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2009年4月23日 (木)

緊急を要す 再起可能2

Saiki_2 引き続き再起可能の検討です。私は、いいえ私たちはでもいいと思われます。昔のことは覚えていないのです。病気の前後で記憶の薄れ方が、普通ではない。それは病気からの身体障害という、私にとって不都合があったからと思われます。

木村和也さんは経験した事のない痛みに、ギャッと叫んだ、そうです。私はそれが自然なことと思います。この下りを読んで、そういえばと記憶の底にうごめく物があるような、ないような。私の場合はそうですが、一般にこんな記憶はないでしょう。

体験した事のない痛みは一般にない。ウッと言うのかギャッというのかギャオ~ゥと言うのかは判らない。あなたならどう言うと思うか予想を聞くと、みんな困ります。困ったあげく一番多い意見は、判らないがギャッとは言わないと思うといいます。

体験した事のない痛みとは、予想も出来ない問題です。根拠はないがギャッとは言わないと思う。これは予想できない、ないしはしたくない意味がある。実際にしたとしても、思い出したくない。そういう風に記憶は頭に入って行って、やがて本当に思い出さなくなる。

どうも、そういうシステムが存在している感じがします。このシステムを理解するに、木村さんの再起可能は有力資料でその辺りを詳細に記録してあります。脊髄損傷の記録という意味では同じ、星野富弘さんのと比較しても違います。

これは木村さんが結果として、ほぼ健常者として復帰した関係が強い。精神的に傷が浅い、あるいは傷が癒えない先に出版された。私にはそう思えて興味深い。記載では「神様にでも仏様にでもすがりつきたいよ」とあるのですが、どうしていいか判らないのです。

大抵の事は親に聞きます。32才でも、ここの状況は対処が出来ません。今そういう事はあります。昔はガンになる前に寿命がきて死にましたから、ガン治療の現実はなかった。その対処を考える必要も覚悟をする必要もなかったのです。

お父さんはケータイから、痛いとかつらいとか口にするなト言われます。木村さんは、痛いのだから仕方がない、とも思う。思った後で言うのを止めようとも思う。私はここまで書けるのは立派と思う訳です。途中半端では役に立ちません。

神仏にすがる、奇跡を願う事ト思います。奇跡とは不都合な現実が消えてなくなる意味です。解消する。それは解決と違うのです。医師は何と言っているか? 回復には運も大切トいうんです。聞きようによっては不謹慎とさえ聞こえますね。

笑う人もいるでしょうか? 現実、そう言われたそうです。運を逃がさない為には決して諦めない。運を自分から引き込む姿勢も重要ト言われたのか自分で思われたか。必ずしもはっきりしません。私は医師に何も言われた事がありませんが、なるほどと思います。

即刻、手術して間を置かずリハビリに移行していく。むろん病気、怪我内容にもよりますが大筋での対応はこの原則です。私たちも対応して行く他はない。時間を置いて自然に治るのを待ったり、痛くない方法を優先したのでは取返しがつかなくなる。

この本は明らかにこう読み解けます。たとえばガンになったとしても取返しのつく方法を選んで、生き延びて下さい。それには思いきりギャッと言って下さい(笑)

〇星野富弘さんは06年4月14日に書いています。

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コメント

こんばんは!
私は今まで幸いにも大きな病気になったことがないので、神仏に祈りたいと思ったことはあまりないかもしれません。
昨年に肺気胸という肺に穴が開く病気になったのですが、手術を控えて自然治癒で直しました。
痛みはさほどなかったので叫ぶようなこともなかったのですが、いざという時は思わず叫んでしまうかもしれませんね(^^;

肺気胸? 治りましたか。肺は、割と治りますねえ。私も肺に古い病巣があります。腰をサナトリウム、結核療養所で治したので結核にかかり、気がついた時には治っていました。まあ、弱った時には再発しない事もない……らしい。気胸はどうか知りませんが一応、ご注意を。

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