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2007年10月

2007年10月21日 (日)

野尻さん

野尻千穂子さんには会った事があり、それが取材でまあ、会ったという表現は違うのかも。
その時、本を出される話はあり、読もうとは思いつつ私は読まなかった。不勉強が問われます。さらに不勉強は、話は別書で、この本は続編になります。

「心にしみるいい話」という地元新聞が出した美談集があります。その中に「氷点」の感想を書かれています。障害と折れ合う事に成功したトいった内容です。私は面識はなかったのですが、氷点を読み直し、野尻さんに取材に行きました。

野尻さんは11才で下半身麻痺になり、深く苦悩されたという事です。下半身麻痺は脊損ではないのか、私は漠然と思い今更、聞いても仕方がないようで……聞きません。身障の経緯は似ているのですが、私は身障に苦しまなかった。

全く苦しまないトは正しくない。ただ具体的には自殺も考えず、前向きとも意識しません。多分それで野尻さんのようにキリスト教に入信する事もなかった。そういう取材方針は立っていて、そのように考え、そのように取材しました。

ただ野尻さんが苦しんだ物の正体は見えました。多分、三浦さんを苦しめた物と同じだろう……野尻さんは暗にそう書かれていました。新たに聞くというより確認を取ればよかった。出来れば私と違う結論になった分岐点も、探せれば収穫でした。

直感的には野尻さんと電話で打ち合わせ、とたんに判りました。インタビューは会う前にプランを立てます。野尻さんにどんなプランを立てたか。氷点がキーワードになります。その事について野尻さんは、すでに書いているからです。

三浦綾子さんの氷点は有名で、もう書かなくてもとも思いますが……三浦さんは入信するまでの葛藤を小説化された。三浦さんがなぜ氷点を書いたか。小説の主人公のように生きたかった。いい所に生まれて余裕のある、いい女でありたい意味です。

それが夏枝か、陽子かは置くとして、そういう風に三浦さんも生きたかった……当然、そうは行きません。誰だってそうであるように現実は違った。三浦さんはどこかで陽子を「クレオパトラのように」と書かれます。そのギャップは大きいのです。

クレオパトラのように生きたかったが……三浦さんを初めとして、そうならなかった女性は山とおられます。葛藤の終了というか卒業までは大変なように見えます。野尻さんも、たまらなくて入信します。具体理由は障害になりますが、潜在的にはもう少し広い問題になります。

私、本に添った感想を書く予定でしたが、どうも本の話になりません。続きはまた……

2007年10月20日 (土)

ギャオプラス

USENのギャオプラスを取って見ました。ギャオはWebテレビで、ギャオプラスはネットを通してTVにつなぐ形になります。

スカパーに近い物、スカパーは放送形式で放送を待ちますが、ギャオプラスは見たい時にダウンロードします。

電話線を使ったレンタルビデオ形式とでも言うのか。Webを使いますのでパソコンを持って、契約に入ってる人でないと使えません。つまり半端です。パソコンでギャオを見て、なお見たい人でないと入らない。

私の場合、ギャオ見て登録して懸賞応募、電話番号が知られ、
「当たりました」ときたもんです。まあ1度目は、
――エート、あれは有料でしたか? いらないでしょう
と断り、再勧誘では、
「試してから断りませんか?」
――そうですねえ。それもいいか。

ブログネタ目的で、受けました。受けてからというか、注文だして機械現物が届くまで半月以上あります。ちょっと私は間抜けです。通販、ヒゲソリ、プライベートのやり取り感覚から行くと、遅いんです。ソフトバンクも、もっと早いでしょ。

後で気が付くのですが契約内容は定かでない。書面契約でなく電話の声を録音する。どうかなあ。ちょっと前にTVに社長の露出があって頑張る企業として言われましたが、ネエ。Web検索するとチューナーは買取とレンタルがあって、それ話には出ていない。

機械をつないですぐ感じるのは音と絵があまりよくない。WOWOWの時はよくてびっくり……ノイズはない物の、地上波並みの画音質です。番組選択、番組数はギャオよりいい。ギャオもそうですがバッファ待ちはあります。長時間番組は止まる事も……イライラします。

むろんレンタルにない番組もあります。しかし少数ですねえ。放映期間は何ヶ月かあります。録画しないで何度か見る人は、いいでしょうが、絵にはコピーガードがかかります。当然というか、その辺の感じが進んでいるやら遅れているやら……

電話では受信料月4千円という話でした。スカパーは幾らですか?WOWOWはもっと安い。お笑い嫌い、カラオケやらない私としてはお勧めしかねます。

●かんばしくない話が伝わっています。ご用心。
http://dospara.okwave.jp/qa3561669.html?ans_count_asc=1

○写真はチューナー発売時のもの、現在は売ってない。

2007年10月19日 (金)

ヒゲをそる

ヒゲソリは何をお使いでしょうか? 多分、電気のシェイバーが一般的と思います。前にはちょっといいシェイバーを使っていたのですが犬にかじられて使えなくなります。あのクロスケ、歯の強いヤツで金属をメチャクチャ咬んでおります。

ショックで一番安いシェイバーを買いました。千円だったか千五百円だったか、予感はあたりました。クロスケは再度シェイバーを咬みます。この事を友人に話すと、友人は死ぬほど笑い転げて、
「その犬はどこだ。頭をなでる」というのです。

シェイバーが嫌になってもヒゲを剃らない訳にはいきません。電気屋ではなくてディスカウント店で、さらに安いヒゲソリを買います。風呂場で使う替え刃カミソリの、電動ホルダータイプが最近出ています。私は使った事がない、何にでも興味があるのです。

これは試さなければ……それが去年の今頃の事です。旧来のシェイバーも別に買いましたが、結局、電動ホルダーの方をよく使います。水場でないと使えないが慣れるとこの方が早いのです。クロスケも咬まないし、具合の悪い時だけシェイバーにします。

電動ホルダーがマズい事になりました。少し不具合が出て「マズいかなあ」と思っていると少しは確実に進化し、とうとうスイッチが壊れます。この電動ホルダーには保証書がありません。壊れたらそれまでです。むろんレジのレシートなんて取ってないです。

それでメーカーのHPを出して、これこのように壊れたト、メールを入れました。頑丈なの作らないと買わないゾ、趣旨のクレームでありました。早く返事が入りました。
「代品を送るから……」という。
通常はメーカーは「現品を送付するなら代える」といいます。

たいてい送料は使用者負担です。現品を送って来て、送付封筒まで入れるのは珍しい。そういうつもりはなかったので驚きます。私は驚くと点が甘くなる傾向にあります。上品なメーカーはどこか、外資系でライバルと戦争している。あそこです。

こういう時は書いたがいいのか、悪いのか。ちょっと迷います。資本量が大きい方ではなく小さい方の会社、電動ホルダーのヒゲソリに代えてみません? ええ、これだと犬も咬みません。

2007年10月18日 (木)

「象の背中」試写会

「象の背中」の試写に行って来ました。48才、不動産会社の中堅サラリーマンが末期ガンの宣告を受け、延命治療を受けずに死んでいく話です。
どこか「明日の記憶」に似た印象があるのは、主人公の生き方が古くて……少し間違っているからです。

抽象的には男性中心主義が、男の私から見ても万延して、女性や子供たちの都合が省みられない。これでは人権にも絡みます。例によって直接、物語に触れる事はしません。主人公はタバコを吸っています。別な人物が「最近、みんなタバコを吸わない」という。

つまりタバコを吸う事は正しいのに、との主張がある。画像で描写はありませんが、家庭でも主人公は大っぴらに吸っているのではないでしょうか。その結果の肺ガンです。主人公の結果は家族の結果でもある。残った家族にも、実はガンの疑いが残ります。

妻と子たちは間接喫煙で、主人公と同じようなガンの可能性があります。自分の喫煙へ責任は、ガンとして責任を取る。だからいいだろう……では済みません。妻のガン、子供たちのガンは物語としては入って来ないだけで、潜在で残ります。

保健所や病院の定期健診で本人、家族の喫煙を聞かれます。延命をしない選択自体が、禁煙を言われるのが辛いから……疑いさえかかります。個人がどう生きようが自由ではないか……そんな事はない。家族にとって、家族の一員の生き方は重大です。

禁煙するしないより、生き方はもっと重大です。この映画ではそこを認識しないように見えます。誰のために禁煙するか? 家族のために禁煙するんです。なぜ延命するかも同じです。家族が生きて欲しいと願うから延命する。つらい治療も、だから受ける。

家族に何の相談もなく一人、延命しない事を決める主人公に、私は納得がいきません。演出というか設定というか、延命した場合としなかった場合の経済問題から、私は延命よりは家族に金を残したい。妻よ息子よ娘よ、どう思う……映画はそうすれば、そうも書けたのに。

そう書かず、いきなり延命しない……その具体的行動の喫煙と私の中では引っかかる。(私は止めてます)現実はそうです。理屈をどうこねてみても……脚本を練り、名優をあてて、演出をこらしても、そこが説得できない。生きるという事は基本的にそうです。

現実の平均寿命は男79才、女85才、デイサービスに通う姿や象の背中……という訳で48才での死に行く姿はフィクションです。そう言ってしまえば設定に無理ですが、自分の最後の姿、あるいは記憶される姿は気になります。それにそこは映画ですから。

酒も過食も意味は、タバコと同じです。でもあなたの生き方は古い、間違っています。今、象は家族の中にあって家族を離れる。群れの中にある事は必ずしも、群れにある事ではない。タイトルで言うとそうなります。それとも家族全員を、あなたは被害者にしたいのですか?

「象の背中」公式サイト http://www.zo-nosenaka.jp/

2007年10月17日 (水)

覚えている事

昨日に続き、てんかんの事を書きます。映画「誤診」を見るとてんかんの処置が少し判ります。突然、発作はあり対応しなければなりません。あくまで娯楽範囲ですが、それらしい症状は描写されます。天使がゾンビになって行く過程とも言われます(セリフで表現)

ある意味どんな病気もそうで、対応が大切なのはてんかんだけではない。てんかんへの対応はよく判りません。小学から中学にかけて私はてんかんの子と、少しだけ友達でした。小学の頃、そういう子がいると聞いていました。中学では半年ほど同クラスでした。普段はあまり話しなかった気がします。

つまり対応を学んでいない。体育の時間になると私はヒマでありました。内職には芥川を読んだり旅行記を読んだりしました。
彼は人なつっこく寄って来て、
「やあ、何読みよると」と話しかけて来て、私の内職はパッタリ進みません。

それから決まって立ち入った事を聞くのです。親はどうしているトカ友人とはどう付き合っているトカ……。私は小学の時、体育の時間に引き付けて泡を吹いたト聞いていましたが、最近は落ち着いたトいう話で、話を本人から聞きませんでした。

話題の方向は今にして思えば、障害者としての孤立感です。私は話題に乗れておりませんでした。立ち入った話を、し返した方がよかった。今、映画を見ながらてんかんについて何も判ってないなあ、そう思う訳です。

彼は突然、転校してしまいます。私もそれぎり彼を忘れてしまいます。映画を見ながら、ひょいと彼を思い出して、どうしているのだろうか? 思ったりしました。障害が軽いから不自由がないという物ではありません。

軽いと秘密で済ます事が出来ます。すると当たらずさわらずで行きます。結局、そういう関係は本物の関係にはなりません。秘密は少ない方がいい、だがプライベートは大切です。相反します……それで何も知らない事が残る、そういう事が多い気がします。

そうすると軽いてんかんも軽いが故に孤立はあるようです……と、書いて来て彼の名前を思い出し、検索をかけてみました。HPがあって写真が出ています。直感では彼なのです。しかし古い記憶の横顔と照らし合わせると、なかなか言えませんなあ。

彼に、確認のメールを入れて今日のブログは終わりです。

2007年10月16日 (火)

映画「誤診」

経験上、興味深いタイトルで、期待して見た映画です。
「誤診」とはいいますが、いわゆる誤診とは違います。ストーリーの紹介は下記に詳しくあります。日本では考えられない事ですが、米国では医学不信があるようです。

ただ日本でも医師の方針と合わなくて、医師を変える。つまり病院を変わる事はあります。変わられる医師は気分がよくない、だろうと思います。かくいう私も自分の考えで病院を変わった事があります。そして変わってよかった。

映画で取り上げられるのは「てんかん」で、子供のてんかんです。子供のてんかんは最初に出される薬は決まっていて、それが合わないと次の薬になります。だんだん適合率は低くなります。そして副作用は大きくなります。

てんかんの子供にはスゴく可愛い子役を充てて、健常な兄役にはそうではない芸達者な子役を充てる。ありがちなパターンで実話を元に、とは言え、お話です。ついでに言うとメリル・ストリープさんが主演のみならず製作にあたっています。(監督よりエラい)

それで小児てんかんですが、7才までの子にはケトン食療法という方法があります。この療法も直る子、直らない子あります。が、この時代は医学会が認めなかった。それでお母さんが病院と喧嘩して、ケトン食療法を受けさせようとする話です。

似たような話として、スーザン・サランドン,ニック・ノルティ主演の「ロレンツォのオイル」(1992年)が上がります。ただ私としては少し範囲を広げ「典子は今」「きれいなおかあさん」「ファミリー」「ある落日」「ダニー」といった映画も、まあ同じだろうト。

障害児とお母さんという構図ですね。男性社会の組織に抗する個人女性、子供という意味では「エイリアン2」の類型になります。一種の母物として機能するので、この映画では医学会が仇役になります。

娯楽映画としてはそれでいいとして、現実はそうも行かないと思います。つまり私が最初に行ったA病院には、昔馴染みの佐藤医師がおられた。その佐藤医師が県外B病院に行かれたという。仕方なくA病院に入院して加藤医師の治療を受けました。

ところが病状は1ヶ月経っても熱が引かない。県外でもB病院に行った方がよくはないか? それが私の判断です。ただ熱がある時にB病院に向うのはゾッとしません。結局、私は佐藤医師の所に行きました。熱は2週間で引き、一月で退院できました。私の判断は正しかった訳です。

――来週くらいにはまた見せに来ましょうか?
「いや、わざわざ来んでもいい。A病院でよかろ。紹介状、書いとくけん」
――それは! また加藤先生でしょ?
「いやいや(笑)斉藤先生……好かんね」
――(冷汗)大変、結構です。お願いします。
このように元の病院に戻される事もありますから。

◎医学書院のHPから「誤診」について
http://www.igaku-shoin.co.jp/nwsppr/n1999dir/n2337dir/n2337_07.htm

2007年10月15日 (月)

もち黒米

新米の季節です。
すでにブームらしいのですが私は知りません。気まぐれに買ったのであって凝っている訳ではありません。お勧めは「もち黒米」です。
由来は深いようですが古代米のひとつと、聞いたような見たような気はします。

それで買ったのだと思います。手に取ってなぜかいい感じがして、理由は後で考えたので当てになりません。いえ理由もなくした、いい感じの方も当てにはなりません。いつものスーパーで600円強でした。普通に米を研いでスイッチを入れる30分前にひとつまみ混ぜます。

アントシアニンで黒く見える粒粒は、ゴマのように見えますが炊き上がると全体を赤飯のようにします。色は強烈で斬新なのですが、触感、味もかなり変えるようです。私だけでなく友人に何人か食べてもらったのですが、好評です。

見た目は赤飯、ねばり、もっちり感が増す所から微妙な変化が起きている。
ひとさじというか、ひとつまみ加えておいしくなる米版「味の素」という所でしょう。主に食うもんではありません。200gでかなり長く使えます。

まあ長く食べると飽きますが、入れないで食べてると、またすぐ入れたくなって来る。もう少し安いのもあるようですし中国製もあるらしい。一度、お試し下さい。

◎このHPの一番下に記載
http://www.hakubaku.co.jp/product/2005/07/post_9.html

2007年10月14日 (日)

ズレてる福祉にチェックを!

「支援法の裏側」という記事を2007年3月18日に書いて、今日はその続きです。
話の始まりはAさんです。Aさんはそれまでとは違う病院に行き、
「手帳を書き直さないか?」と医師から持ちかけられ5級が3級になります。それに伴い支援法による支援内容も変わります。

「おかしい!」とAさんはいいますが、
――おかしいのはおかしい……が、そうすると具合がいい所もあるはずで、暫く様子を見て前の病院にもどすなり何なりすればいいでしょう?

ト私はそういう意味の発言をします。私が言ったからかどうか知りませんが、Aさんは新しい手帳を取ります。やがて家にはホームヘルパーが訪れ、話はそこで止まる。

会わないので気にかかっていました。半年ぶりに、そのAさんに会います。
「半年、体を動かさんと体がナマって、ナマって……」
――それはそうでしょう。半年もの間、なぜ動かさなかったのですか?

「リハビリの効果を見るから運動は、しばらく、しないようにト」
――エッ? そんなこと言うのですか。半年も!
「リハビリというのはマッサージで、あれは一日に千円いる」

――それを毎日ですか?
「毎日じゃないけど月にするといい値段になる……だけど私には合わん。どうかした日には逆につらくなるもん」
――それでも続けられた?

「あまり良うない思うたけど、家内が年というもんで……お客さんになっとった」
――ちょっと、それは気の毒……手帳だけ直してもらって、後はト……私は言いましたが?
「聞いた。勉強になった!」再び、お客にされた事をいわれる。
病院を早くに切り上げるのは難しかったらしい。

直面した身障者に、私は本人の都合のいい方にしか言いません。ただ最近それでも、いいかどうかは判りません。この場合、Aさんはリハビリで千円払いますが、医師はあと9千円を行政にもらう。それはいい値段になります。つまり税金が使われます。

私の杖は補助具申請すれば、確か3千円くらいのが降ります。たまたまダイソーの百円杖が使い易く、今、私は申請しません。最近、自費にしています。この部分では税金を使っていません。私が身障者に同情的で甘いト、納税者にはカラいことになります。

このブログを見られる人はきっと心優しいので、身障者に税金を効率よく使えとか、言われないと思う。だが福祉は病院や業者の都合もあるのです。そして物の格差も広がっています。何時までも効率を問わないかどうか。内容を言われる時代が来ないでしょうか。

春山満さんが障害者になって最初に車椅子を作った時、驚きます。車椅子はオーダーなのに採寸は簡単で、およそ目分量だからです。その割に車椅子代は高い。春山さんは商売のヒントにし、それを仕事に応用します。

政策を実践したのは役人で、車椅子を17万まで補助するとしたのは政府です。昔、車椅子は高かった。でも今は2万円でホームセンタに既製品の車椅子があります。むろん注文と同じ車椅子ではない。ホームセンタには杖もあり5百円くらいです。

行政では百円や5百円杖は、補助具として認めません。私は認めろと言うのではありません。むしろ行政を現実にぴったり合わせるのは無理と思う。だが行政が認める病院や業者だけが適切なわけではない。むろん身障者のいいなりでもまずい。

ただ福祉がどんどんズレていけばいいものでもない。どこまでなら許されるか? 健常者チェックで福祉を進める時代に入った、と私は思います。行政と医師、業者だけに福祉を進めさせると何だか怪しい。

第三者のチェック、福祉にオーナーがあるとすれば、それは納税者というか健常者ではないでしょうか。現実には難しいのですが……

春山満さんホームページ http://www.hni.co.jp/

2007年10月13日 (土)

度がすぎる話

娘さんがお茶に凝って困るという。
私に言われても知らないのですが、先方が私を知っていると言われます。
嫁入り前の娘さんが茶道は普通の気がします。お母さんによると「その度が過ぎている」と言われる。いえ、また聞きの話です。

私はお茶はやった事がありません。詳しい事は知りませんが、あれは気持ちを内に向けます。内に向けた事がない人には新鮮です。内に自由を見るので、外の自由に限界を感じた人に貴いのです。家庭や身近に、そういう意味で、反対方向で困った人がいるのではないか?

あてずっぽうを言うと、それが当たります。お母さんが物に自由を求めた方らしい。骨董品を買い漁って以前は娘さんも、それに付き合って、最近は付き合いが悪くなって、お母さんが寂しくなった……まとめるとそうなります。

茶道の開祖は利休さんであります。利休の側には秀吉さんがいて物と権力を自由にふるまいます。国内だけでは足りなくて外国にまで自由にふるまいます。利休はその秀吉を裏に返して自由をふるまいます。それでバランスを取ろうとしたのでしょう。

いい所の奥さんが秀吉になって、その娘さんが利休になった。細かい事は知りませんが大筋は、そういう事であります。そういう例はいっぱい……いっぱいあるか、どうかは判りませんが、たとえば瀬戸内寂聴さんが晴美の頃に、外に向けて自由な事をされます。

人生の後半に自由を内に向け切り替えます。それが瀬戸内さんの出家という事です。身障者の自由は外に向いていて、あまり内に向かない所もあります。まあ体の不自由な人といいますから。心は別と思う所があります。

元々は家が内向き、実家が寺の経営で、それから卒業して犯罪や殺人という方もあります。犯罪者じゃありません。犯罪小説の、高村薫さんです。外に向けて何がどこまで自由か? 面白い所に入学されます。私は入学も卒業も出来ませんで、時々の聴講生という所でしょうか。

内向き外向き、同じ事の裏表です。あとは商売にする人とされる人があります。金でいう人、金で聞く人があります。嘘とはいいませんが宛てにならない所はあります。インターネットが普及して本来、売り買い出来ない物も売り買いします。

死にたいけど死ねない人が、金を出して殺して欲しいと依頼し、とうとう殺された事件がありました。死ねなければ生きていたらいい、それはパソコンのなかった頃の論法です。今、死にたい待ちたくはない……度はすぎますが、ある意味で切実であります。

ただ殺しを請け負う方は親切ではなく、お金です。
借金があったらしい。この借金男は内向きではありません。出家しても茶道を習っても幸せにはなれません。最初の話にもどり詳しく聞くと、いい縁談があってお母さんは娘を嫁に出したいようです。

まあ、お母さんは娘を嫁に出すと幸せになります。これも度がすぎた幸せかもしれません。娘さんはお母さんの生き方には抽象的に疑問を持って、具体的には茶道に凝ったのです。簡単にいうと嫁に行きたくない。
――ここに来てまた景気が悪くなる感じもしますねえ……その娘さん、あまり酷くなるようだったら一度、うつ病を疑った方がいいかも知れません。

障害者相談員です。健常者の事を聞かれても、私は知りません。

2007年10月12日 (金)

フリーペーパー

フリーペーパーというのは気楽に読めます。最近はフリーの雑誌も多くなりました。しかしフリーだから気をつけなければいけない事もあります。フリーというのは私は金を払いませんが誰かが払うのです。そうでないと新聞や雑誌は作れません。

私もミニコミ誌を作っていますが少し金が要ります。工面の一端をプリンタでお見せました。フリー誌にはスポンサーがいります。老眼の記事を支えているのは眼科とメガネ屋さんです。記事の内容は少しですがメガネ屋さんや眼科に都合のいいように出来ています。

嘘が書いてあるトいう意味ではありません。メガネは多焦点レンズを勧めます。多焦点レンズは単焦点レンズより高いのです。
「高くともよく見えればいいだろう」ト言われますか?
見えるのは見えるんですが……慣れるまで多焦点は、目が回るんです。まあ階段とかは、最初はメガネで下りない方が無難です。

記事は事実からなめらかに宣伝になります。スポンサーの目的はそこにあります。フリーペーパーや無料誌を読むと何か落ち着かない。つまり、あおられるんです……フリー誌は経済効果を上げる目的で作られますから、そうでない雑誌や新聞とは微妙に違います。

まして単行本とは違います。小説の中にメガネ屋が出てきて、目医者を勧めたりはしませんから、その分が落ち着きます。最近は落ち着きません。先日、熊本ハイカラという雑誌が送られてきました。見本誌ではなく贈呈の模様です。

送って来た人はTUTAYAさん。レンタルビデオの蔦屋さんです。見るとハイカラが無料誌に押されたらしい。でツタヤさんと組んで宣伝媒体を作ったらしい。ツタヤさんは外袋を担当し、雑誌ハイカラが中に入る。他にも入りたい人を募る。

宣伝チラシを集めて「あいのり」という媒体を作ろうとします。うまくいったか? 行きません。3号で終了になりました。今、宣伝に金のかけられる人は限られます。飲食の商売、旅行先の旅館ホテル、土産物の類くらいです。それで読者がアキます。

店を探して来るのも大変、アキを押さえて読む方も大変、雑誌の成立が大変です。TVも大変みたいです。GYAOからも電話がかかって来まして「テレビ電話を見ないか?」という。2度目に気が変わって入りました。有料化は一ヵ月後です。

誰でも思っているのが金をかけたくない。その思いを破らせないと店は経営が成り立たない。眼科には行きたくない。メガネは買いたくない。金のいらないままでいたい、そうですよね……ただ私は、網膜穿孔になった事があり、昨日は眼科を勧めました。

メガネ屋さんからも眼科からも何も、もらってはいません。雑誌に比べ単行本は安心かというと、実はそうではありません。単行本にも落とし穴……落とし穴というと大げさですが、気をつけた方がいい事はあります。

それはまあ、おいおいと。今日はこの辺で。