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2007年4月30日 (月)

映画「こぼれる月」

物語には普通、虚構の約束があります。この映画は神経症患者同士の恋愛を扱ったモノです。役者さんは患者ではないしドラマはノンフィクションではありません。にもかかわらず冒頭20分には虚構ではないようなリアリティがあります。(ギャオで上映中)

今、ヤフー動画でやっているエヴァンゲリオンが、SFの形をした童話であるように、これは患者の形をした恋愛物語です。結局のところ神経症と関連は薄いように思えます。ただ誰がやっても神経症的なところのある恋愛を、ことさら神経症患者に演じられても……

物語は娯楽、お楽しみです。勉強に使ったり理解を目的に見るモノではありません。病院の診察を待つ廊下で、男女が知り合う事は絶対ないとは言えませんが、まあ、ありません。しかし入院中はヒマでありますし、ソラまあ、いろいろありますなあ(笑)

男「……あの、大変ですねえ」
女「ええ、まあ」
男「ボクも……(男を呼び出すアナウンス)あ、それじゃあ」
女「あの、よかったらもう少し、お話できません?」
男「ボクは全然、いいですよ」
女「私、名前……っていいます」

病院の廊下は緊張する所でありますから、基本的には余裕がなく恋愛は成立し難い。患者は異性より自分の病気と向き合っています。つまり病院に患者として行った事のある人の脚本ではないのではないか、そういう風に物語を見ると綻びが見えるのです。(つまらないと書くのではありません)

リアリティの足りない所が幾つもあると、こりゃお話だあトなります。お話が悪い訳ではなく、お話はお話として見る事になります。つまり本気にしない。映画の冒頭のリアリティは、そこで外れるのです。映画はそこから普通の映画になってしまいます。

若い俳優さんで私は知らないが、ハンサムで演技うまいのです。それが最初、判らない。見知りの女優、田島令子さんが出てくると見当がつきます。そうか、そういう訳か、なんてね(笑)そこから虚構の皮膜はクルリと剥がれかかる。

エヴァだって使徒も補完計画も、ただの書割。そちらに目が行けば碇指令とシンジとの関係に目が行かない。でも本題はそこにあるんです。患者であるための欠乏と、性的な欠乏とでは違いがあって、あまりネタ割っても仕方がないのですが……

「こぼれる月」は洗面器に映った月の像が乱れ流れる様の事。古い邦画で、恋人は月を話題にしました。「月がキレイ」というのは「彼方がすき」という意味になります。ちょっとだけ高級な恋愛映画です。スパイダーマン3と、どっちが面白いかなあ?

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