している整備工場だけの問題だけであればいいのですが……」これ最近のホープ自動車の事です。

ドラマでは警察の捜索を受ける所で終りましたが、現実はそうなっていない。現実は小説より複雑で、したたかな面を持っています。ドラマは現実にあった事を売り物にしていますが、現実の何に根拠を置くかに、みんなの関心は薄い。事実という言葉に私たちは弱く、怖いに嘘も本当もない。小説化したら関係ないのです。

ドラマ化したら現実ではない。歴史化しても現実ではなくなる……ヒストリーというストーリー、物語です。物語の信憑性は受け手のイマジネーションで決まる。虚実では決まらない。ナイフを持った知らない人が家に入ってきたら、あなた逃げて下さい。

家族がどこへ居るか言ってはいけません。初歩的ですよねえ。それが泥棒に見えたら、家のお金がどこにあるか、教えてはいけません。大声を立てながら、やっぱり逃げて下さい……TVドラマに、もう一つの結末をつけるのは、現実かもしれないという、怖いお話でした。

2009年5月16日 (土)

KAGOME ラブレ

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面白半分で乳酸菌飲料はいろいろ飲みます。お試しつながりで、今日はラブレを書きます。厳密な話ではありません。安い方の3本パックを飲んだだけです。大豆、乳、りんご……つまり「乳」が入って完全植物ヨーグルトという訳ではない……知らなかった!

知っていたら完全乳製品を作った……お得意の試作をしたのに! 飲み終わったから出来ません。飲んだ感じでは牛乳は感じません。りんごを主に感じ、ジュースとしか思えないのです。心なしかの部分はあるが感触から動物性を忘れます。

おいしいか? 好みか、といわれると困ります。いわゆるヨーグルトの味はしない。いつもの味でなく、むしろ物足りない所があります。3日目になると慣れてきて、これはこれで悪い気もしません。しかし初日は鼻をつく感じもないではない。

この噂になってる植物乳酸菌、試してもいい。メーカーでは「薬ではないので効果、効能の話はできない。腸で生き抜く力が強いラブレは、うれしいお声をいただいている」とする。3日で効くと思う。私のトイレ内での変化です。

便通はよくなります。無論どういう風に効くかは人によるが、動物性ヨーグルトとは違う。よく効くとか効果が高いとは言えないが、腸の感触は違います。たいしたものと、いってもいい。薬のように、ように効くと言ってもいい。

こう書くとタバコを呑む人が興味を示される。タバコを呑む行為は、今や普通ではありません。タバコも特殊なクスリに属し、体を普通状態から遠ざける。普通にはなりません……残念ながら健康に関しては論外です。

それからラブレ効果は微妙です。あまり太った人も普通量で効き目はない……と、思われます。いわゆるヨーグルトは便が、柔らかくなり出やすくなります。軽い下剤のように便が回数出ます。ラブレはそこまでなりません。太った人も論外です。

普通っぽく何でもないように出る……そう感じます。便の硬さが普通になります。それだけの事です……でも、これだけの違いが出るヨーグルトはない、少ないと思う。注目していい……しかし、これは一夜漬けに少し振り掛け、漬ける。

そういう感じでは使えないかなあ。味わいとして、そういう気がしてくる食材です……お前、得意分野だろう、やれ!……そうは言われましても漬物はやった事がない。それに、もう飲んじゃいましたから。はい、ラブレでした。

2009年5月15日 (金)

細川佳代子さんの絵本

Tomoko 「出版ダイジェスト」新聞が細川佳代子さんと、知的障害の本を集めています。タブロイド紙一面の細川メッセージを三度読んでも、さっぱり判らない。頭のいい女性の文章です。よすぎる。細川さんは絵本を出したらしい。

最初の三行そうあって、後はスペシャルオリンピックの紹介に移って終わりまで、絵本の話に帰りません。出版のミネルバ書房は絵本出版を期に、関係教則本の宣伝を企画したが、どうやら細川さんはスペシャルオリンピックスの方に向かわれた。

二、三面を見ると、その様子が判るのですが……判らない私は一面にこだわり全体を見ていない(笑)物事は全体から判断しなければいけません。そうすると書房の意図、細川さんの意図、それぞれが見えて来ます。そういう物です。

細川さんの意図は、もっと知的障害のある人を理解してという事であります。スペシャルオリンピックをもっと支えて、社会の力ももっと強くなりたい。そういう主張です。私も異存ありません。知的障害の人はプールでお会いします。

同じコース内で泳いでいて、しっくり来ない。ターンで顔と顔を付き合わせて、ン。何だこれは、この人ヘン? ゴーグルの奥にダウン症特有の顔を見、それでと感じ、

「やあ失礼しました」とまた泳ぎ続けます。

先方も大体、そういう感じダウン症が軽い方と思われます。どうかしましたかト、聞いたりはしません。同じように健常者と面と向かい合わせた時とは違う反応をします。いえ、したと思います。でも、

「私は何か違えましたでしょうか?」聞くとか、しなかった。

言葉の綾とは思いますが、細川さんは障がい者という言葉をなくしたいトいわれています。言葉狩りは私は不味いと思う。細川さんにその意図はないとは思いますが、ダウン症と推測して私は対応できた。判らなかったら、プールの端でお互い困ったでしょう。

少し前に映画「釣りキチ三平」の感想を書きましたが、釣りキチは言葉狩りの対象用語だった事があります。今は解除されています。言葉は差別用語として機能する面もあるが、お互いの認識を深める道具です。役に立つ事の方が多い。

釣りキチ、ダウン症、障害者……頭の中で私たちは言葉を使って認識を深める。障害者と認識するから寛容にもなる。言葉があるから行動にも寛大な動きを取る。人間関係が円滑になって関係が深まったり、さえします。

言葉は素晴らしい、使える道具です。なくす事はない。釣りキチという言葉と同じように、私は障害者という言葉をいい方に活用したいと思う……ただ程度問題でしてね。差別のための差別、拒絶のための拒絶、お話にならない場合もありますがネ。

画像は発売絵本「ともこちゃんは銀メダル」

2009年5月14日 (木)

メモリに目盛を

Purint XPをよく使うためにメモリが問題になっています。XPについては2ギガメモリの値があればよいトいうのがセオリーです。では、どこが問題か。2ギガの量もあるが質もあって、十分な質を確保するには、そして量は本当に2ギガでいいのか? こう疑えばキリがない。

私は2005年末にイーマシンからデスクトップを買いました。ソフトはXPだけ入っている物で、アナログTV等のソフトを入れて、ネット検索等をやっていました。当初から奇妙な所はあって、まあ、こんなものと思っていました。当初のメモリは256×2、512メガバイトでした。

06年末、保証期間内に言って置くことは言おうと苦情をまとめて言いました。ハングアップが多い。ハードーディスクが止まらなくなる。プリントにエラーが出る……メーカーの対処はメモリ交換でした。「代替品を送るから自分でやれ」(笑)

交換したついでに256を4つにしたり、新旧メモリの対比を試したりテストしました。4つにすると早くなるのが判りました。新旧対比はよく判りません。私のデスクにはメモリソケットが4つあって、メモリを増やすと高速化する事は理解というか、体感しました。メモリ品質が問われるのは、この06年前後からと思われます。

品質が次第に上がる一方で相性は、比較的言われなくなる流れ。どの時代のどのメモリを使うか? それで遅速が出るのが否定は出来ません。しかし実際は、その質は確認できないのと違うか? ここの画像、プリントエラー例はむしろ珍しい。

私は保証を延長します。してよかった! 08年半ばにハードディスクがクラシュ寸前を指摘されます。これでハードディスクが止まらなくなる怪は、やっと解決される訳です。この時の交換は旧とおなじ200ギガ(180だっけ)です。キャシュメモリが遅くはないか?

ハードディスクの破損はメモリのせいなのか? メーカーはこの時にバイオスを変更、旧と全く同じでなくなります。ハードディスク自体の3年目のジンクスか、当時、ハードディスクは2~3年目に壊れると言われ、ジンクスを破ると長期を生きるとされた。バイオスも変わり、これまた原因、最善策は判りません。

私はその後、相性がいいとされているメモリ512を2枚増やし、現在に至ります。総量で1、5ギガで、さらにSDメモリを足すと、セオリの2ギガをクリアします。しかし今、売られるメモリは極端なのは2000円で2ギガであります。

相性無視、総替えに替えたら早くなるのか、遅くなるのか。違いは大きいのか小さいのか? ハードディスクも新式に変えると早くなる物かどうか? さっぱり判らないのです。CPUは変えられませんが、HDやメモリには、このように見当の余地がある。

何の提案もなくこれで終ったら意味がない。メモリに関してはメモリソケットに余裕があれば、友達のパソコンから外して来て刺す。増やして感触をみるの手です。むろん同じパソコンを使う前提です。協定を組んでのトライが出来れば面白い。

この辺は何の変更もなく、一律にソフトだけxpかvistaか、ではちょっと違う。今となれば混迷の製作期にあったハードを変えてみると改善も考えられる。むろん悪化も(笑)特にメモリについては……というのがここ、大筋の私の意見になります。

●映像はプリントエラーのもよう。赤丸、出てしかるべき罫線が出ていません。

2009年5月13日 (水)

CD-Rへのダウンロード

Cdr 「西の魔女が死んだ」の主題歌を手島葵さんが歌っているのでYoutubeに聞きに行きます。手島の島は上に山のあるシマです……手島さんの歌は、聞きたいような聞きたくないような、私には妙な感じがします。

手島さん以前にYoutubeで調べた時は量ありませんでした。今度はあります。音楽についてはモーツァルトのクラリネット協奏曲も、CD屋に注文しないとない状態で……これもYoutubeに同曲がある。あれこれまとめてダウンロードしようとの気になります。

CD屋に注文を出すのがめんどうでYoutubeからCD-Rに落すという。けしからん話をブログに書いていいものか? 躊躇するところはありますが、これは現実実体です。禁止になったら破棄するという事で出します。音質は、車で運転中に聞く分には差が判らない……そのくらいの音質は担保されます。

駐車場に止めてじっくり聞いたらボロが出ます(笑)しかし、いい線は行ってます。手島さんで曲数も40分を越えましたから、キース・ジャレットのケルンコンサートと合わせて1枚作りました。

「夕闇せまる空の上、いつも一羽で飛んでいる、タカはきっと悲しかろ」

前回、心引かれながら、この詞に抵抗があったのを思い出します。唄の主人公は寂しいのです。しかしタカは寂しいかというと……怪しい。多分、寂しくはない。寂しいというのは何事かを決める際、ひとりで決めるのに不安がある……そういう状態をいいます。

つまり自信がない。自信がないから誰かに側にいて欲しい。一緒に何事かも決めて欲しい。未来は何らかの新しい事を運びます。見たことも聞いたこともない、知らない何かの中に明日の意味が見えます。若い感性は若いがゆえに明日を願い……同時に怯えます。

一曲だけを聞いても判らないのですが10数曲を重ねて聞くと、手島さんの資質が見えて来ます。この人は大貫妙子さんに似ている。声質とか歌いっぷり、表面的にもそうですが、もう少し精神的な意味でも似ている。

ただ。昔、タニタ・ティカラムさんを初めて聞いた時、ジョニ・ミッチェルさんに似ていたのでショックでした。タニタは歌い方や声は似ていたけど、内容的な深さは足りなくて……がっかりと言うか。ほっとした事があります。

CDを一枚ではなく何枚か聞かないと判りませんでした。著作権でコピーから守らないと製作側は困るけれど、消費者は安ければ両方を聞きたい。タニタさんのCDはハードオフで後に量仕入れました。ジョニ・ミチェルさんはハードオフに出ないので買っていません。

私に限らず、この辺が利用者の本音と思われる。さあ、どうした物でしょうか? 手島さんの声の輝きは見事だけれど、大貫さんが色あせた訳ではない。本音でそう思います。できれば両方を比較、対照させながら聞くのが楽しい。

手島葵 虹 http://www.youtube.com/watch?v=EtuQBqeDito

2009年5月12日 (火)

バラと大蒜

Img_03142 まいは言う「おばあちゃん、大好き」ト。

おばあちゃんは言う「まいのような子がいて本当によかった」ト。

他愛ない一言を言ったにしろ言わなかったにしろ、とも思うのですが……それが問題でしてネ。

愛した事と愛さなかった事の、結末が同じなら……バラと大蒜を交互に植えても植えなくても同じはずです。土にミミズが居ても居なくても、青虫がキャベツをかじってもかじらなくても……日は沈み、日はまた昇るはず……

まいが陥っているニヒリズムは、ちょっと面白い。そういう風には描かれないけれど……おばあちゃんは「誰かが海で溺れていたら、何処に島があるのか教えなさい」という。右側とかもっと左とか……誰とも話をしないのは、誰か溺れている訳ではないから。

誰とも話さない。自分自身、朝が来ても起きない。夜が来ても寝ない……何も変わらないから。つまり、そういう訳です。生きて行く理由なんて誰にもないし、今日、今から自殺しても悪い理由なんてありません。いじめっ子がいじめに来る前に、まいはそんなニヒリズムに取り付かれていた。

芥川竜之介の「羅生門」では若い下人が、羅生門で死体から髪を抜いている老婆をみかけ、その老婆の着物を剥ぎ取る話です。芥川はその話を書いた後、杜子春とか、魔法の話を幾つか書いています。何にも関心の持てない、まいは魔女になる事に関心を示す。

その意味を考えると、スーパーマンは体だけで空飛ぶけれど、ロケッテリアでは機械をつけて飛ぶ。ブリットやポパイ刑事は刑事だからスピード違反には問われないけれど、映画を見た後の僕らは、すぐに白バイに捕まったもんです。

パソコンやケータイも、魔女になる方法の続きでしょうよ。してみると、かっての私たちも、まいちゃんの兄弟に過ぎません(笑)スーパーマンになれない夢を、背中にロケットつけて誤魔化しているだけの小さな子供……

だけど、おばあちゃんだって昔は子供……おばあちゃんが言うのは「自分で決めろ」ひとりで決めろ。華やかに見える魔法の中心には判断という、たった1つのトリックしかない……読みすぎかな。確かな判断は基礎体力に基づくで、私はいいと思う。

バラを育てるコツは500もあるけれど、パソコンやケータイをいくら買い替えても魔法使いにはなれない。基礎体力にも判断力にも欠けた、虚弱児童の夢に過ぎない……そのように私は「西の魔女が死んだ」を読み解きました。

まあ取り合えず、バラは大蒜と交互に植えましょう。いい物語には実践がある。具体的に実践のテーマが見えるのが重要で、お題目だけの空元気は詰まりません。ああ面白かったで終るのは、いくら難しくても結局は娯楽です。裏返せば大人にとっての童話の意味って、あるんです。