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2009年1月11日 (日)

月のつづき

あまりは知らない人と映画を観に行って、後で映画の話をします。上映中は話しません。上映中は一人と同じという説があります。言えますなあ。最近は終わっても何も話す事がない映画もあります。あれはスピルバーグ監督あたりからでしょう?

「ああ面白かった」
「面白かったです」それでもう、お仕舞いになります。
たとえばジェラシックパークですと、恐竜がやたら追っかけて来ます。本当の恐竜がいても、あんなには追わないト思うのですが、本当には居ませんから文句もいえない。

追っかけて来るから逃げるだけです。逃げるだけで終われば、隣席とも話す事はありません。そこは当たり前です。それでホッとするような、がっかりするような部分があります。他を必要としない自己完結といいます。

トリックとかSFとかCG、コンピュータ処理が発達して、あの手の映画が多くなった……(笑)ウソですよ。本当は前からあったのです、昔過ぎて覚えていない。こっそりお教えします。お岩さんとか、化け猫とかの怪談が構造的には同じです。

昔のお盆映画はほとんどスピルバーグさん式であります。天地茂さんなんてお化けとの共演がお上手です。
「出たな、お岩。斬られて刀の錆びになれ」なんてね。眉の間にシワを寄せると、お岩さんが座敷の隅にいるような気になる。

恐竜なんて実体がありません。ないものと心交わすことは出来ません。お化けとも心交わしておりません。
「怖かった」そういう他はありません。それで終わる。自己完結とは心が退化して働いていない所に問題があります。

前に月の話を書きました。私が言う月とは他人と、誰かと見た月という意味です。映画を観るように誰かと観る。ないしは観た映画の話をする。対象化というのですが、それがないと観た意味は薄れます。

自分の見方と他人の見方を照らし合わせ、その違いを吟味する。それが心の営みというモンでしょう。たとえば昔の松竹映画で、
「あら月がきれい」と女性が言ったら、単に月が見える意味ではありません。相手方に話しかけている訳です。

大体、相手方は男です。父親や自分の子供にそんな事はいいません。多くを知らない男が傍にいて話しかけている。
「あなたの傍にいて気持ちがいいわ」くらいの言外の意味があります。

「ああ、良い月ですね」と男が返すとします。何かの意味で悪い月というのはありません。これにも言外の意味があります。
「私もあなたの傍でよかった。この、ご縁を発展させたいものです」そういう感じでしょう。自分の内側と外側とで対話が進んでいます。

心が活動し発展する、そこに意味があります。別に気が向かないなら止めてもいいのです。何でもかんでもスピルバーグ式、ホラーとコンピュータ画面ばかりでは発展が望めません。驚くだけでは心の働きとして足りません。

他人と対面して心が働かないとどうなるか……またにしましょうか?

●画面は、心を働かせる遊びと思われます。こういう遊びはしません。流行りません。

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