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2007年2月

2007年2月28日 (水)

株って簡単!

株が急落しました。なぜ急落したか? 私はそういう話は出来ません。判っているのは下げたら買い、上がったら売ることです。デイトレードと称して毎日、売り買いするは、まあ特殊の部類に入ります。一般的には永く持ってサヤを取るのが株になります。

こういう時が仕入れの機会になります。では上がらない時はどうするか。持っていると配当があります。大筋で1%強です。百万円の株だと年1万円チョイの配当であります。これは貯金よりは、割がいい。私の持っているトヨタは8千円を2回に分けてくれます。

国債や県債はこんなに沢山はくれません。私は県債も持っていますが小さいです。熊本県は夕張のような事にはならないと思います。しかし心配はゼロでは、ありません。日本が潰れるような事があったとしてもトヨタは潰れません。潰れないでしょう!

ところがトヨタに人気が出たのは最近でありまして、熊本県債はともかくとして、国債は買うけどトヨタは買えない。そんな意識が続いた訳です。私の事ではありませんので、どうでもいいのですが、これは特殊な意識に属します。

株というとライブドアを連想し、国債並みに固い株があるというと……私は別にトヨタの弁明するつもりもないのですが、何でこんな妙な意識があるんだろうトいう話であります。「銀行と郵貯の金利を上げろ」というのでは難しい、そういう話であります。

さてトヨタやその他の優良企業は単位が大きい。トヨタが80万単位でキャノンが65万単位、ヤマハが35万単位……もう少し小さいのもあります。カゴメが20万弱の単位です。カゴメには株主優待もついています。

カゴメの配当は1500円弱と渋いのですが1000円相当の自社製品を年2回くれます。これを3000円強と評価するとですが、いいですなあ。風邪かなんかひいてる時に宅配で、ケチャップのたぐいが送られると元気が出ます。千円といえども現物は強い。

郵便局や銀行が、あなたの風邪の見舞いに来ましたか? 来ないでしょう? ヤマハも優待があって施設利用券と思います。詳しくは知りません。どこでもいい好きな企業を応援して、あなたも応援してもらいましょうよ。元気にやって行きましょうよ。

むろんバクチのような株もあります。好きな企業がなぜ好きか、どこが好きかを問い詰めて行く。その時、あなた自身も魅力的に輝き始める、その切っ掛けが1単位の株って事あるんです。

下がったら買って、上がったら売る。配当もらって優待とって元気になる。株って簡単です。
○コンピュータ・ゲーム3回

2007年2月26日 (月)

リハビリか、リクレーションか?

お聞きしていいですか? それって楽しみ、それともお勉強? 現実には境目はありません。最近ではDSトレーニングはゲームではないかト私は指摘しました。悪と決めつけませんが害を含むゲームの色合いが強い、あれって若返りゲームでしょう?

読書もそうです。華麗なる一族、魂萌え!……娯楽色が強いですねえ。漱石、鏡花となると勉強色が強くなります。「首長」塩田潮なんてどっちでしょう? 今、読んでるんですが……政治はあまり楽しくない。私には勉強かな。娯楽にされる方もあります(笑)

リハビリは基本的に楽しくない。痛いし辛いし苦行のイメージが付きまといます。整形手術をして動けるようにする。傷口が塞がったから体が動くかというと、動かないです。訓練して動かしますが、これが痛い。当たり前ですが訓練には、薬も麻酔もないです。

しょうがない、訓練で半分やると後、半分は日常生活で補完されます。パソコンもある程度、覚えると日常に使用するようになる。あれと似ています。パソコンも訓練しないと覚えない。覚えないと不便です。体も訓練して使えるようになるんですネ。

子供は体を使うのを苦にしません。中高年はそうは行きません。体を動かすのを嫌がる人はいます。リクレーションの色を付けないとリハビリに付いて来ません。リクリに近いリハ、リハに近いリクリ、色合いが出てきます。自費ならともかく税金を使ってのリクリには? そんな意見もあります。

厚労省は患者のリハビリに約90日、最大180日の制限日数を付けました。当然、患者側からは足りないという声が上がります。暫定措置で除外規定を厚労省は設けるが、暫定措置は基準が明確でないとする医療機関はこれを疑い、継続可能な人をも打ち切っています。

リハビリを打ち切られた患者数は21日現在の保団連の調査で、41都府県で1万4563人とも……実数はそれ以上ともいわれます。柳沢厚労省大臣の「女性は機械」発言は言葉で迷走しましたが、リハ措置では現実を迷走させ、今、患者を叩いています。

リハかリクかも問題ですが、厚労省のやり方に、もっと大きな問題があると思いませんか? 

脳疾患治療の実力病院調査より http://health.nikkei.co.jp/hranking8/index.cfm?i=20070216pn003pn

2007年2月24日 (土)

死と「火火」

死なんて簡単、誰にも出来ます。むろん、あなたにだって……怖くありません。本当ですとも、そうですね。例えて言うと小学校でやった予防注射。自分の番を列を作って待った。
「痛いだろうか」ト期待を込めて待った。あの時を思い出して下さい。

人権啓発へ向ける教育映画として上映会取り上げ「火火」ひびと読みます。主張は取り上げの骨髄バンク協力が半分。もう半分は神山清子さんの陶芸になります。モデルではなく劇に実名を出されます。作品や窯もそのものといいます。

ネットには端的に「協力ではなく神山映画にして欲しい」旨の表記があります。そこが見る方として、どう見るか難しい映画です。陶芸は知りませんが、いわゆる芸術家は、こういう面があって仮名で書かれた台本を実名へと、要請されています。

よくも悪くも名前を売らなきゃ話にならない。そういう商売だから大体そうなります。名前や作品が本物だとノンフィクションになるかトいうと、そうはなりません。映画はあくまで劇映画、田中裕子主演であり高橋伴明監督作です。

撮影中に田中さんが事故に遭い松葉杖つくと、それに合わせて進行します。杖で息子を殴るシーンがありますが、神山さんが殴った訳ではない(笑)
卑近な例になりますが私が記事を書いた時も、いったんOKの原稿がNGになり、さらに仮名のOKになる。

――どこがまずかったか、話していただけませんか?
「いえ、どこがというのではなく、本人の出たい気持ちと出たくない気持ちが揺れて……」と家族の話です。それは芸術家の場合は、まずないようです。

白血病は正確に描かれるか? 最近の難病モノは死んでいく人をリアルには描くようにはなったが、まだ現実はアアはいかない。火火では芸術家の母と対するモノとして出てくる。息子に憑く死神として描かれてるようです。

何でも知ってる私のようですが(笑)……現実の白血病患者の友人がありました。あんな喜劇のような事はしません。だからと非難するつもりはない、ですが、これは映画です。死神は出せても死、そのものを出す訳にはいかないのです。

私も死んだ事がある訳ではない。死に掛けた事はあって死はあんなモノではない……つぶやかざるえない。つぶやきも書けばつぶやきでなくなりますが、この映画はブラックコメディに近い。そのまんま東さんに東国原英夫さんが重なるのに、それは似ています。

風のように消えていく息子と、陶芸だけでは気が済まず映画でも死後に残ろうとする母……葛藤は暗い笑いを生みます。ほとんどの人が一人生まれ、日々の果てに一人死んで行きます。死とは誰にも理解されない事、忘れられるという簡単な事なのです。

2007年2月23日 (金)

一人という鳥

一人は辛いのか、それとも人付き合いが大変なのか? どっちだと思いますか? 熊本日日新聞が孤独死の増加を記事にしています。どうなのか検索をかけたら宮崎日日新聞も同じ内容記事があります。プールで泳ぐよりおしゃべりに熱心な高齢者は、私も見かけます。

ただ私は話しかけられない限りは薄情でいたい。むろん相談員の肩書き上、話す事もあります……熊日の記事を私なりに解釈しますト。県警がまとめたデータは年間277人、前年比で19%増とします。問題は問題なのですが内239人が心臓、脳疾患の病死です。

それで急死とすると、仕方がないのではないでしょうか。次に多い自殺は24人、この数字が大きいと問題ですが前年度比は出ません。実地検証した訳ではありませんが、生きてる間の自由はある程度、死にも反映します。老人だけでなく身障者も近いと思います。

生きていればいつか死にます。覚悟しなければなりません。死ぬのは多少なりと痛い。だからだと思いますが悲惨視する人があります。私は仕方がないト思います。誰でも死にます。痛くない死もない、覚悟するしかありません。

むしろ自由を謳歌した人が多かったと読んではマズイのでしょうか? 地域のつながりが薄れるのも、ある意味で自由です。老人会が合う人もいれば合わない人もいる。老人は老人同士というのが嫌いなのです(笑)私は、そういう人と話したのです。ちょおとだけね。

プールに来て泳ぎまくる、その人は温泉は嫌いです。確かに老人会は率先してプールには連れません。
「気に染まない会に会費払うのはイヤだ」という。それは、その人の自由と思います。

ただ老人会も頭が揃わないと運営が難しいそうです。温泉行きの話がまとまりそうになると、近所に声をかけます。正会員でなくエキストラでも可、なんとか参加を募る訳です(笑)しかし、あまり自由ばかり強調してもいけません。

対応としては一人暮らしの家は、新聞郵便のたまりをチェックする事です。プライバシーとの兼ね合いもありますが、郵便局や新聞屋さんにお駄賃を払って、お願い出来ないでしょうか? ひとつケータイを持ってもらう。ケータイ持たない私が言ってもダメですなあ(笑)

湯沸し器に、ポットと思います。チェックシステムが付いたのが出来ています。それ付けてもらう。風呂場とトイレには、若い人も電話増設した方がいいのです。私としては、このブログでもコンビニ弁当案を出しています。ただ新聞で見る限り餓死者はいません。

やっぱり大筋で深刻ではないト思います。一人という鳥が飛び立つ。

○ブログ内の関連記事「人は鳥になる」「賞味期限」
○徳島新聞の内容記事
http://72.14.235.104/search?q=cache:86RwE59Njc0J:www.topics.or.jp/kaigo/sasaeru/200111.html+%E5%AD%A4%E7%8B%AC%E6%AD%BB%E3%80%80%E5%A2%97%E5%8A%A0&hl=ja&ct=clnk&cd=3

2007年2月22日 (木)

コンピュータ・ゲーム 終回

端的にいえばコンピュータは瞬間に結果が出ます。原稿の直しから株の売買までこれは変りません。ある意味でストレスがなく別の意味でストレスが高い事は、ちょっとパソコンをいじると判ります。ただ、それを客観的な数値には出来ません。

明日までに原稿用紙換算で15枚の原稿を推敲し清書するのは手書きは辛い。ワープロは訳なく明日どころか1時間内に出来ます。逆に5分ごと途切れるような空き時間をつなぎ合わせ、一仕事にも出来ます。この理屈は二宮金次郎です。

子供でも判る事です。ただ子供たちは読書や学習に使わずゲームに費やします。議論が好きな大学生もいれば麻雀が好きな大学生もいる。麻雀があるから議論をしないのでなく、多分議論が嫌いだから議論はしないのでしょう(笑)

DSトレーニングに凝ったお年寄りが「私はコリしょうだから……」と言い訳する。笑いました。人間は小学生から高齢者まで同じ人間ですねえ。二宮金次郎さんにもその行動の動機を、よくよく聞いたがいいかも知れません。

話が脱線しましたが、一日仕事が時間仕事になれば、こぼれ落ちる内容も出て来ます。手書きで一字ずつ確認するのと推敲、校正で部分だけを見るのとは違ってしまう。労の内容も違えばハードも変って来ます。高級プリンターと百円ボールペンでは価格も違うのです。

出来上がった原稿料の単価は変りません。そういった矛盾の中で原稿の出来だけを、部分的に問うのも出鱈目といえば出鱈目です。たとえば使われた機器やソフトの代金は誰が払ったのか、トリックの一つはそこにある気がします。

コンピュータがらみの仕事を始めた友人は数年の間に気が短くなったト評判になりました。では、パソコンに絡めば誰でもそうか、そうは言えない。まことしやかな噂はあるのですが裏が取れないのが現実です。

「ゲーム脳の恐怖」という脳波を担保に取った本が売れたのですが同実験で同じ結果が出ない。心理学の香山リカさんのゲーム擁護も個人的な体験の域を出ないのではないか? そういう中で立てばケータイ、座ればパソコン歩く姿はMP3とコンピュータ社会は進行します。

やり過ぎるなという警告も具体的な効果は上がりません。強制は出来ない中で「飽き」は状況を変えます。飽きられれば確実に廃れる。廃れた物に価値はないのです。

2007年2月21日 (水)

コンピュータ・ゲーム 3回

島田紳助さんがパソコンを買った話です。紳助さんがパソコンで何をしたか、判りますか? 正解は株です。俗にマネー・ゲームといわれます。私もトヨタ株を持っているのは、どこかに書きました。トヨタ株は私が買った頃40万円、今80万円です。

いろいろあるのですが簡単に言うと倍になりました。理由があってトヨタを買いましたが、同時期にマツダを買ったら、その倍、4倍になりました。また間違って三菱自動車を買っていたら、その逆ですね……でも、これは投資であってゲームではないのです。

トヨタが倍になるまでには何年か、あります。それはライブドア株が上がるのと訳が違います。そうは言っても私が不労所得を上げた事には違いはなく、幾つも持っていれば外車が買えました。持ってないからアイにしたんですがね(笑)

さて島田さんは養命酒株を買ったそうです。養命酒は上がっていません。情報元は横山ノックさんで「養命酒はええで」そう聞いたそうです。で買ったら下がった。「どこがええねん」島田さんは、どう聞いたかは知りませんが……。

「飲むと体にいいねん。株と違うよ」ノックさんが答えたそうです。何でも現実につなげるのが難しい。第2回のコメントにも書いていますがパソコンは、ある人にとって文書を大きな字で読める機械です。別な人には小さな字で沢山書ける機械です(笑)……つまり株と同じでしょ。

偉い人は高齢です。老眼が悪い。自分が読めないので社内文書の文字サイズを大きくします。すると書類はかさばる。若い人は目がいい。難しい話も縮小文字で書いてしまう。封書を葉書で済まし郵便費の節約……どっちもどっちなのですが、社会全体はやや前者に引きづられます。

私と違い、島田さんは資産家らしい。それで資産の運用にパソコンを買った。私は読み上げ機械に買って、ついでに株の運用もやった。デイ・トレードでなく地道です。どうと言う事はありません。コンピュータ・ゲームをやったのなら、安い株の一つも持っていいかも知れません。

毎日、上がった下がったドキドキの日々です。ランドセル放りっぱなし、冷蔵庫のドア開けっ放しでチャットにはまる体験を一度くらい、してみたい。それはクヌギの森でカブトムシを追う体験、草深い川原でカメを見つける体験と同じドキドキがあると思います。今はどちらもデパートの屋上に売ってるんですがネ(笑)

○この回、主婦向けに食品株を勧めるはずでした。20万円で買える株があって、それ適当でした。ところが買収がらみの急騰が予想されまして地味じゃなくなった。勧誘は止めます。
○ゲームのやり過ぎ、また小説との違いや共通については「DSトレーニング」で、すでに書いています。

2007年2月20日 (火)

猫おばさん

路地裏の小さな家に独身女性が住んでいました。60才前の奇妙な印象の残る人で、奇行があるという話です。自分自身、一匹の猫を飼っていて、キャットフードを与えていました。それが自分の家でだとよかったのですが、餌やり場に空家の庭を使ったのです。

理由は、その理由を本人から聞いた訳ではありません。自分の猫だけでなく近所の野良猫に、餌をやる為と思われます。餌の時間になると自分の猫を空家に連れて行き、キャットフードを食べさせます。食べ終わると餌だけ残して猫を連れて帰る。残りは野良の餌という訳です。

誰、言うともなく、近所ではこの女性を猫おばさんトいいます。最初はそれだけの事でした。いえ、次第に近所に野良猫が増えたのです。野良猫は春先と秋にウルサい。夜、眠れない程、騒ぐのです。その野良猫と猫おばさんの関係が次第に判ります。

猫おばさんは餌のキャットフードを増やしていました。猫おばさんは庭も持っていました。いえ小さな家を借りているのであって、そこに庭はありません。猫おばさんと空き家をつなぐ路地は、道というか、細長い空地というか。誰も登録していない土地でした。

今時、そんな地があるのか? 疑問を持たれる方もあるかも知れませんが、土地と言うのは昔は無料だった。好きな所に好きなように家を建てて自分の物にしました。家も建てられない細い路地、空き地なら今もあるんですねえ。

猫おばさんはその路地に花を植えました。スイセンや小さな沈丁花の木、ムクゲやバラもありました。美しいという程ではありませんが小さな花園になりました。猫おばさんは、なぜそうしたト思いますか? 私は理由が気になるのですが……結局、判らずじまいになりました。

いえね、猫おばさんが入院したのです。家族が来て、その方面の病院にね。……大阪のさくら公園で、ハト犬の大量死事件がありました。あれは最初に60代女性が野良猫に餌をやったそうです。近隣が止めるように言っても聞かない。劇薬ミソメルは女性への嫌がらせと言われます。

気持ちのバランスが取れなくなって猫を飼う。犬を飼う。それが出来ない人は野良猫に餌をやり、ハトに餌をやります。熊本市では川の鯉に餌をやる人もいます。カモメにパンをやる人……白状すると私も以前、野良猫に餌やった口です。

やると判るのですが、あれ次第に増えるんです。雌猫は子猫つれて来ますもん。ある日、ゾロゾロ来るとうれしいですよ。しかし子猫は一年経つと親猫になります。その子猫もまた一年経つと……際限がないのです。植物はそうは行きませんが一杯にはなります。

止める事を知らないトいいます。普通の人でもそうでない人でも際限はないです。猫おばさんのいなくなった花園は枯れ木が風に吹かれます。猫のいない夜は春も星のように静かです。私などはちょっと猫おばさんを懐かしく思うところもあります。

私は今の所、猫じいさんにはならないで、心のバランスも取れています。しかし先の事は判らない。それで、なるべく文句もいいたくないのですが夜寝れないのは困るなあ。

2007年2月19日 (月)

コンピュータ・ゲーム 2回

ゲームと原稿作りが同じというのは抵抗がありますか? 私は初期の頃から同じと思いました。原稿に凝って日に3時間も4時間も原稿いじりしていました。音楽家志望も日に5時間とか6時間とか、楽器演奏するそうです。共通点という事で理解がいくと思います。

熱が入ったゲームも時間換算すると、そういう事になるそうです。手書き原稿はとっかかりが難しく入り憎いから、そうは行きません。主婦の夕飯だって、メニューが決まるまでが大変と聞きます。ところがゲームの特色は入り易い事です。

スイッチ・ポンで、もう音がして絵があってユサユサと動き出すのです。原稿も同じです。原稿も昨日までを読んでもらってプリントしてもらって「さあ、この後、どうする」ってなモンでしょう。コンピュータ関連は一般に、そういう傾向があります。

小学4年くらいかな。女の子ですが学校から帰って来るなりパソコンのスイッチ入れて、チャット始めます。ランドセル投げ出したままジュース出した冷蔵庫のドアも開けたまま1時間後、お母さんが帰って来るまで熱中、熱中、熱中。女の子はおしゃべり好きです。

お母さんはタイピングに少し問題があってチャットは出来ないんですが、メールにはハマッている。女の子に兄弟がいればゲームに向かう事、請け合い……男の子はゲームです。延長で私は原稿に凝ったというの納得されましたか? そんな物ですよ。

私の場合、ミニコミで話題になり、助成が取れ、入選作になり……要するに金になったという訳です。ゲームは疲れだけが残る。メールやチャットは疲れだけとは言いませんが、日に何時間となると問題になります……が、基本的にそう、なり勝ちです。

「もっと脳を鍛える大人のDSトレーニング」が中高年に流行っています。これはやった事がありませんが適正時間があるんでしょ? 日に10分とか1時間とか、それを越えて何時間かやる。頭の活性化に仮に効いたとしても、違う問題が出てきそうです。

手書き時に書き過ぎ腕が温かい、熱っぽい症状はありました。書痙とは違うようですがワープロに切り替えの時期でした。私は疑問なく切り替えます。ところがワープロ原稿は、文の質が落ちるト言われます。ワープロ原稿はダメと受け付けない所もありました。

いったんワープロでまとめ、手書きで清書原稿を作るなど、私も試みは続きます。

2007年2月18日 (日)

コンピュータ・ゲーム 1回

ひとからげにゲームというのは乱暴ですが、コンピュータと読み替えてもらっていいと思います。私のパソコン導入は早くはなく、それ以前のワープロ導入は1983年くらいです。そのワープロの段階でコンピュータには人格への影響の噂はありました。

コンピュータを一般化したのはゲームというと抵抗があるかもしれません。私の場合、90年くらいに読み上げソフトをパソコンに入れてワープロ原稿を校正していました。その原稿で食っていた訳ではないが、ま、近い状況にありました。

相当な原稿を処理するのに手書きでは間に合わない。前から原稿用紙をハサミで切ってノリでつなぐ事はしました。移行は簡単に進みました。パソコンの根底にプロセッサーの本質があって、文章を人に見せるゲームと、どこか私は考えていました。

ヘミングウェーはデビュー作「陽はまた昇る」をタイプライターで何回も打ち直したと言われます。紫式部は御褒美に大量の紙束をもらったと言われます。貴重品の紙がなければ語るしかなく、タイプがなければ何度もの書き直しは出来ません。何かが成立するとはそういう事です。

私は同級生2というHゲームはやりましたが、他は詳しくありません。同級生2は石坂洋二郎あたりの学園小説と似ない事もないのですが、違うものでしょう。同級生2を関心の主婦にお渡しすると、主婦は成人された息子さんに渡され、彼から問い合わせがありました。

恋愛というのも金と時間のかかる文化です。身障者には享受できるかどうか?「セックス・ボランティア」がベストセラーになったのは身障者が性を行えない現実を書いたからです。正確には健常の筆者が性を行えない、らしい。つまり読者にも、性の出来ない健常者が多くなっているらしい……と私は読みます。

恋愛や性を簡単に享受する道具として……正しい表記になるかなあ。ある意味で小説や、その手のサロンのようにゲーム機が存在するのかも知れません。現実の恋愛と恋愛小説が違うように、ゲームと恋愛も違うのです。そういう意味では目くじら立てる事は何もありません。

○ここまでの裏づけとして、95マルチを母から譲られた高校生があって、彼はそれをゲーム専用機に使ったらしい。私は彼からそのパソコンを買ったのです。
○ワープロが受け入れられたのは、悪筆コンプレックスに原因があって、悪筆でハガキや手紙が書けない人がこぞってワープロを買いました。絵に見る通り私もその一人です。

2007年2月17日 (土)

UDへの疑問

ユニバーサル・デザイン、UDのある部分には疑問が出ています。UDと似た意味にユビキタスというのもあります。

それが何かを意識させず、つまり見えないままに「何時でも何処でも誰でも」そういうインタフェースをいうのですが、それはあり得るか? やはり意識しないとマズイのではないか。

例えば身障家族がいるから洋式のトイレに変えたとします。和式より洋式がUDです。お年寄りも子供も馴染み易い……でしょうか? 今は小学校も洋式がスタンダード、和式全廃も検討されています。

それが流れに添うように見えます。ここで医師が「女性の尿漏れ、失禁が洋式便器から多くなってないか」と声を上げました。

子供が相撲に弱くなったのは和式トイレを使わないから……そういう弊害も言われています。腰が弱いとスポーツ全体に波及します。体が弱いのは受験にも弱い事を意味します。家を全部、洋式トイレにするのは少し待って見ませんか?

建築家、荒川修作さんが段差や斜面を多用した建築を提唱されているのは、ここでも書いた通りです。弱った体はあきらめるか、鍛えて強くするどちらかしかないとすれば、あらかじめ弱る事に備えるUDは、人によって間違いという事になりかねません。

必要な人に必要なだけでいい。過剰な便利は便利とは言えません。不自由に物で対応するのも少し待って見ませんか? 体を鍛えて対応する事はできませんか? もちろん無理はいけませんが、少し試してからでも遅くないと思うのです。

○「日本の便所」便器の章、3、和式に尿漏れとの関係記載があります。
http://wpedia.search.goo.ne.jp/search/%C6%FC%CB%DC%A4%CE%CA%D8%BD%EA/detail.html?LINK=1&kind=epedia
○荒川修作 http://innovative.jp/2005/0713.html