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2009年2月19日 (木)

熊本城 川村晃

Kawamu_2 

去年一年、熊本城への来訪が多かったと聞きます。無論かなりの数は市内からで、県外からの数ではないので経済効果も限られると思います。不景気の折に、それでも珍しく目出度い話であります。熊本市としては更に基金を募り、城の補修を続けるといいます。

この前の補修は天守閣、昭和34年に再建された鉄筋であって、城で本当に古いのは石垣です。天守閣の再建に功績があったのは株で儲けたお大尽、当時の金で5千万円をポンと差出した。義挙に刺激を受けてたちまち一億八千万が集まったという。

見ていたのか! 私が歳たって、そんな昔は知りません。この本に書いてあります。いい加減な所もありますが、一応は調べて書いてある……だろうと思います。歴史はたいてい曖昧で、書いた人が好きなように書きます。

株大尽というがもう、その人の名前が知れないのか。名前は書いてありません。私が知っているのは広漠とした史跡に草が伸び、風が吹いている光景です。子供が遊ぶのに都合のいい景色ばかりです。株大尽の続きで作ろうと企画……ヒットしたのだから妙案です。

また名無しになってはいけないというのか、城主として今度はプレートを残すそうです……いくら建ててもお城ですから、市民にそれ以上の意味はありません。その昔に加藤の清正公さん、かなり無理して作ったと思います。

清正公さん、時代はすでに徳川の世だったのに、豊臣の世を夢見たフシがある。普通の城より力を入れ、徳川に対抗、それが今に持ち越された原因の一つになっている。この本に書かれた事は、およそ言われた話で珍しくはないが面白い下りがあります。

清正公さん、俗説、毒饅頭を食わされて死んだ事になっています。この本では脳出血とか、頑張り過ぎではなかったか、と仮説があります。清正公の母も寝たきりになった。清正公さんも苦労が重なった……それは並外れた規模の城にも見て取れます。

熊本市民もあまり頑張ると続かなくなる。この復旧にはキリがない。完全になんて出来ない。少しやると勢いが付きます。それでもう少しもう少しと頑張る。それは一面、立派なことだけど、必ずもう一面の不足になります。

他がおろそかになる。つまり一時は持つけれど、長くは持たず、やがて全体を失うことになる。7年に及ぶ朝鮮出兵の後に、毒を呑むように倒れたという清正公さんが、今生きていいたら何をいうか……そう、後は申しますまい。

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コメント

熊本に1年3ヶ月住んだことがある私ですので、ご当地の皆さんが”せいしょこさん”、清正公を大切にしていること、よく存じています。お城は熊本の誇りですから、本丸御殿の復元に始まる平成の大復元工事は、一種のナショナリズムなんでしょうね。
箱物を作ったら、後の管理が肝心です。せっかくの美しい建物、しかも伝統工法を忠実に再現して建築するという技術的にも貴重な建物ですから、末永く維持していただくよう、切に願う次第です。

はいはい、そうなのです。
数の裏づけを書き忘れました。来場が普通は150万人くらいでしたが、去年度250万人くらいに膨れ上がりました。
まあ大したもんです。

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