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2007年12月25日 (火)

昔、恋愛はなかった

本読んでるからト私への決まり文句で意味はありません。前に師長に何か言われて切り返した事があった。これを看護師に聞かれ、大げさに吹聴されたらしい。理屈でいう師長でして、自分では現実に当たらない。

多分ですが管理はするが現実にタッチしない。現実に取り組むが管理に口が出せない看護師……いつも社会の成り立ちには、そういう所があるものです。私が何を切り返したか、それは多分、関係ない。私には看護師たち全体から何とない好感があったト聞いています。

隣の患者は、その分の何とない反感を私に抱いたのでしょう。他の二人の患者が笑うので、関係がこじれる所まで行きませんが、朝晩に話題は蒸し返されました。愚にもつかない話は果てもないように見えました。

隣の患者と同様、他の二人の患者も、二人それぞれ別の物件を抱えています。つまり愚の3乗です……洗面所で明治のお祖母ちゃんに会うと、
「あなたの部屋が一番、楽しそう」と言われる。
――大変です。

まさか3乗とも言えませんから。そこは言わないでいますと、大体の話は、筒と抜けています。それで聞いてみます。
――大正の頃も恋愛であんなに騒いだもんですか?
「昔は……昔は恋愛はなかったような気がします」

――それはおとぼけでしょう?
もう少し聞くと、はぐらかしではなく、簡単にいうと恋愛したのは一部の人だけではないか。私はした事がない、そういう話です。今と違って昔は、男女が知り合う接点がなかったといわれる。

確かに他はありません。看護師と患者、検査を口実に2日も3日もべったり、普通ありません。それに8回目だか10回目だか判らなくなった手術の感想は、私も家族に言いません。互い窓の外を見ながら交わす話としては、ある意味、これは逸脱しますなあ。

私は今もそうではないかト思うのです。世間が騒ぎ、そうでなくてはならないように言うから、言葉で合わせてるだけで帳尻あわせの結婚はある。何割かは知りませんが2割とか3割とか、少なくともそういう数字がある気がします。

「負け犬の遠吠え」酒井順子さんのエッセーがベストセラーになった時、勝ち犬にも負け犬にも妙な共感があった。酒井さんにも妙な落ち着きがありました。結婚や恋愛に、今、高揚しなければいけない感じを払拭した点が面白かったと思います。

別に高揚が悪いのでなく高揚だけを価値にして、物事を見ていてもつまらない話で……そうそう私、私は若い頃に飲み過ぎた安定剤が、まだどこかで効いているのでしょうか。それともこの日常に圧がかかって、人は高揚感で乗り切ろうとするのか?

酒飲みの酒に寄せる過剰のように、博打うちの博打によせる感情のように、恋愛感情で何か違う事をまぎらそうとするなら……それも依存ではないか……気がします。当たり前ですが、若くて長く病院にあるというのは、あまり健康な事ではありません。

○このような研究発表もあります。
http://rate.livedoor.biz/archives/50505361.html

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