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2008年6月

2008年6月10日 (火)

保証期間

何でもうまく行けばいいのですが、そうも行きません。時にはうまく行かないことだってあります。パソコンのメモリを増やしたのですが……これがねえ。う〜ん、何とも言えません。認識しないとか、明確な不都合では、ないのです。

症状を説明しにくい。保証もつけていないとなると問題は悩ましい……パソコン特有の問題か? そうでもないのです。私、最近、電動歯ブラシを修理してもらいました。EW1211というナショナル・ドルツのジェット噴射の水歯ブラシです。

故障で出したら、対処は充電池の交換となっています。充電池というのは難しい所があります。ナショナル側としては毎日充電を提唱します。が、実は5日に1度でいいんです。毎日やってもムダなのでありますが……

某所Web掲示板に、それを書いた人がいます。確かに5日に一度だと充電池も長命化します。充電池が長持ちすると、むろん歯ブラシ全体が長命化する事になります。そのはずなんです……しかし充電池には過放電というもう一つの短命化原因がある。

五日目に充電を忘れ、六日目も忘れ、歯ブラシの電気を使い切ったら、過放電と言うことになり、これも逆に充電池を傷めることになる。私のジェット噴射はそれで故障か(?)憂き目を見ています……過放電と思われるそういう事はありました。過ぎたるは何とやら、そういう事は一般にもあるらしい。

落語に「三年目」という幽霊の演題があります。
「私が後妻でももらうような事になったら、そしたら化けて出ておいで、何かまう事はない。初夜の晩でも何でも、すぐに出ておいで」死んでいく妻に、止せばいいのに男は誓いを立てる。

故障というのはないに越した事はありませんが、出るのなら保証の期間中に早く出て欲しい。二年目とか三年目とか、故障は保証が切れてから出ます。困ったものです。私の歯ブラシはぴったりそうでした。保証の切れた翌月……

確かに理屈では毎日の充電より五日置きがいいのです。単純計算では五倍長持ちすることになります。しかい世の中が単純計算で全部済むか、そうはいきません。ナショナルはその辺を知ってて毎日充電を言っているか? かも知れません。

それで増設メモリの方なのですが、これは保証内です。じゃあ何とかなるだろうって? そう簡単には行きません。なぜなら外国のメモリですもん。国内メーカーは高かったので安く上げたら、販売店はメーカーとの直交渉を言っています。

昔は相性が大変だったけど、今のメモリは大体、大丈夫って。いい加減なこと掲示板に書いたの誰だ! 私もヤツ当たりです。

2008年6月 9日 (月)

本日休載!

バンの車の後側、運転席から窓越しに撮りました。

2008年6月 8日 (日)

スピード社

水泳パンツを新しくします。今、話題の水着といえば何といってもスピード社でしょう……わざわざパンツを買いに行ったのではなく、前に買った買置きを出してみたら偶然、スピードのパンツだった。それだけですが……

実際に買ったのは1年半ほど前で、その頃のスピード社は極めて地味でした。買う時は柄というか、もう少し派手なヤツもありました。それは仮面ライダーみたいで恥ずかしかったので、スピード社にするのですが、これもあまり地味ではなかった。

一寸先の闇とは、これとこういう意味とはズレます。まあ先の事は判らないという意味から、まるっきり外れる訳ではなくルーズフィットでは合う、知ってます? 国文学的な立場からは言回しは古い方がよいとされます。

古文風の書回しが現代風より価値が高いとされます。擬古文は明治風より江戸風、信玄風より平安風がよいとされます。普通の人はそんな物は書けはしません。読んでも意味が判らない、その判らなさに価値を置きます。つまり実用ではないのです。

スピード社の水着を北島康介さんが着ると記録更新がかかって話題になる訳で、私が着ても何も変わる訳ではありません。全く意味がない。私だけでなく、あまり意味のない方々はありまして……それでもスピード社の水着は売れている?

前のパンツはピューマ製であります。実際の生産国はベトナム、サイズから中学生用と思われ、細くて私にフィットしました。スピードもほぼ同じサイズがありバーゲンになってました。これはまあ地味な方ですが、今は中学生もブランドを着ます。そのつもりで小、中学生を見回すとスピード社を着ていますねえ。

プールでよくご一緒するある高齢者は、若い頃に白川で泳いでいたそうで、水着はあったりなかったり……熊本大学をまだ五高と言っていた頃だそうです。
――その頃の白川は少しは水質よかったのですか?
「いや今と変わらない」水に顔をつけない泳法なので、やはりそういう水質だったのでしょう。

「ここは天国」水質をいうとプールはそうなります。フリチンで首を出して泳ぐ時代から、子供がオリンピック選手気取りで泳ぐ時代へ、パンツへの反映は何だろうか? やはり文化とは価格でしょうか?

2008年6月 7日 (土)

テスト・プリント

テスト撮影分をプリントに行きます。これは無料で上がったプリントを見て……う〜ん、これがデジタルの色です。満足、不満足? いや〜ぁ、複雑です。アナログの時には初めての、カラー撮影体験もあるはずですが……もう覚えていません。

モノクロ写真に、ほんのり色がついていた気がします。カラーだって、いえ、初めはカラーと言わず天然色と言いましたっけ。総天然色、それ映画です。総天然色に対し部分天然色がありましてね。それはパートカラーと言った……いかん、違う話になる。

映画でなく写真の話です。私の場合、デジカメでロケハンして小説を作ったわけですが、テストプリントの前に小説は出来てしまいました。カメラはイマジネーションの道具です。私の場合、写真ソフトのフォトショップを先に使っていました。

サイズを変更してブログで使ったり、インクジェットプリンターでA4サイズのプリントはしました。それを壁に貼り出して構想を練る訳です。小説とは言いますが、これは変形した映画で1番ロケハン、2番が上映、3番に台本化……と順を追う訳です。

パソコンの中で変形させたりTVでスライド上映したり、普通ですね。デジ写真はWebサイトに保存します。するとWebで音楽つけたり自動演出のスライドショーにしてくれます……やり過ぎだとも思うけど、流れとしては皆さん、私と同じ事をされます。

撮って来た写真は、程度は違うでしょうが、多かれ少なかれ物語化されます。不要な部分を忘れる。10年かかって思い出にする人もあれば、一週間で小説にする私も居る訳です。作業としては同じ意味がある。最初の、代表的な写真題材は子供であり、ペットです。

「ご町内の緑家」は、だから簡単に言えば子供が生まれる。ただ、それだけの話です。極めてありきたりなカメラ話です。その形象化がデジカメは早い。SDカードを持って行くと短時間にプリントしてくれる……そういう意味もありますが。

物への執着が引き剥がされる速さ、時間が過ぎて行きます。建築された新ビルはたちまち古ビル化し、赤ちゃんは老人化し時間の彼方に過ぎていく。私の関心は写真化することで、物事は陳腐化してたちまち無関心に変わる……

では今日の写真。見た通りクローバーです。珍しくないです。ただ、こうして撮ると建物が低く見えるし少しボケてます。ピントはクローバーに来てるのです。これがアナログ写真なら建物はもっとボケます。ボケにくいのがデジカメの特徴です。

プリント紙がフジですからクローバーの緑をこく主張します。コダックは黄色ですから建物に主張が来ます。いつも行くプールの2階立てですが、ボケと色あせで貧相に見えてしまう。必ずしも私の意図ではなく日本人の素質、本来の見方でしょう。

2008年6月 6日 (金)

転生 ご町内の緑家、終話

マコトが姿を消したのでリコはひどく悲しんだ。リコというのは、この家の家主、もう僕の恋人といっていい。そうマコトは言っていた約束を果たした。いや僕はそんな約束はしないのにマコトの方で勝手に義理を作り、それを果たしていった。

だが僕はシャツを買ってやると約束し、それを渡す事はなく現在に至る。聞く所によるとマコトはずいぶん前から出没して、リコにはズボンをねだっていたらしい。僕のシャツとリコのズボンを合わせる事には何やら意味かあったらしい。

マコトのシャツはズボンと合わせて、リコのタンスのひきだしに仕舞い込まれた。何の意味があったのか、妖怪の気持ちは判らない。いや妖怪というとリコが怒る。マコトちゃんは妖精なのだそうだ。マコトは僕同様、リコには何の悪戯もしなかった。

マコトはリコによく懐いていた。執りついて連れて行く事も出来たと思われるが、そうはしていない。理由を考えてみたが判らない。人間には妖精の気はしれない。また怒られるのも敵わないので、そういう事にしておこう。

マコトは灰色のシャツをさらに灰色にして、最後に僕とリコの前に現れた。
「悪いけど、オレはちょいと姿を消すぜ」警官に腹でも打たれ、なお追われるギャングの口調でマコトは言った。
「あのバカ陰陽師、祝詞を上げやがった」

痛がるマコトの肩を僕は抱こうとしたが、僕の腕は、マコトの背中を素通りし空を過ぎただけだ。
「オレは人間じゃない。生き物でさえない……生きていない物に死があるものか。オレは死なない。しばらく離れるだけだ。必ず帰って来る。オレを待っててくれるか?」

僕もリコも無論、待つと誓った。
「すまないが二人で待ってくれ。約束してくれ。帰って来るから、あんた等に会いに来るから。白いシャツとズボンを揃えて待っててくれ。すまねえ」

灰色のビルの壁に灰色の妖精は消えた。リコはその壁に抱き着こうと体を打ちつけた。リコも、むろん妖精を抱きしめる事は出来なかった。マコトはそれから姿を消した。あの朝の夕立ちの後で、古ビルの脇には1本のツタが芽を出した。

ツタは古ビルの壁にそって伸びていったが、僕もリコもそんな事は気にも止めなかった。
「わたしはマコトちゃんに帰って来てほしい。あなた、欲しくないの」いつもリコはそういう。僕は元々、妖怪との約束を信じたりしない方だったが、女の若い声で、耳元で鈴を振るように言われると従わない訳にいかない。

あのツタが伸びて古ビル全体を被う頃に、多分、マコトは帰って来るだろう。
「リコはマコトが少し怖かった事はないか。僕は平気なふりをしていたがやはり、どこかで怖かった」
「なかった。わたしはマコトちゃんが怖かった事なんて一度もなかった」
「それならマコトは帰ってくるよ」リコは一瞬、不思議そうな顔をした。
「あのシャツとズボンは小さなのと買い替える事になるとは思うが……」リコは顔を輝かせた。

●本編はすべてフィクションであり実在しません。町の名前や登場人物は架空存在であり、モデルも一切ありません。

2008年6月 5日 (木)

おきな ご町内の緑家、3

町は建物で様相を変える。ビルのひとつで変わる訳ではないが、2つ3つと重なると様相が変わり、昔の色合いは消えていく。錬古町の1丁目にマンションが建つという話も、最初、ご町内のただの噂に過ぎなかった。

今年83才になる町内会長の石部さんが、
「あんな化け物屋敷、お払いでもして小さなマンションでも建てればよかろうに」と酔いにませて話した。話相手が例の不動産屋だった事から、何がしかの信憑性が取り沙汰された。

噂は85才になる華家の大女将の耳に入った。
「マンションと言わず、女の子を集めた家にすれば、町は昔のような賑わいになる。花屋町の昼の顔と、錬古の夜の顔に。距離にしたっていい離れ方をしているじゃないか」と大女将は感想を述べた。

これを聞いた不動産屋が、大女将と仲のいい陰陽師の石田何某に電話を入れた。石田師は「そんな話は聞いていない」といったのだが、二人の間には聞き違いと言い違いがはさまり、何時をお払いの日にするか。さっそく日取りと算段が入った。

それで女将は町内会長に「この度は」と電話を入れ、町内会長もまた女将に「この度は」と応じたから、年寄りと年寄りの間に言葉足らずに話が進行し、何時の間にやら状況が変化してしまった。

「これはああだったのでは?」と一方がいえば、
「それはどうでしたっけ? 私も物覚えは若い頃のようではなく……」など女将もその話を継いだ。
「あ〜ら、私も記憶はとんとおぼつきません」

会長はマンションが立つと思い、女将は怪しい酒場を立てようと思い、食い違いに気がつかず話はまとまった。緑家の近くには小学校の運動場もあるのに、あらぬ計画が進行した。
「そういえば小学校があったねえ」女将は後で気がついた。

「何、代書屋のボクがまた、何か考えるだろうさ……華屋旅館だって身障者部屋で書類だけ通して、実際はリネン室にしちまったんだから。あれは名案だねえ……今度は、町内会長も乗り気なんだし、書類で通して実際はというの。何かあるだろうよ」

石部さんは、石田という陰陽師を最初から気に入った。
「この家の元の住主は梅津さん、いうのですよねえ。出没する子は誠ちゃんです。でも誠ちゃんがなぜ、この家に執着したのかはよく判りません……まあ、誠ちゃんは自縛霊になりますね」と石田師の言葉に聞き入った。

事前に調査を頼めば判る事と思わなかった。お払いの日には朝から夕立が降り、解体の日、緑家の壁から子供の骨が出たのだが、石部さんは関心を示さなかった。
「いやあ、あのお払いはよう当たった」と人に言った。
石部さんは今年83才になる。来年、町内会長就任50周年を迎える。
                          (「ご町内の緑家」は明日、終話を予定しています)

2008年6月 4日 (水)

わらし ご町内の緑家2

錬古町の先の花屋町の、花は元、華という字だったそうな……大きな旅館の華家は昔、芸者屋をしていたという。花屋町には華家の息のかかったみやげ物屋だのゲームセンターだのと客を呼ぶ店が並び繁華の作りになる。そこは錬古町とはつくりが違う。

僕の勤め先も花屋町にある。勤めと住処は適度に離れるといい訳で、僕は仕事に不熱心な勤め人をしている。仕事先はこの所、業績を上げ、僕に時間外の手当てを出すからと条件をつけ、あまり不熱心でもいられなくする。

「あのビルです。ビルの3階に事務所があって借り手がないので住まいにでも何でも使って頂きたい」不動産屋の指差す方向に確かに古いビルが見える。
「3階で最上階、雨が漏りゃしませんか?」僕がいうと、不動産屋は「ええ、そんな事は……」最後まで言わない。

こんな風に町に取り込まれる気がして、それが残念な心地がする。ひどく古びたビルだった。丁度ビルの前に立った時、不動産屋のケータイが鳴る。不動産屋はケータイと話し始める。階段を上がり部屋のカギを空けると、
「すいませんが急用で、ここの案内は家主と交代したいんですが……」そう言って不動産屋は出て行った。

不動産屋が居なくなると、待ち構えたようにあの少年が出てきた。少年のあの古いシャツが壁に溶け込みそうな灰色に見える。
「相変わらず汚いねえ」僕が言うと、
「ここにもシャワーはないよ」少年は答えた。

「壁に溶け込みそうな肌の色だね」
少年は笑って手を壁の中に差込み、腕のあたりまで突っ込み、元のように引き抜いてみせた。僕は息を呑んだ。
「オレは人間じゃないよ。生き物でさえない」と少年は低い声で言った。

「何だ、お前は、なんなんだ」僕は聞いた。
「約束を果たしてシャツが欲しいだけだ。約束してくれ」
「約束なぞしなくとも好きなシャツを買ってやる。それより何処かでシャワーでも浴びろ」少年は子供らしくない笑い方で肯いた。

「正直いって共感してるのか、反感があるのか僕は判らない……なぜだ。何だか嫌な感じがする」僕にそういう。
「みんなそういう。兄さん特にそうだろうな」
「特にって? なぜだ」

「兄さんは本当に判らないか?」
「それはないぜ。オレは……」その時、階下から声がした。
「いけない、悪い。まだちょいと算段が合わないんだ」少年は掻き消すように居なくなった。

僕の目前には灰色の部屋の壁があるばかりだ。
「マコトちゃん? マコトちゃんじゃないの。どこにいるの? 出ていらっしゃい」鈴を振るように若い女の声がした。

2008年6月 3日 (火)

ご町内の緑家、1

撮ってきた写真から発想した小説です。「僕」という若い男は私ではありません。ではその第1話、呪怨。

不動産屋はいきなり話し始めた。
「私どもでお世話したのは……練古町の一丁目あたりにお住みでしたよねえ。あの辺りは私たち商売が難しいので御座います」
何がどう難しいか。借家どころか部屋を借りるだけの僕に町をうんぬんする資格はない。

男は歩きあるきの立ち話を止めなかった。
「あの家がある限り、町の近辺の発展は難しい。やはり時々は出るのでしょう。力のある陰陽師さんに払ってもらうとか、町内会でそろって、そういう気になりませんかねえ?」

はあ、ト僕は生返事で黙り込む。誰かのために陰陽師を雇える身分でなく、まして町内の会長でもないのだし、そんな権限はない。そう言う先に不動産屋は、また話し出した。
「いえ何、あの家は前の借り手からで、その前はそうではなかったのです。急に子供が出入りするようになったと苦情が出まして、近所に確当する子供は居ない。それならやっぱりあの家だろう」

僕は子供の事など不動産屋に聞いてない。
「僕はただ都合が変わっただけで、今の部屋に不足があるのでは……ちょっと、あなた。僕の引越し理由を何と思うのですか?」
「子供が部屋に入り込んで騒ぐというのでは……」
「違いますよ!」

「そ、それはまあ……早とちりでしたか」
「いえ、まあ……その子供って何なんですか?」
「いえ、あの付近にはいるはずのない子供が出没するんです」
「小学生くらいですか?」
「ほら、知ってるじゃないですか。汚れた白い服にあちこちシミがあって、何だか嫌な感じがするという……」それは昔に流行ったビデオのような話だった。

僕にも思い当たる所がまるでないではなかった。少年とはその家の前で会った。その家は、もう家といえない程に荒れていた。
「おじさん、誰だよ」と少年は僕に聞いた。
「これでも独身だ、おじさんはなかろう」と言うと、

「それは判るよ。いい女の一人もいないな。よさそうなのを紹介してやろうか」その少年は生意気な口調でいう。
「その代わり、うまくいったらオレにシャツ買ってくれないかなあ?」着ている汚れたシャツを指して言った。

「フン、不似合いな女衒をやらなくともシャツくらい買ってやる。古着でよければ、ついでに上着も買ってやろうか?」僕は少年に言った。
「おお、兄さん、親切だね」汚い少年は僕にそういう。小学低学年くらいだが小学校に通っている気配はなかった。

ちょうど錬古町を出たあたりで、
「あの少年は何なんです」僕は不動産屋に聞いた。
「お客さん。やっぱり知ってる。それで迷惑なんでしょ」不動産屋はいった。まだ意味が違うと言いたかったが、少し遅かった。

2008年6月 2日 (月)

11兆円を誰がみるか?

「朝まで生テレビ」によると後期高齢者医療額は、全体の33%といいます……司会の田原さんは、
「後期高齢者医療を自民党は姥捨てと言われ困っている」といい、そうではない論証に入ります。

今日は私、完全に高齢者側に立ちます。今まで身障者は老人と比較される事があり、福祉を考える時には老人が先で身障者を先にしてはならないト聞く事は多かった。私自身が高齢になって来た事もありますが、その行きがかりを今日は捨てます。

医療全体額は33兆円、これを75才以上で分けると11兆円。なぜ75才で分けたかは言及しないのですが、多分、国保の赤字をあぶり出すためと、民主側から指摘がありました。それはともかく高齢者に多くを使われる事ははっきりしました。

「窓口で1兆、税金で5兆、若年層に4兆を負担してもらって残りの1兆を高齢者に負担してもらう、これのどこが姥捨てなの」と田原さんは意気込みます。しかし私にいわすれば姥捨てです。どこがどう姥捨てか、説明の前にはっきりしなければいけません。

窓口というのは多分、病院の窓口、つまり町の医師の負担を意味すると思われます。高齢者医療を儲からなくする仕組みと聞きます。税金の5兆は国保の外から税金を注ぎ込む。若年の4兆は国保内での処理を意味する……説明で、ここはない、私の解釈です。

田原さんは「姥捨てというのは11兆全部を高齢者に負担させるのが姥捨てだよ。1兆のどこが姥捨て。どこどこ?」という。普通の高齢者に1兆を負担させるのは、姥捨てではない。私も思います。しかしギリギリ生活している高齢者に負担させるなら……

今度の後期高齢者の負担分は生活保護者にまで及ぶと聞きます。生活保護者は風邪を引いて千円かかった月には、食費を千円削るしかない。月末1週間10日を絶食する事になりかねない……となれば、立派な姥捨てでしょう。

窓口の処理が私の解釈通りとすれば、医者も人間、あまり金にならない病人は診たくないのではないでしょうか? 診察室で待っていると明らかに高齢者の診察はハカが行ってないです。時間単価からいうと現段階で、すでに高齢者は儲からないのです。

どこで線引きしたとしても赤字に不利な患者と、有利な患者と分ける訳です。分ける事自体に差別があり問題であります。差別政策といえないでしょうか。むしろその意味で姥捨てとは核心をついたネーミングといえます。

安全対策を置かず赤字けしからん式に、取りやすい所から取れと考える政策に反対します。少し前ですが、こんな記事を私は見ています。

<後期高齢者医療>71歳「生活ギリギリ」 5月6日2時30分配信 毎日新聞
http://mainichi.jp/select/science/news/20080506k0000m040108000c.html

2008年6月 1日 (日)

オウムとムラ 2

「千の風になって」という歌が流行った時に、私は奇妙な共感とも反発ともつかない物を感じ、ブログで何回か書きました。理屈をつければ風とは死であり生でもあり、解釈すれば歌はとある境地の説明にもなります。

歌の世界は、死後ではあるが実はまだ生きてあり、実質で終わった自分を、歌の主は誰に説明するのか? ちょっと中也の骨の詩のような……私としては、解釈くらい他人に好きにさせろと思います。生きている時に本人は実感を持っていたろうから、解釈は残った者に任せればいいト。

昨日の続きです。オウムとムラという本を読んでいく、ムラの描写に入ります。これが今でも面白く読める。普遍性があるからでしょう。身障者がある意味では、家族と対決しなければならないのも普遍性がある……かも、しれません。

判り易い話をすると、親は家族に身障者がいる事を隠したい。だが本人が隠れたい訳ではない。いじめ等の問題があるのは少しあとで、とりあえず本人の関心は外に向かうのです。麻原の場合、家が貧しかったので盲学校にやられます。

本人は弱視で、まだ見えたのでそれに納得がいかない。父への憎悪はやがて家族を捨て、親と別れろと言った教えに結びつく。財産の換金寄付をいうのですから破壊そのものです……波野村の論理にも勝手な部分が含まれます。

脱サラ移住で波野に来た人へのインタビューがあります。人口減少の村はそういう人へやさしく、オウムへの対立には手段を問わない。今でこそオウムの反社会性は立証されますが、その段階ではまだ判らない。つまり根拠のない偏見部分もあるのです。

古い事をいっても始まりません。が、座敷牢はいい方で、家畜なみに扱われた身障者もあります。経済的には発展したのに思うようには幸福になれない。そこが日本の、対立と混迷の縮図です。親父は古い方法をいまだに模索し、息子は死後の夢を見るの絵です。

むろんオウムに同情はしません。ムラが身障者にどうであるかも、私は知っている……安易な共感も寄せにくい。何がどうと個々、言及しません。ムラの論理は街にも姿を変え残ります。

超能力が最後に売ってないモノとして残り、それをオウムが売りに出した。人が買いに集まった。むろんインチキだった訳ですが、どんな宗教研究家も見破れなかった。
「○○ちゃん、帰っておいでみんな待っているよ」
家族が呼びかけたが、呼び返すことは出来ません。

「百万円の血のイニセーション」は昔、オウムの専売でしたが、似たようなものは今も他にあります。買えば幸福になるマンションとか、行けば充実する旅行とか、身につける物、壁に貼り付ける物……毎朝のむサプリだとか……ギクリ。思い出したグルコサミン……今朝、私は飲み忘れてます。