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2008年10月21日 (火)

家庭のチカラ

家族一人ひとりの関係と、家族を成すのとでは事情が違うか? ト、昨日は疑問を呈して終わりました。そう言う風に書けたか怪しいのですが、私としてはそういう意味でした。それで愛読書にもなってきた木尾士目さんのマンガ「四年生」を読みます。

五年生を先立つ一年前の、四年生です。われらが島明夫と相馬芳乃は、まだ明るい同棲生活を送っています。空に雲が見えるのは、双方が、両親と会う辺りからです。卒業して就職して結婚する、それがそもそも明るくない、ことに明夫にとっては……

問題なのです……まず明夫は就職したくない。はっきり自覚はしていないがノラリクラリする理由は、あるのです。一方、芳乃のリードはそろそろ限界に来ています。そもそも女性の子供を作れる期間は限りがあります。

だが男の生理、その期間は女性に比べ長い。やっと家から自立出来たのに何でまた家を作るのか。つまり首輪とリードの取ったばかりの犬は、新しい首輪をつけたがらない。古い家を作るのではない、時代に即した新しい家であるにしろ……二人の間に分担と領分の線引きが始っています。

それはたとえば、同級生に赤ちゃんが出来ている……30代の男は自分の部屋でパソコンゲームか何かしたがる。あるいはサッカーかも知れません。女性はジェンダーの見地から家事の手分けをしておきたい。その交渉の現場であって、家庭はリラックスする所ではない。

親と同じ家庭に入って行く、つまり同居はうっとうしい。だが二人のルールをゼロから作るのも、ある意味でそれ以上に陰鬱な事態となります。四年生は恋愛の終わりと、男女の違いを早い段階で的確に捕えていると思います。

もう1、2年、遊びたい。でも2年は3年になり、すぐ5年目になるでしょう。でも今の昭夫には1、2年としか自覚できない。結婚なんて10年先だっていいような気がする年令なのです。芳乃だってどこか、そんな気がしている。

家庭の力は弱まり、受入れる容量は小さい。だから3人の子供を2人に、2人の子供を1人に……やがてゼロにする。いうまでもなくこれが少子高齢化の現実傾向になります。双方の理解よりは母、おばあちゃんの存在でしてね。娘が仕事を続けたいといえば……

家来という言い方は、問題があるのですが、昨日からこう言って来ました。仕事を続けると母は娘の家来になります。なぜかと言えば、昔、自分も仕事を続けたかったからです。娘が子供を育てられないと言えば、娘に代って孫を育てます。

昔は何人もの子供を育てるのが普通だったからです。育った子は、ばあちゃんッ子にはなりますがネ……では、子育てが出来なかった娘、お母さんは、いつかばあちゃんのように孫育てをするか? それは判りません。

私は出来ない女性が多くなると思います。私が今の女性なら、まだ母親が若いうちにさっさと手を打ちますね。時間の勝負な訳です……家庭は今や、老人、障害者をみる力を失くしている。

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