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2008年8月

2008年8月31日 (日)

WOWOW

またしてもネタがありません(笑)プライベートは充実していますが、プライベートだけでは書かない。何か一般的なサムシングを置いて書いて行こうという当ブログですが、なかなかそうも行かなくなります。さて日曜にWOWOWを付けました。

前日の無料放送を見ていて、ついその気になります。WOWOWは10年以上前に付けて、何年か見て飽きたのです。そのチューナーをまだ持っていて、まだ使えるだろうか? そう考えたのが原因です……そして付けていた頃の古い記憶が蘇ります。

しまい込んでいたチューナーを出してみると、コードはありますがリモコンが無くなっていて、半ば断念、もう半ばで操作して行くと、手動だけでも何とかなる……影響ない事が判ります。それから怪しいセッティング配線をします。

古い記憶に添うだけ、もう取説もありません。何とかなるだろうとPCで申し込みを書いて、メールをもらう。この辺は毎回のパターンですが、何かにつけて便利になりました。前回は電話でどうこう、こちらは城下町で住所の説明からが大変でした。

メールの予告時間より早くに準備を進めますと、もう信号が出ている。こりゃもしかして……確かに音が入ってコードを挿し直すと絵が出て来ます。おーっ、これはインタビューオブバンパイアではないですか。LDで持っているヤツです。

いやぁ、懐かしのサラウンドで火が燃え上がります。やたら火事の多い映画であります。見た人は寝小便しないのでしょうか? 10年前に最初に受けた映画は「ハリーの災難」でした。今の人は知らないヒチコック作品です。

大体、私のように60才にもなると新しくする事がない。出来ない事は出来ない。外国語とか無理がミエミエでありまして。いくら体に良いたって社交ダンスも身体障害上むりです。お陰様で水泳なら、下手な20代を追い抜いてます。

最近フォームが変わった。体調がいいのではないか、指摘を受けてはいますがコレが限界。先はありません。後は今を維持できるかだけです。何かに向う対象が、無限とはいきません。そういう中で新しい映画をWOWOWで……そういう考えです。

私の場合、無料日キャンペーンに乗ると3ヶ月分、2500円という換算になります。まあ、乗ってみてもいいだろう。そういう風に気持ちが傾いた。多分、キャンペーンが切れたら止めます。ノーマルには月2500円ですので……

それならガソリンも下がって来た事ですし、映画館やレンタルDVDの方がいいのです。それにしても老人閑居してロクな事はしない。過去を蒸し返す、生産的ではありませんナ。

そうそう第1日目の鑑賞作品は「オーシャンズ13」にしました。パイレーツオブカリビアンは途中で止めました。なぜかコメディは好きでない。これで名画鑑賞が多くなるのか、ブログ自体が少なくなるのか?

2008年8月30日 (土)

見当識

見当識というのは医師がアヤシイ老人などに質問する、
「今は何時ですか?」「ここは何処?」「あなたは誰?」の3つの質問を言います。こういうと30代の人など、自分と関係のない話と思われる……それは待ってほしい。

この医師の見当識とは解釈が違う気もするのですが、立花隆さんが、見当識がお好きでしてね。知ることの根底に置かれます。私なりに少し広げて解釈すると、これがちょっと面白い。私の整形の主治医に言わせると、
「痛いですか? 人工股関節も考えなければいけませんかねえ……でも、もっと先の話です」

同じ整形でも佐賀大病院の股関節専門医師は、
「59才なら十分、考えていい時期です」と言います。今の解釈が違う。今という時間は割とのんびり流れて行くように見え、必ずしものんびりとしない。人にもよる訳です。

「ここは何処」という問いも「自宅の自分の部屋」と答えれば、それ以上はいらない気がします。ところが視覚障害者は自分の部屋の何処かを30センチ単位で認識しないと困るそうです。確かに自分の部屋だったとして30センチずれるとドアからも出られません。

自分が誰なのかを厳密に知る。私は私、普段はそれで十分ですが、私という自覚も曖昧な話でして、はっきりすると行動内容まで見える時があります。人工股関節は私のような場合もありますが、出産を控えた女性の場合もあります。

手術するのかしないのか、出産前でもいいか? 子育てを前に自分はどうすべきか。厳しく問われる……実は人は誰でも厳しく問われているのです。答えないだけの話、つまり逃げている。厳しく意識するのかしないか。それだけの違いかも知れません。

ところでゲームお好きですか? ゲームは何か逃げたい事があって、それで初めて面白くなる。出来れば少し深刻に答えを出さなければならない問題があって、逃げたい物があると面白くなる……ゲーム自体は面白いはずがない……という事は?

私とは誰か? それをもゲーム化して観念で遊ぶ事が出来ます……すでに今日の、このブログはそういう傾向にあります。
「何だ、ナンセンスゲームか……ねえねえ、hataさん。人生は永遠の暇つぶし。そうは思いませんか?」若い人はいうのです。

答えるまでもないでしょう。見当識はアヤシイ老人だけを見分ける質問ではありません。ノーテンキな若い人や普通の人のいい加減を見分ける、いい質問でもあるのです。
「今は何時ですか?」「ここは何処?」「あなたは誰?」3つの質問を、鮮明に答えてみますか?

●念のためにいって置きますがイラストは私の自画像ではありません。

2008年8月29日 (金)

その筋

そもそもは言わない方がいい、もう他人との関係をみだりに結ぶ時代ではありません。ただ先方から話しかけられたら、そうも行かないのです。身障者だから身障者相談員にされる訳で、おこがましい事を断り切れなかった、だけです。

プールで会う人が極道筋というのは最初、判りません。似たようなすっきりした頭だから親子だろうくらいに考えます。また会った時に年長の方が一人だから、
――あれは息子さんですか?
と言った調子です。その時はそれだけの話です。

その息子に見えた舎弟分が、また一緒になってニッと笑って、まあとても愛嬌振りまく人ではない。機嫌がいいんだからマグレで好感を持たれたらしい。つまり親分の方が何か、舎弟分の方に好いように伝えたのでしょう。いえ、まだ続きがあるのです。

また会った時に、それは兄貴分かも知れませんが。
「今日は……あなた、低周波治療器は試されましたか?」と挨拶のほかに一声かけます。障害があるのではない。体調が悪いと聞いたからです。極道筋にご意見を申し上げるほど、見解はありません。

――いえ、結婚式の引き出物なんかに出る、ビリビリする方のアンマ器のこと……あれで効けば儲け物ですよ。どこにでもあるモンですから朝夕2回程度、試してみてもいいでしょう。
「前に、ウチにもありました……試してみましょう」

極道筋のリハビリ氏は案外、素直です。私はあまり低周波治療器は好きではない。あのビリビリした感触が好きという人はいないと思うのです。それでも股関節が痛い時は、低周波治療器を足の裏にペッタリ貼り付けます。

痛くなくなると即、止めます。身障者相談員というのは身障者の相談にのった分を数だけ、市に報告します。その時は健常者は案件に入りません。極道筋も入れないでしょう……そういう所は平等というのか言わないのか?

ただの健常者をご指導申し上げたと書いてもブログネタとしては弱い。くりからモンモン上まで水着の極道筋をご指導申し上げたというとネタとしてイケるのではありませんか? さあ、どうだ。どんなもんだい。他に自慢することがありませんで、この際はうんと自慢したい。

職権乱用にはならない。バカな事を書いておりますが、そういう事です。

2008年8月28日 (木)

ピンク色のソーダ水

荒井由美さんの「海を見ていた午後」(74)がYOUTUBEに入っています。荒井さんは最初、私、聞いても理解できませんでした。あの人から日本の作詞作曲がフォークじゃなくなった。ニューミュージックになりました。

それまでのフォークというのは歌謡曲みたいにコード進行が定型化していて誰でも歌える。フォークは最初、歌声運動とか歌声喫茶の延長みたいなところがありました。詞は簡単に言えばアカです。貧乏は何のせい、誰のせい……大抵そういう歌詞がついていました。

不幸は誰のせいでもない。私は身体障害者になっていましたから、お金の平等で幸福になるとは思えなかった。これも簡単にいうとそうなります。でも荒井さんの歌いづらい歌は知っていました。「ひこうき雲」「ミスリム」は試聴しただけで、買わなかった。

荒井さん自身は元々、歌はうまくなくライター志望でした。しかし他人では音楽的に新しいので解釈できなかった……フシがあります。結局、自分で歌うはめに……荒井さんを歌詞からいいますと、誰かは向こうに行った。私は残されている……そういう内容が多いのです。

ひこうき雲では死んだのはあの子で、見ているのは生きている私です。当たり前ですが、卒業写真も同じ配置になります。歌詞では単なる同級生のはずですが、ちょっと思い入れが強い「あなた」になります。そして「旅立つ秋」「海を見ていた午後」……と続きます。

表面上は別れた恋人との思い出を歌っただけに見える。曲、内容から見ると思い入れが強い。女性もこんな事があるものか、当時はそういう風に聞いていました。今、違います。女性は昔の恋人を、こんな風には思い出さない。こういう風に思うのは男だけです。

神田川(73)もそうですが、あれは歌詞を書いたのは男性です。男は女々しく女性はたくましい。それが他人の事を考える当時の風潮と重なっていったと思います。それは建前なのか、弱さなのか、他人の事を考える風潮ってありました。

アカはそう言いました。「ひとりはみんなのために、みんなはひとりのために」昔はジコチューはカッコ悪かった。アカではないがピンクみたいに生きる人って、いました。ユーミンだって作っています。「いちご白書をもう一度」心情的に、あれピンクでしょうね。

初期の荒井さんの歌詞で「遠く」ってキーワードと思うのです。あなたがいて私がいる。でもそれを遠く隔てるのは死でしょう。死んだあの子は、卒業写真の中からも見ている。そう仮定すると歌の意味が深くなって行きます。

ソーダ水の泡のような死とは言わないけれど、私にはそんな風に死んだ友達がいます。ガラス越しにかもめを見るのは若い子が似合うのだけれど、おじさんでもおばあさんでも許される気もする。それがユーミン、天才少女の創作力というものです。

どこかたどたどしく、この頃のユーミンは歌っています。歌はうまさだけでも歌えない。ジコチューばかりが増えて、アカもピンクも今はないけれど、ソーダ水は緑色……まあ、望みも願いなく、あわくはかなく生きていましょう。

海を見ていた午後 http://jp.youtube.com/watch?v=ar_twSQbTlc

2008年8月27日 (水)

小ネタ集3

●3日ほど前にWin-xpがSP3を自動UPします。
聞いてはいましたがインストしなければ、ならないものでもなく、いつか忘れていました。それが先方からのご入来。やたら長い時間がかかってインスト、リセットをします。何も違いはない感じです。Webで性能、特徴について検索すると……大きな違いはない。機能が安定するとあります。まあ、いいでしょう。

●auから封書が届きます。何だか判らない。
「本ダイレクトメールを販売店までご持参ください」ケータイのキャッシュバックうんぬん、かんぬん……フレーズが多すぎて、まとまらない販売促進か? どうも販売促進ではなく支払った1万円を返すらしい。
その封書を店に持って行くと、
「返金があると思います。条件が何も書いてないから、確当すると思います」
まあ、結局、よく判らないのです。余計に取られるのはかなわないけど、返してくれるのは歓迎です。
「いつになるかは判りませんけど……」
どうでもいいけどauって文書作るの下手です。キャンペーン自体も下手か? 人を喜ばす気もあるのかないのか?
このauのキャンペーンは9月末までケータイに初めて入って、まとめトークにした人に……今時、そんな人いないよ(笑)

●紙の「かけはし」97号の編集に入りました。自立支援法は人権侵害「憲法違反」か、それとも1割負担は定着か。知的障害者死亡で理解啓発キャンペーン、銀行をネタに「金利売ります」病院や介護事業の経営悪化は、厚労省の人件費報酬引き下げから、高齢者特有の薬の副作用、ギャオの有料版は……などの内容になります。

●私は来生たかおさんの歌が好きなのですが、あまり長い時間聞くと妙な……YOUTUBEにライブ録画が大量に入りました。熱烈なファンがいてUPしているみたい。こんないいソースは……来生さん本人にとっては、ありがたい事か、そうではない事なのか?

●雑学が流行ります。オーソドックスな知識ではなく、簡易の知識、むろん何も知らないよりいいでしょう。雑学では何も判らないのですが、判ったような気分にはなれます。ただ細切れの知識で、そこから一歩を踏み出せる訳ではない。応用は出来ない。そして自分の閉塞が確認される。精神衛生上いいのか悪いのか?

2008年8月26日 (火)

ギックリ腰の予感

このところギックリ腰になりません。ならないのに話題として持ち出したには、他のネタを切らしたからです。ネタがないと、ならないギックリ腰でつなぐのか? いやあ、なればともかくならない話でつなげる程には、私も器用でありません。

歯痛とギックリ腰は重大な病気とはいえず、その割に痛いので共感がえられます。適当な事を書いても大事には至りません。痛いのですぐ医者に行かれ、処置を受けられるからです。すると医師や看護師の指導およびフォローがかかります。

このブログに書いたような事は2の次3の次になります。それでいい訳です。ギックリ腰は動かないで寝ていれば直ります。しかし日常はそう暇ではなくて、しなければならない事が山のようにあり、つい手をつけてしまう。

手を突っ込むまではいいが、ついに立ち上がり腰を入れてしまうとギックリが悪化する。それだけの事です。コレは裏付けを取って書いていますが、Webからではありません。この安置法とでも言うかギックリ療法に、公的な、いや好適程度か?

裏付けが取れました。割と腰を使う作家でもある医師、渡辺淳一さんが「新釈びょうき事典」の中で同じく、2〜3週間、動かないでいると直ると書かれています。どうも自分でも患者として実行されている。図のように膝の裏に大きな枕を入れる。

ないしは横向きに寝て丸くなる、胎児のポーズを取るのがいいそうです。ポーズではどこにも力が入らない、その意味で一番楽な姿勢になります。もう私説ではありません、渡辺説です。誰ですか、宛にならないと思ったのは?

渡辺説は一般に言われない。黙っていれば来る患者を何もしないがいい、そう親切に教えても医師は金にはならない。それで医師やその周辺で、この治療法は言わない……それで本人たちもその内、忘れます。同じ腰の問題で痔があります。

痔はギックリと違って早く病院に行って処置をした方がいい。しかし痔については、患者の方でなかなか病院に行きません。
「まあ、そのうち」とか「時間を取って」とか言います。あれは毎回、出血がひどくなって行きます。トイレで貧血を起こして救急車で運び込まれた人を見ました。

そこまで頑張らなくともと思います。それほど病院には行きたくない。人間は勝手なんです。表面を取りつくろって矛盾を内に込め、何ともないフリをします。それは不自然です。不自然をキレイにいうと便利になります。

便利は私たちの周囲にいっぱいあって、普段、便利のままの顔をしています。が、ある日、暗い運命のように襲いかかります。なんで私がこんな呪われた事になるのか……なんて便利を愛した人は呟きます。4本足の動物が人間だなんて気取った。

2本足になった時からの、これは宿命。4本足にもどって、手さえ使わなければギックリも痔も、原因は解消するんです。それ検討されます? お止めしませんが少し不便でしょ……やっぱり便利を取りますか? あなたは腰に手を当てて、やはり病院に行かれますか?

2008年8月25日 (月)

料理の理

料理には理があります。理にかなう言われがある。それがきちんと伝わっていない。地産地消は、その理のひとつと陳先生は言われる。暑い時に冷やすタンパク質は豚でありシジミだとも……ウナギは源内さんが言い出した話で、元はシジミと。

ただ熊本ではシジミの地産地消は無理です。先生の話は面白いが、二つ重ねようとすると無理が出ます。男女を問わず、人は年を取るとおふくろの味に帰って行く……するとIHも警戒しなければ、ガスや電気の味に帰りたい時が怖い。郷愁はある日、止めがたくやって来ます。

「あまり小さく切ったら……でも今は小さく切って柔らかすぎるまで煮てしまう」とは陳先生の評です。多分、先生は歯がいい。私もそうです。あれは歯の悪い人に合わせるのです。年寄りと子供に合わせている内に自分も、その歯が悪くなる。

トマトの飾り切りを教わります。
「熊本のトマトは桃太郎で皮まで柔らかい、湯剥きはいらないの。洋トマトは皮が硬いけど、出来れば皮も食べた方が栄養になるから……」子供も過保護の傾向にあります。

「にがうりは中年以降の食べ物であり、子供にはダメ。本当は種に栄養が多いの。小さく切って天火に干してお茶にして飲むの」陳先生の発想はダイナミックで男っぽい。この日、茶飯が出来ていていますが。
――茶は刻んだり茶柱を取ったりしますか?
「そのまま」という。

他の人の質問はデザートのいちじくに殺到します。
三温糖と蜜で作ったシロップで今時分の無花果を煮て、煮過ぎない所で火を止め、冷やして冷凍保存する。解けかけを出すのだ。
「無花果でなくても梨とか、梅でも何でもいい。梅は熟してないので面倒だけど……」

「シロップのレシピは?」
「好み。ただし煮過ぎない。煮すぎたら美味しくない」つまりレシピはないのです。頃合を見るだけ、それが難しい。何遍もやって失敗を繰り返し、最後に絶妙のタイミングを会得する。

簡単な料理ほど、むしろ難しい。冷凍が解けかける時間も時計で計るほかない。絶妙の一瞬とは、ただ一瞬しかないのです。料理のヒントは日常に転がっているらしい。

「この前、天草に行ったら。タイあらのブイヤベース風、ご馳走になったの。こちらではタイあらをこんな風に作るんですか、聞いたら……この辺じゃ、何でん混ぜて炊くもんなあって……すごく美味しかった」

熊本市内で養殖タイなら、あらは300円で買える。天然となるとそうはいかない。冷やで食ったら生臭いでしょうか? 土なべの遠熱を使えば、レモンで殺せば、そうでもないか? 郷土料理をどう取り込むかがカギになると陳先生は考えるらしい。

当日のレシピは、手羽先のレモン煮、なすと肉じゃがのトマト煮、他……先日の「ちゃちゃっとクッキング」のレシピにはないようですが、珍しくなく、省略します。

いちじく http://www.kudamononavi.com/zukan/fig.htm
イリス http://ku.kyuden.co.jp/index_iris_free#2

2008年8月24日 (日)

IHで作る中華薬膳

「IHで作る中華薬膳」という料理講座が、九州電力内であって応募しました。IHとは個人的関心と身障者にとっての将来的に、関心は2つに判れます。それから料理のチーフが陳好美先生という事で、料理一般に関するお教えもあり、面白かったのです。

IHは200V電源を使い、配線から変えなければいけない。鍋釜はむろん専用を買い揃える必要があり安くはない。が、設備を完備すると電気代は安く、月に燃料費が万単位で下がる家庭もある。先生の話では機器、メーカーでも鍋のよしあし等、出るそうです。

IH料理が手早く出来、後始末が簡単と言われます。内容的にというか出来た料理は、いわゆる普通に作ったのと食感は少し違う。それは炊飯器で炊いたご飯と、ガスで炊いたご飯が違うようなもの……かもしれません。一回だけでは判りません。

その微妙な感じは書き憎いが、良し悪しではなくIH臭さが出ると思われます。事が3度3度の食事だけに、違いは許容されるか? 何とも言えない、ではないか? ここは先生に質問し、具体的に聞きいた結果ですが……長くなるので書けません。

人より遅れ、席が先生の隣になります。時間があくとチョコチョコ質問して、それをメモに取ります。格好のインタビュー席で、狙ってやるといやらしい。明いたので仕方がなく座った……ご批判はないようにお願いを、ええ(笑)

私も当日、感じないのですがIHからの電磁波について、九電は出ないという立場です。感じる人はないか?……私はパソコンをデスクトップとノートと両方使いますが、同じように使うとデスクが疲れます。ノートは疲れない、そこには微妙な違いがある。

IHについてもそういう人は聞きます。何度か行かれて自分で体験されないと判らないと思います。この質問には九電から紙が出ました。九電としては出来るだけ答えられています。他の事とも合わせて、これは身障者にとって面白いマシンと思います。

あまり指摘は出来ませんがIHには特色がある。ただ今までのガスや電気と共存しにくい。そこに問題点があって普及しない。これが100Vで使えたら、無理と判ってて、そう思います。IH電化製品は、ハウスオフにも時々、中古で出ています。

生徒11名、ミスも含め若い女性が多く、私と同年輩の女性はひとりのみ。年配者の関心は薄い。男性はもうひとり。

「陳好美」写真中央 地元TV局「夕方いちばん」に料理コーナー「ちゃちゃとクッキング」があって火曜日、担当講師。
http://rkk.jp/ichiban/chef/index.html

2008年8月23日 (土)

ラストゲーム 試写会

終戦記念日の映画です。本来はもう少し、早い時期に封切られるべきが、オリンピックとも重なって、一月遅れで上映になるモノと思います。内容はスタンダードな終戦映画になっています。ただ型通りを嫌う、私としては非難の対象にもなります。

標準映画としてよく出来ています。石坂浩二さんがうまい、山本圭さんが力演します。コレ、健さんの息子さん? 渡辺大さんが見せますねえ。それぞれの演技だけでクライマックスまで持って行きます。まあ見事です。でも、とどめは柄本明さんです。

今月は政治家の古賀誠さんが靖国神社を批難し、A級戦犯と英霊を分けるべきと発言しました。個人的な意見でしたが、遺族会は意見をまとめるべきと古賀会長がいうんだから、多分まとまるのでしょう。海外の意向からも、そうでないとまとまらない。

海外といえば今度のオリンピックは教訓的でした。自分の国内でいくら納得しても海外からはそうはいかない。国柄でも偏見でもなく許されない事は許されない。中国がどうするかは知らないし、中国の勝手ですがルールはある。認識しなければいけない。

終った事とはいえ、仕方がなかった。みんなで泣いて忘れましょう。それでは済まない。ドイツは近隣の国々に謝罪して、教科書に書く歴史を見解統一したと聞いています。それが日本では出来ない。そういう中での、この映画でしょ?

この映画も見なければ、まあ見ない事にはそういう気持ちにもならないでしょう。悪人が出て来ないのは不思議です。先の戦争も誰かが口火を切り、誰かがそれを支援して、この映画にも出てくるような全体になって行った。山本さんが少し、それやります。

でも大体、ない。その辺にフタをして、みんな被害者。そこはキツかった。みんな辛かったではドイツに至らない。ここに出て来る学生さんは、野球やってる若い人は、若いとはいえエリートです。当時は腹だけ空かした年寄りがいて子供がいた。

野球やる人ばかりが不幸ではない。その辺の目線が自覚に欠ける。野球顧問や学長も、野球やる他は何も考えず、このように精一杯だったのか? そう考えると泣いている場合ではない。終戦映画でこういうのだけ出て来ます。標準だけではもう足りません。

標準が、ある意味で口当たりがいい。泣いて涙で気持ちをイヤす。癒しが流行りました。私はイヤしも行き過ぎがある気がします。これではイヤしが贅沢と同意語になりかける。この映画でも省略でしょうが、戦争での欠乏は描かれない。

古賀さんは政治家やめたら、奥さんと戦場の跡を回りたいそうです。戦没者の慰霊という事です。いいですねえ、悪くありません。ただ海外にも国があります。
「昔、日本には迷惑したよ」そういう方もいないとは限らない。慰霊に花を捧げる前に……捧げておく方々を忘れないで欲しい。

公式ホームページ http://www.lastgame-movie.jp/

2008年8月22日 (金)

いのちのはなし

高千穂正史さんは1933―2005大雑把には79−05、46才から72才にかけて地元、熊本日々新聞に短い説教を連載された僧侶です。新聞でみる「愛語問答」が記憶に残ることがありました。ただ高千穂さんが、それほど人気があるとは、私は知りませんでした。

どういう人に人気があるのか? 失礼な話ですが、高千穂さんの文章自体は類型でつかめ、こういう方向からどう進められるか想像がつきました。ただ話をどういう人が、どのように読まれるのか。よく判りません。

高千穂さんは愛語問答で何を書いたか。この遺稿、セレクションが「いのちのはなし」とタイトルされるように生死の話です。たとえば「安らかに終る人もあり、苦しんで終わる人もありましょう」と書かれる。ここの生死はワンクッション置かれたもの。

私は30才くらいの時に、初めて高千穂さんの文章を見るのですが、
「ああ、この人は生きている人に立ち会った事がない」と、思います。それは僧侶ですから人が死んだ後に出かける。一方、私は患者をやっていました。

朝、挨拶をした患者さんが昼に死にます。同じ病院で友人、知人が死に……すでに書いたように私自身も死ぬはずだった。いわば死神と顔馴染になったような……高千穂さんは何だかよそよそしい。そういう風に見えました。

よそよそしく物をいう。商売だから、そうしないといけない。やむにやまれずされる事が、当時、判りませんでした。私のように他人の死んでいく様子を見、自分も死ぬ寸前まで行く人は、戦中など特にあります。それは文章や、そういう話で出ます。

すべては過ぎれば何もないかに消える物が、二十才前後で見た生死は、すんなり消えてくれません。その、うっとうしい物を高千穂さんはすんなり消したように見え、消せないようにも見えます。

言葉が空しいのは、血のかようものが欲しいからです。そこからリアリティという事になります。今度、高千穂さんの本を買って判りました。これビジネスマンが研修とか、そういう意味で読む本です……だって欄外に、そう書き込みがありますもん。

ボールペンのアンダーライン引いてある所から見ても、本の元の持主は……明日の朝までに3分のスピーチを作らないといけなかった。そういう人のアンチョコ本だった。いろんな人がいますから、本もいろんな風に読まれます……全部を決めつける訳ではない。

あら〜ぁ、こういう事を書くつもりじゃなかったのに、私って嫌な性格です。そう思います。研修でのアリバイ作るなら、この本いいと思います。本当のことは判り難いし、判ってもどうしようもないし、ビジネスマンが仕事やってられなくなるリアリティも困ります。

高千穂さんは新かな、常用漢字には反対。原文、旧かなのままがいいそうです。古いものが好き、新しいの全部、お嫌いのようです。読めなかったら……本をそっとなでて拝む。すると深い感動と襟を正す思いに立ち帰れる、そうです。これに露骨な反対はしません。

それもいいでしょう、ただ意味を汲み取り思いを寄せる。重ならないまでも、新かな常用漢字、意味の多少は違ってもおおらかに受け入れる。そういう心を持つのも間違いではないと……私などは思うのですが。