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2009年4月20日 (月)

レディ・チャタレー

Ladychatterley02 またしても「チャタレイ夫人の恋人」の映画化です。「レディ・チャタレイ」はセザール賞を総なめにしたと聞き、見ました。ウーン、多分これは日本では受けません。すぐ判るのは主人公の二人が画像のように、モデル体形ではない事です。

コンスタンスは30過ぎ、森番バーキンは40代半ば、年齢は原作より……女性監督の趣味が入ります。BGM、音楽がほとんど入りません。エンドタイトルで音楽が入り、私は息をつきました。原作DHロレンスの27才時の体験が元となっているト私は思います。

この時の女性は6才年上、2人の子持ちでした。ちなみにロレンスは労働者階級の出身で、お母さんっ子、貴族趣味ではなかったと考えられます。チャタレイ夫人の恋人というタイトルから想像される貴族のセックスは、まあ妄想となります。

原作者あるいは監督の主張も、ほぼセックスは自然がよいという内容では統一されます。しかしですね、ここに広がる映画の光景はチャタレイ氏の庭です。貴族家の庭が自然かどうか? まあ映画ですからねえ。あまり、うるさく言っても仕方がない。

日本人の思う自然と、フランス人の思う自然は、かなり違う。それにいいか悪いか、監督のセックス感も出ています。年齢設定だけでも……むろん表現は自由ですが、映画にして鑑賞基準になるものか、どうか? かなり怪しいと思うのです。

最近では団鬼六さんの小説が映画化され、昔は「O嬢の物語」というSM小説が映画化され、衝撃が起こったりします。誘拐や暴力や虐待を描くのですが、知らないで見るとリアリティを感じるのです。少なくとも男は……

SMに詳しい専門などいませんが、SMとしても映画は完全なウソなのだそうです。まあポルノがポルノである由縁ともなります。この映画「レディ」は一応、そういう所はありません。一応違うが、全面的に違うか? ロレンスは現実を、あるていど小説化しており、監督もあるていど映画化しています。

風景には音楽が掛からない。そういう意味では現実に忠実です。主人公の体形は現実以上に現実的です。でもそれは忠実といえるか? 観客はこういう体形の裸を見たいか、見たくないですね。今、モデル出身の俳優に占められています。いい事か悪い事か、モデル体形でないと通用しない。

日本では性は教育しない。家庭でも学校でも出来なくなっています。医学的知識は皆無とはいいませんが……それで表現としての性から知識を得ます。そうすると端的には団鬼六さんとかO嬢から学ぶ訳です。まあ、それなりの偏見が生まれます。

変態描写はありませんが、これが性の標準かといわれると私は躊躇します。私が見たのは135分のR18版、完全版168分のもあるそうです。ごらんになりますか?

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