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2008年5月31日 (土)

オウム真理教とムラの論理

熊本日々新聞社・オウム真理教取材班というのでピンと来なかったのですが、これ、中学時代に隣のクラスにいた人の本です。いえまあ、だから何だと言われても困ります。思い浮かべる顔のある本とない本では随分と違うもの、それだけの事です。

朝日文庫「オウム真理教とムラの論理」という本を読んでいます。信者はなぜ信じ入信したかを、取材した部分があって、これは面白い。今なお類型的なところでもあります。まず死ぬのが怖かったと言います。一人が家族が死ぬのを見てと言います。

つまり多数は空想で怖くなっています。死ぬと怖いという人があります。痛そうで怖い。魂がどこへ行くか判らない……あの世は行った事がないので迷子になるのが怖い……入院すると判る事があり、私は小学生で入院し、それから注射に種類があるのを知りました。

皮下注射と静脈注射の痛みの違いが判ると、大抵、注射は怖くなくなります。隣のベッドで人が死ぬと確かに怖いのですが、同じように何人か重なると怖くなくなる。そういうもんです。半分しか判らないから怖いので、少し理解が進むと……やっぱり怖いものは残りますなあ(笑)

だから、それだけとは言い切れませんが、体験が不足していて、それで足元を見られた……死ぬことは怖くありません。小学生でも対応できます。それはパソコンが難しくない幼稚園生でも学べる80代でもいける……それと似ています。

誰でも死ねます。痛くないか、魂はどうなるか、逃れられないものなのか? そんなバカを言うから麻原に足元みられて財産ふんだくられた。短絡的にまで判り易く言うとですが、そう私には読めます。

オウムやカルトは金鳥、カネとり主義です。それに見事にひっかかるのはネエ。麻原商売上手です。地獄の沙汰も金次第というのか、信者さんも安易に信じている。何でも売っている真理もカネで買える……血のイニセーション百万円でしょ?

どんなパソコンのワープロで書いても文は同じって知ってますか? ワードで書いた文と一太郎で書いた文と、新聞の折込チラシのうらに鉛筆で書いたあなたの文も同じですよ。死ぬ時に痛いくらいは我慢しようと思はなければ……それは小学生にでも判ることでしょ?

麻原、見えないので苦労したらしい。それでそういうシステムを考えたのでしょう。ヨガのポーズを教えるように超能力を教える事にしたのでしょう。元はヨガの教習です。そういう意味では大した事はない。品のなさが教えに出ていて、ちょいと余裕があれば足元を見返すことも出来たと思うのですが……

宗教を信じるかについて、最近、調べた記事を下に出しています。宗教心あるなしというより、単に無知です。品物だったらデパートに見に行きますでしょう? お寺に行って「私は最近、死ぬのが怖い。どうしたらいいでしょう?」くらいの事は、聞いたらいいのです。

それも嫌なら友人の葬式から帰る、坊さん捕まえて、立ち話したらいい。百万も取らず、ヒントくらいならタダで教えてくれます。麻原のように、ぼったくりません。麻原は逆に死ぬのが怖くなる事をいってます。それを聞くと生きるのも怖くなるんです。

怖くないです。痛みも我慢できます……少し勇気を持てば正面突破できます……それが出来ないのでは? 自分にだけ我慢ができないのでは? 超能力でゴマかそうと思う。だから麻原の術にはまる事になります。そう、カルトの第二のキーワードは超能力です。

○宗教を信じるか http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080529-00000063-yom-soci

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