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2008年2月14日 (木)

自由とは?

今度の発火点は石油でした。いやまたしても、よくある話が始まります。国は金が欲しく地方は自由が欲しい。地方には少数民族が居て、自由や独立を願うわけです。まして石油がある地方となると国は自由なんて許せない。

その石油を民族や地方が欲しいのではなく、一小国が欲しいだけではない。大国の更なる望みにもつながります。経済的な理由は政治構図に重なり、犯罪のひとつの理由にもなります。いえ単に犯罪というには大きすぎる、大量虐殺の噂も。

映画監督のS・スピルバーグ氏が、北京五輪での芸術顧問を辞退します。
スーダン・ダルフール紛争に対する中国の政策が理由と言います。
「私の良心に顧み、この仕事は継続できない」
「ダルフールでの非人道的犯罪を終わらせるために、私は力を尽くす」とも付け加えます。

グリム童話に、あまり知られないイギリス民話の収録があります。
その地方では泥炭を燃して寒さをしのいだのですが、一家ではみんな手いっぱい、泥炭の切り出しは末娘に負かされました。末娘はまだ小さく、仕事が辛くて仕方がありません。

誰も居ない泥炭の荒野に立って、
「誰か手伝ってよ!」と娘は叫びました。
すると、どこからか声がして娘に答えました。
「よーし、お前によく切れる斧を貸してやろう。ただし泥炭を切り出したら、必ず斧を返せよ」
声は泥炭の野に住む妖鬼でした。

娘の家で信じる信仰では、人でないものと約束を交わしてはならない事になっていました。娘の小さな頭にその事がよぎりましたが、娘はたじろがず妖鬼と約束しました。荒野から妖鬼の腕が伸び、娘に斧を渡しました。

斧はよく切れ、娘はたちまち泥炭を切り出しました。
娘は斧を妖鬼に返して帰りましたが、その時、小さなミスを犯しました。
それまで使った切れない斧を荒野に捨てたのです。
翌日もそのまた翌日も、娘は鬼の斧を借りて泥炭を切り出せました。

それから何日かして娘は家族に咎められました。斧がないのにどうして泥炭を切れるのかト母はいうのです。娘は斧は荒野に置いてある、嘘をつきました。……いろいろあって娘は妖鬼の腕を、斧で切り落とすという残酷をする事になりますが、この話はそこで終るのです。

しかし鬼の腕を切る話は、日本にもあります。日本の鬼、酒呑童子は切られた腕を取り戻しに来ます。鬼は自分の腕を取り戻すと、代わりに黒い血のしたたりを残したという説があります。
憎しみと殺意と環境破壊しか生まない、黒いしたたりが石油になったと言う説です。

自由とは……ネタがなかったのでグリムを長々と引用しました。今日はオチもありません。失礼しました。

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