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2007年10月

2007年10月31日 (水)

泣く女

風に落葉、過ぎ逝く秋や落ちばかり。男は女性と結婚し、一応、戸籍の上で主となります。しかし実質で主というより従人という男性も、あるかと思われます。女性の従人、子供の従人……ピカソの最初の結婚は37才です。

実はオルガ夫人の前にも恋人はあり、そのエヴァは闘病の末に死んでいます。オルガとの間に子供が出来ても、絵のモデルは別に必要で、家の事をしている夫人ではモデルになりません。ピカソはエネルギッシュに多作で、四六時中、作品を製作し続けます。

ピカソ46才の時、17才のマリーと知り合いモデルにします。絵も描いたのですが違う事もしたので、マリーとの間にも子供が出来ます。ピカソ54才、それでオルガとは離婚します……私はモデルで絵を描いた事はありませんが、女性にインタビューした事はあります。

インタビューというのはあなたに興味がある。あなたを知りたい。もっと教えてというのが基本です。恋愛ではないが似ています。親にも言わない話をします。モデルと画家も似ているのかも知れません。この泣く女は判りませんが、読書をする女のモデル女性は、描かれて気持ちがいいかも知れません。

若い時に恋愛どころではなかったピカソにとって性や結婚生活は、私たちの理解する日常ではなかった。ピカソは年を取っても青年のように描き続けます。ミノタウロスは牛の頭の怪獣ですが、これにはエディプスの意味もあると言います。

父を殺して母と交わったエディプスのイメージが、どうして娘のようなモデルとの情事の後、家庭を崩壊させたピカソと、どう重なりどう納得されるのか。私にも理解は出来ませんが現実にそういう絵が描かれています。

河合香織さん「セックス・ボランティア」に69才の脳性マヒ男性が出てきます。竹田さんは69になっても経済の許す限り、アダルトビデオを買いソープに通います。性は生きる基本と河合さんに語る……そうでしょうか、私は疑います。それは歪んだ自由ではないか?

竹田さんは前に恋人があり、恋人の負担になる事を恐れ、断念した思いを今も抱えています。私に断念した恋人はありませんが、思いは判る気がします。それは性ではなく凝り固まった思いです。ピカソにも謳歌されない青春があったような気がします。

若い日、私は病気に忙しく恋愛どころではなく……それも昔の話です。過ぎた時間はこだわる事なく、何もなかったように消えています。ニコチンもカフェインも、アルコールもセックスも……いや生そのものさえ、ただ秋の陽の依存に過ぎません。

2007年10月30日 (火)

ジャンク・スキャナー

毎度バカバカしい、お笑いを申し上げます。と言うのは落語の書き出し……ではなく、始めになります。さて私のパソコン、周辺機器はさほど高級ではありません。スキャナなども持っては、いますが7年ほど前の機材であります。

薄い線というか、縞々が入るし、動作音も初期の頃と違います。壊れる前の感じです。それでプリンタ一体型を買おうか迷っていて……それが先に書いたようにA3紙の使える中古プリンタを買って、インクを頂いて、まあ当分、買換えは当分なしになります。

すると、いつ壊れても不思議でない、古いスキャナが問題になって来ます。このスキャナにも頑張ってもらわないと困ります……また、お前のセコい話が始まるナ。毎度バカバカしいではなくて、毎度ボロボロしいじゃないか、って?

そう、よくお判りで(笑)さすがレギュラー常連さんです、あなたは!
それでですね。例によってハードオフに行きましてジャンク・コーナーを漁ると、色々あります。その内に私の使ってるのと同型のスキャナがあります。電源、ソフトいっさいなしの本体のみ特価。

まあ7年前の物は、こんなモンです。電源はこちらから持って行って合わせました、スイッチは入ります。店頭ではそれしか判りません(笑)こういう事情がないと、こういうのは買いません。当たるも八卦、当たらぬも八卦……

で、どうなったか? このスキャナで取り込んだのが、この絵、ピカソ展のパンフからです。今回の展示の中で、この絵は一番、人気があります。
「読書する女の頭部」有名な「泣く女」と同じ構図です。泣く女から16年、ピカソも年なのか、静かな絵を描いています。

このスキャナ、縞々も線も出ない。動作音も、この絵のように滑らか静かです。つまり元々持っていた、同型の機械より状態がいい。いいなら良かったね。それはそうですがジャンクより不味かった、元々の私のスキャナはナンなのか。

別にどうにもなりませんが溜息が出ますなあ。誰でもソフトのバックアップはされますが、機械、ハードのバックアップは聞きません。電源より安いスキャナ本体は捨てません。バックアップに取って置いて本当に使えなくなったら売る、いえ捨てますが。

何か古い機械をお使いですか? ハードオフに行くとそれ、すごく安く売ってある事があります。なぜか自分自身の価値が安くなったような、妙な錯覚があるのですが……私だけでしょうか?

2007年10月29日 (月)

ピカソ展

ピカソ展があっていて、ミュージアム・セミナーでピカソの話を聞いて来ましたので、それを書きます。講師は村上さんで1時間以上のよもやま話となっておりまして、資料はA4で26ページ、まとめるのは困難です……それで私流に再構成します。

ピカソの最初の傑作は青の時代の「人生」です。が、これは今回、来ていません。有名な作品で下記にもWeb引用していますので見て下さい。人生の右側の男は自殺した、友人のカサジュマスという画家です。本作にはデッサンが何枚も残っています。

それによると原案の男は自画像です。ピカソの留守中に、親友カサジュマスは恋愛問題がうまく行かなくて死んでしまう。恋愛は内容的には不倫であって、聞いただけでは私は同情できません。しかしピカソはショックと悲しみ、罪悪感を深く感じてしまう。

ピカソ6才時に次女コンチータが生まれ、両親の愛情を取られてしまう体験があります。それで次女を呪う。ところがピカソ14才時に、この次女がジフテリアで死にます。呪いが通じた訳ではないと思いますが、ピカソは罪の意識に苛まれます。

ピカソの絵には後々まで罪の意識があります。ミノタウルスも誘拐がらみの神話が影響します。カサジュマスは、この時ピカソの分身だったのでしょう。絵の右側に立つ中年婦人は死神なのですが、抱える赤ん坊はピカソの妹、コンチータというのです。

8才で死んだ妹がなぜ赤ん坊になって出てくるのか? 判ったような判らない話なのですが、そういう話です。どちらにしてもピカソには深い罪悪感があります。それに身長が155センチと低かった事に劣等感もあります。ルックスはカサジュマスの方がよく、モデル変更です。

お父さんは年を取っていましたが背が高い。お父さんは絵描きに憧れていましたが、56才の時に13才のピカソにすべての画材を譲って、絵筆を折る……そういう伝説が残っています。ピカソの絵には時々、背の高い男が出てきます。それはお父さんです。

ピカソが敗者に罪悪感を感じる……父への愛でしょうか? だが絵の男にピカソの父を反映させるには背が足りません。死神の中年女は画面から切れています。ピカソはわざと切っている。これも理解できません。単純ではないようです。

私たちが話題にするのは描写力、いかに本物に似ているかです。ピカソは直感的な把握力があってスーパーリアリズム風にも描けた。が、そうする事に関心がなかった。写真のような絵は写真で済ませればいいト思っていたらしい。

完成した絵を、ひとつのイメージから次のイメージに向って変容させる。男の顔が変容して牛になる。死をこやしに生きる生命へ関心があった。青の時代のテーマは明日がない死であります。画家としては早くに死んだ父、父をこやしに生きるピカソの葛藤がある。それが「人生」にもなったのではないでしょうか。

人生 http://ds.cc.yamaguchi-u.ac.jp/~fujikawa/03/sem/03/lavie_b.gif
ピカソ展は県立美術館本館で11月25日まで。
http://www.museum.pref.kumamoto.jp/event/kikaku/frame.html

2007年10月28日 (日)

人工股関節手術(MIS)

07年8月21日に「Web調査」と題してMIS、人工股関節手術についてリポートしました。マイナーな話と思いましたら、意外に視聴がありました。その後、情報も入りまして書き直します。
まず私の股関節はよい方向にあり、手術の実施は遠のいています。

人工股関節術は術後の有効は15年間が目安になります。有効年間から逆算すると70才くらいにするのが適切となります。私はもう少し短命と思われますが、それも目安にしかなりません。今より後、実際にする段では、手術も進歩が見込めます。

では一番、進んでいるのは何処か? どういう方向にあるか?
「北海道はスゴかけん」と看護士はいいます。
どうもそれは「えにわ病院」らしい。
私は、えにわの名前が出ないので漠然とWeb検索で探します。そしてえにわに行き当たります。

前回Web検索に書いた佐賀大病院と双璧の年間手術数があり、ここではロボットによる精度の高い手術をうたいます。それに股関節ではないが、肩の人工関節の内視鏡術後写真があり、10センチ前後必要な傷が、2〜3センチで済んでいます。

こういった事は熊日新聞にすでに活字で明らかですが、写真やレントゲンで提示されると、また衝撃が走ります。私はもう一度、例の看護士に聞きます。
――前回、聞いた時、あなたはスゴいと言うが?

「ソースはTVで流れたニュース。内視鏡で小さく切って手術できるのに衝撃のあったつ。そぎゃんバカな、大げさじゃなかろかトいう意味ていね」看護士はWebで、その衝撃の再確認はしていない。
――えにわという病院名は?
「何という病院かは知らない」という意外な答えでした。病院の現場にすべての情報がある訳ではない。医師も自分の知っている範囲で治療に当たっています。

ここからは私の考えです。医師や看護士だから患者より専門ニュースに詳しいとは限らない。自分の病状が難しいとあれば、自分で情報を捜さなければなりません。映画「誤診」にあるように、それは図書館に行くかWeb検索によるか。

医師にWeb検索の結果を携えて相談する。反対はされないはずですが、納得が行かなかったら単独でセカンドオピニオン、診察だけでも受けてみる。余裕があればの話ですが、それも手ではないでしょうか。大手術なら術前に考えるべきを考える。

年間手術数だけ、新しい機械だけでは結果は決まらないのではないか?
そういう質問も受けましたが、手術数は信頼すべきデータのひとつです。ただ数多くやる所は、日に複数の手術患者があり、取り違え事件の例はあります。絶対安全はどこにもないと思われます。

◎熊日新聞記事 http://kumanichi.com/iryou/kiji/hone_kansetsu/23.html
◎えにわ病院 http://www.eniwa-hosp.com/medical/medical-01.php
◎動き取り戻す人工関節
http://www.yomiuri.co.jp/iryou/medi/jitsuryoku/0409/index.htm
ページ下部に地図があり各地区の年間実施数が提示されている。
◎玉造人工関節センター
http://tamahosp.jp/sinryo_busyo/kansetu.html
ページ下部に全国ランキングでの実施数が提示される.

2007年10月27日 (土)

書評「陽炎日記」木尾士目

木尾士目さんの恋愛マンガは最初にネットカフェで読みました。あれは4年くらい前か「5年生」の5冊です。ちょっとドロドロの話でした。木尾さんを思い出して買ったのですが「陽炎日記」がデビュー作らしく内容は素直です。

一口に恋愛とはいいますが、初めて親を離れた男女のやり取りが、ここでのテーマになります。日本の古い小説では許婚とか古馴染みとか、子供の時からの知り合い男女というパターンがあります。無論、成人後に知り合う男女パターンもありますが……

まず性のない関係があり、その延長に性が入る。関係の基盤に性はないんです。比べて後者は、人間ではなく性に魅かれるのが基本になります。まあ前でも後でもいいでは、言われる方もあるかと思いますが、私は漱石なんぞ読んでいると「この人は……」と思うのです。

谷崎潤一郎と比較するとよく判るのですが、谷崎は性が基本で人間性は後付けになります。荷風に到っては女性に人間を求めないのでは? とさえ思えます……木尾さんは精神的にも初体験の二人が何を原理に、どう主導権を取り合うか、問題にします。

美人で胸も大きい藤子は、女友達には経験者のように振舞います。が、本当は処女と、読者に告白します。木尾さんは、そういう所から物語を始めます。同性をライバルと意識すると、ステータスとしての異性が必要です。出来れば奴隷としての異性が欲しい。

訳知り風の須田という男生徒と、立候補してきたおとなしめの園川のどっちにするか、籐子は迷います。いえ、須田の方は、素直に立候補しない分が経験者のように見える。須田を男に出来れば、同性間で籐子の株は上がるはずです。

こう書くと物語のオチは見当がつくかと思います。須田と比較された園川はあせり、より積極的に動いて来ます。籐子もそれに合わせて動きます。親の目のない所では友人の目が優先される。心は自由に動くかに見え、人目によって間関係が決定されて行きます。

人間関係は相手があればいい物ではなく、自分の力で切り開かれ力として獲得される。漱石には、その認識はなかったのではないでしょうか。荷風の認識も裏返された漱石であって、荷風の相手は玄人女性に限られます。

谷崎のスゴさは人の奥さんに惚れて、女性のみならず男性とも交渉して、その奥さんを譲り受ける所にあります。何がしたたかな人間力かといえば、それは漱石より鴎外、鴎外よりは谷崎、そういう事になります。では木尾さんは漱石よりスゴいのか? そうはなりません。

キレイごとじゃすまされない、本音で語る恋愛のカタチ。
進むか戻るか心は揺れる。陽炎のごとく、ゆらゆらと――。
……これが陽炎日記のキャッチコピーです。

2007年10月26日 (金)

ヨガの秘術

振込告知のハガキのように毎月が過ぎて行き、相も変らぬ日常が突然、裂けてしまいます。気がつくと10年が過ぎています。バス停を乗り過ごした人のように慌てて、タイムマシンを降り立つ……そんな事もないのですが。

ちょうどそんな気がします。指定銀行の残高がなくなれば当然、自動振込も無効になります。当たり前でしょうか……突然ですが、あなたは逆立ち出来ます。私は昔、逆立ちが出来ました。その昔、ヨガの講座で逆立ちが、よいと聞き練習しました。

最近、また聞きまして思い出してやってみたら出来ません。出来るようにはなった物の、大した効果もないので、それきり止めてしまった。それが指定銀行に残高が無くなった状態であります。還暦を越えても逆立ちが出来る人は、無論あります。

ただ若い頃から続けて来て、今も出来る。そういう人であります。60才から練習するのでは大変です。壁の前に座り、目の前に両肘をついて、手のひらに頭を抱え、腰を上げて尻を上げて、体を壁にそって伸ばす。最後に足を揃えて壁に添わす。

それでバランスが取れるようになったら腕を伸ばす。重量上げるように体を上げると逆立ちになります。めんどうというなら初めから両手をついて鉄棒の逆上がりのように、壁に添って逆立ちする手もあります。

バランスは簡単には取れません。フラフラして倒れるとケガという事もないとは言えない。肩を痛めた腰を打った。手をくじいた足を痛めた……まあ歳を取ると、ありますなあ。そんなに危ない事をしなくてもトおっしゃいますか?

足で立つのが普通です。前に歩くのもそうです。それを少し逆にしてみる。すると足にいい、体にいい……それがヨガの教えであります。後ろに歩くのも若い時は誰でも出来ます。歳とると出来なくなります。

足にいい事、体にいい事は若い時には必要ない。何もしなくても体はいいんです。歳とるとそうはいかない。目とか歯とか、肩とか腰とか、不具合が次々と出て来ましょう。出てきた時はおおむね、おおむねですが遅いんです……手遅れ。

時間を降りて若さを取り戻そうと悪あがき(笑)最近、悪あがきも色々ありまして効くのも開発されております。ちょっとタイムマシンを降りて試してみてもいいでしょう。何しろ平均で80年から85年だそうです。

日常は自動引落になっていて意識の外に置いてあるんです。それで口座が空になる。逆立ちとか後ろ歩きやってると、チョコチョコと預金したら少しは長持ちします。私も身障者でこんな元気に60才になるとは思わなかった。

若い時から年中、あちこち悪いんですが、逆立ちなんかも健康の足しにしようとTV講座を見ました。ヨガの秘術というほどの事はないだろう、思っていました。しかし3日やると感覚で判ります。体にいい。そういう訳で何とか思い出して逆立ちト、どっこいしょ、何とかまた出来そうです。

2007年10月25日 (木)

もったいない

本音と建前を使い分ける事は悪くないと思います。ただ、どこまで本音で、どこから建前か判らなくなると怖い。赤福の社長が記者会見で「もったいない」から前日の商品を、賞味期限を書き変えて再出荷した旨を言います。

冷蔵庫の中で賞味期限の切れた大福を、個人が食べるのとは意味が違います。冷蔵庫の大福に「もったいない」はアリですが、商品として売る赤福にはない。もったいないの使われ方が違います。危ない大福であたるのは私、人には上げないからです。

他人にだけ上げて自分は食わない、代金だけは普通に頂くのでは商人の風上にも置けません。生産の県内向けに期限の迫った赤福として割引販売でもされたのなら、私も申し上げません。それはそれで需要があるでしょう。

もったいないは毎日新聞がキャンペーンを張ったエコロジー運動から出た言葉です。ワンガリ・マータイさん、ケニアの環境保護活動家から世界共通語になった。最近、イメージのいい言葉です。それを戦略的に使ったのか。

あるいは社長ですから社内にむけた言葉が多く、やがて社内に向けた発想だけに考えが固まり、自社の利益がすべてと思うようになったのか。雪印、ミートホープ、白い恋人、赤福、比内鶏……一連の不正は、もっと尾を引きそうな雲行きであります。

作った商品は換金しろとの立場に立って「もったいない」と言われるのは筋が違う。もったいないほど作らせたのは社長ではないか? あなたの指示ではないか? 本音を見失い人事のように建前を言ってはいけません。

環境保護の観点からいうと残ってはいけません。何かを作ったり何かをしたりして、最後に物や跡が残ってはいけません。記念の物を残したい人は多いのです。沢山の人が、ひとつひとつ物を残したのではゴミが増えて困ります。

商品というのは幾つ売れるか、売ってみなければ判りません。私も口が滑って「売れる」と断言した事があります。店主は怪しいと思っていたらしい。1本、2本、……3本、立て続けに5本売れて合格でした。そういう事は珍しい。売れなかったら負けを認める。

本人はゴミなんかじゃと思うのですが、他人には迷惑なゴミです。来た時と同じに何も残さず消えて行くのが正しい。私はそう思います。そう思わない人を暑苦しいといいます。食べる物が少なく足りん足りんであれば、こんな事件は起きません。

見通し甘く作り過ぎた。部分では余っています。社長という肩書きを振りかざし負け惜しみ、体裁のいい建前論で本音を言い渋ったあげく、もったいない。真近い冬の暑苦しい話でした。

もったいない
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%82%E3%81%A3%E3%81%9F%E3%81%84%E3%81%AA%E3%81%84

2007年10月24日 (水)

ギャオネクストの真価

前回、ギャオプラスの音質評価はアンプが合ってないと判明、いいとは言いませんがまあまあです。画質、および使い心地、これは判りませんなあ。それからギャオプラスというのはチューナー機械の名前で、局名はギャオネクストといいます。

ギャオネクストが新しい媒体というのは違いない。新たな可能性がある訳ですが、面白いか? 期待できるか? そうもいかない気がします。昨日、書いたレッド・バイオリンはアカデミー賞音楽賞にノミネートされ、賞を逃します。賞を取った作品は貸し出し料が高いのでしょう? つまり高い映画はかかりません。

新幹線大爆破も面白い映画ですが古い、東映の同時代の作品に女囚さそり701号があります。大爆破を見たらそれ見たくなる。心得て入っているのは「新さそり」……伊藤俊也監督のでないと……そういう物足りなさがあります。

予算対比、作品獲得の問題はいつもありまして、NHKBSでもそれは言われ、WOWOWでも言われました。加入率の高いNHKが結局、ああいう問題を起こしました。WOWOWは加入率が悪くて現在に至っています。

みんなが見たい番組を、安く買って来るのも大事ですが、見たい番組って無限にある訳ではない。私は大爆破を見たから、さそり見たいと思いますが思わない人もいます。そもそも大爆破、見たくない人もいます。

なぜか? 大爆破という映画は左翼学生に共感的な所があって、警察に批判的です。娯楽映画ですが単に娯楽でない所がある。今の政治状況にあたる所もある。これを見て翌朝のニュース見るとびっくりします。厚労省はC型肝炎リストの存在を知っていたのか?

現、田辺三菱製薬とは旧の三菱ウェルファーマで、それは前のミドリ十字でその前は731部隊、戦時中に中国で人体実験をやった軍隊につながります。戦時中の国と国民の関係は、清算されず現在に到っている? 日本がそんな事をするはずがない!

そう思う人も随分ありまして、そういう認識からは大爆破は受け入れられない。NHKは731に関するドキュメンタリも作ってはいますが、夜遅くしか流しません。大爆破のような映画も流さない方針、自己規制があります。

つまりダブルスタンダードになっている。昼の事実と夜の事実が違うんです。大爆破に書かれた左翼学生の間違いを笑う余裕はありませんで、警察の失態が生々しく今につながります。その認識のされ方は、怖いですよ。

LOSTの最初の数話は、映画に劣らない予算でていねいに作られています。
人物と人物の絡み方は、ナントあの大爆破に似ています。NHKの視聴料が2千円、下げるという話もありますが……ギャオネクストが4千円、両方見る人はいないでしょう。

建前本音のバランスを取って見る事が、バランスの取れた考え方につながる。民放無料時代が終わるとすれば、さあ正気の沙汰も金次第なのでしょうか? CMは本編前にありますが本編内ではありません。

●かんばしくない話が伝わっています。ご用心。
http://dospara.okwave.jp/qa3561669.html?ans_count_asc=1

2007年10月23日 (火)

レッド・バイオリン〜LOST

一番古い形は「グランドホテル」という映画からグランドホテル方式と呼ばれたト聞いています。エピソードとエピソードがあまり関連のない群像劇から、関連が強い物へと移る傾向にあります。つまりエピソード同士がコントラストする映画もあります。

USENギャオプラスで最初に見たのが「レッド・バイオリン」で仏中米の合作映画になります。各国がそれぞれエピソードを担当しています。いかにも大作の風格で、そういうのが好きな人にはいいでしょう。話と話の関連はちょっと薄いかな?

次に見たのが「新幹線大爆破」75年の東映作品で、当時から評価の分かれる映画でした。私はなつかしくて見たのですが犯人、警察、国鉄、乗車客の4つの流れをねじり合わせて面白い効果を狙っています。これは、元ネタは黒澤みたいです。

「暴走機関車」スタッフに佐藤監督が入る話が流れてと言われますが……それより「天国と地獄」が原型でしょうね。エピソードとエピソードがディスカッションを始めて、熱が入りオーバーヒートしていくとリアリティは、もういい加減でもよい。

高度経済成長に乗り遅れた人の怨念を、左翼学生が理論化して行く経過や、いい加減な警察と誠実な国鉄の対比が、大筋でよく捉えられています。日本の構造が、まざまざ見える中で一種、時代劇を見る感慨にふけってしまいます。

そして見てる最中は「LOST」米TVシリーズです。たまたま深夜放送で見て、3回目くらいから見なくなったシリーズです。ツイン・ピークスのような連続で、登場人物の内面が回を追って明かされる所は間違いなくホテル形式です。

みんなそうですがTVシリーズは最初の3回がていねいに作られていて、予算も取ってあって、どうなるんだろう。そう思わせますね。それ以降はボルテージが落ちてセコくなって、やれやれという結果になります。

エヴァンジェリン・リリーさんが演じる副主人公は、魅力的ですねえ。カナダ人だそうで、私はカナダ人に魅かれるジンクスがあります。若い頃、クローネンバーグさんという監督に惚れ込んだり、ポピュラーのジェニ・ミッチェルにヤラれたりしてます。

ドラマLOSTは訳の判らん展開になって行くと思われ、結末は気にしない事にしています。群像劇は知らない人と人が出会い、たとえ別れに終るにしろ、可能性は観客の心に火を点す。一人で出来ない事が二人なら出来るかもしれない。それでもダメなら、三人ならばと……

ウイッキペディア「グランドホテル方式」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%9B%E3%83%86%E3%83%AB%E5%BD%A2%E5%BC%8F
「新幹線大爆破」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E5%B9%B9%E7%B7%9A%E5%A4%A7%E7%88%86%E7%A0%B4
同「LOST」http://ja.wikipedia.org/wiki/LOST

2007年10月22日 (月)

書評「愛はばたいて」

女性の場合は、自分が女王様ではなく女王に成れない事が、後々まで尾を引くようです。男は早い段階で王様に成れない事を理解しました。過去形で書いたのは最近そうでもなく、全能感という言葉が出来た事からも判ります。

野尻さんは見合いの相手に一目で、
「私はこの人と結婚するなあ」と思ってしまいます。
インタビューの時も若い介護の人と、この話があっております。その時、
「会った途端、結婚すると思うたつよ」少し言い方は違いますが、ほぼ同じ事を言われました。
「いきなりですか。そういう事ってあるんですか?」
「うん。あなたも、もしかすると思うかも知れんよ」との話は、介護の人に受けておりました。

理由は判りませんでしたが私は直感で、これは大事な話ではないと思いました。この後、お父さんが結婚に発言され、それに御主人もある屈託を見せられる。広い意味では困難の多い結婚でした。

野尻さんは嫌というほど知っておられた。その表現は、ある意味で三浦さんとよく似ている。失恋を繰り返したあわれな女の……失礼な表現になりますが、どうしても結婚して子供を作りたい気持ちの行き当たる場所は大同小異、それほど違いません。

正しいかどうか知りませんが、こういい回すと野尻さんがなぜ三浦さんに魅かれたか、よく説明がつくんです。氷点がなぜ主婦の共感を得たか、なぜ何度もTV化されたかまで、説明が出来ます……私は身体障害を同じような問題に見ています。

若い介護人に手馴れたマジックでも見せるように話す野尻さんを、私はどこかで鏡に映した自分のように感じます……その種明かしをしていいものでしょうか? 誰にでも無理な事はあるのです。でも今日、無理でも少しガンバっておけば、明日には出来そうな事があります。

野尻さんは障害の御主人を見て、これならイケルと読んだのです。直感で適当とか妥当とか感じた。多分、一種の賭けのような読みです。同じとは言いません。吊り合わない健常者とではなく、世話する人のあっての見合結婚です。

その判断には、つまり妥当の裏打ちがあります。
「なんだ」と言われ、似たような体験をされた方は以外に多いのではないでしょうか。身障者の結婚って野尻さんと同じような所が大抵あります。本人同士がまとまっても家族が、なぜか反対します。

いえ、絶対反対というのではなく曖昧に反対されます。理由にならない理由での反対です……健常者には理解できないのか? いえ、最近よくある中年後、高齢者、老人同士の結婚が、障害者のそれとよく似ています。もしお宅で、お祖父ちゃんやお祖母ちゃんが
「結婚したい」と言われたら、あなた、それ祝福できますか?

身体障害者の問題は今、健常者の問題にもなってきました。