« 2008年3月 | メイン | 2008年5月 »

2008年4月

2008年4月29日 (火)

webでコンタクト・レンズ 2

注文していたコンタクトレンズがシンガポールから着きました。写真のようにエアメールの文字と見慣れない包装、箱の色はエキゾチックな気もします。データ的に完全同一ではありませんが、ほぼ同じ製品が国内より安く手にできました。

個人輸入という形式をとると、医学的判断の省略と円高差益(?)も加わるのか価格差が出る。が、他人に推薦するほどの事かは怪しい。私は左右1箱ずつソフレンズ38(メダリストプラスと同一)を買うと約1年半ばかり使い、経済的な意味は薄いのです。

やった事のないことをやろうという趣旨、平たく言えばブログネタでやりました。リスクは医師の判断が入らず、支払後7日も待つのは、滅多な事はないとは思うものの、気は重く、これが国内通販では2日間と短くなるのです。

コンタクトサイズを指す数値にBCがあって、3サイズから選ぶのですが、ここのABCレンズでは中間サイズしかありません。もっとも私が行ったコンタクト眼科では、あの眼科では9、この眼科では8.7とサイズがブレます。

どうも大差はなく、眼科の手持ちサイズで間に合わせてる気もします。しかし国内通販だと3サイズ揃えた店もあり、その指定もむろん可能と思われます。
「いや、お前のようにいい加減な眼科に行かず、ちゃんとした眼科に行くべきだろう」
そう云われるなら無論それがベストです。

ただ代金もベストになります。細かいデータを大雑把に見て、およそをつかんで最安値ちかくで間に合わせると、合計が4944円、次回も同じ所で同じように買うとすると倍一万円弱で、4年半を使う事になります。

ここのABCレンズは他店と違って3箱まで800円の最低送料になります。そのメリットを使うことにします。右右左の3箱を買って次回、一年半後に左左右の3箱を買う、それまでこの店はあるでしょうか? それも判らないのですが店が無くなったら、ダブついた右箱はスペアとして使います。

コンタクト眼科に行けば2箱で5000円しますから、その辺は考え方です。その程度の差が出ます。これを大きいと見るか小さいと見るか、まあ不景気の中にあって、こういう情報が必要な方もあるかとは思われます。

自分のデータを知り管理していけば、こういう行為も出来ない事ではありません。私はケアの洗浄剤も吟味して、念のためにと煮沸消毒器も持っています。ケアに気を使っているので、こういう事をしても安全と思われます。

まったく体験のない人がやり方が判ったから試してみようというのには賛成しません。

●コンンタクトレンズ激安通販ナビ
http://www.contactlensnavi.com/yasukukau.html
●ABCレンズ
http://www.abclens.com/index.cgi?AF=OP

2008年4月28日 (月)

コンビニのレジで

店員を長くやったので、その観点からいえば、今の仕事は長くやっても何かが身につく、個人が修練されるという程の事はない。店員が店長に付いて行って仕入先で「この品は売れそうですから、もっと仕入れませんか?」なんて言う場面はありません。

何をどれだけ仕入れるか? それは店長よりずっと上の、頭が決める事でアルバイト店員がタッチできる問題ではありません。つまりアルバイト店員は何十年アルバイトをしていても、独立できる物ではない。いえ私の頃の仕事熱心は、独立はともかく評価は受けました。

コンタクト・レンズを個人輸入の形式で買う試みを、先に少し書きました。あれは要するにWebで契約して、コンビニで支払い、後は郵送を待つという、それだけの内容です。契約をすると契約書がパソコンに出て来ます。その契約をケータイに送信する。

私はケータイを持たないので印刷して、コンビニに持って行く訳です。最初に出た若い兄ちゃんは契約書を見るなり、よく読まないで奥に助けを求めます。奥には年上の兄ちゃんがいて、かかっていた仕事を済ませて出てくるのです。

年長の兄ちゃんは長いバイトと思われます。表情は硬く、顔色は読めません。私の不安は海に出る、後悔という名の海に出かける。最初の兄ちゃんには「こんなの見たこともない」顔に書いてあります。年上の兄ちゃんも基本そのはずです。

焦りながら文面を目で追っています。判らないとは言わないだけ、ミエニエに判りません。いえね、私だって判っていません。契約書にコンビニに行けと書いてあるから来ているだけ……
――私に聞かないでね。私も初めてですから……判ります?
そう聞くと兄ちゃんは黙りこくって、まだ契約を読んでいます。

話をする余裕がないのです。昔の客は気楽でした。
「あのう、白いのと黒いのとどっちがいいと思いますか?」
同じデザインの品の色違いの2つ、どちらにしたものか判らなくなり店員に相談しました。そう店としては、色から売れる物を予想する時代が始まりかけていました。

兄ちゃんはオンライン決済に向け、レジの操作を始めます。コンビニのレジとは何であるか? はっきり今、判ります。あれはパソコンの変形です。どうも、そうではないか思ってはいたのですが、そうでしたねえ。
オンライン決済の客など、当分また来ないと思います。兄ちゃんもやがて忘れてしまうでしょう。

知っているのはレジの機械だけ、後で契約書を返してもらうと判るのですが契約書の下の方に小さく4行、店舗スタッフの方へという断り書きがあるのです。そこに操作が書いてあります。兄ちゃんは、
「確定ボタンを押して下さい」と断り書きの通りに行ったのです。

兄ちゃんは領収の印を押さずにそのまま、領収を渡そうとする。
――領収はですねえ。この店の名義になっているのですから、印を押して下さい。
私が注文を出すと言われるまま印を押します。契約書の断りが印を押せと書きそびれいたからです。

ひどくややこしいので、文面でどれほど理解がいくか判りませんが、この顛末が今の店員の仕事です。出来たからどうとは評価されない、しかし出来なければ失格者となると思われます。マイナス評価はあり、プラスはなし……そして、すべてを熟知するのは店主や番頭ではなくパソコンという現実です。

2008年4月27日 (日)

迷うこと

「朝まで生テレビ」を見ていると、高齢者と若者とどちらの意見が正しいか迷います。司会の田原総一郎さんのいう昔の若者の現実は、私の年だと想像もつくのですが、かなり貧乏でした。今で言うと不法滞在外国人のような暮らしに近い。文字通り食えなくてフラフラ、栄養失調の大学生もいました。

ネットカフェ難民というでしょう。私も最初にネットカフェに行った時は、パソコン、コーヒー、雑誌にマンガが読み放題というので驚きました。そこには現実が面白くない者の逃避の3点セットという側面があったのです。今はそれは言えません。明日がないという表現は今も昔も当たるのですが……

空調とか枕とか毛布が最近ネットカフェにはないそうですから、そうなると逃避とも言えないと思います。一晩の台風で避難したいのに現実には避難所が空かないとか、場合によっては身障者もネットカフェを選択します。避難のヒと逃避のヒは同じ字ですもんね。

弱い立場に立った人の方を支持して行く……私の基本原則はそうです。ネットカフェが元々、逃避の場であったように、若い人が逃避をして、この現実という見方が、支配的なのは事実です。放送でも投稿意見をそうまとめていました。

ワーキングプアの典型という人にカメラが集中してまして、その人はヒゲが立派で、太って映るんです。ストレスで食べ過ぎ太ってしまう……多分そうです。そうすると同情されない。親が貧しく学校に行けなかった。資格が取れない人です。

スキルスキル、スキル。資格があれば何とかなる世の中になったのです。それは学歴ではない……でも資格の敷居を低くすれば、社会が何とかなるか? なりませんよね。話の論理にはトリックが使われています。もう一方で、やはりゲームは売れていて、暇を体力維持に使う人は少ない。

ジャンクフード食べながらゲームに熱中する若者と、団子食べながらゲートボールに熱中する高齢者と、似たようなもんと思う私……どうなのでしょうか? 昔の仕事は単純だった分、修練すれば能力に結びついたのですが今は違いますよ。

予想される事はすべて、ほぼすべてと言う意味。マニュアル化されていて個人の修練はすべて意味を無くしていく……ように見えます。そう店長と店員が同じ給料というトリック、むしろ店長という肩書きゆえサービス残業を伴うという仕掛けでしょ。

そういう意味では昔も今も似たような物なのです。しかし大きく違う事がありまして、それは人が働けなくなっても死なない事です。80才になっても90才になっても、なかなか死にません。下手すると100才になっても……

いえ私なども障害を負って、なお元気に減らず口をたたいております。似たような物です。さあ、どうしたものか? 迷いますなあ。

2008年4月26日 (土)

私にだけ判らないこと

昨日用意した原稿をめでたくボツとしまして、代わりのネタです。最近またノートパソコンを復活させました。超安物のノートが前からあったのですが、これがWIN95の代物で、しかも本体のみ……スキャナーの電源とうまく重なって、とりあえずセーフです。

デスクトップにはフロッピードライブがなく、ノートにはUSBがなく、情報共有が出来ません。ネットには何とかつながる程度のノートは現実的ではない。一太郎もワードも入ってはいるもののスピードが実用域でない。いえね、昔のパソコンってそんなものでした。

早くにWINを買った人は、仕方がないのでメモ帳やワードパット、エディターを使いました。実によく使われました。ワープロは編集の最終段階で、ちょっと使うのが常でした。考え難いのですがWINって、すごく不便な時代がありました。私はその頃、DOSを使っていましたけどね。

話が寄り道しました。媒体が使えないのでPCカードアダプターをはさんでカードから情報共有を考えました。なぜか考えただけで実行に移す行動力がなく、私は二の足を踏んでいました……なぜか、今、思ってもよく判らないのですが……

カメラでカードを使ってない。初期のMP3には体験があって、カードの適応力のなさにカード不信なったのではないか? 考えてみても毎回、そこで止めてしまう。どうも消極的で、引っ込み思案に等しいのです。状況は本人には客観的につかめませんがね。

不思議な事に世の中には、本人にだけ判らない事があります。なぜか本人たちにも……不思議な事に古いノートは、ある日、突然活躍しはじめます。そういう訳でカギは一枚のカード、今や2足3文に売られるメモリカードでした。

2008年4月25日 (金)

気がつけば騎手の女房 吉永みち子

「東京タワー」を半分読みにしています。むろん、どこかにはあるのですが本の行方が知れません。Webで調べるとリリー・フランキーさんは「東京タワー」を雑誌にエッセーで出し始め、連載途中で小説に変えます。まあ、どちらでもいいような物の、東京タワーの書き出しで重要なのは、お母さんに関する描写でしょう。

小さなリリーさんにとって重要な、実の母ではない(実の母は成人後も判らない設定)女が側にいて不思議に何でも言う事を聞いてくれた。その驚きは霧の中の幼少期を鮮明に映しています。坊ちゃんより甘美とも言える記憶の形に、読者の好き嫌いも出るかとは思われます。

比較して、吉永みち子著「気がつけば騎手の女房」は、その辺はピリッとしています。吉永さんのお父さんは早く亡くなられ、生前には常づね「お母さんにはお前しかいないんだからね」と言い残しています。小学校に上がったばかりの娘に遺言もない物とは思うのですが、この父に遺言の自覚はないようです。

リリーさんは少し後になって父の事をヤクザだったします。母は必然、そのヤクザの女房として読者に見えるのですが、それまでは息子を溺愛する不思議な女としか見えません。まあエッセーというより小説の企みと言わざるえないところです。不思議な女はステレオやバイクといった高価な物の代金をどこからか工面します。

お父さんが亡くなられると早速、吉永さんは生活に追われます。小学生の娘のする事はたかが知れ、それは下宿屋の母を手伝い、進学も極力に倹約することです。リリーさんが大学に上がり、絵描きのバイトで金を作るのとは違います。吉永さんも大学進学するのですが、すでに不必要に倹約しています。

本当に困っていれば大学には行かない物です。楽な絵描きのバイトは、本当の絵を書けない絵描きを作っていきます。リリーさんは次第に自分を見失って行きます。これに対し吉永さんは倹約に夢を見失っていく、と言えましょうか? いえ私はまだ「女房」の佳境に入っていません。

表紙の折り返しに吉永さんのうら若い写真があって、それは苗字のせいか小百合ちゃんに似て見えます。今、吉永さんは朝のニュースショーで明確な言葉を入れる、コメンテイターであります。同一人物の20余年の時間差は、心を揺さぶられますなあ。

TV画面のしゃっきりとした吉永さんの口調は、こういう風に形作られたかと思うと、あだやおろそかに聞く気になれません。吉永さんは向え隣に住む、人はいいが口の悪い叔母さんのようで面白いじゃありませんか?

私はこの本を読んでから吉永さんの顔を、小百合ちゃんの首に挿げ替えます。小百合ちゃんが舌峰鋭く、時事の問題点を政治家に迫っている絵を考えてしまいます。単なる連想も何度も思い浮かべると、私の中に定着します。

対してリリーさんは見かけません。いつか松田優作を論じていた番組を見かけましたが、それだけで東京タワーで読めば、この人は母親よりは父親をよく次いでいて、絵もそうなのです。才能あるものの美術に打ち込めずというのも、何やら親子で……その涙の結末に、まだ私は行き着きません。

リリーさんのお母さんには博打の才能がおありです。小説で花札で男たちを手玉に取るシーンがあります。博打で勝つのは……私は競輪で勝った事がありますが……妙な疲れを伴います。真面目に努力することを空しくするのです。お母さんの倦怠には理由があり、金の工面はそれはそれで悩ましい。リリー少年からは見えません。

見えなくとも子は、それでも母を次ぐ事があるのでしょうか?

●昨日は裏ブログが出てしまい、失礼しました。ああいう感じで切り抜きをして保存しております。

2008年4月24日 (木)

裁定の日

光母子殺人以降の厳罰化の不安と、正しい判決との評価とが、論議を半ばに分けています。私もシンプルに本村洋さんに同情すれば、当然という気がします。もう一方で加害者が12才時に母を失くし、精神年齢は止まったという鑑定に愕然とします。

12才鑑定が正しいとすればドラえもん証言の内容にも理解できます。報道ではその辺が判りません。12歳鑑定を知らなければ元少年は退行を起しているだけと私は思った事でしょう。本村洋さんについても、せめての死刑を求める遺族とだけ私は見ました。

かって無期の判決に「負けたと思った」と語る本村さんは形相としか見えませんでした。私の気持ちは時々で変わりますが、最終判決はひとつ、具体的には無期か死刑かです。同情では死刑とも思いますが、最終的に死刑廃止の考えから無期を私は取ります。

裁判員制度を前にいろいろ言われています。仮に、この裁判の裁判員をさせられたら、さぞかし困ると思います。極端中の極端の裁判に召集される事もないとは思うのですが、アメリカではもう少し責任の重い陪審員制度になっています。

裁判員は陪審員ではない。裁判官が入って専門家的裁定を交えながら裁判員の裁定を加えていく形になるようです。ひとつの事件に5つの裁定を下す実験をした所、一つの裁定は別として4つの裁定が同じになった。そういう結果が出ています。

つまりブレは想定範囲内、それはそうでしょう。あの大雑把なアメリカ人がやれてる事が日本人にやれない……そんな事はないと私は思います。米人には怒られますか? でもねえ、自立ってそういう事ではありませんか。不安の中に立って自分を信じ、結果を待つ。

裁判なんて言うとすごく特別な事のように思いますが、ありふれた犯罪は周囲に、それこそありふれているのです。誰が悪い、何が悪いの噂はよくします。被害者になった時だけ何とかしたいと思い、他の時は無関係でいたい。勝手でしょう? あまりの勝手は通用しないのです。

昨日、コンタクトレンズの個人輸入なんて書きましたが、あの支払い窓口は近所のコンビニ、銀行でも出来ますがコンビニの方が早い……私たちの日常は見慣れた現実だけで出来ている訳ではありません。そう思い込んで安心しようというのでは困る。

私はそう思っています。健常者がある日、障害を抱えて身障者になる。死ぬまで健常者の人もいるのに、私は11才でもう身障児になりましたもの。なぜ私だけ……そんな事いっても仕方がないです。私はそう思います。

ああ私の、死刑廃止の理由は、生きていれば人間は悟るのです。
仮に12才の、無期の牢にも悟りがやってくる。判りませんがね……本村さんも記者の質問に答え言ったでしょう。
――この判決結果はあなたの救いになるか?
「判りません……死ぬ前になって今日の判決が救いになるかも知れないし……判りません」本村さんもそう言っていました。
死ねば人間には救いも悟りも反省も、ないです。

裁判員と陪審員
http://homepage3.nifty.com/saiban-in~baishin-in/yukue.html

2008年4月23日 (水)

webでコンタクト・レンズ

通販というのは近所で買うよりはアヤしい。これに異存はないと思います。そのせいで多分安い。安いのが好きかアヤしいのが好きか、よく判らないのですが、コンタクトレンズをWebで買ってみました。まだ商品は届いてませんが、そのリポートします。

コンタクトは何処でも買えます。私は優良眼科の近所に住んでいますので、そこに行けば処方は書いてくれます。でも網膜穿孔にからむ事でもなく、行く事はないでしょう……この眼科に最初に行った時に看護師に眼鏡処方は聞きました。

手術を2回やり記憶が薄くなったのです。安くなかったと覚えています。価格でいえばコンタクト眼科で出す処方料は千円弱くらいから……所によって違います。初診料と合わせて必要なら電話で聞くといいでしょう。

私の場合、処方というかコンタクトのサイズ度数は判っています。視力パワーは変わっていない。例の眼科はデータは毎回取るのですが見せてはくれません。それで聞いてみます。
――私の視力、落ちてませんか。落ちてるなら眼鏡を変えたいのですが……
「変わりませんよ。落ちてないです」

視力表で見てもそう、するとまあ、計らなくともいいかあ! そういう結論になります。レンズを指定できるならコンタクトレンズ屋でいい事になります……厳密にはワンサイズくらいズレる可能性はあるでしょうね。まあ、範囲内、範囲内。

レンズ屋さんは今、町では商売できなくなってWebに入ってしまいました。しかもWebでも添付メール、Fax等で処方箋の提示をいわれています。レンズメーカーによっては処方なしでも売るのか? 詳しく知りません。私の好きなボシェロムは提示を求めます。

私はボシェロムと相性がいいのです。国内では処方がいりますが海外ではそんな事はなく、海外輸入という手を使うとレンズ価格だけでコンタクトが入手できる。話は聞いていましたが、実際はどうなのか……かくしてこのレポートも佳境にかかる事になります。

コンタクト眼科ではレンズひと箱、2280円といいます。レンズ屋さん、国内レンズは2週間使い捨て左右2箱で4千円強から6千円、海外レンズで3400円から4200円に大筋なります。国内は2日で届く所もありますが海外は10日かかります。大筋はそうですが店によって内容は違います。

国内では物によっては洗浄液をつける所もあります。(クリアコンタクト)これはコンタクト眼科にもありまして、
「洗浄液はありますか?」と聞いて、売りつけるんだろうと断ると、「何、使ってらっしゃいますか?」聞いて、洗浄液をサービスする所もあります。

海外では規定一時に2箱までのはずですが、なぜか3箱まで売る所があります。地域によって送料がちがう所、同じ所、細部は複雑怪奇、支離滅裂……私まで何を書いているんだろう(笑)この整理をして現物が届く月末あたりに第2回としましょう。

2008年4月22日 (火)

夢とわかる夢

咳止めというのは副作用があります。長く続けるのはよくない。それでそろそろと縁切りの時期を見計らうのですが、これが簡単ではないのです。まず水泳で泳いでいる間は咳が止まりますが、その分が後に出ます。

それで仕方がないから薬を飲む。すると薬は眠気を誘う。水泳の後の疲れも加わり、私はつい寝てしまいます。気がついてあわてて起きて、残った雑事を仕上げたりします。しかし短い眠りのようでいて、寝た後は目は冴えます。

夜の眠りが浅いのです。すると鮮やかでリアリティのある夢を見ます。夢の中で車を運転している。車の動きが変に軽いので、これは現実ではないと判る。怪しむと確かに車は古い、今乗っている車ではないのです。夢と判る夢を覚醒夢というそうです。

前の車には幌がついていて屋根がガッバッと開いたのです。夢の車の屋根を開けようと思って、押しボタンを探していると、車はいつの間にかオープンカーになります。そうか、やはり夢だから思うだけでいいのだ、ト私は感心します。

夢ならば思う所にも行けるに違いない。とんでもない所に行ってやろう……それは砂漠かジャングルか? 道路のない所はまずいとしても、トンネルを抜けるとオーストラリアだった、なんてちょっとよい。そういう所に行き先を決めます。

さあ、そこで私の息が止まる。止まった息を探して首に手をやる、コホンと咳をしたところで目が覚めます。そして夜に咳き込み、夢はチリヂリになります。起きると誰も居ない夜があるばかりであります。

また咳止めの薬を飲んでしまいます。やがて咳は止まりますが、眠りも夢も、もうやって来ません。薬で見た夢は鮮やかに車のシートの感触や、少しエンジンの匂う空気の味までしたのに、残ったのは夜ばかりです。

夜中にコーヒーを立てて、眠れぬついでにバッハなど聞いてみます。グールドのハープシコードはいいです。あの人は何を考えていたのか? 緊張しないで音楽を聴け、そう言い残していった人です。こういう夜はひと際、それが身に染みます。

うっすらと眠気がさして窓の外に朝の気配がして、やっぱり咳止めはよくないと思うのです。どこかで車が走って行く……遠くへ遠くへ出かけて行く。私にぜひ行く所なぞ、ありはしないのに朝一番で行かなければならないような……

昼近い朝にまた目を覚まし、急激に咳が出ます。しばらく様子を見ているのですが、これが止まる気配がない。そのような繰り返し、覚醒夢というのは一種の悪夢で、夢が裂けた眠りを確保しようとするのです……ああ、思いつきました。

今度は行き先を水に向けてみましょう。夢の車は水面を走るのか水底を走るのか、どちらにしろ見ものではありませんか。

2008年4月21日 (月)

夜回り先生と夜眠れない子供たち

私の書いた中ではラーメンの黒亭、あの辺り二本木界隈は、昔は花街でした。黒亭の筋向いに昔、奇妙な旅館があって、私はそこに品物を届け、代金を受けた事があります。妙に大きな玄関を上がると部屋は小さく狭い、チグハグな印象に捕われます。

後に「陽炎」という樋口可南子さんの映画に出てくる舞台が、その辺りと知ります。父は娘を遊郭に売り、その金で少し酒を呑む。また遊んで帰って行くのだと聞いた事があります。映画は昭和3年くらいの設定で、私が現実に見るのは面影も消えた頃のことです。

その映画の監督の五社さんは、花街近辺の出身だそうです。鬼龍院花子の生涯とか花街の映画が多い。作家の村上龍さんとか、ああ、松田優作さんも花街近辺の出身……枚挙にいとまがなくなるのですが、共通する匂いがありましょう。男と女が寝るだけの、狭い部屋の特有の匂いです。

今の二本木はさらに昔の面影が失せ、何も残ってなどいません。私があの時、確かに踏んだ玄関の上がりかまちの分厚い板と、頭上にあったなげしの彫刻、雲と竜はどこにもありはしません……昭和3年から比べれば日本も立派になって熊本も上品になりました。

「夜回り先生と夜眠れない子供たち」に「夢」という章があります。サンクチュアリ出版のこの水谷先生のシリーズは、上等な分厚い紙と贅沢な写真でタレント本みたいですが、書いてある事はなかなか手厳しい。

夢は看護師になりたい少女の進路を指しています。リサは奨学金とバイトで得た金で自立し、一人暮らしを始めるのですが、自由にはなれません。リサには兄があり男女関係があります。それを父に感づかれ、金をせびられます。

「体でも売ってこい」と父に言われそうする……なぜか、母は知らないとリサは思うのです。母の理想の娘を演じる事が、唯一のリサの救いです。水谷先生は、本当の事を母に告げる事を勧めます。しかしリサはリストカットを繰り返し、売春を続けます。

兄や父はむろん罪深いのですが、気がつかない母は何と罪深い事でしょうか。読んだだけで断言も出来ませんが、男よりうかつな女性を私は知らない。知れば罪になり、知らなければまた別の罪になる。それでも知らないふり?……そんな感じがします。

愛し愛されたい。ただそれだけの事が人に不幸をもたらし、底なしの沼の深みにこころ誘う。いつか相手とも憎み憎まれる。縁の切れない家族という名の閉塞……少し長い引用をしましたが、この結末は書きません。知りたかったら読んで下さい。

日本は先進国になったわけでも、上品になれたわけでもありますまい。一皮めくれば昭和3年と違わない現代、私があの時、確かに踏んだ玄関の上がりかまちの分厚い板と、頭上にあったなげしの彫刻は、今もあるのではないでしょうか?

2008年4月20日 (日)

三年目

コップに入れた水は円柱形というか、丸くもなるのだけれど、コップからこぼれた水は、ただ、こぼれた水になってしまいます。びたびたのべちゃべちゃ、雑巾かティッシュか、そういうので吸い取らないと仕方がない。もう丸くも四角にもならないです。

風邪を引いたらしいのですが、咳止め薬を呑んだとたん、私の心は解け始めます。コップからこぼれた水、瓶からあふれた油……心は低い方に向う液体ですねえ。副作用でおかしくもない事にニヤニヤと、いえクスクスと笑い出す始末。

円生の落語。始まりの枕が長く伸びます。3年目という落語はカミサンが幽霊になって出てくる話です。幽霊の一般論から始めて、いえまあ幽霊がなぜ怖いか。大阪弁や下総ことばで出ては何故まずいか……そういう話から下していきます。

円生落語の幽霊ですから、あまり怖くはない。これもやはり元は歌舞伎の幽霊を参考にしただろうト思います。
「生き変わり死に変わり……恨みはらさで、おくものかぁ〜」とやるんです。

枕は正調ゆうれいの解説みたいなもので、枕と言えば枕、まだ本筋に入っておりません。怖いとなぜか笑いますよね。亡霊になって出てくるカミサンは怖い、怖い前に笑いを振っておく。円生は怖がらせたいのか笑わせたいのか、よく判らない所があります。

そもそも人は死ぬのが怖いのです。幽霊になるのが怖いという人もいます。幽霊になった自分を想像すると怖いと、いうんです。私は子供の時に死に損なった訳で、その辺は少し慣れた所があります。たとえば風邪だから大人しく寝ていようトカ思わないのです。

その時の気分で、このように文章も書いてしまう。死んでしまって跡形もなくなれば、それも安心のような所があります。今の内に少し騒いで置こうかトカ思います。円生は枕のような話、前置きの前にまた前置きをします。この落語には違う枕が2つ重なるんです。

高級ホテルのように……枕ばかりが幾つもベッドに並ぶ。最初の枕は虱の話です。旅人が虱をえげつない殺し方で殺すから、その虱がたたる、そういう話です。真面目だかフザケてるんだか判らない。虱の怨念が怖い話から、いわゆる幽霊の一般論になります。

薬で怪しくなった頭で落語を聞いています。薬でまとまらないだろう、って? 咳だけ熱はないのです。むしろ何か書いていないと怖いような気がします。私の場合、妙な形が残るのが怖い。消えるからには風のように跡形もなく消えたい。そういう欲望があります。

嘘を言うな。それなら残る形で書くな。咎める人があるかも知れませんが、嘘ではない。ただ人間の欲望ですから矛盾はつきもの、嘘はつくもの幽霊化け物です。虱をいじめた旅人は死んでしまう、オチは「知らぬが仏」をもじって虱がホトケというのです。

水は入れ物で形を変え、丸くも四角くもなるのですが、心も水のようにびたびたのべちゃべちゃ、雑巾かティッシュか、そういうので吸い取らないと、もう丸にも四角にもなりません。溶けた心は何になるか? それはもうオシャカになる。今日もおあとがよろしいようで……