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2007年3月29日 (木)

川と自然

坪井川沿いの「住民が育む川の魅力」と題する調査報告が来ています。県立大学の学生さんアンケート調査による卒論です。アンケートに答えた時、結果を見たいと言ったのを私は忘れていた。調査の学生さんもまさか、このブログは見ないでしょうね(笑)

昔、川は自然でした。たとえば神社仏閣に比較すると、ずいぶん自然そのものです。護岸工事の後で、それが変化します。そこらの認識は学生さんにはないようです。いえ、アンケートからは出ない。そう考えるべきでしょう。

人間に管理されない空間には癒し効果があります。それが消滅して誰もかれも、人と人の間に癒しを求めるようになると、そこから変化が生まれます。こう言うと自然は怖いではないか、癒しなんて、そう反論される方があります。

先日の報道によると護岸の4割とかが強度不足で、やり直しの必要と出ていました。坪井川護岸も怪しいかも知れません。大水害が出て、その出方で真相は判るでしょう。それまでは判りません。ただメダカやオタマジャクシが居なくなった事実はあります。

論文では、当然そういった事は、考察されません。アンケート自体に含まれなかった。調査によると、市民は熊本城と坪井川を結び付けて位置づけているらしい。熊本城には、いわば神社的な意味があって、市民はその信者のような感じがあります。

坪井川より城の意味は弱いト私は思います。確かに市の中央にある城には自然の香りが濃い。たとえば堀があって、それは川を利用した物ですが、カエルが多いです。カエルを食べる蛇やタヌキが居ます。それで子連れの狸を見かけます。

子連れの狸は微笑ましく、それはこの市が城下町という因果の中にあります。つまり私が川にオタマジャクシはいなくなったと嘆くのも、感傷ではありません。みんな加藤清正を信仰していますが、私はそれ以前の本尊を……何で信仰の話になったんだろ(笑)

卒論の論者は、川の周囲で具体的に行動し参加する必要を言っています。そうでしょうね。城か川かはともかく、お参りするだけではダメでしょう。行政は城の復元、川の遊歩道を作りました。次に市民と建設物を結ぶイベントが足りてない、論者はいいます。私もそう思います。

ただ坪井川には錦鯉が放流されています。市がやっているのか愛好会がやっているのか? どちらにしろ水があって魚がいると安心する感性は、私にはありません。
「あれは本当は違うそうです」

くまもと環境クラブというグループを作って活動した時、坪井川の錦鯉について、ひとりが言いました。オタマジャクシはやがて狸の子を育てるけれど錦鯉は育てない。つまり自然とは言えない。自然の死というと言葉はキツいけれど……

あなたの家は川に近いですか? あなたは川を意識しますか? 川にいる生物を見ましたか? その正確な名前、言えますか? 人間関係に疲れた時の行き場は、ありますか?

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