« 人工股関節手術(MIS) | メイン | ジャンク・スキャナー »

2007年10月29日 (月)

ピカソ展

ピカソ展があっていて、ミュージアム・セミナーでピカソの話を聞いて来ましたので、それを書きます。講師は村上さんで1時間以上のよもやま話となっておりまして、資料はA4で26ページ、まとめるのは困難です……それで私流に再構成します。

ピカソの最初の傑作は青の時代の「人生」です。が、これは今回、来ていません。有名な作品で下記にもWeb引用していますので見て下さい。人生の右側の男は自殺した、友人のカサジュマスという画家です。本作にはデッサンが何枚も残っています。

それによると原案の男は自画像です。ピカソの留守中に、親友カサジュマスは恋愛問題がうまく行かなくて死んでしまう。恋愛は内容的には不倫であって、聞いただけでは私は同情できません。しかしピカソはショックと悲しみ、罪悪感を深く感じてしまう。

ピカソ6才時に次女コンチータが生まれ、両親の愛情を取られてしまう体験があります。それで次女を呪う。ところがピカソ14才時に、この次女がジフテリアで死にます。呪いが通じた訳ではないと思いますが、ピカソは罪の意識に苛まれます。

ピカソの絵には後々まで罪の意識があります。ミノタウルスも誘拐がらみの神話が影響します。カサジュマスは、この時ピカソの分身だったのでしょう。絵の右側に立つ中年婦人は死神なのですが、抱える赤ん坊はピカソの妹、コンチータというのです。

8才で死んだ妹がなぜ赤ん坊になって出てくるのか? 判ったような判らない話なのですが、そういう話です。どちらにしてもピカソには深い罪悪感があります。それに身長が155センチと低かった事に劣等感もあります。ルックスはカサジュマスの方がよく、モデル変更です。

お父さんは年を取っていましたが背が高い。お父さんは絵描きに憧れていましたが、56才の時に13才のピカソにすべての画材を譲って、絵筆を折る……そういう伝説が残っています。ピカソの絵には時々、背の高い男が出てきます。それはお父さんです。

ピカソが敗者に罪悪感を感じる……父への愛でしょうか? だが絵の男にピカソの父を反映させるには背が足りません。死神の中年女は画面から切れています。ピカソはわざと切っている。これも理解できません。単純ではないようです。

私たちが話題にするのは描写力、いかに本物に似ているかです。ピカソは直感的な把握力があってスーパーリアリズム風にも描けた。が、そうする事に関心がなかった。写真のような絵は写真で済ませればいいト思っていたらしい。

完成した絵を、ひとつのイメージから次のイメージに向って変容させる。男の顔が変容して牛になる。死をこやしに生きる生命へ関心があった。青の時代のテーマは明日がない死であります。画家としては早くに死んだ父、父をこやしに生きるピカソの葛藤がある。それが「人生」にもなったのではないでしょうか。

人生 http://ds.cc.yamaguchi-u.ac.jp/~fujikawa/03/sem/03/lavie_b.gif
ピカソ展は県立美術館本館で11月25日まで。
http://www.museum.pref.kumamoto.jp/event/kikaku/frame.html

トラックバック

このページのトラックバックURL:
http://app.blog.bbiq.jp/t/trackback/394232/18079258

ピカソ展を参照しているブログ:

コメント

コメントを投稿