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2007年7月

2007年7月21日 (土)

キーワードはひとつ

フリーペーパー「リビング熊本」の特集が「わが子の男女交際」です。ただ実際には男女交際を始めた「わが子とどう付き合うか」私の観点は、認識の深まり対応の変化という所でしょうか。身障者問題は今日はありません……多分、明日(笑)

あらかじめ問題点が違っています。編集部は多分、知ってると思うのですが、親は問題点を男女交際を始めた子供に置いている。本当は親子では無くなり始めた親子というテーマになります。もっと、はっきりいうと子別れです、これは!

プリクラのキスシーンをのぞき見る親、それを演じる娘にもう見たことを言ったものか言わないものか。お父さんにはこの事を言ったものか言わないものかが問題になる訳です。たとえば娘がコンドーム用意したか、しないか等どうでもいい訳です。

間違って妊娠するか、しないか等どうでもいい……って事はないでしょうが、それに近いんでしょ? 米映画で展開される親子とは、認識対応が違います。それでも似てるじゃないか、似てると思いたい? そう思いたいならそれでもいいでしょ。

正直な話、私たちの親子関係は韓国映画の親子に近い。欧州映画の親子も、まあまあ近い……私たちは米国に比べると自立度が低いのです。
「彼女が遊びに来て部屋にこもり帰らない……」これはフーテンの寅さんの所にリリーさんが来たのと同じ状況でしょ?(笑)困りましたなあ。

今までにない事が起これば、今までには帰れない……関係を巻き戻して子供が大きく育たない昔に帰りたいが、そうはならない。問題点はそうです。一度、セクシーな下着をつけるようになった娘は、お父さんがその下着を始末しても、もう子供に帰れません。たとえ帰っても長くはもたない。

韓国映画と同じ時代は日本にもあって、今や通り過ぎてしまったのです。話を切り出すタイミングを狙っている間にも時間は流れ、その間にも子供は大人になりますなあ。パソコンだのケータイは考えてみれば自立を早める道具であります。

持っていないのは自立に備えていない。結果としてですが無防備という事です。考えてみれば茶の間ではない、自分のTVにもそういう意味がありました。少し自立した人はドンドン自立していく他はない。執行ではないので猶予や停止はありません。特集の記事は、その辺を微妙に押さえています。

で写真、包装の一部。キーワードはコンドーム、息子はすべからくフーテンの寅であります。もうコンドームを持たせて下さい。娘はすべからく歌手のリリーであります。娘にもコンドーム持たせて下さい。あと事前に親に出来ることは、ほとんどありません。それではまた明日。

リビング熊本 http://www.livikuma.com/

2007年7月20日 (金)

赤目四十八心中未遂〜三四郎

類型的とはいうものの映画「赤目――」も気にしなければ悪くはないのです。ただこれは鈴木清純監督のコピーでして、昔「チゴイネルワイゼン」「陽炎座」等の3部作があって、それをもう一度と試みるが鈴木御大は出てこない。で、製作の荒戸源次郎さんが監督します。

そういう意味では、また引き合いに出します「花」と似ています。あれは映画「風花」の製作スッタフが再結集して、亡くなった監督を悼んだ映画です。昔の映像が蘇るようでなつかしい。どちらもそれだけの水準を維持しています。

もう一つの類型は漫画調という事です。これは鈴木調とは別に、はっきりモデルがあります。つげ義春になっています。漫画が漫画で流行った誰かに似るのは仕方がない。ところがつげさんの私小説風はマネする人なく、独自のまま現在に至る。

かなり時間が経って映画で漫画のコピー? 動機や必然性が判らないです。いまさら取って付けた違和感が残る。「赤目」の私はアヤちゃんと死ねるのか。小説も含め、あらかじめ赤目世界では死ねないのではないか……マンガだから、疑念は消えません。

「私」が恋したのは、もっと露骨に発情したと言う方がふさわしいか? いってしまえばアヤちゃんはヤクザのカミサンなのです。これをアヤちゃんといって誤魔化してる。電車男がエルメスに恋したのとは違うハズです。

ただエルメスも電車には乗らない人種で、無理に電車に乗せたのがタネでした。いかん、あれはノンフィクションか!(笑)解剖すると心中未遂が電車男になり、毎日映画大賞の冒涜です……私も書き出すと何を書くか判らない。別に悪いと言っているのではないのです。

もっと格調高い話に代えましょ。漱石の三四郎も実は心中話と、どこかで書きました。お弟子さんにそういう人がいて平塚らいちょうさんと駆け落ちした。スキャンダルではなく内容を取って、漱石はこれを書いた。あれは死にたい男です。

モチーフは赤目とまったく同じです。しかし赤目の死ねませんでしたに納得が行きますか? 私は行きません! だって刺青師の女はチンケでしょう? 私は刺青師の知り合いはいませんが、肩から尻まで刺青の兄ちゃんと、昨日も泳ぎました(子供連れ、これ本当)

私としてはそういう現実から入るから細部が足りない。プール行って帰ってくるだけで細部はあります。現実ってあんなもんではない。拳銃一丁にしたって今時トカレフの価値は低く、組員の頭より拳銃の数が揃います。揃うだけで出入りがない。

今のヤクザに出入りなんかない。むしろ、ここにも出した2色刷りハガキ見たいなのを作る能力が、今ヤクザに必要です。そうでしょ! 何でそんなこと知ってるのかって? だから細部が足りないトいうのです。

三四郎だって列車で乗り合わせた女とややこしい事になる。三四郎は明治の電車……いや列車男じゃ、あ〜りませんか!(笑)列車自殺と列車セックス、開化の明治をノンフィクションにかいま見せた、漱石の細部に舌を巻きませんか。どうしても気になってしまいます。

2007年7月19日 (木)

赤目四十八滝心中未遂

夏ですから朝になるとセミがかえり、木の周囲を蝿のように飛びます。本当は夜の内に這い出したセミの仔が、脱皮して大人のセミになる。それくらい誰でも知っている……はずですねえ。昨日また映画を見ました。「赤目四十八滝心中未遂」という長い題です。

何の映画かというと心中未遂の映画です。頭の滝は地名で、心中は男女が一緒になれないので一緒に死のうとする。まあ親子でもいいのですが、ネットで知り合った他人心中は映画にしません。やはりうら若き男女に限ります。そのへんも当たり前ですなあ。

若いから命がある。あるから生きる、年取って命がなくなるから死ぬと、それほど簡単な物ではありません。命があって生きようと決心をして生きる。それが本来の生きる事になります。決心があるセミは夜のうちに、正しくは夕方に這い出します。

這い出さないセミの仔は……子供の内に諦めた方がいい事になります。そもそも生きる決心、死ぬ決心はどのような物で、どのように付けるのか目安があるハズです。これが実は、はっきりしません。判らないのです。

生きる決心がつかないから、勝手に会社を辞めて閉じこもる。つまりセミの仔です。時期が来れば出て来るか? 来る仔もいれば出ない仔もいる。映画はどちらかと言うと出ない仔らしい。出ないからTVも見ない。電話も引かない。

出ない男は出ない女と行き会う。これを寺島しのぶさんが演じます。華やかさがあるようなないような微妙な感じが面白い。面白いとは肯定と否定の間になります。主役としては足りないのかも知れません。しかしオーラは強いし、親が親ですから脇役に使えない。

役の上でも内田裕也の妹になります。妹いいますが本当は……手の出しづらい女に手を出して、死ぬ気を演じるも男のカイショであります。原作の車谷長吉さんは、そういう人らしい。ただ最近はこういうカイショは流行りません。

同じカイショなら誘拐事件を起こしてみせる。売春の生態を書いて見せる。人を殺してみせる……高村薫、桐野夏生の線が受けます。簡単で判り易いと思います……ところがあれはあれで、なぜという人はいます。判らないのではなく、当たり前が判りたくないのでしょ。

死にに行って死ねなくて帰って来る。それが心中未遂という事です。当然の事なのです。祭りも家出も珍道中も、意味はあまり変わりません。この話は、まだ終わりません。よせばいいのに、また小説の方も買って来ました。

こういうのが特別好きなのでなく、映画見る前に、古本屋で本も見かけたんです。最近こういう本は安い、迷うより買ったが簡単……何だかバーゲンセールのように書くブログですが、その内この続きを、また書きます(笑)

2007年7月18日 (水)

時そば

こんな夢を見ました。
おだやかな夕暮れの中を播磨さんと二人で歩いています。播磨さんはデジカメを買ったばかりで、夕暮れになると僕を散歩に誘うのです。播磨さんは夕暮れ時が一番きれいに写ると言い、今日は雲ばかりを写します。

デジカメは持って来ましたが、播磨さんは落語の話をして僕を笑わせます。時そばというのは十六文のそば代を十五文にごまかす話です。帰道、向こうから部屋の方に行く人がいて私たちに来るらしい。僕は播磨さんに目配せします。

客は高校生の椎名君でした。椎名君は僕に、市内の飯のうまい店を紹介しろという。僕はそんな店は知らないから、どういう風に使うのかを聞いたりしました。
「それなら上の裏に行って一品のフランス料理か、フィリッピン料理か、高校生ならそういう物でよかないですか?」僕はいいます。

椎名君が帰った後、播磨さんがいいました。
「椎名君は本当は、デイトをする気ではありませんか?」
「さあ、そんな風には聞いてませんよ」僕がいいます。「でも、そうするとロケハンという事になりますね」

「相手の娘を私は見かけた事があります」
「そうですか」僕が話に乗らず、それぎり忘れていると、椎名君は翌々日にやってきて「ありがとう御座いました」という。お礼には及ばないので僕がそういうと何だかモジモジした素振りです。

「また入ってもらったら」と播磨さんがいいました。
「何か面白くない事があったのではありませんか?」播磨さんは椎名君に聞きます。
「ええ」と椎名君が答えます。

「言われるように上の裏で飯を食う段取りでした。所が三島さんが電車通りに出た所で、下通りに引き返そうと言い出したのです。それで路地裏を抜けようとした時、嫌な感じの3人組に絡まれましてね。面白くない事になったのです」

「それで三島さんは? いえ椎名君のデイトの相手です。そうですね。椎名君」播磨さんは妙に詳しい。
「はい、そうです。3人組に強請られたというか、有金を巻き上げられたというか……同じ事ですね」そう言うと椎名君は苦笑をします。

「つまりその、こういう時どうしたらいいのでしょう」僕はどうしたいのか椎名君に聞こうとしました。だが、それより先に播磨さんが言います。
「ごめん。それから三島さんはどうしたのですか」
「別れました」

「別れた場所と時間は?」
「いえ、下通りの……連中が去ってすぐです」
「三島さんは3人を知っている風でしたか?」
「いえ……そんな事はないと思います」

「そうですか」播磨さんはそう言って席を立ちます。
「三島さんは残念だけど諦めませんか」播磨さんは例のデジカメを持ち出して、夕暮れの写真を見せます。
「これは、あそこの橋」それは近所の小さな橋でした。

「椎名君は、どうしようと思っているのですか?」僕が聞くと、
「待って待って! これは3人組ではありませんか? これは君がこの前来る前に、橋で写しました」
播磨さんが示したカメラの画面には、美しい夕暮れの橋を渡ろうとする3人の男生徒と1人の女生徒が写っていました。

2007年7月17日 (火)

地震と台風

それどころではないと思いますが、ブログを見ておられる方がありましたら地震お見舞い申し上げます。九州は台風が先日だけでなく毎年何度となく来るものの、地震は珍しい方になります。むろん油断はならない訳ですが……地震にはあまり備える訳には行きません。

台風は懐中電灯、ラジオ、ローソク、握り飯……アンテナ線を外しとく位のもんで、あまり用意はありません。私の場合はマレーシア・クッキーと灯りとりのランプといったところです。10年前に入れた灯油のです。点くかどうかは?

現時点、地震の6人死亡、ケガ700と言われています。今度の台風での熊本の死者は2ですか? 多くて数名、十人にはなりません。地震がいかに怖いか、ここを比べても判ります。地震では備えようも、あまりないでしょうし大変です。

地震直下10秒前にくらいに警報が出た地域もあったようです。TVで見ると壊れた家の中からお年寄りを引っ張り出す、映像が流れていました。重度身障者は基本的にあんな感じになります。違いは自宅か施設か、そんな所です。

私自身は地震の時刻、自宅で資料を読んでた頃です。午後からニュース知らないでプールに行きました。プールの中か、向う途中の車の中、そういう所だと、水中では地震は感じませんで多分、直撃地震でも判らなかったでしょう。プール内に落下物はありませんので安全かと。

直下直後の問題はないのですが、地震は30分後がちょっと怖くて、阪神大地震の時もあちこち火が出ました。ドアが開かなく閉まらないで取り残される。公共建築は、そんな問題がありますねえ。プールでも安心とは言いきれません。

一方、熊本で台風に見る川の護岸工事はセーフでした。岸までぎりぎり水が満ちて守られ、もう少し堤防高くてもよかった。もう一日、つまり台風4号が直撃した場合は、大水が出ていましたね。むろん死者が出る大被害になったと思われます。

台風、地震……どちらにしろ、いい事はありません。

○昨日、鶴屋前で女性党さんを見ました。日本女性党さんではなく、アイレディース化粧品の販売会社アイスターの女性党さんでした。

2007年7月16日 (月)

核融合とメタンハイドレート

放送大学の公開講演会 第4回分
「次世代のエネルギー 核融合とメタンハイドレート」
甲斐文朗先生

人間はエネルギーを食べる動物かもしれない。死んだふりしても無人島に行ってもエネルギーがいる。電気つまり原子力発電の、次世代供給の問題です。昨日まで台風4号、停電なったらどうしようかと思っていたのに(笑)

米国の発電量が4兆KWH 中国が1兆 日本も同じくらい
ドイツ フランス イギリスがいずれも約5千億くらい。この需要は下がらない。逆に中国なんぞは2030年までに原発を20倍に増やしたい意向です。

水力発電は日本は恵まれた形式だが大陸では無理。
風力は台風で壊れ、音もうるさいと問題になっています。
太陽電池も伸展していますが三洋、京セラが争っている。
地熱発電は場所が国立国定公園に指定されて出来ていない。
いずれも原子力に比べると大きな供給はむつかしい。

原子力も怖いので次世代のひとつは核融合発電に注目が行く。
21世紀半ばに実用化の新しいエネルギー。
太陽等水素、ヘリウムなどの核融合エネルギーで輝いている。
原子炉のような高レベル核廃棄物を出さないエネルギー源。
ただ実用化には時間がかかる。2050年が目標。


メタンハイドレートとはメタン分子を水分子が編駕籠のように取り込んだものをいい、低温かつ高圧下に維持されます。シベリア永久凍土や深海底に存在します。「燃える氷」1立方のメタンハイドレートは164立方のメタンガスに変わる。

日本近海に大量に存在するが簡単に採掘出来ない。2016年までに日本政府は商業化技術を開発しようとしている。2005年に調査船かいようは直江津沖で日本海海底からメタンハイドレートを回収した。

石油が枯渇した先でメタンハイドレートは最大の代替資源になるといわれるが、やり損なえば地球温暖化に拍車をかける事になり、採掘に伴うコストも高く、解決すべき問題は山積しています。

2007年7月15日 (日)

2003年のかけはし

03年7月に出した紙の「かけはし」が出てきました。「発掘!あるある大事典は低俗か? TV番組の裏側に見えた問題とは……」と題した記事です。他にネタもありません。昨日の続きに、ちょっと出してみましょう。

かけはしでもテレビ番組の引用は大分やっています。番組と同じ発想で追加取材して書く事もあります。大半はそれでも間違いないのですが、取材中に疑問を持ってしまい、それぎりボツにしてしまう事もあります。たとえばサプリメントの類に関しては、私としては疑問が深い。

「発掘!あるある大事典」も、むろん回にもよるのですが、疑問を持つ事もありました。それに「大事典」は影響が大きい。皮フを問題にした回、ルイボスティ茶の時、商品が店の奥から店頭に配置転換、プライスダウン寸前から売れ筋にいっきょに変化しました。

友人も「アレを見て買いに行ったら、もう売り切れていた」という。だがルイボスティ茶はしばらくすると、また値下げ処分になります。私は番組全体が悪いという訳でなく、現象としてどうも疑問を持ってしまう。

さて、大事典から取材を受けたという医師がメールマガジンで長目に書いています。それによると内蔵脂肪に関する質問、取材があったという。取材は、のっけから内容、方向が限定されます。「内蔵脂肪をあるある大事典的にとる、ここでいう大事典的とは手間ヒマかけず、お金、時間を使わずにということです」との趣旨です。

そこまではまあ、いいのですが「効果が確実な有酸素運動、例えば歩く」は最初から内容にはならないのです。医師は「禁酒も内臓脂肪の減少に絶対的に効果のある方法です」と主張しますが、これも却下されます。

正しい情報が最初から通用せず、どうも優先順位がおかしいのです。
「ナニナニしないという否定法ではなく、ナニナニするという積極法を探している。できれば、身の回りのありふれた食材で効果が、得られる事が望ましい」と担当のいう取材方向でした。

ここまで読んで、ああト私は思います。前にダイエット法を探す女性の文を掲示板で読んだことがあります。
「太った彼を何とかやせさせるメニューが欲しい」との彼女のメールでした。そこまでは感心したのですが「かわいそうなので大食いは止めず、我慢はダメ、肉は好物…」ということで笑います。

彼女はほとんど本気とはいえない。メールを額面どおりに取るとしても虫がよすぎる。そういう人はどこにも居ますがインターネットにもいます。パソコン操作ができるから人間が高級になる訳ではけっして、ない。

取材の大事典は、この彼女のような人だけに見せる番組を考えた。視聴率を上げたいという気持ちだけで作ると、そうなります。本気で問題を解決しようとせず、抜け道や近道を探し、ゴマかそうという。

そういう視聴者がいるにしても、番組姿勢は不当であり、そうでない視聴者に対し失礼です。そして取材を受けたこの医師は、番組を低俗と切って捨てます。かけはしも低俗に流されないようにしたいと思います。

2007年7月14日 (土)

下請け孫請け

ブログにはないと思いますが、HPには色々あります。本人が作らないのでファンが作り上げたオフシャルHP、単に業者に依頼した物、業者ではない誰かに頼んだ物……そして自分で作ったHPです。大森みゆきさんは出版に向け、新しいブログを作ったらしい。

桐野夏生さんのHPでは、ミッシー鈴木さんという人にインタビュー構成を頼む。つまり子請けという事です。作家、タレント、病院医師という人も子請けを雇いHPを作る場合があるようです。それが重要な看板となる事もある。

一般に元請、子請は建築業、工事業で言われていました。それから運送業でも言われます。それが問題になるのは1億4千万で親が請けたものが、ひ孫請に下りて来ると6千万という。もっと酷いのもあるらしい。業界社長が実際そのような事をブログで書いています。

で、出来た建物に耐震構造が足りない。トラックの配送も無睡眠での長時間運転になったりします。これを不採算で請ける中間マージンの多重化というそうです。つまり実施には仕事しない人の方が儲かるシステムが立ってしまう。

建設とITでは一緒にはならない……かと思うとそうでもない。孫請けから子請けに引き抜きがあり転職したいが……というSEの相談が出ています。孫より子会社の給料が高いのです。しかし関係にしこりが残り、軋轢が後を引きそうな感じが判ります。

建設、ITのどちらにしても私たちの日常とかけ離れて見えますか? それがそうでもないのです……いえ、例のあるある大事典を読んでいて思うのです。初期は悪くない。では、時期を経るに従って何が進行したのか?

ひとつ思い当たる。それはむろん原因の全部ではありませんよ……番組制作は子、孫請けしなかったのだろうか。下請けが顕著になった番組の悪化という事はないか。ウソ番組にはならないだけで、そういう番組ありますよね。何か最近、雑というか、落ちた番組……

いえ、人の事はいえません。私は大森さんの本は読まないで、ブログ読んでごまかしてます。大森さんは本もブログも自分で書いてます……あのブログ、そうでしょう? 違うの! 下請け、孫請けって事はないですよね?

2007年7月13日 (金)

2色刷りはがき

2色刷り葉書で振り込めサギが、また出回っています。

裁判を言って脅し、電話をかけさせ振込みを指示するもの。

写真は数年前に出回ったもので、今回は文面が変わっています。赤丸部分が変で、他にも指定日を箇条書き項目にしない、項目を小さくしている等の不自然があります。

誤字のあるワープロ文で、最近、使われる折りたたみ式になっていない。普通はがきが特徴です。

封書で来るのもあるそうです。

2007年7月12日 (木)

佐賀弁小辞典

方言は使いますか? 私は口から出ることもありますが、あまり使いません。なまりはあると思いますが言葉のひとつひとつに、方言は入っていない方です。理由は多分ですが、入院体験からです。隣のベッドの患者さんと話が通じなかった体験があるからです。

――そぎゃん、しれーっとせんでん、よかろもん。
「……しれーっと? しれーっとって何?」
しらばっくれるという意味ですが、おとぼけ。よそ行き顔で接するの意味です。
「よかろもんは? どういう意味?」
よいでしょう。いいではないですか……そんな会話を日に何度もやっていると、言葉に意識的になります。そして気がつくと、
――そんな知らんふり、通じませんよ。
そんな風に話しています。

古本屋で不思議な本を買います。福山裕「佐賀弁小事典」面白そうですが高いだろうと価格を見ると、そうでもないのでイケイケで買ってしまいます。この手の本は概ね箸にも棒にもかからない物ですが佐賀新聞の出版で体裁が整っています。

「ばってん ばって
接 助 (者有而茂、ばってんが、侍れども、べくありても、ばとても)だが。けれども。※長崎ばってんと、いわれているが肥筑方言の特徴である。……ばい。遮莫(さもあらばあれ)の継承引用の接続詞か……」以下省略

定価1800円、平成3年出版。著者は医師、大正十年生まれ。
どう見ても、こりゃ、もう少し高い本です。店頭で手員でもない私が本の目利きをしても仕方がないのですが、こういう事はたまにあります。

平成3年の本だとインクの匂いとはいきませんが、注文書だとこんな状態でしょうね。いたみはなく、B4の両面コピーで、本の紹介記事の挟み込みがあります。多分、著者が自分で作ったコピーです。つまり本は贈呈か、売られた部の一冊です。

代々医師の家で、軍人、やがて家を継いで小児科医をされた。敗戦が納得がいかない。鬱屈する物があって、それで患者の言葉をカルテの脇にローマ字で書きつけ、密かに佐賀東部方言を研究される。その道の第一人者は他にあったが本は専門に過ぎる。もう少し一般向けの手引きは作れないか?

福山医師は最初、手書きコピーで300部を作られた。それから昭和56年には本当の出版をされるが、それは2年でなくなった。で、古希記念に出たのが、この「佐賀弁小事典」という事になります。Web検索してみると佐賀新聞は、どうも2刷以降を刷っていない。

「背表紙に約0.3cm×0.3cm未満の薄い小さなシミ有(中身のページにも僅かに微細に数箇所有)その他、カバー、中身等の状態は良好です。丁寧に梱包し原則24時間以内に発送致します。amazon専用在庫で売り切れ無し!帯無」つまり古本で3500円。

本は古本でも買うことが出来ます。でも無くした言葉が買える訳ではありません。
クラス会などでひょいと聞かれます。
「hataさんって、大学とかで、どこか行ってた?」
――行ってたよぉ。あなたの知らない町を長く旅して来たんだもんね。

福山医院をWebで検索すると佐賀県に各当の医院は、もう存在しません……あなた、方言は使いますか? つい口から出ることはありますか?