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2007年3月29日 (木)

風のモナリザ

先日、BS「迷宮美術館」がまた、モナリザのモデル探しを話題にしました。結論は出ないのが判っていて、つい見てしまいます。ダ・ビンチをふくめラファエロあたりの美術は写真のような描写で人気があります。番組では具体的な、現実にいた女性モデルに関心が行きます。

むしろ注目すべきは東洋的という事です。謎解きのカギはラファエロやミケランジェロに比べてダ・ビンチは東洋趣味があります。男性を描いた物はそうでもないのですが、女性像はどれも日本人をモデルにしたような、感じがですよ、感じがします。

現実と空想、その間を埋める物は何か? あんな美人が現実にいる訳はない。あえて言えば小雪さんが近いと、私は思うのですが反対意見が目に見えています。それは鈴木京香さんでも上戸彩さんでも大差はありません(笑)

画家は大体、男性です。男性が自分をモデルに女性像を描く事はあるのか? ええ、あります。証拠はこれです。ダ・ビンチよりは落ちますが美人画の鶴田一郎さんの写真であります。今回の展覧会ではなく前の展覧会に行って、私が撮ったのもあります。


肖像権の問題があってボツにしていました。これは宣伝がらみで出ておられます。多分OKでしょう。新作デッサンも同じくフリーペーパーからの引用です。本発表は4月4日〜10日、鶴屋百貨店8F、本人が来られますから本作品とご尊顔で確認下さい(笑)

確実に似ていますでしょ? 鶴田氏のアトリエはTVで見たのですが特製の大きな鏡があります。鶴田氏の美人画はみな同じ、鶴田氏がモデルなのです。ロビーでの質問にそう答えています。
「モデルはいないのですか?」
「モデルはいません」

いわゆるモデルを置いて描くのではないという意味でしょう。鏡に関して細部を見る為と、そういう答えでした。他に家族の意見では、
「死んだ祖母の写真が家に飾ってあって、それに似てると思っていました。ホラあの写真です」鶴田氏の生家には、その写真が今もあるそうです。

ダ・ビンチは自由に見えてそうではなく、むしろ頑なな方法で生きています。父に絵の才能を見出されますが、父は後取りが欲しかった。政治家として失格とみなされます。これは芸術家は一般に、よくあるケースです。

工房での師匠は弟子のダ・ビンチに早々と脱帽します。ではダ・ビンチの実質の師匠は誰だったか? 自然と思います。川の水がどう渦を巻くかを見て女性の髪のうねりを表現しています。そこまで迷宮美術館は指摘するのですが……

ダ・ビンチは大気の存在を感じていました。大気の中でスクリュー運動をすればヘリコプターが成立すると思うのです。大気は遠くを見た時に日の中で揺れます。目と頭を直結させて観察した。先生は自然だった……それが私の説です(笑)

キリスト教には欠点があって、それは自然を否定した事です。自然にある循環に意味がある事に気が付かない。モナリザの絵の中で深い意味を持っているのは、川で象徴される無垢の自然です。写真のような細密に意味があるのか……ないでしょう。

鶴田さんのモナリザに背景はありません。しかし自然はないかと言うと風が吹いています。風と共に生きる、風のモナリザです。そこが東洋的な、日本の美人画、でなければならない事につながるのです。

●「リビング熊本」この記事、ネット公開するのかな?
http://www.livikuma.com/digest_index.html

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