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2008年6月11日 (水)

御都合主義

御都合主義とはその時の情勢に都合のいいようにして、きまった意見のない自分、態度と辞書にあります。悪く書いてありますが、無論よい部分もあります。安野光雅さんの空想工房を読んでいると、あぁーっと声の出そうなオチが幾つもあります。

ひとつだけネタを割りますと「白と黒」という文があって、これは子供の頃に日光写真に凝った話です。さすが絵描き、なんと安野さんは陰画作りに熱中します。話のオチは、苦労して陰画を作るより自分の絵を描いた方が早いトいうのです。

それはそうでしょうが絵の苦手な人には、がっかりのオチです。いえ、オチにも種類があり、スカッとするオチは、スカッとはしますが現実には利用できない。使えるオチはスカッとはしません。安野さんのオチは絵描きのオチで、こうして見ると小説に似ている。

ノンフィクションにはオチはないのですが、あるとするなら使えるオチが望ましい……ような気がします。先日、映画「地下鉄に乗って」を見ていて、何を言わんとするのか理解できないでいました。お父さんが死にかけていて、感謝の言葉が素直に言えない。

主人公は過去と現在を行き来して、それをやっと言う。それで観客はスカッとします。小説の快感であります……なぜなら死のうとするのは主人公の父であり、観客の親ではない。しかし観客もまた親に素直になれないのかも……かも知れません。

「ありがとう、あなたの子供でよかった」それだけの言葉がなぜ言えないのか。映画の後であなたは言えますか。その辺の気持ちを探ると、安野さんの日光写真のオチと何やら似ます。映画や小説のオチは実際は役に立たない。御都合主義です。

じゃあ、私なら役に立つオチが書けるか。ノンフィクションライター(?)でもある私のオチは、あるか? あります……でも、それを言うとあなたには、ある義務が生まれます……誰もが親の子供の訳です。何もしないで生きるだけで、いいのかも知れません。

書けと言われるなら書きますが……誰もが絵に根中した子供時代のまま、安野さんは今も生きています。熱中から覚めて、私たちが手に入れた物を、だから安野さんは持てないのか。日差しの中で日光写真に熱中した子供時代があれば、ここの御都合主義には悪く思わずに読めると思います。

では小説「地下鉄に乗って」の浅田さんはどうか? 浅田さんは父に感謝したのか? どうも確信が持てません。感謝したと思いたい……でも本当に感謝したなら、この結末、やはり御都合主義は……どうでしょうか?

もし私の親が死ぬとしたら、余命いくばくもない床にあるとしたら、私は親の若かった頃の話を聞きます。何が楽しかったか、何が苦しかったか、何が一番、記憶に残っているか? 全部、聞いた後でまだ余裕があるとしたら、もっと詳しく初めから聞きます。

親の若い頃の事を聞かれましたか? そうすればメトロに乗らずとも、話の途中で言える場面も出てきましょう。
「さようなら、あなたの子供でよかった」と。

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