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2008年12月

2008年12月30日 (火)

手づくり封筒の2

いい加減なネタは少なくないのですが、封筒を手作りする記事もその部類に入ります。「スキャナーコピー」11月13日の記載です。いい加減な割りに、読む人は多かった。それぞれ動機があって、私のようないい加減したい人は少ない。

エコ志向で包装紙を再利用したい。趣味でかわいい封筒を作りたい……まあ色々ある訳です。私も書いた時は考えが及びませんで、それに答える原稿に出来ていません……それで調べていると面白いWebに行き着きます。

サンゴー企画という会社で業界紙を発行したり、「超」整理手帳を自分流に作ったりされる方らしい……そこで画像のようなA4紙で作る封筒を設計されている。設計という程の事もなく、A4紙に21.2×10、4センチの四角を書けばいいのです。

紙は切らないで折って封筒に出来るという。A4紙を3つに折ると丁度入る大きさになります。ちょこっと小さい。もう少し大きくするとA4紙が楽に入るのですが、ギリギリサイズであります。もっとも間に合わせですから、これで十分とも言えますが……

前回「スキャナーコピー」のように型紙フェイルもあってフリーでもらえますが、これが小さいし型紙はなくとも簡単に出来ます。以下にWebアドは紹介します。教養必読書のリストアップなど、他にも参考になる記事があります。

サンゴー企画 http://www.sango.edisc.jp

2008年12月27日 (土)

「ブログで対談」アイ会議

「ブログで対談」アイ会議の持ち番が回って来ました。
北九州の787.TSUBAMEさん、熊本市の私、長野のさくらさんの順で、その2回目が回り、ここで5章となります。ひとつのテーマを決めて話し、一段落のあと若干の整理をして再発表の形を取ります。

そしてツバメさんはホームページで収録、さくらさんは……その内、何か出されるかも……3人は車、三菱i(アイ)に乗っています。「アイじゃないと」とこだわりを持ったオーナーもいれば、そうで……いえ全員、そういうオーナーばかりです。

アイに乗った事のない人、一般からもコメントが入っております。そのほか冷やかしオチョクリ、冗談のぞくだけ、何でも受けたいと思います。それで今回テーマ、前の車とアイの比較、またアイの後には何に乗りたいか? どんな車に乗りたいのか。コメント、お願いします。

具体的な話はむろん、抽象的な話でもいいです。車について話し合いたいと思います。なお私のレギュラー日記、記事は、この対談タイトル後に記載をします。

AGF ちょっと贅沢なコーヒー店

気まぐれに、こんなの買ってみました。ブレンドはブラジルとコロンビア、ブラジルが多くて他のも入っています。既にいろいろ入っているので、あまり混ぜないで飲みます。70度くらいでたてて、たて上がりに加熱します。

賞味期限が長い事は煎りたてという意味。これは経過すると飲めなくなりそうな味です。袋の色で判るとおりアメリカンじゃない。まあまあ、普通にはミルク入れる。そういう味でしょ。豆の方とは混ぜないので交互にたてる事にします。

口が変わるのでうまい、別な意味では落ち着かない。ある種の不安と同居する事は、別な意味では不安に強くなる……かなあ?

2008年12月26日 (金)

あの戦争は何だったのか「日米開戦と東条英機」

あの戦争は何だったのか「日米開戦と東条英機」での、東条英機像には驚きが言われています。ドラマに置いては、いわゆる悪玉ではなく開戦か、和平かに揺れる人物として描かれました。この東条像は見たことがある……

「プライド」という映画が津川雅彦主演であって、それは東京裁判を描いた物で、東条家では喜ばれたと聞いています。今回ドラマは前半にニュースや写真、遺族証言をつないだドキュメントがあって東条家からも出演されています。

東条像にも納得がいかれているト、予想される訳です。どの遺族の誰にでも納得できる開戦を描くとすれば、どのようなストーリーになるか……想像はつくかとも思われます。確かに誰が見ても、ある程度は納得でき見ごたえのあるドラマでした。

ただ書いたように矛盾はありました。ビートたけし演ずる東条英機が一人、昭和天皇に拝謁します。東条たけしが叱られると思っていると、
「内閣組織を命ず……陸海軍はその協力を蜜にする事を留意せよ」ト勅命が下るのです。

昭和天皇の言葉は……で省略した所があったり、明治天皇の御製歌があったりで、本意は和平だったというのです。東条もそれを知っていた事にドラマはなっています。でも証明は出来ない。東条たけしは他の場面では、開戦派として発言しています。

ハムレットなら開戦か和平か、それが問題だ……で面白いでしょうがオフィーリアもホレイショーも出て来ませんしねえ。どこをどう取っても武器を持ってる軍人と、丸腰の一般人、記者役の只野仁さんさえキツイ体罰を食う始末ですから……

設定として面白かったのは、東条たけしが天才タイプではなく努力を重んずる人物として書かれた。確かに凡庸な人に安心する気持ちはあります。右と左の中を取っちゃう、正悪を自分で判断せず、大勢についてしまう……それが日本の道を決めたという解釈です。

次に面白かったのが非凡な人を出して比較した点です。数学的な確立論の天才、山本五十六さん。自信を持って真珠湾という博打を打ったんです。真珠湾奇襲作戦、奇襲には成功したのかもしれませんが、あれで米国民の厭戦気分に火を付けました。

日本への気分をダーディ・ジャップで一本化したんですもの。山本さん一世一代の大失敗です。才能で負けて頑張りで負けて、戦争は何のいいとこもなしにコテンパンと書いときましょうか。この手の原稿はヘタを書くと怖いです。

右からやられ左からやられ、総括を迫られます。総括って何だか知っていますか? 知らない、総括といえば……あ、今度にします。今日は、さいなら。
日米開戦と東条英機 http://www.tbs.co.jp/anosensou2008/
プライド http://www.vega.or.jp/~toshio/pride.htm
●画像 作者不詳 うまいですね。

2008年12月24日 (水)

座禅の「禅」

もう一方で「行」に、よく言えば憧れがあります。寒中に滝に打たれると何かいい事があるのでないかトカ、火中を渡ると運が開けるのでないかトカ……少し、さもしい人がそう思う場合と、そうとも言えない人が思う場合があります。

フランスで禅が流行った事が……失礼、Webで調べると今も定着しているそうです。60年末といえば政治的な挫折です。
http://www.asahi.com/housing/world/TKY200801300265.html
挫折の後、若い世代は目的を失います。その受け皿は禅でした。日本への傾斜、失われた自由を心の中に求めます。

禅やヨガでは脳にアルファ波が測定されており、そこからの救済は一面の事実らしい。脳波で全部の説明はできないにしても、一部の証明にはなります。人が禅にのめり込む背景には、どうも前提に明確な不幸がある気がします。

道元さんは父親がはっきりせず、母親も早く亡くなります。それで寺を頼ってその道の、曹洞宗の改組になる訳です。井上ひさしさんが「道元の冒険」を書いたのは、道元と境遇が似ているからと思います。ひょうたん島も夢物語のようで、有り体にいえば孤児院なのです。

社会は戦乱、疾風怒涛の時代です。何もあてにならない誰も頼みに出来ない。確かなものは今を生きようとする自分だけ……ここだけの話、そういう時代に突入する気がします。ちょっと調べますと、禅においては肉体と魂は別でないらしい。

あまり詳しい事は判りませんが、禅は大胆な事をいう。小心な私は判りません(体験は理解では得られない次元にあるが、体験だけでは理解できない次元も、あるのかもしれない。あるいは両者を合わせると強いのかも)

水泳中毒だのスイマーズ・ハイだの、訳の判らない事を書き散らしていたら、あれも検索で上位にランクインします。行きつけのプールで、あのような下らない話をします。なぜか毎日泳ぐか、水泳は「行」ではない。そういう話も時々します。

ただ話した一人が、かなりスピーカだったようです。話した事のない人が話しかけて来て、
「毎日ですか?」と私にいいます。
――ええ、そうです。
そう答えます。それだけでは済みません。

「ここの休日以外は全部ですか?」
――休む時はありますが、よそのプールは空いてますから。
「え、よそもあるんですか?」
――それは、上熊本に県営プールがあって、大きいアクアドーム。その南に体育館がもう一つあって……私も行った事のないプールもあるそうです。日替わりで毎日変えても一週間で追いつきません。
「(笑)確かに……」

脳内でも麻薬は物騒だから、今度、水泳にアルファ波が出ないものか調べて、水泳も禅と同格にならないかと思います。
●映像はサイトで4位になった証明、また雨か?

2008年12月23日 (火)

自然の「然」

自然の「然」は然という字をあて、座禅の「禅」は禅という字をあてます。ふたつのZENに共通点はあるのでしょうか、ないのでしょうか? これを最近、流行の兆候にある道元禅師と障害リハビリ、2方向から考えています。

道元さんは座禅を組み禅する事を至上とします。演劇「道元の冒険」(このブログで書いています)では日常の暮らしに忙しい者は、日常の暮らしが禅になる。座禅に等しいというような言及があります。実際の道元さんが、何を言ったのか私は知りません。

障害者も重度になりますとリハビリの重要性を言われます。今は老人、高齢者もリハビリを言われます。リハビリもラジオ体操、NHKみんなの体操も含めると多いです。体操は普通はリハとは言いませんで、本格的なリハは病院に通ったり時間や金もかかります。

そこら辺に嫌気がさした障害者は、毎日の生活がリハビリで特別な事はしないでいいト言い出した訳です。事情を知っている者としては何ともいえず、知らんふりです。ことさら何もしない。それをしぜーんと、じねーんとト方言でいいます、自然薯のじねんです。

この場合、じぜん、じねんも自然、天然のねんと思われます。つまり人為的な企画、立案プロデュース一切、行わないことを言います。それが自然と共に生きるという訳です……で、うまく行くか? 統計が出た訳ではありませんが私は行ってないと思います。

人は自然ではないからです。人だから人為的になる……自然は神道からの概念の気がします。神道というのは人が集団になって稲を植え、栽培するようになって出来た祭事、お約束とまとめ方、宗教であり社会規範でしょう。

宗教であると同時に現実的な意味がある。米や酒を作るには穢れを払い、その土地や容器を清める。雑草を退けて雑菌を処理する訳です。私は酒を作れませんがヨーグルトは自家製で作っています。それを飲むとウンチを操作できます。

ヨーグルトをよく作るコツは雑菌の繁殖を廃し、ヨーグルト菌を増やす事なのです。つまり自然の法則をうまく進行させれば、私の体調もうまく進行する。これは米や酒がうまく出来れば、村も栄えた社会とよく似ている訳です。

昔、人の暮らしは米を作る事がすべての源でした……しかし人は自然と共に生きるだけでは足りない……のではないでしょうか? 生活では使わない筋肉を使い、偏りから開放しなければならず、ストレスも開放しなければならない。それが禅という事ではなかったかと。

そうそうと冷蔵庫からビールを持ってきたあなた、それは解放になりません。ジムに行って筋トレを……あぁ〜あっ、飲んだ。酒飲んだらダメ……だからビールを飲まないで座禅を組んだ道元さんはエライのか……こんな結論でいいのか? 続く

2008年12月22日 (月)

日々の輝き

特別、面白い別な話もなく、昨日の続きにします。
痛くも痒くもなく若く生きていられたら、それは際限もなく生きていたいと思うでしょう。そういう時間を基準にして、何年だの何ヶ月のと言ってみても仕方がない、そう思うのです。

私は病院暮らしが長かったので、それで言うのです。病院にいるというと大抵は痛い。手術をしたから痛い、点滴と皮下注射が痛い、リハビリや訓練が痛い……他にも色々あって人生そのものが嫌になってしまう。

それは大げさだろうって……私の場合、傷口から膿が出るというので傷にゴムの管を刺して、ポタポタ流す式というのがありました。腰の骨が縮むというので、膝のあたりの骨に針金を通して引っ張るんです。針金を伸ばしておいてオモリを下げるんですが……

もういいですか? この先が本当に嫌になるのですが、もう十分、嫌になりましたか? 生きて行くと色々な事があります。痛いから辛いから気持ちが悪いからトいうのは、基本にあるのです。映画やTVドラマはそこを適当にやるのです。

「風のガーデン」では痛み止めといわず、麻薬といいました。麻薬ですから都合のいいばかりは済みません。痛みは止めるが便秘になる。自力でウンコが出なくなる。一般に病人は便秘になります。足腰の運動がないからです。

下剤を飲めばいいだろう。そういう人もありますが、それは通常の並みの便秘です。タバコを吸う人よりキツイ便秘のようです。強い薬には副作用が多く、それは楽なものではありません……それやこれやで生きているのが嫌になるのです。

若いまんま年取る訳でもない。年を取るにも、そういう側面があります。一番、美しいのは10代です。次が20代で、その次が30代、40代50代……60代が50代のように再び生きる事はなく、まして40代には帰れない。つまり順番です。

出来る事は、何が大事か今を見極める事でしょう。そして実際に取り掛かるというだけです。1年の意味も、80代の人生を1年延ばしても、それは80分の1の意味しか持ちません。20代の人生を1年延ばせば、それは20分の1の意味があります。

年齢によって差別しているように聞こえますか? 差別ではないと思います。私は60才ですから年寄りの部類に入れます。誰にだって20代だった時はあり、誰だって生きていけば80代になるから、一日を4倍価値に評価します。

何でもかんでも一律に、全部同じという方が差別ではないでしょうか。ゴムの管も膝に針金もついていない日は、そういう訳で金。皮下注射も点滴も、血液採集もない日は銀……時間は輝いています。さあ何をします?

2008年12月21日 (日)

心からの話を

TVドラマ「風のガーデン」で末期ガンの主人公が死ぬ場面がありました。話題にしたいのは自分が死ぬとしたら、どの様にしたいト思いますか? 周囲の人にどうして貰いたいと思いますか? 別に末期ガンでなくともいいのです。

交通事故死、ただの事故死、卒中、自殺、心臓麻痺、老衰、死にも色々ありまして選べるとしたら? 不吉かもしれませんが考えて置いた方が、私はいいと思います。縁起でもないという人もいるのですが、のんきで準備がないのも困ります。

とは言えナンセンス部分もありまして、死に方を指定できる物でもない。ただ生き物はいつか死ぬ、それを考えないように考えないように生きていって、最後、ただ子供のように取り乱す……まあ、それも手かもしれません。

ただそれなり答えが出る所もあって、うまくすると覚悟が出来るかも知れません。覚悟のある部分は遺書とか、主に家族に伝える訳です。風のガーデンの主人公は愛人の一人に、長い手紙を書いて別れを告げます。愛人は生前に押しかけますが、会えません。

ああしないとドラマにならない。もう一人の愛人には死後の知らせになります。ドラマでは主人公には遺産がないようですが、高名な医者ともなれば、何がしか残るものはある。その辺はまあドラマ、大雑把な訳です。

一般に自分のしたい事、したかった事を言い残す……子供に残すのが一般です。自分が医者になったのは人を助けたかったから……医者にならなくてもいいが、出来れば人を助けるような事をしてくれたら……そういう言葉を残せます。

死を意識すれば生を意識する事になります。やった事とやれなかった事を棚卸して、自分の人生を整理する訳です。あのドラマは全体に運命に流される所が多すぎた気がします。それは流される所もあるでしょうが、たとえばこういった言葉は子供の心に強く残ります。

ドラマでは最初に主人公はガンである事を秘密にします。そうすると秘密を守る事にエネルギーの多くが使われ、生きたかった人生を生きる方向に向かわない。ウソの結婚式は重要か? むろん他にしたい事がないのであればとは思いますが……

長く会わなかった親子に相応しい会話があったでしょうに。心の深い底から交わされなければならなかった会話です。ドラマが終われば私たちは現実に向かいます。納得の行く死なんてありません。それに少し近づける、たとえば心からの家族の会話と、私は思います。

私の近場の病院での記事があります。テーマと直接関係ありませんが医療関係者の、死を前にした本音が出ています。参考にして下さい。

高齢になったら積極治療は不要、医療従事者の本音に驚く
http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/blog/azuma/200812/508915.html

●ドラマ内で芋ほりと言われている摘便は、私もやってもらった事があります。摘便(てきべん)とは、 肛門から指を入れ、便を摘出する医療行為である。

2008年12月20日 (土)

友達をつくる

友達を作る事がそれほど大事なことか、どうか? 前に友達がいない症候群なんて病名を勝手に作って、いい加減なことを書きました。今も見に来る人がいます。それはまあ、こういう時勢ですから困っている人もいるのでしょう。

友達を作る、そういう方向で書いてみます。まずギャグを飛ばす。駄洒落でも誰かの真似でもいいのですが、笑われる。自分も笑うトいうのはどうでしょう……ある意味で本心を見せてしまう。涙でも同じ意味になる場合がありますが、泣くのはマズイでしょう。

弱点を見せると、そこを突かれます。身障者はどうせ困っているだろうト新興宗教の勧誘対象にされたり……その時は毅然として断らないといけません。毅然、意味は判りますか。どこかの国に漢字が読めなくて舐められた人がいます。

舐められるのを嫌ってはいけない。愛嬌に結びつけるのが大事なんです。誰でも長所は沢山はありません。でも弱点に開き直らない……開き直ったらつまらないでしょう。友達がいない原因の、ひとつに人がつまらないからです。

利用されるのが嫌いという人もあります。自分は人を利用したいのであって、されたくはない。それは誰でもそうですが、利用ってどういう事です? 昔にヒッチハイク旅行したいと言った時、行きそうもない人が一緒したいと言いました。

ひとりでは行けなくて誰かとなら行けると思ったらしい。私は一人で何でもする人でして、口がすべっただけで友達はいらなかった。そうは言っても障害者ですから依存心は多いのか、少ないのか? 厳しく考えません。特別な事を言ってみて、手を上げる人は友達です。

誰も手を上げなかったらどうする! ……だから覚悟して言う。以外に手を上げるもんです。つまり利用するつもりが利用される事に、利用されるから利用する場面も出る。損して得取れ、損せぬ人に儲けなしト言いますでしょう。

ただマルチ商法とか、そういうのはダメですよ。私もあんまり友達が多い訳でもない。経歴があるので幾分、顔が広いというだけかもしれません。社会は閉塞しているし時代は長期不況が言われていますしね。自分だけが友達がいないとか、損をしてるように思わない方がいいのです。

しかし、そう思う人がいるのです。目先、得したい。目先の得はつまらない。親がつまらなくて、つまらない子供時代を送る。つまらない青年はつまらない中年にしかなれない……悪循環です。だから、やっぱり笑いましょう。

ヘタなギャグを飛ばしましょう。今日もう一発、明日は3発、飛ばしましょう。最低でも日に3発のギャグ。それが今日のオチになります。

2008年12月19日 (金)

映画で何を見るか?

TVで、映画は何を見るか? 今年は映画に客が入りませんで、全体に不作と言われます。おスギさんの話によるとなんですが、まあそうでしょうねえ。私は見ませんでしたが皆さんは大河ドラマを観られていて、映画館には行かれなかった。

年末、TVでいろいろ映画が放映されますし、映画に何を観るというのか。しばし論じましょう。最初に固い方の映画の話からすると……ある意味では柔らかいのですが、ルイス・ブニュエル監督の「昼顔」を35年ぶりに、私は再見しました。

上流社会の夫人が昼間に売春するという内容で、これ封切時には評判になりました。興味本位というか、性で人間性の開放、ないしは回復は出来るのか。そういう問題がありました。真面目に観られた映画です(笑)私も……ちょっとウソか。

性で人生を何とかしよう。いいように変えよう。そういう考え方は前からある訳ですが、ブニュエル監督も考えたのです。映画の中では、それは可能という風に作っています。詳しくは申しませんが、これは見通しが甘いのです。

今もある部分言われています。本の「セックスボランティア」も性による、障害からの開放、同じです。昼顔の主人公は幼い時に、いたずらされた事がある。トラウマが売春で癒される。そういう話にもなります。これは今は医学的に否定されます。当時の誤解、芸術解釈は無理と確認しました。

古い映画もそういう意味では否定されます。ダイハード4はよく出来た方と思いますが、古い映画「サブウェイパニック」を下敷きにしたそうです。こういうのも合わせて観ると、それなりの発見、再確認があるわけです。

しかし娯楽映画を、ただ娯楽として観ても得るものはない、当り前かもしれません。おスギさんが言うにはTVからの映画(だからつまらない)というのです。いつも出ている俳優でないと観客が納得しない……これは保守的という指摘と思われます。

ダイハードにしたってシリーズ物で見る。安心して観たいトいうのは観客が「つまらない人達」になっている。いえ、おスギさんの指摘を延長すると、そういう事になります。私が思っているのではありません。

そういう風に新聞のTV欄を観ていきますと22日のTBSは21:00から「初恋」宮崎あおいちゃんが三億円強盗に挑みます。白バイ三億円事件は、再三注目されていますので比較映画論に近い感じで観られますね。読売TVでは裏番組で「波乗りレストラン」があります。

24日はTBS系18:55からの長時間ドラマ「あの戦争は何だったのか」4時間半の長丁場であります。戦争も今年のキーワードでありましてTBSは頑張っていますねえ。読売系で26日に21:00から「東京大空襲スペシャル」をやります。

これも戦争もので27日に朝日放送系が21:00から「肉体の門」28日には21:00からTBS系で「犬神家の一族」朝日系で「椿三十郎」がかかります。どちらも新の方で、旧作と比較すると面白いでしょう。問題意識を持って観るのが大切です。

この恐慌には将来も考えないと困ってしまう。そのうち何とかなるだろう、何ともなりません。最初に書いたように、性で何とかなる人生のような簡単なものではない。あ、今日のオチは何なのかと言いますと、前にも書いたコロンボのPフォークさんです。

認知症で娘の顔も判らないといいます。前にそのようなニュースがあってチラと書いたのですが、今回は確かな話になります。あなた認知症は大丈夫ですか? 念のために認知症の簡単なテストをしましょう。

空想、イメージでコンビニかスーパーに行って下さい。何でもいい手当たりしだいに20種の買物をして下さい。野菜でもお菓子でも、文房具でも電化製品でもいい。20種です。30秒で品物の名を全部、言えますか。ヨーイはい……出来ました? 1分かけても出来ない! あなたはPフォークさんのお友達です。