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2008年2月13日 (水)

映画「天使がくれた時間」

よくまとめたハッピーエンドの映画でラブコメに入ります。シリアスな部分もあり、クリスマスの奇跡もありますから、ちょっとジャンルからは説明づらい。なぜ奇跡が起こるかとか、奇跡による物語の不合理部分には説明がない所も。

一部の登場人物が訳を知っていて進行役となる。ご都合主義っていやあ、そういう事になります。現実にありえない事を映画で成立させる、ラブコメというジャンルの意味が、そこはそうなのです。突っ込んでも仕方はありません。

株の仲買人をやってる主人公と、タイヤを売る主人公をニコラス・ケイジさんが例によって、二役を卒なくこなします。これは5年前自殺願望男がアルコールに死ぬのをやったから、そのバリエーション。家庭はなく仕事にしか関心がない同じ意味か? リービング・ラスベガス観た人は一発で判ります。

裏おもてで同じ演技をしています。これだけ観た人は、ああうまいで済むんですが、両方を観た人は怖い! 確かに仕事と家庭は矛盾する所があります。この映画では相反する2つにキレイに分けて見せ、しかも両方に主人公を生かして見せます。

あなた、家庭を大事にする人? それとも仕事を大事にする人? 現実は折衷されていくのですが物語の映画の中は、うまく分離されるのです。つまり都合のいい時に都合のいい方を選んでいるぞト告発されてます。都合よくいかない選択を迫られます。

実は自分で思ってる行き方をしていない。本当は違う選択をしている。そう監督は言っている気がします。家庭のためにやってる事は口実で、それは自分のためにやっているとかネ。最初、私はこの映画はご都合主義と仄めかしました。

ご都合主義がバレバレになると観る人のご都合もバレます。たとえば主人公が奥さんの気持ちが読めなくなると、6才の長女に相談するんですね。現実にはありえない。映画ですから長女は相談に乗ってアドバイスをします。

長女のアドバイスの解釈は……その他の部分でこの主人公は、しゃべりで難関を越えていきます。長く別れていた現実も超えられない。それに夫婦の偽善性も暴露します。都合のいい時に都合のいい自己を支える、道具が見えてしまいます……と、深読みも出来ます。

読みは観客に帰って来ます。ラブコメを観るという行為は、正しく自己と向き合うのではなく、心がお菓子をつまんでいる。リービング・ラスベガスは悲しいから、なぜ悲しいか考えるのも嫌だから……会社や社会や人との間は善良な観客を演じたいから、本当は違う自己なんです。

私のように猜疑心が強くなるのかも、何かチラ、チラっとかい間見える映画です。そういうのが後で効いてくるんです。リービング・ラスベガスと重ね合わせると一気に来ます。ご用心!

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