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2009年2月25日 (水)

武士道

ニュースショーで某評論家が、日本の生き方という時に武士道をいいます。一瞬、WBC野球かと錯覚しながら私はその女性に見入ります。確かに時代劇は主人公は町人、百姓よりは、侍である事が多く、話の筋は仇討ちです。仇討ちは出世と結びつく夢がある。

立身出世の方法として仇討ちに目が行った。いろいろ断りはあるでしょうが、武士道とは仇討ちの事ではなかったか? 私はそのように考えます。新渡戸さんを読んでも行儀作法や、修身の時間を増やしても、それでも人は変われない。

それより仇を討てば金儲けになる。給料倍増、生活も優遇されるかもしれない、農民町民がこぞって忠臣蔵に血道を上げた理由は、そう考えると納得がいきます。肝心の仇も居ないのに、武士道も刀もチョウチンもあるものか。

出世がない花も咲かない、ただ腹切ならさぞ痛かろ。トぼやきひとつ言いたくなります。ただ忠臣の子孫はお抱えがあったらしい。忠臣蔵は三大歌舞伎の中でも一番とされます。その歌舞伎の代名詞の忠臣蔵も後期では、義経でも道真でもなく四谷怪談と対になる。

四谷怪談も仇討ちの話で、仇を取るまでに紆余曲折や幽霊がある。お岩さんは父を切られ、切った相手と知らず仇と結婚してしまう。因果も背負えば返討ちもある。仇討ちは大変だよ、そういう教訓もある。武士ではなくてよかったね、視点もあります。

時代の流れで初期の頃は義士を誉める内容から、後期はやっぱり仇討ちも大変との解釈に変化があったのかどうか……そういう推測も可能です。武士道に時々で変化がなかったかどうか保証もありません。なにしろ文書化されていない。

大体は判ってると言う方があります。私が知っているのは最近の武士、新撰組があります。新撰組の人は生き残りがあって手記や本人が言い伝えておられる。ただ服は残っていない。予算がなくて浴衣地で作った上っ張り、いわば制服ですが一枚も残っていない。

何で判るか? 東映の新撰組、東宝の新撰組、松竹の新撰組……映画会社であの制服が全部違います。漠然とは似ていますけど、良く観て細かくいうと違う。見本になる資料がないのです。武士道も大体そんなふうな物でしょう。

「無礼な奴、切り捨てご免」といって、どのあたりまで無礼をすると切り捨てご免になるか、ならないか。その時々のストーリー展開の都合で大河ドラマは進行する。外国が宛にならないから国内に規範を探そう、急にも引き合いに出そうという。

そんな都合のいい武士道がある訳がない。新撰組のハッピも出ませんから……そういう訳で武士は人口数も少なく、道も少なかった。百姓さんなら沢山いたわけで文書はともかく、生活が形になって残っている。つまり百姓道ならあったらしいのです。

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