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2009年4月24日 (金)

立花隆のすべて 文芸春秋刊

Tatibana 98年刊「立花隆のすべて」という厚かましい本です。インタビューと人物評などで描いた立花隆像がアラマシです。結果としては「ぼくはこんな本をよんできた」95年とよく似た本になります。同ヒットを受けて写真のいいのが入ります。

猫ビルの構造を妹尾河童さんのイラストで紹介した「ぼく本」、広角写真や小文字の解説も入れてマニアックな仕上がりが「すべて」になります。もっと具体的に指摘すると、立花さんは高血圧です。目、歯もあまりよくない。それが判る構造です。

高血圧なのにワインが好きで、グルメ嗜好という性格欠点が見えます。ここを見せた所が「ぼく本」との違い。私が立花さんなら、この辺を何とかして、関心の宇宙旅行を目指します。このスーパーマンはその辺を、早い段階で断念したようです。

意外にも原稿は手書き、余白の大きい自家製原稿用紙にモンブランの万年筆を使われる。この辺は合理的でない。黒電話、パソコンはマック、シェイバーとエアコンがSANYOであるらしく見える。この辺もマニアックな感じはない。

さすがにウォークマンはSONYですがノーマルです。私は音がいいというのでプロを取材には使っていました。取材は息使いで、その人の表情が出る事がありました。立花さん音楽マニアで、そこ同じはずです。耳が悪化して私は取材を止めました。

私からは、その辺が甘く見える……徹底していない。写真に出ていないのはカメラ、使わないらしい。それはなぜなのか? 立花さんは、そう言った人の生理にまでは関心がないのでは? ワンクッションを置いた言葉の意味による関心ではないか。

そういう風に考えてみます。時代の制約もあります。宇宙といっても家庭を持ち一家を構えてしまえば、それなり責任が生まれます。帰って来れるかどうか判らない旅に行くべきか、問題になるのです……そう考えてみると立花隆の限界もある事に気がつきます。

やはり時代と時期に生まれ合わさなかった訳です。つまり原爆映画を抱えて欧州を旅した時代は2度と巡らない訳です。マックでパソコンに入る人はあります。マックは悪い機械ではないのですが、あれで入ると文字を打ち込むのが苦になるらしい。

打ち込みを克服する人もありますが、苦になったまま大抵の人がウィンドウズも買います。そしてマックとウィンの間でイライラとパソコンへの葛藤に苦しむ事になります。文化は親切に未来を示してくれる訳ではありません。落とし穴に、はまる事もあります。

似たような事は女性についても言える。友人がいつかそういう風に言った事があります。しかす立花さんには関係のない事……私も詳しい事は知りませんので、それではまた明日。

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