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2009年4月

2009年4月19日 (日)

100円玉の情報格差

043_01292 情報格差への取組み、むろん行われています。たとえば高知県の県立図書館では障害者や高齢者に宅配サービスが行われます。しかし利用されない。移動図書館バスの広告収入で経費まで賄うが、昨年度は年間12人の利用にとどまったトいう。

高齢者は目が悪くなるし、身障者の必要情報に図書というくくりは難しいのではないか? 昔は本棚いっぱい24巻本の百科事典が知識の標準でした。それが一枚のCDロムになり、やがてインターネット検索に取って代わられた。

高知県立図書館の年間利用で12人が計80回、292冊を借りるにとどまり「もう少し利用があると思った」図書館側の期待を裏切ります。今は調べるといえば、昨日に予備知識を仕入れ、今日は街に出かけて行動し、明日にはブログで結果を報告します

アクチュアリティが違うのです。去年末から顕著になった不景気は今年の初めに深まり、春に一段落を見せています。主婦はちょっとした買占めから買い控えへ、生活のスイッチを入れ替えます。こういった読みが図書では出来ません。つまり情報格差が埋まらない。

たとえばですがパンや麺が安くなると、それに連れ米も安くなる。そんな認識に立たなければなりません。政治的な対策が次第に功を奏しつつある。だが油断をしてはいけない時期ですネ。これを簡単に言います。時代は目まぐるしく移り代わる。

これに対応しなければなりません。昔、鯛焼きが50円だったとか古い事を言ってはいけません。熊本でも豚骨スープだけではなく激辛つけ麺のラーメンも流行っています。ジーンズのビンテージに金をかけるのが終わり、千円ジーンズが流行りそうな気配です。

外出を完全にあきらめるのではなくコンビニくらい使ってみる。最近は3個100円のコロッケを売るコンビニが出たそうです。何でもかんでも自宅でしない、たまになら100円マックを買いに行くのも好ましい。そういう時代です。

2009年4月18日 (土)

低料第三種郵便物の謎 2

8en2 情報が有料化していく中で、ズルい方法が検討され悪いことが行われます。事件には確信的な悪意があった訳ではない。だが悪事が行なわれた以上は厳罰をもって報いてほしい。ここに被害者はないように見えますが、またしても税金をタダ使いされた国民被害です。

事件にはお馴染みベスト電器が入ってきました。低料第三種郵便、身障者郵便とも言われますが、一般の身障者および弱小団体とも関係がありません。月3回、あるいは毎回500部以上を発行郵送する大身障者団体は滅多にないものです。

このブログ記事からまとめ直した紙の「かけはし」があります。こういうシステムが使えれば、知らない人に上げてもいい。あまり多いとアレですが毎回、数10人程度なら手数を惜しみません。むしろ毎500以下、あるいは月3回以下で公社には、お考え戴きたかった。

ただ、これ審査は大変と思います。今回も隠れみのとなった、名義上の身障者団体、福祉団体には手数料を払って、ベスト電器のような大企業がチラシを郵送していた。私のかけはしに数万円払うから言われたら……私も判りません(笑)

そういう団体、個人を審査してこの人はOK、この団体はNGと決める。一定期間の後、また見直すのは大変な人権費がかかります。それで数で使い難いよう設定されただろうト思う訳です。そういう訳で低料第三種郵便とは不思議なシステムです。

多分ですが、これは第四種郵便と合わせ作られたト、私は考えます。第四種は視覚障害者用の点字の文書を郵送するシステムで、これも切手代は低く抑えられている。しかし点字でズルをする人は、あまりありません。現在まで三種のような問題になりません。

それが身体障害、私ども体の障害ですと普通の文字や絵での郵便は、健常者と違いがない。そこに目をつけられ、結局、攻略され悪用されます。社会のコミュニケーションの多様化……ダイレクトメールに使われたのです。

低料第三種郵便は廃止の方向で検討が進むと聞きます。仕方がないでしょう。ただ身体障害があると外に出づらい状況は、今もあります。身障者の情報交流、ないしは情報格差を保障しようとする考え方は、今も大事と私は考えます。

ケータイは半額保障で充分なのでしょうか? 身障者のケータイの使用率は大きくは伸びていない。地デジについては身障者割引など、どうなって行くのか。2011年、フタを空けたら身障者はTVを見なくなっていた……情報格差で、そういう事になったら?

情報が有料化し高く感じられる中で、この規則が検討され悪いことが使われました。しかし、もっと考えて欲しいのは規則がなぜ作られ、どう運用されたか。情報が今、どうなろうとしているか。

9年2月2日「低料第三種郵便物の謎」

2009年4月17日 (金)

ジェッシー・ジェームスの暗殺

1031925_l_2 ジェッシー・ジェームスといっても日本では誰か判りません。往年の西部劇通なら違う反応もあるでしょうか? 南北戦争後の米国で、最初の銀行強盗に成功した人として謳われております。あと伝説が伝説を生み、義賊であったとかなかったとか。

そのジェッシー・ジェームスの暗殺ですから、その最後の話になります。そして演ずるのがブラッド・ピットさんとなると……つい連想するのは「明日に向かって撃て!」サンダンス・キット役のR・レッドフォードさん、ではありませんか?

キットとブッチ・キャシディも実在の、伝説の英雄であります。二人にはラストの銃弾の雨をかいくぐり、国外へ逃げ延びた伝説があります。あのスマートな映画を邦画と比較して何ですが、日本でいえば「仁義なき戦い・広島死闘編」という所でしょうか(笑)

ちなみに死闘編の欣也さんは今、ソフバンのCMの白犬でヒットしています。レッドフォードと比較されたブラピですから、一度、レッドフォードに演技でメッセージしたかったのではないでしょうか? ギャングはギャングじゃないか。英雄になんてなれない。

権力に反旗をひるがえすアウトロー、反ハリウッドにみせたニューシネマのカッコよさ、それはレッドフォードの美男ぶりと重なりました。それは主演でなく製作をこなす映画人レッドフォードへとつながって行きます。

スターとして映画に出る男ではなく、映画を通して物言う男……ジェッシー・ジェームスは人を信じない男です。仲間との時間が長くなるとその仲間が信じられなくて、殺害してしまう。いえジェッシーだけでなく、ギャングなんてそんなものかもしれません。

仲間を殺して仲間を次々、入れ替えて行く。私たちは信じられなくなったら別れればいいけど、犯罪を共有した仲間は別れる訳には行かない。バラされたくない過去は殺す事でしか温存できない。そしてジェッシーの首には賞金がかかっていました。

私たちの世代は何となくそれが判ります。1972年、浅間山荘に立てこもった過激派は、警察が読んだ人数より少なかった。過激派は自分たちを殺していました。仲間を殺すことで自分は生き延びようとした。イデオロギーを持つ事には、そういう面がある。

ギャングと学生運動は違うけれど、同じ側面もあります。ブラピはレッドフォードさんの生き方を批判していると思う。キレイ事をいうな……お前も仲間と別れたではないか。「明日に向かって撃て!」や「スティング」の後、結局、レッドフォードさんは一人で映画を作ることになる。

ここには結末を書く訳には行かないのですが、どうしましょう? ……ええっと女性と別れた事、おありですか。最後の逢瀬でその人に別れをいい、去って行く人の背中を見ながら、ふいに輪ゴムの銃で撃ちたくなった事はありませんか。

批判の銃に込められる弾丸は、必ずしも憎しみだけとは限らない……それでは、本日もお後がよろしいようで。

2009年4月15日 (水)

車椅子駐車場から専用道路へ

Tyusya ルールを守る人よりも守らない人の方が、強いんだから困まる。例によって障害者駐車場の話です。この見出しで見ると、店側の怠慢のように感じますが、文面はそうでもない。投書の結びは「店も、相手が客だから強くはいえないのだろうが見て見ぬふりではすまされない」となります。

記事は最近の読売新聞です。店の障害者駐車場の警備員も「罵声を浴びせられることもあるので注意しにくい」との意見です。投書の主も声をかけてはみるが、無視されたり開き直られたり。「止めなければいいんでしょう」と吐き捨てる人もいたりする。

ラジオ番組での障害者駐車場テーマの話題でも、似たような内容でした。この投書の上側の別投書では、小学校周辺、歩行者時間の専用道路に入り込んで来るドライバーが後を絶たないの訴え。それも、きまりを知りながら通る人があると言う。

「誰が決めたのか」と逆上する人もある。注意する方が悪いような言われ方にもなる。ルールはやはり守る人より守らない人の方が強い。お手上げ状態、困ってしまう。それは歩行者専用路でも障害者駐車場でも同じ事です。

こうなってしまうと対策は、法的きまりを作り罰則も決めることでしょう。行政は、この場合は警察です。公道私道の違いがあるので……とか何とか向き合おうとしません。その辺をルールを守らない人達は、何となくですがこれを知っています。

つまり警察はルールを守らない側に立つ、立つたも同じです。別に行政に限ったことではありません。組織は役目を果たすよりは組織自身を守ることに熱心です。そうさせない決まりを組み込まないといけない訳ですが……

何といっても当座の役に立ちません。私は方便を使うことをお奨めします。前に書いたのでは、露骨にナンバーを書きとめる姿を見せつける。ケータイで誰かを呼び出すフリをする仕草、食えない奴は嘘で打ちましょう。(08年9月12日)

また新手の嘘を考えました。

「××県や〇〇県、△△県に続いて、ここに駐車すると罰則がつくそうです。いや罰金じゃなくて切符を切ると聞きました。1点くらいじゃないですか? あまり高い点でないのがいいですか?」

「何なら警察の友人に聞いて上げましょうか? いえ知り合いがいますので、すぐ出ると思います。ちょっと待って下さい……もしもし、係の加藤さん? ああ、加藤ちゃん呼んで。私はhata、羽田まじめです。うん急いでね……」

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08年4月12日、9月12日

07年5月7日、12日、7月11日

06年2月3日、7月8日

2009年4月13日 (月)

刊行予定本「天才!……」の試読

Tennsai 5月中旬刊行の本の試読をします。

「天才! 成功する人々の法則」マルコム・グラッドウェルという本が送られます。訳は勝間和代さん。米国では3ヶ月で100万部突破のベストセラーだそうです。全体9章と序、終章のうち最初の序と2章分を読むわけです。

あまり細かい引用はするなという条件です。ブログ等でどう扱うかは任せるともいう。

序章での健康すぎる村の、健康の理由が個人にはなかった。どうも言い尽くしてないが、今いわれている個人レベルでの善悪論は見当違いと言いたい……らしい。

読まれる人は何が何だか判らないだろうが、私も判りません。この本は高く育った木について書いたのではなく、森について書いて行く。言うような文章が1章の始めの方で出て来ます。これが本書の判り易い見とおし、論旨とも言えます……ト思う。

実質1章はそれ以降で、早生まれと遅生まれの問題を扱います。ホッケー選手の誕生日から始るので私たちには馴染めないが、小学校に行き始めの頃に言われた。生まれた月で有利になったり不利になったりする。判っているが手直しは行われない旨。

これはありましょう。先日聞いた、寺田寅彦でも寺田は中学入試を失敗します。翌年に通り、通ってから飛級します。後にタッチの差でノーベル賞を逃しますので、失敗しないで飛級していればノーベル賞も取れた計算になる訳です。魅力的な話ですが……

本書にも似た視点があって言われる事は判ります。ただ天才になりたいという下心で読むか。自分で天才になるのは大変そう、天才の親をやって老後を楽にの下心にするか……どの見方で読むか? それで意見が分かれると思います。

どちらも嫌というと本書への関心は急激に薄れる。ビル・ゲイツやジョン・レノンの外人というと細部が判らないのですが、寺田や漱石という邦人の天才には露骨な厭世主義が感じられる。あれは家族といえども楽ではなかったのでは? ト、私は思います。

早生まれ遅生まれの例ではあまり反対は感じませんでしたが、ビル・ゲイツとジョン・レノンを一律に論じるのが2章になります。確かにどちらも天才で、そこに異論はないが……天才も一万時間の練習時間が必要という。

それは大筋では認めるものの、質的な時間の意味には? 一般バイオリニストの練習時間と、モーツァルトの傑作作曲までを、重ねて比較しても意味が判らない……思う部分が私にはあります。まあ時間の意味を何と見たのか。その辺はもうひとつ通じません。

天才の森に分け入って一本の高い木を探すようで、魅力的な探索になります。見かけですべてとか、最初の閃きで決めよ言うような、あまりに安易な本とは、ちょっと違うようです。これは最初の75ページでして、最後までの価値の保証は出来ません。

こんな書評でよいでしょうか? 講談社の青木さん?

寺田寅彦と熊本 講義ノート

Terada

放送大学、21年度公開講演は「寺田寅彦と熊本」所長柏木潤先生から始ります。寺田の物理学功績、最たるは「X線の回析研究」1913年36才時のもの。ノーベル賞級といわれる。

強い印象はないが寺田寅彦の随筆は読みました。表紙の記憶がなく教科書収録のようで、しかも実際の授業は受けていない。寺田が五校に居たというのは初めて聞いたような、薄く何かあった曖昧……「科学と文学」を読みかけ講義当日となる。

寺田の専門は、父の勧めの造船学から、田丸卓郎講師の影響で物理に変わった。田丸との間の関係性は判らないが、田丸は非常に難問を出す先生だったらしい。心理学を勧める先生もあった。3年になった時に父を説き伏せ鞍替えをする。

20才で15才の夏子と結婚するが別居。下宿先に漱石宅をという案もあったが柏木邸の西角部屋を借りる。早い段階でバイオリンに関心を持ち買っている。一人っ子で家には余裕があった。文章より音楽の引力は強く、立田山に登って演奏した。この段階ではバイオリンの先生に就いてないらしい。

同級の竹崎のために点もらいに漱石に会い、意気投合した。俳句を習い、この影響で漱石もこの頃、明治32年前後に句作が多くなっている。ただし2人の作のピークはぴったり合ってはいない。

明治34年に長女出生、夏子肺炎、本人肺尖カタルで休学。翌年夏子死亡。

卒業、講師拝命、再婚……しかし講師を止めたい。この時期は漱石とほぼ重なる。

学位論文「尺八に就いて」

講師を止めるのはほぼ決まったが、学長?の命で農事試験場嘱託に。

宇宙物理学の研究のために英国留学下命。

尺八をなぜ。この段階でも先生についていない。東大学者間の軋轢は寺田のストレスにつながり、発散として尺八で吹いたとしても音だしだけか? 尺八を物理的に考察したのが論文、それがまた学位へと流れた?

寺田39才、教授昇進、胃潰瘍を病む。翌年妻死亡。この前後でまた大きなストレスが生まれていた事になる。再々婚後、自宅休養に入るが絵、バイオリン、随筆集の刊行をしている。この時期の寺田の行動は29才時と似ていないか?

玉突きカメラ……これは悪くいうと仕事に行き詰まると趣味に走る。趣味から新たなテーマ、ないしは展開のヒントを得ているのではないか。思い出草の、落ちざまに虻を取る椿は、漱石の思い出にウエイトがあるのでなく、寺田自身に似るからでは。

とすれば問題の見なおし、立て直しのヒントも遠くにでなく、すぐ近くにある事になる。画像は寺田自画像、玄人はだしです。

2009年4月12日 (日)

自動車キーの電池

Cr1616 自動車キーに使う電池ですが、意外と置いてないものです。電器店、ダイソー合わせて4軒目にありました。どうなのか? ディーラーは必ず持っているものなのか。切れる前に供えておいた方がよさそうです。

以下は追加記載です。自動車キーに使うバッテリーは3、4年が寿命といいます。この電池も早めに交換したがいいようです。ディラーは店頭には手持ちがなく、注文によって補充するのが一般的。早くて翌日の補充になる。

3年目ごとにチェック、電気店や百円ショップで見かけたら代えて置くのも方法です。

http://s-kht.com/jidosya.html

2009年4月11日 (土)

ミッキーによろしく

Hasami アアッと思うのですが結論がつかめません。二度や三度ではないので思い過ごしではない。何かが違うのでしょう。違和感があって素直になれない。そういうことってありません? これでは抽象すぎて話になっていませんねえ。

いえ、TVで車椅子の若い女性がディズニーランドに行きたいという。二度目だそうで、この次に行きたい所も決まっている……はい、それもディズニーランド。つまりハマった訳です。普段から電動車椅子での移動とみえ、どこか行くとなるとディズニーランド。

勝手といえば勝手ですが、ディズニーランドの他に行く所がないと考えると、問題が少し見えて来ます。前からこういう傾向はあったのです。コンサート通いにレコード集め、ファンの集いに行って、その先に行きたい所が見つからない。

コンサートをディズニーランドに置き換えて、車椅子身障者の行き場所なんて、そんなに沢山ある訳ではない。閉じこもってどこにも行かない身障者に比べれば、まだいい方という意見も、それも昔からありました。先は言ってはいけないと……

昔のフォーク歌手は同じようでも、それぞれ違う問題意識があって、今のカリスマ歌手とは違いました。ステージの上から自分の問題を問いかけました。カリスマ歌手は歌はうまいけど、そんな事はしません。私には意識自体がないようにさえ見えてしまう。

ディズニーランドもそうではないか。いくら通っても出口の見つからない迷路のように、享楽性しかないような……いや、そうじゃないだ。あそここそが……むしろ私としては、そういう意見が聞きたかった。

ところで村上春樹さんがディズニーランドについて書いています。肯定派、否定派、微妙なんですがね。これはやはり面白いと、感心した3つのポイント……を書いて、あっけらかんとした楽天性がいつまでつづくのかト結ぶのですね。

私は村上さんのような高名な作家と同意見の表明はしません。この場合、意外な意見の一致であり、正直、たじろぐ部分すらある。この場合にはヘソを曲げての反対はしません。社会は広げられて見え、実は閉塞している。

車椅子の女性は、同じ年くらいの学生介護を頼ってディズニーランドに行って帰って来る。ただし必要経費は健常者の10倍くらいかかります。それでTV報道はその金額を問題視しますが、私は以上の点に目がいきます。

いや思い過しかも知れない。女性は介護学生とメルアドを交換して今ごろはケータイでミッキーマウスについて、メールをやり取りしている、かも、かも知れません。私は結局、ディズニーに乗り遅れてディズニー映画さえ、よく判らない始末です。

2009年4月10日 (金)

ニコラス・ケイジさん

Nextmovie2007b 気がつくとアクション派もニコラス・ケイジさんだけです。ターミネーターのシュワちゃんは政治に転向したし、ロッキー・スタローンさんも最終回を上映しました。デコチン振りかざすニコラスさんだけが若い女優を相手にがんばっています。

映画の入場者数に軒並み、陰る中にあってニコラスだけが興行的にうまくいっている。なぜと思います? あの人は、ぶん殴ったり銃を撃ったりのキメがない。暴力が少ない。逃げたりかわしたり外すのが多い……それが現実ですがネ。

だからだと私はにらんでいます。ニコラスには女性ファンが多い。女性は暴力シーンが苦手で、危なくなると目をつむり、そこだけ見ないで済ます人がいます。サスペンスシーンはOKで、そちらは大好きという。そこがシュワちゃんスタさんがダメな理由です。

男の映画に男が飽きて、もう映画館には行かない。ゲームやガンプラに熱中している訳ですから、ニコラスの台頭にはそういう理由がありました。もう1つ、あの人はコッポラさんの親戚筋で、映画界では名門に属する。

映像がキレイで編集が丁寧、どこで切ってもまとまっています。最近、私が見たのは「NEXT」「ナショナル・トレジャー」どちらもよかった。スッと入れて中だるみなし、ラストまで一気に見せます。有りがちなパターンをちょっとだけ外す。範囲内という事です。

NEXTは未来を予測して変える。設定は「デジャヴ」に似ていますが、デンゼルのような刑事ではなく、FBIの女捜査官に追われる設定、もう一方で若い女を追いかける。数でいえばサスペンスを強化して、ロマンスも2倍という計算になります(笑)

ニコラスさんの困ったような顔、演技ではなく地と思います。国内でいうと西村雅彦さんあたりと重なる感じか。ニコラスさんも共演のバイプレイヤーの顔です。デビュー当時「月の輝く夜に」では、とても主役を張れるように見えなかった。

不明を恥じましょう。スピード感のある演技は一方をかわしながら、他方に迫る設定に合う。これを見た後でデンゼル・ワシントンさん重厚ではあるが重たすぎ、はや年令を感じさせます。相手役が若いのも内容にはつながらない。

熊本で最近、DV事件が起きてまして年齢差40才の夫婦、事件がよく判らないと思ったら、男は4度目……つまり結婚マニアです。女性はフィリピン人、間に生まれた子供が自分のと信じられない。まあ、つり合わぬは何とやら、幸福になれなかったようです。

現実はいろいろでしょうが、映画の中は図式的、サスペンスのときめきが恋愛のそれと重なっていない。悪くない出来ではありますが、この手の映画は「スピード」にとどめを刺す。スピードは出来がよすぎたようです。

画像は共演、ピーター・フォークさんとの写真

2009年4月 9日 (木)

手づくり封筒の3

Huto その後、封筒の手づくりが定番化します。まあA4紙はチラシ等があれこれあって、封筒を買わずじまいに終ってしまう。毎回、チラシを折り紙よろしく折っています。画像のようにハガキの宛名書きで印刷できる事も判って、中途半端な市販封筒よりは機能性が高い。

原案はサンゴー企画の「しのご」さんの物で、08年12月30日に出しています。原案ではA4紙を3つ折りにして収納するように設計されています。これを4つ折り用にアレンジすると余裕が出来ます。僅かに重ねる部分をノリシロに、使い勝手は安定します。

それより大きいのは3つ折りに馴染めない。私の感覚、個人的な敷居の高さになって、こういうものに結びついたのか? 自分で自分の結果に何やら合理的でない物が……物事の芯で捕えようとせず、表層表面を迂回する。いい傾向ではない。

手作り封筒には根強い人気があり、それはエコやリサイクルの観点からと、包装紙などで可愛い封筒を作りたいという女性の需要と思われます。Web、NETをかけめぐる情報が、Faxやメールのデジタル化ではなく、アナログ方向にも向いている。

確かに少なくはなっているが、裏の使えるA4紙は周囲にまだ見られます。そればかりか、有名な商店や企業が一回使った紙を、もう一回使う風景も見かけます。店頭にない商品の注文を出すと確認書の裏には、関係のない個人名が出ていたりする。

ちょっとした情報もれ、首を傾げた事ありませんか。この封筒をマネして作られるのはかまいませんが、紙の表が何に使われていたかは各自、ご注意ください。むろん発案、設計のしのごさんには深い感謝を。

サンゴー企画 http://www.sango.edisc.jp

08年11月13日「スキャナーコピー」

12月30日「手づくり封筒の2」