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2007年5月

2007年5月31日 (木)

あいまい幽霊

障害児から身障者にかけて、若い私たちは曖昧な存在です。障害があると家から見ると、一員ではなく正式メンバーでもないのです。ラフカディオ・ハーンさんが怪談に執着したのは、自分の存在が幽霊じみて感じられたからでしょう。

不満かと問われれば不安だと答えましょう。語呂合わせではなく現実そうなのです。家庭の催し事のたびに「……じゃあ、あの子の事はどうしようか」と言われます。連れて行くのも置いて行くにもママならない厄介者であります。

中学校の教室に泥棒が入った事があります。泥棒は教員室から盗み出した金庫を、私たちの教室に運び込み、こじ開けて中を盗み出したのです。その時、私たちの教室は他の教室より一際、危ない部屋と認識されました。(その教室は特別な位置でした)

「体育の時は気をつけるよう」と担任がいいます。
「気をつけるって、どうするんですか?」誰かが聞きます。
担任「サイフと金は、今どうしてる?」
「どうも出来ません」
担任「hataがいるだろう。こいつは体育時間は暇だし、盗まない。それは私が保障する。……体育の時間だけ、みんなの金を預かれ」担任は私を、便利な人間金庫にします。

家庭や社会の中で役割がないから無用物として追われます。養護学校が市外にあって寄宿舎だったにも理由があります。手を上げて役を買って出なければなりません。そうそう都合のいい役はありません。時には損な役も買わなければなりません。

何もしなければ確実にいじめの対象にされます。ハーンさんは心優しく弱者に同情的でした。それは生まれつきの性格でしょうか? それは片目が悪く背が低い、いじめらっれっ子の特性がからんでいるト私は推測します。

漱石は両親が年取ってからの子で、両親は恥じて養子に出します。生年月日が泥棒になるという狂相の日でした。四男だと家からは不要でした。それらが重なり家を追い出されます。それも一度ならず、だから不安で不満で無念でした。

そこで不服の申し立てて、ハーンさんには主張があります。漱石は時代を見ていました。限界に来ています。富国強兵いうて米国には勝てません。だから立身出世も限界です。限界を超えるには悪事しかなく、罪人になると捕まるか死ぬ。そういう人もありました。昨今どうも、そのようです。

若い人の間に、犯罪への関心、殺人への興味が深まります。不安も不満も似ています。どちらも恐れにつながっています。曖昧な自分を無理にはっきりさせると、そうなります。私は若くないので幽霊でたくさん。話は落ちませんが今日のところはこのへんで。

2007年5月30日 (水)

被害者意識2

昨日の続きです。身障児は進学でハネられる事は書きました。就職となるとさらに困りました。今年はユニクロが身障者の採用に成績を上げたそうです。就職の陰鬱に先延ばしに延ばし、なかなか就職しようとしない若者が増えているといいます。

昔から身障児は、大人との接点がなく社会イメージがなかったのです。今は健常児もほぼ同じです。昔は人気の職業は、教師、バスの運転手、保育士、看護士……身近からのあこがれがありました。

これが少なくなっています。スポーツ選手とか歌手とか、現実離れした世界に飛んでしまいます。それは現実が、学校と塾とコンビニから自宅しかない事が原因でしょう。ただ障害児の場合、それもないケースがあります。

家の近所は酒蔵でした。樽のタガを作る竹の職人さんがいました。暇だとタガに使う竹で、竹とんぼを作ってくれました。川に行くと投網の漁師(趣味と思われます)が、フナを取っていて子フナをくれました。子供心に大人はスゴイと思いました。

スゴイ大人の延長線上に自分を思い描けばよかった。病気になって医師を志す、電車ファンから電車の運転手になりたいと思う。そんな地に足をつけた生き方が出来なくなって、百に一つにかける賭博のような人生になっていましょう?

障害児にとって就職つまり明日や未来は、昔から、そのようなものでした。大学を出ても就職する気になれない若い人の気持ちが、私は判らないではありません……こういうと養護学校に行った友人から、実は私、非難されます。

私は普通の小、中学に行っています。養護学校にはちょっとだけ、枕頭教育や通信教育は、まあ趣味でやっています。養護学校はその頃、寮になってまして、小学生が家を離れ寄宿するんです。普通小学校に行けば行ける子も、障害を理由に寮生にしちゃう。

婉曲な捨て子の側面があります。たとえば長男が障害児、次男が健常児だったとします。知能は健常であっても後取りは決まります。小学校から別にして他所に置けば、中学か高校までそういう学校に通えば、授産所みたいな所に就職すれば、家を次男が継いで不思議はないでしょ。(これは小説化しました)

受験勉強ばかりした若者が就職で「さあ社会を継ぎなさい」と言われても困ってしまう。ひたすら困ります……昔、寮の外は田んぼばかり、卒業しても街社会に慣れない。ただ怖いばかり。そういう身障者は世間との付き合いが浅く、昔の寮生とだけ付き合います。

了見が狭い、それで被害者意識に凝り固まる。何やら似ていませんか? これは同じではありませんか。

○小説「車椅子から2」
○ハーンさんは2度、親に捨てられます。父親は結婚前に仲のよかった女性とくっつく、つまり母親と共に捨てられます。母はハーンさんを叔母に預け、ギリシャに帰ります。両親にそういうつもりはなくとも、子から見れば捨て子です。英国から米国へ、米国から日本へ、ハーンさんの辺鄙好きに理由があるとすれば、国ごと親を捨て反す事ではなかったか? 「ハーンの魅力と漱石の魅力」から

2007年5月29日 (火)

被害者意識

まず自分を被害者と考えます。出発点をどこに取るかにもよるのですが、私だけが不当に被害を受けているトそう思う。すると人の意見を聞く事が出来なくなります。ここは従うしかないトカ妄想に近い受け入れはあるにしても、基本的に不満な訳です。

理解や了解ではないので本来の意味の融合はない。快より不快が、積極より消極が、信頼より不信が渦巻く中の進行になります。大勢の健常者の中で一人やって行く身障者は、基本的にそうです……いや、そうでした。最近はちょっと違います。

最初から同格の人間として認められるのは無理です。それで何でもいいが驚く技を見せるんです。博学強記のふりをする、いえ、私が使った手です。予習をていねいにしていって、そう見せる……子供を手なずけるには手品を見せる。同じような物です。

ナンパするのに料理が趣味のふりをする。驚きのまなざし、スポットが当たったところで、
――なんちゃって、私の技はここまで、後は出来ない。
放り出す……私の場合はそうです。そこまで出来ると、
「おー、いいじゃない」それで、だいたい仲間に入れてもらえます。

ところがダメな所ではダメです(笑)老人はOKだけど身障者はダメという所、ドコとはいいませんが、あります。健常児が前提、障害児はダメ、これは前に書きました。健常者はともかく、身障者ならいいじゃないヤっちゃえ、そういう所もあります。

納得いきませんか? たとえば女性は背が高く、給料が多く、イケメン男性でないと受け付けないでしょ? 最近、最初から劣等感の固まりという男が多いですよ。小学校の教室で消しゴムを落とし、隣の女生徒に拾ってのサインが出せない。

「俺は不細工だから拾ってもらえない気がした」ですって。被害妄想に凝り固まっていますなあ。私もひとりもんだから似たような所はある訳ですが、消しゴムは……今更そんな話をしても仕方がない。OKとAUTの審判が厳しすぎる面はあるんです。

最近は身障者に限らず健常者も、被害者意識に固まっています。少しくらいの技を見せたくらいではダメ、あるいは予習に何ヶ月も何年もかかってしまいます。努力は空しく、また露骨に努力する者も疎まれます。

そして疑心暗鬼、ふと温もりを恋しく思う事はあっても、求めるのが怖いのでしょう。身障者の現実がある意味で普通になってしまいました。不満だけが高まっていきます。

2007年5月28日 (月)

医療保険

掛け捨ての医療保険が郵便で、変更を言って来ました。
50代も終わりだから60代として再契約しないか? 簡単にいうとそういう事になります。名目も終身医療保険の終身が加わります。掛け金も4065円から6640円にアップされます。

ただし今後アップはないという。この医療保険は元々はまだ安く、よかったが上がってしまいました。これから掛け直すと「これからだ」「はいれます」等、ないではないが身障者は難しい所もあります。むろん年を追って掛け金は増えます。

詳細はニュースや新聞記事にあるように変えてみないと判らない。こんなんスッパリ止めて鮨でも食いに行きたい気分ですなあ(笑)入ったのは20代末で、30代は何もなく赤。40代もちょっと赤字で入れ込む一方。しかし50代は黒字と、この医療保険の決算です。

書いておりますとおり、股関節人工化の予定がチラチラある私です(笑)どうも20代や30代で考えたように薄命でもない。想定外という言葉は流行るようですが、そう思うと連れない返事も出来ない。結局、気持ちは継続の方向に向うんですなあ。

メリットとしては生涯契約、金額変更はなくなる。2週間以上の入院に対応から、1泊2日からの保障に変る。支払い限度が通算700から1095日分に大きくなる。デメリットは死亡保険金50万がなくなる等。

一般論として保険は確実に貯金できれば、その方が採算性には優れます。
端的にいうと直近の大事以外にメリットはありません……そうは言ってもねえ(笑)あるとつい使うとか、十年なにもないと褒美が出るとか、そういうのに釣られる人はありますなあ。(私のに、それはない)

あれは結局、割高になる……さてはアリコか、アメリカンと比較したな? おお、ご明察!(笑)ただ比較先はオリックスでした。いわれるほど簡単に比較できる訳ではなく、各社内容の組み立てが微妙に違います。それでもなさるなら、あなたも候補に入れといて下さい。

今、保険は掛け捨ての時代ト、マネー評論家が言っておりました。おたく、どうなっています? 基本のキは自己管理ですが、出来ない人が多いから私のような者も、チト偉そうなブログを書く。今日はそんなところで、ありましょうか?

2007年5月27日 (日)

花々しい話

どこが美しいのか、各論あります。開いたばかりの蕾の面影が美しいという人、伸びた花芯のゆるやかな曲線をいう人、受粉直前の雌しべの湿った色をいう人……それは様々です。これは、あくまで花の話です。違う話ではありません。

地に落ちた花びらの乾きかけたシワミと言ったら、私はすっかり変わり者あつかいされる事になります。それほど奇を衒ったつもりもなく、じゅうぶん本気ですが、それでも通用しないようです。花の何が美しいかには各論あります。

男同士は机上の空論、酒の肴にする話ですから、それこそ取りとめもなく責任もない。話の始まりは手近に一冊、秋山庄太郎さんの写真集があったのが原因です。元が花なら美しく終わるかと思えば、そうもいかない世の常です。

始めはまともな論理でも急上昇急降下するうちに奇妙な論理のアクロバット、話のための話へと変ります。いつか現実を捨ててパフォーマンスをやるから、聞くに堪えない。馬鹿ばかしくてここに引用する気にもなれません。

――完全論破しちゃるけん、いっとき待て!
「(笑)よーし、待っとる待っとる」
――あ、トイレ行ったら足んもつるる。いかん、先帰る。じゃあ、またな。
「おいおい、帰ると?」
これで同姓との話はお開きになります。

女性の友人による違う話、友人の友人です。その人は玄関脇に花を生けていて不安に駆られます。
「私が病気になったら、あの人は花をここに生けてくれるか?」それを女性の友人に話します。

「あんたの旦那、無理だね。お義母さんなら?」
「義母は去年から体調不良なの」
そのお義母さんは、本当はガンだったト、友人の解説です。

不安な人はしばらく音沙汰がなくなります。女性の友人の聞くところによると、ある宗教に入信し、それだけでは済まず旦那と別れて出家します。全財産を教団に寄付して寺に住むようになります。

――まさか話は、寺にはそうやって出家した主婦が沢山いるというんじゃないでしょうね。
「アラさすがカンがいいじゃない。病気になっても死んでしまっても花を欠かす事はない、ひと安心だっていうの」

――カンを褒めてもダメ、そういう作り話は!
「ソ、そうなのよ。嘘みたいでしょ。作り話じゃ、ないの」
――ホント?
「そうホント」トそういって友人はシラーッとします。
そういえば最近、熊本に新しい寺が建ったと聞いたような……嘘かホントか、私はいまだに女性との話には要領をえません。

2007年5月26日 (土)

ブラックな会話

40代の年下の友人はどこか改まり、私にこう言うのです。
「老人なんて……老人なんて早く死んでしまっても、いいではないですか?」本当は老人を身障者と言いたいのか?

何かためらわれ、それで老人と言い換えたのか。友人の緊張は妙な慎重さになり、言い方を不自然にします。いわゆる悪の論理を振りかざすには、友人は悪人ではないのです。

老人をその寿命より早く始末するとすれば、社会の能率が上がって世の中はよくなる。友人はそういう意味の事を言うのです。よいとか悪いとか、万人は同じ基準で生きていると友人は思っています。

――あなた、お父さんは幾つです? 多分、60代後半として、あなたは25年から30年後にお父さんと同じ位の年令になります。そうですね。では今、現在、あなたは何才まで生きるつもりですか?

「何才まで……」
――判りませんか? 判らなければ判らないでいいのですが、あなたも一年すれば一才年を取ります。十年後に50代、二十年後に60代になります。お父さんはお元気ですか? 

お父さんの寿命を十年圧縮すると、あなたの寿命も十年圧縮される。誰がどう圧縮するか知りませんが、圧縮する人や制度に苦情をいいたくなりませんか? 不信を抱きませんか?

あなたも多分、60代まで無事ですよ。問題はその先の十年から、女性なら二十年です。病気や死の不安は、次第にはっきりした輪郭を持って迫って来ます。具体的な現実を手荷物にして、あなたにも老いがやって来ます。

会社に定年があるように、人は集約を考えて始めます。仕事に完成があるように人生にも、漠然と集約があります。毎日は、ただの長い引き継ぎの連続ではない。そういう人もいますがネ。他人の思惑や制度では、自然に集約する事は出来ません。

リア王は財産を生前に分与します。財産は生前分与しても自分の人生は生前分与する事はできません。自分の人生の見通しが立たない人が、他人の人生を見通すのは間違いです。よいとか悪いとかいうのは自分の人生について言うのなら勝手です。

が、資格に欠ける人が勝手をいうのは危ない。あなたは今の所は健常者です。でも一時間後、車の事故で身障者にならない保障はないです。一年後、成人病で病人にならない保障もありません。今の自分に責任が持てない人は、明日の自分にも責任は持てません。

今、私があなたのいい時に、早くに始末するといったら……いい事ですか! それは、どう思いますか?(笑)

2007年5月25日 (金)

映画「博士が愛した数式」

前から評判の映画、小説でして見ようとは思いながら、地上波に降りてくるまで見なかった(笑)まあ興味がなかったに等しい。悪い! それで最初の方で気が付きました。これネタはあれだって。だって私は身障者ですよ、それは隠しても判ります。

感動すると人は変るものでしょうか? 昔、宮城まり子さんが監督した映画の試写があったそうです。みんな涙を流して感動してハンケチを出して涙を拭いて、さあ帰ろうとした時、その人という人がエレベーターに殺到して車椅子は大変こまったそうです。

障害児を題材にした映画で、涙を流した人が車椅子を押しのけて、エレベーターに殺到はしない。そう思った人はがっかりしたそうです。私はそういう事は百も承知で、偽善を通します。だからもう「博士の愛した数式」はないだろう、そう思うのです。

ここに出て来る博士、寺尾聡さんがうまく演じますが、笑っちゃうんですねえ。昔、黒澤監督は「天国と地獄」を映画化して、あれは悪を告発したつもりと思います。人違いの誘拐に金を出す男を、三船敏郎さんが演じました。

黒澤監督は遊びに来た他人の子に、別荘を焼かれる事故に遭っています。それを謝りに来たその子に、
「あれはねえ、燃え易い家だったんだよ」賠償を請求しなかったトいいます。天国と地獄は形を変えた自画像だった訳です。

ところが映画のトリックを盗んで現実の事件が起きてしまいます。ヒューマニズムという言葉が空しくなって行きます。その後の映画「どですかでん」では人間の美しさは空想の中にしかない。そういう内容になります。

数式しか愛せない博士に、私は黒澤の影を見ます。自閉症障害者を扱った映画「レインマン」がありました。数字に異様な関心を示すサバン症候群という症状があり、本作はこれをなぞっていると思われます。

現実にはモーツァルトが一種のサバンではなかったか、ト言われます。自閉症の誰もがサバンという訳ではなく、サバンをうらやましいと思う人ばかりでもありません。それどころか自閉症児の家族の中にもサバン症状に否定的な人がいます。

サバン症は自閉症児が何もしないと出るケース、そういうのが多いのです。それより訓練して少しでも何か役に立つ事を教え込もう、サバンにならなくても、その方が愛される。ト考えるお母さんお父さんは実は多い。日常を教え込むとサバンは出にくくなる。

(笑)寺尾聡さんが演じるとそうでないように見えますが、この主人公は障害者です。深津さんの家政婦もウソ臭い。あんな家政婦がいる訳がない(笑)これで感動する人は、映画が終わると現実に帰りエレベーターにも殺到すると思います。

人に感動させてもらった感動は、人を内面から変える、自主的な力を持たない。そのように思います。この映画を見た後で、現実の身障者が愛せますか? 障害児が愛せますか? ああ、いい映画だったで終わる映画は、本当はいい映画ではありません。いつまでも心ゆさぶり続け、あなたの明日を変える映画、本を探して下さい。

2007年5月24日 (木)

点火プラグレンチ

クルマの古いのは厄介です。フェスティバをアイに乗り換えたのだから厄介ともさらば……と思ったのが大きな間違い。車の機嫌を微妙に取っていくのが、私の方の癖になり、車の機嫌を取らないと私の方の気が済まなくなります。

どこぞには手袋もせず、素手で毎回ワックスかけないと気が済まない人がいますが、ああなると病気です。しかし人の病気を笑えなくなってきました。まだ新しい点火プラグを代えるという手を打って、これがまんまと当たりました。

ネットを検索すると同じことをやった人も居ないではない(笑)特許は取れないらしい。次はプラグレンチを調達しなければなりません。前の車は付属でついていました。今度のアイには付いてません。後部座席を外して確認しました。

座席の下には空気ポンプがありました。アイにはスペアタイヤがありません。パンクしたら補修液とポンプで修理しろという。身障者ですからタイヤ交換はできません。見れば判るでしょ、金と力はないんです。

出したついでにポンプで空気圧を測って、足りない分は補充します。セルフスタンドで空気圧の修正が出来ない点と対応します。もうプラグはいじるな、そういう事ですがこれは現実的とは言えません。

書いているようにいじると違いになって出るんです。メーカーは何考えているのやら……むろん旧車の19サイズレンチならありますが、アイはサイズが違う。これが百円ショップにないのは書きました。で専門ショップに行きます。

サイズは17より小さい。たぶん6か5です。
――聞いた方が早そう! サイズ16か5の点火プラグレンチありますか?
「6ですよ。あそこにあります」
――これこれ……でも、この点火プラグは入りませんね。
「これはこう。ぎゅっと押し込むと、入る」
――あ、入った。さすが専門ショップ。

レンチ一本ですが判らない時は、出来ればこうして情報を取りながら進みます。セルフの店で買い損なって返品できなかったら高くつきます。理解したら専門店でなくともいいです。古い車は月一でプラグ磨いてました。

アイはそこまで必要ないと思いますが、半年一回くらいやったがいいみたい。信号機からの発進でアイは、隣車線の車に遅れて発進し、いったん抜きます。私はあまり法定外スピードに関心がなく、すぐ抜き返されますがね。フェスティバの時は抜かれるだけでした(笑)

そのへんの走りの改善に、プラグ磨きは効果があります。

2007年5月23日 (水)

キーボードから飛行

イーマシンズのキーボードはソニーに比べて大きい。多分、外国基準ではないかと思われます。日本製には小さなキーボードがあって、思わず心曳かれるのですが御用心、女性にはいいと思われますが、男にはどうでしょうか?

最近、私はノートパソコンサイズのキーボードにしました。これにテンキーを組み合わせて、当分は使ってやろうと思います。写真からエレコムのキャッチコピーは読めますか?「机の上が広―く使える」というのです。

コーヒー茶碗分のスペースが広いのと狭いのでは、気分が違います。気分が違うと思考も展開するか? それとも気分は単に気分に過ぎないのか……野口由紀雄さんなら違うと答えそうです。この前、超発想法を読んでいたら、発見のきっかけを偶然とみんな言う。

トいう事は、きっかけは偶然ではないのではないか? そういう意味の事が書いてあります(笑)そこまでしか読んでないのですが、多分そうでしょうね。コーヒー茶碗分のスペースがあればコーヒーが飲みたくなる。

コーヒーを飲めば問題から意識を開放する事になります。意識を開放しても無意識はまだ考えているのです……漱石の偉い所は、日本に無意識を輸入したことです。ただ無意識で思考するのは、向き不向きもあるようで芥川さんは得意でなかったようです。

賢治さんも考えると理屈をこねます。銀河鉄道がいいのは理屈を捨ててしまったからです。原案は旅の部分がもっと長くあって、それを捨てて帰還につないだ。それがよかったと思います。だけど、みんなは、もっと長い旅が欲しいのネ。

意識して意識して、意識の最後に答えが出る。そう思われているらしい。間違いと思います。一通りは考えるんですが判っている事を何度なぞり直しても飛躍は出来ません。常識を離れるジャンプしないとアイデアになりません。そうでしょ?

いわゆる教訓から新しい生き方は生まれません。不明の不安を飛べ。ライト兄弟が飛ぶまで、何十何百、何千人の人が失敗を飛んだ事でしょう……さてキーボードの淵から私はジャンプできるのか? 乞う御期待!(笑)

2007年5月22日 (火)

おバカさん2

長いことあれやこれや書いて来ると、責任の持てない事も、つい書いてしまいます。いえ、書きたいから書くのではなく、私の場合「こう考えてみたらどうでしょう」提案する記事があります。たとえば私には自傷癖はないのですが周囲で、それが問題になります。

そういう場合「私は知らん。関係ない」トはね付けるのも、どうかと思うんです。昔、身障者の阪口譲二さんの詩を引用してロクでもない文を書いた事があります。放送局の関係者が読んで、これを阪口さんに言ったんですネ。阪口さんから電話が掛かって来ました。

私の「解釈が違う」という(笑)解釈は自傷癖のある人のための、いわばサービスですから、自傷癖のない人にはそれは迷惑です。阪口さんが正しかった。事情を説明して何とか納得いただき、冷や汗を掻きます。それをそのまま、また何かに書きました。

コリもせずに言うのですが、死にたいという人の気持ちは少し判ります。不自由という事は感触がうすいのです。歩けなければ現場まで行けず、手がなければ手触りがない。命を生きる感触が、不自由の分、足りないのです。

本当に自分が生きているのかどうか、手首を切って確かめる人もいます。体を丸ごとぶつけて、その感触が欲しいのだと思います。物事はフワッとして頼りなく実感がない。誰でもいいから自分がここに居るのを確かめて欲しいような、えたいの知れない孤独感に襲われます。

モデル体形の子の感じとして、昨日、確かそう書きました。これは実は身障者の感覚なんです。身障者というより人とかけはなれて在ると、大抵そういう感じになります。あなたはなりませんか? 具体的には、たとえば残業で夜まで続いているトしましょう。

「辛くはありませんか?」そう聞かれます。
「いえ、辛くは」見栄を張って答えます。暫くして、
「辛くはありませんか?」また聞かれます。本当は辛い、しかしそう言えない。なぜか言えない。
あなたはイラついて来ます。

本当の事は言えない。違う事ばかり言って行くうちに、本当の事の本当の感触が判らなくなってしまう。(注)事柄と言葉がぴったりと結びつかなくなる。するとそれは病気の一歩手前です。出来るなら本当の事を言った方がいい。

身障者はもともと弱みがある。それ以上、弱みを作ってはいけない。社会でそういう前提になりました。ところが最近は健常者も個人は弱い。上司や同僚に弱みを見せてはいけない。いい服を着る腕時計をする、一種のヨロイの意味でしょう?

子供は学校で弱みが見せられない。プールで裸を隠しますもの、あれはそういう意味でしょ。身障者も裸になんてなれません。私も最初は嫌でした。最近は開き直ったんです。インタビューで初対面の人と話すのも、慣れと言えば慣れ、一種、度胸といえば度胸ですよねえ。

ある日、電話がかかって書いた物の「解釈が違う」と言われるのは、いまだに怖いのですが、怖くないふりで今日も書いています。それから阪口さんとは少しだけ仲のいい友達になれました。あの時、本当は会って謝りたかったのですが、それも、もう叶いません。

注、漱石の「門」に宗助がカミさんに近の字を尋ねるシーンがあります。社会に背を向けた宗助は生きる実感をなくし、神経衰弱の危機状況にあるのです。