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2006年11月

2006年11月30日 (木)

パソコン帰る

パソコンが帰りました。マザーボードを変えたと言いますから元とは違いますねえ。早くなっています。体感できるほど早いんですから、まあ早くなっているんですねえ(笑)これでは日本語になっていません。ギャオ画面が円滑に出てきます。

パソコンを買ったのは去年末です。かれこれ一年後の大幅変更、何だか妙な気分がします。パソコンを買うとすぐブログを始めます。文を書いてそれに絵や写真を挿入は前からやっていました。が、毎日はしていませんでした。

それが毎回、文と絵の処理が交互です。円滑とは行きません。私がギクシャクしているのか、パソコンがギクシャクしているのか、よく判りませんでした。こんなもんだろうと思うところもあり、首をかしげる所もあり、そういう感じです。

これを問い合わせると販売店は8月段階で変だと気がつきます。
「メーカーを通してくれ、修理しよう」意味の事を言ってきます。ところがメーカーはリカバリ、ついでメモリ原因を言います。メモリを変えると感じは変わります。

それで部分が判らなくなるのですが、全体なんだか変はまんまなのです。事々の、これはどういう事ですか? 問題点を指摘をして問い合わせるとマザーボードではないか、話が出てきて、やっと今回の運びとなる訳であります。

省略しながら書いていますが、事態がややこしく厄介というのか、困ったもんですなあ。ただ、中を開けたので、ひとつ詳しくなり、ついでの静音化に対策をしました。メーカー採用のハードディスクドライブは音がうるさいのです。

HDDの振動が、本体ケースに伝わり、音となって広がるという物。HPの掲示板からの情報を応用して、静穏化には成功しました。もう一つ夏場問題になる、ファンの音を小さくする方法があるんですが、それは今後に残します。

モニターの方も液晶に変えましたので、そちらのリポートもやりましょう。目の疲れは少なくなりました。前のブラウン管とは違います。ただ疲れなくなるとやり過ぎますから、同じではあります。たとえばギャオを見るとプラマイゼロでしょうね(笑)

前からモニターには反射防止を兼ねたフィルターをかけていました。それを外すつもりでしたが結局、液晶になってもかけ続けます。目の保護は大切だと思います。

それから液晶からは有害な電磁波は出ない、出ても少ないといわれます。頭痛、パソコン特有の不快感がない、どうでしょう? 感覚的には出てはいる気が、私はします。

●ハードディスクの静音化は具体的に書いていませんが、追加記載しますと、組み込みをせずにHDを箱内に放置します。
箱の中、床に文庫本など電気を通さない物を置いて、その上にHDを安置するなど、組み込みをせずに置くと、ノイズが広がらず小さいままになります。
現在08年5月ですから一年半、異常はありません。むろんパソコンの移動の時は気をつけて下さい。

2006年11月29日 (水)

犬小屋に子供

子供を、犬小屋の上に寝泊まりさせたニュースが出ています。虐待の形として、同じ家内や部屋に入れず別にするケースがあります。ニュースでは健常9才児ですが、父親が違うのです。身障児や老人を犬小屋や床下に寝かせた事は、戦前もありました。

ニュースの場合もトイレを汚すとして自宅のトイレを使わせなかったトあります。戦前も、病気で汚い臭いというので家畜小屋の隣に住まわせた子はいたようです。下の締まりが悪くなったので老人が床下に寝かされた、そういう話も聞きます。

熊本は昔、暑さ対策で床が高くした家があり、そのスペースで鶏を飼ったりしました。近県もそうでしょう? 動けなくなったとはいえ実の母、父を床下に押し込んでしまうのですから、親に孝行も言われるほど当てにはなりません。

「戦前はよかった、こんな事はなかった」それはウソです。当時はニュースにならなかっただけです。最も聞き書きで私も戦後の生まれで御座います。実際、見た訳ではありません。米国南部を舞台に知的障害者を描いた映画を見ていますと、家の隣に小屋を建てて住んでいた、そういう主人公がありました。

パソコン故障で検索出来ません。タイトル思い出せないのが悔しいですねえ。実際、そういう事はあるもんです。ニュースでは義理の親子ですが義父が関係を拒否する訳です。ついで実母も拒否します。それで虐待になります。よくない悪いは判ると思います。

誰の目にも明らかなのです。このニュース、子供は保護されています。今まで誰の目にも明らかな事を見逃しました。変な家族が一つあって、気がつかない人がいて、見過ごす人がいて仕事にもかかわらず知らんふりする。そういうのが重なって、やっとセーフ、今度は間に合います。

昨日、女優をコントの中に組み込んで行こうとするタレントの演出力の話を書きましたが、力がないのは個人なのか社会なのか。よく判りません。技術的な問題なのか文化的な問題なのか、判りません。書いても仕方がない事かもしれません。

でも、やっぱり書いてしまいます。この所ちょこちょこ、こういったケースが目につきます。悪い事にならないにしても、私たちの関係を築く力、いろんな人を抱え込んで生きていく力が弱くなっていますねえ。

http://www.chunichi.co.jp/00/sya/20061128/mng_____sya_____013.shtml
○映画「スリング・ブレイド」ビリー・ボブ・ソーントンが監督・脚本・主演を兼ね、アカデミー脚色賞に輝いた野心作。かつて母の浮気相手を殺害した男と孤独な少年との交流を通し、人の心の在り方を綴る。

2006年11月28日 (火)

お笑い番組

お笑い番組を実は見ません。ハンサムは2枚目を売りスマートさんはスタイルを売る。3枚目はドジか不細工を売る訳ですが、それが最近は見ていられないのです。ドジや不細工は悲しいことであって、どうも芸として見られない、そういう所は前からありました。

現実、二人で話している時、
「ボクはモテないんですよねえ」なんて言っていた青年が、仲間が来ると急転して不細工ネタの笑いを取りに行くのは何ともやりきれません。こんな風景も、いつのまにやら普通になって、私はついて行けなくなったのです。

境界線は多分、タモリさんとさんまさんあたりだと思います。一時「笑っていいとも」を録画して見た事があります。タモリさんという人は、人が見せるスキというか、動作のギクシャクに分け入り、笑いを作り出すんですねえ。

さんまさん、タケシさんは笑いの来る時間を待っていて、相手方が約束で振るんです。暗黙に約束の台本があるんです。タモリさんの場合、あるのもあるでしょうが、ないのもある。そこが違います。かなり前の話ですよ、これは……

それでゲスト女優がテレホンショッキングで来て、コーナーが終わって……普通は帰るんです。それが残って、さんまタモリのコーナーに移ります。推測ですが女優は、さんまさんのファンと思います。しかし、さんまさんは自分の笑いを取るのがイッパイいっぱいです。

タモリさんはコーナーの約束を微妙に変更して、女優を引き込もうとするのですね。女優は入ろうとして不器用で入れない、さんまさんはイラつく、タモリさんは再度を試みる。スリリングな展開でしたねえ。私はビデオを時折、取り出して見ていました。

最後に飽きて消してしまいました……多分それは簡単には出来ない技だと思います。二人を見て、間に流れるというか共有されているルールを読み取り、三人目として参加する。その時、入る側も入れる側も苦労するのです。

女優には酷かもしれませんが、タレントはそういう商売です。美貌の女優はやがて引退します。さんまさんの今のトークは、ある意味でタモリ方法を受けついでいます。タモリさんはある意味で、その時の勢いをなくしています。

親は家にいませんから若い人はTVから人間関係を学ぼうとします。今は台本の人間関係です。ヤラれる事でギャラが出るタレントは、いつもヤラれて商売になります。家庭でも学校でもヤラれる生徒はヤラれる一方では成長は出来ませんなあ。

身障者が難しいのはそういう意味と重なります。今は人間関係がやせています。不細工やドジが生理的な笑い、反射的な笑いに変わる事はあっても、もう少し豊かな笑いは生まない。最近、それが顕著です。つまらないト私は思います。

2006年11月27日 (月)

生きる価値

生きている価値は下がっているのでしょうか。近代的な純文学では、あの世や来世はない事になっていて、一部にしかあつかわなかった。ミステリーでも大体そうです。来世やあの世がズッーとあったのはマンガでした。

私は中学に行く時に、もうマンガ読むのよそうト思い、自分で判断した作品以外を止めました。それが切っ掛けで結局、完全にマンガ読まなくなります。中学の隣に図書館があって、当時はマンガを置かなかった。それも理由になります。

今はちがいます。高校だろうが大学だろうがサブカルチャーでは、あの世も来世も何でもあり。文学でも「リング」あたりは親の因縁が平気で子につながります。科学のウラづけはなくてもいい事になっています。

確かに来世あの世があった方が広がります。作品世界では広い方が面白いのです。私の時代だと江戸川乱歩、夢野久作がありまして、科学的なウラがなくてもいいんです。荒唐無稽に広げるだけ広げた話を書いています。

この続きは来世にとか、この世じゃハッピーエンドにならないけれどもあの世でハッピーエンドになるだろうとか、好きなように書く訳です。この今に答えを出そうと読んだり、さしあたって参考にしようとするとガッカリします。

私の場合、身障者でありまして親に物を聞いても、親の意見は健常者ですから参考にならない。そのうち図書館で大人の本を借りてきて読むようになります。一番、参考になったのはシェークスピアです。あの人は科学は知らないのですが近い認識があります。

なぜなのかは判りません。ハムレットなんか刃傷沙汰はいいが、俺は死ぬのが恐い。縮めるとそういうんです(笑)侍は刀ぶら下げているから覚悟が出来てる、死ぬのも恐くない……ウソです。いくら先祖が武士でも自分の腹は切れません。

怪しい常識を批判もなく、うのみにしてはいけません。それはともかく、死ぬのが嫌だからなるべく親の仇も討ちたくないトいうのがシェイクスピアです。ところが熊本は肥後藩、赤穂浪士なんかの受けがよい土地柄ですから……そっちの話をうのみにしたい人もあります。

医者とか科学者の卵をたぶらかしたのが麻原照光、松本智津夫という事になります。字はこれでよかったかなあ。ああいう人にはがっかりしますが、ああいう人にだまされる人にもがっかりしますねえ。

生きる時間に物差しを当てて意味を計るのです。今時分、空の青さ、木の葉の散る音、枯れ草の臭い……これを感じる事。人の声の高さ低さ。他愛のない話、ある話、そして約束……生きる価値は約束を果たす時に深まります。

2006年11月25日 (土)

自殺の動機

イジメに色々あるように自殺にも色々あります。イジメからの自殺か、そうでないか解釈も色々あります。私が知っているのは身障者が自殺を意識している事です。最近の「いじめ自殺」は、これがもしあったとしても私は直接は知りません。

酔っぱらうと自殺を口にする身障者は珍しくありません。どれほど本気かは判りませんが、健常者に比べると多いです。ではなぜ死にたいかというと、痛いキツい辛い……その他があって親に申し訳がないのです。多分、これは有力な理由です。
○自殺については過去「自殺防止」を書いています。検索ください。

親孝行というと古いのですが、人と人の間には大抵、暗黙の了解があります。子を育てるには教育費がかかりますが、成人した折りの返済は普通、行われません。漱石は養父にこれを返そうとしました。養父も要求しました。

色々ある暗黙の了解の中で「家の手伝いはいらない、自分の勉強しろ」というのは「出世して私の老後を楽に、出来れば贅沢をさせてほしい」そういう意味です。露骨にはいいませんが端的にいうと近いんでしょ? 親にそう言われると身障児は辛くなる。

親に暗黙の了解があるように友達にも暗黙の了解があります。恋人にはむろん女房となると必ず、子供や家族に求められる物があります。最近は少なくはなりましたが地域にも暗黙の了解があります。もう少し明らかにすると、これは「責任」になります。

生きている責任の重さを漠然と感じる時に、身障者は漠然と自殺を考えたりします。事々へ責任を負う自信が持てない。ここらあたりから推測して自殺をしたい子も、そうではないか。当て推量で私はいうのです。学校にやってもらった親に申し訳がない、死んでお詫びではないか。

ここが当たっているかいないか自信はありません。再三いいますが私はひとりモンです。子供はありません。私のいう事が当たっているトしたら、子供の責任の荷を軽くしてやって下さい。少なくとも今だけは……10年後の、20年後の分割返済にしてやって下さい。

漱石は「それから」という小説で悪ぶった自分を出します。俺は俺だ、何で悪いんだ。友人から奥さんを取り返そうとする男を書きます。「こころ」では2人の男が自殺します。訳の判らない理由で行き詰まって死にます。

どちらも漱石の分身です。自分から一度あげたとはいえ、奥さん取り返すには責任がありましょう。法律的にはともかく育ててもらった恩義は一生続きます。道徳の時間で全額を返すようにいうなら、子供が死にたくなる訳になる、かも知れません。

伝わったかなあ。チト不安です。

2006年11月24日 (金)

グロテスク2

多分、能力というのは決まっている物だと思います。私自身は小学生の頃はあまり努力しないでも成績がよかった。中学生になるとそうは行かなくなります。それでも少し努力すれば成績は上がります。やがてかなり努力しなければ成績が上がらなくなります。

その先に努力しても努力ぐらいではどうにもならない世界が待っていると思いました。努力すれば誰でも東大に入れる、入れないのは努力が足りないからだ。そういう考え方があります。子供を持つ親がいう言葉でもあります。

桐野夏生さんは小説「グロテスク」の中で「頑張る信仰」と書いています。登場人物はそれを宗教がかっているト批判します。漱石が生きていた頃、世間では立身出世という生き方をしました。漱石も東大教官として、そうしようとします。が、失敗します。

子供を学校にやる形で立身出世は今も続くのかも知れません。身障者になった私の問題は、それが無理という事でした。小中学の9年で自分の限界を判る子もいれば、高校で限界を感じる子もいます。誰でも行ける東大では、実はないのです。

受験は1点を争います。人間性や生きる実感のすべてを麻痺させ1点を追う人に成る。病室で寝ているとそれは空しく見えます。今時分、クリスマスのネオンが見えましょう。学生は来年のネオンに向かって生きます。

病気の子は来年のネオンが見られないと思う。これが最後と思うのです。だから進学も就職もありません。親の期待に添う添わないもありません。そもそも子供は親の期待に添いたいと思っています。私もそれどころではなくなります。

桐野さんもどうやら、そういう体験をしたらしい。高校生の癖に学校を空しく感じる子供を描写します。ちなみに成績の悪い子の孤独とは、親からの愛、その喪失の予感です。頑張りたくて頑張る子はいません、多分……(笑)

親に愛されたいから頑張るのです。ガンバレと言われるから頑張るのです。もう無理と判っても無理と言えません。親も子供だった頃を思い出せば判るはずが、思い出しません。ウチの子はまだまだ出来ると思うのです。

桐野さんは思うほどに親から愛されなかったト思います。事情は判りませんが、それで歪んだ世界を書いて行くと思います。そこには親の期待に添えなかった罪悪感が感じられます。漱石の小説の主題もまた、犯してはいない罪への罪悪感でした。

2006年11月23日 (木)

友情か、いじめか? 報復

クラスのボスについては少し情報がありましたが、詳しい情報はなかったのです。何にでも強いはずのボスは、私から見ると影が感じられました。小学6年、私の関係位置は別にして、今回ナンバー2と3の話から続けます。

ナンバー2「話がある」
ナンバー3「来てくれ」
――はいはい。
2「ボスをヤリたいんだ」
3「体力はオレが上だ」
――そういう話あるの。
2「前からある。あるけど切っ掛けがつかめない」
3「前はボスの方が体力あったけど、最近はオレが強い。いっぺんヤリたい」
――判った。私の役は?
2「見ててくれればいい」
――何だ見てるだけか! だったら。
3「見てるだけで違うんだ」
2「違う! それにヤラれればボスも変わる。本人にもよくなると思う」

遅すぎたクーデターの話でした。もうすぐ卒業となった時にそんな話が出ます。いつかボスも小さくなって、クラスを仕切っていたのは私たち3者同盟でした。私はボスにヤラれた体験がなく、2人には昔の恨みが残っていました。

――どうしてもというなら、むろん合わせる……もういいだろう。後味、悪くないか?
ややこしくなるので書きませんが、ヤラれるよりヤル方が後味が悪い。後で聞くと消えないといいます。むろん2人は知らないように見えました。そういう訳で昔は障害児でもクラスのボスに対抗できました。クラスの誰か一人と組めば、別の一人とも組めました。

苛めっ子は無意味にイジめるのではない。何かを弱点を抱えています。自分の弱さを守ろうと攻撃してくるのです。苛めを見過ごそうとする人も、つまりは自分が苛められるのが恐い、それがイジめの構図です。弱点を逆手に取れば……今は時代が違うのでしょうが……

報復の話は立ち消えになり私たちは卒業しました。10年後、クラス会をしました。私はクラス会の最初の方からタッチしていました。名簿がなく記憶を辿って友人を集めます。何とかクラス会が終わった時に、私たちはボスに声かけなかった事に気がつきます。

報復は予想しない形で、なされました。誰かが仕組んだのではありません。完全に私たちは忘れていたのです。
「今度やる時には呼んでくれ」後でのボスの言葉です。しかしそれぎりクラス会は開かれませんでした。

今も何か方法があるような気がします。英国が同じように苛め問題を抱えるそうです。英国が取った方法は、イジめっ子のいる家庭に責任を持たせました。子の苛めは親の責任、確かにひとつの方法です。

2006年11月22日 (水)

パソコン故障中

95ノートで動いたという事は、98デスクトップも動くはずです。そこを何とか漕ぎつけての昨日からの更新という訳であります。しかし大変です。たったこれだけの事が、何時間かかった事か。ああ、やだやだ誰がパソコンなんて物を作ったの?

出来て当たり前、出来なきゃ……それほどの事はない。それはパソコンが便利な道具という側面を越え……ある種、見栄をはる道具としてある。そういう意味になります。ブログを書くのも見栄の側面があります。

Yahoo動画に「コントロール」という無料映画がかかっています。札付きの殺人鬼に薬を飲まして、その性格をコントロールしようと密かな計画でありますが……物語は意外な進行になります。レイ・レオッタが殺人鬼役に挑みます。

バイプレイヤーで慣らした的確な演技と、印象的な目線、エネルギッシュというかセクシーというか、女性ファンの多い俳優さんです。対する薬物学者にはウィリアム・デフォー、台本を書いた事もある知的なムードの、これまた女性受けのいい脇役俳優さん。

二人の演技合戦で濃厚なドラマが進行します。殺人鬼にも少年時代の心の傷がある。別れた妻の別れの理由。会社と社員の駆け引き。被害者家族の持って行きようのない鬱憤……それらの事々が説得力を持って描かれます。解決はされませんがネ。

いい映画である……そういう感想も見られます。私もそう思います。地味な映画でも満足できる人には打ってつけ。でもねえ。パソコンで映画はムリがあるようです。高い性能を要求されトラブルが続出している。

買ったばかりの高性能パソコンでない限り、見ない方が無難ではないか? そういう感じがします。モデムがとんだ、リカバリ仕直したという話を聞きます。お近くにツタヤやゲオがあれば、それで間に合えばレンタルがいいのではありませんか? 今の所は。

友人がDVDコピーに拘りまして、結局、うまく行かなかった事があります。友人は基本ソフトがウィンドウズMEですので、性能の限界ですねえ。DVDを何枚か焼き損なって、やっと諦めた事です。時代はどんどん進んで行きます。

次々、方法は出てきます。動画メールを送るのも普通の事になっている昨今です。それが出来る性能のパソコン、出来ないパソコンあります。他人がやったから私もやろう……それで故障もあります。はい見栄は張りません。私のパソコン故障中です(笑)

2006年11月21日 (火)

友情か、いじめか? 5

読んでいる小説「グロテスク」が、女子高校内の場面に入ります。進学女子高は、男子高とは違うようです。むろん私の頃と年代も違い、ブランド服でおしゃれを競うあたりは、男子校とは違います。いえ、私も男子校に行った経験も、あるにはあります。

小説に登場の女子高生は、級友からのいじめ対策にノートを見せています。丸々見せるのは屈辱とダブルノート、簡約版を作って同級生に貸すのです。級友はそれを重宝して虐めターゲットを別に向けます。まあ、どこかの誰かさんと似たような手です(笑)

いじめは虐める側と、むろん虐められる側に分かれます。虐める側を教育しろ、ないしは倫理を強化しろ、そういう指摘があるのですが、あたらないと思います。受験教育はそのままでという事なら、何をやっても大差ないト私は思います。

受験が圧になって、その掃け口としてオシャレがある。ダサイ生徒が虐められます(小説の中では)受験戦争がオシャレ競争に転移しても、まあ似たような物でしょう。小説では主人公ら数名が群れから外れようとます。

受験戦争もオシャレ競争も冷ややかに見ている、ある女子高生は、クールでかっこいいト同級生にいわれます。現実の桐野さんはミステリーから小説に入ります。「女性でハードボイルドをやりたかった」そういう意味を言います。これ、おそらく桐野さんの分身でしょう。

兄貴役をやっていた私も、実は虐められ役から逃げただけでしょう。 小学校時クラスのボスは、頭がよく顔がよく武道を習っていました。私はクラスのナンバー2に近づき、同盟を組みました。そして対抗してやっているとナンバー3が近づいて来ました。

いえ今、ナンバー2は私か、元ナンバー2か判らなくなっていました。ですから近づいた彼はナンバー4になります。この強力同盟を前に、かってのボスも、もうボスではなくなります。ふと見るとボスは、老けて見えました。

――ボスの家庭はどうなの?
「家庭? お父さん地味で、お母さん派手だねえ」
家庭がうまくないのではないか。虐めは、そのはけ口ではなかったか。その時分から私はボスをそう見るようになります。

家庭であれ、身障であれ、不幸が子供を大人にします。そういう側面があります。大人になりたかった訳ではない、気がつくと自分だけが大人になって、もう子供には帰れない。それが虐めっ子の虐めの理由のひとつです。全部とは言いません。

いじめシリーズも5回になり、まだ終わりません(笑)見通しは立ちませんがもう少し続けたいと思います。

2006年11月19日 (日)

お茶はいかが?

まあ、お茶でも入れますか? と、いう時に飲物は何を使います? 文字通り日本茶が多いかなあ。安いのはウーロン茶か麦茶でしょ? で、私はコーヒー!(笑)そうなんですね。各人各様、何だっていいんですが実際は何通りかに限られます。

飲物にも特有の性質がありイメージから来る物もあります。後者はあまりあてになりません。コーヒーは高価なイメージというのも今ではなくなり、日本茶のありふれたイメージも今は高級化しています。金額的には日本茶が高価です、多分……

贅沢なのは飲物も2番目には別な飲物という方が贅沢です。一杯目はコーヒー、2杯目はお代わりでなく日本茶、むろんウーロンでも麦茶いい訳です。最近は冬でも麦茶あります。いいでしょ(笑)そうすると水というのもありですね。なんだかストレート・ウィスキー飲んでるみたいですがネ。

コーヒーも2種類、ブレンドを作っていてAブレンドの次はBブレンド、もう一杯というとAブレンドにもどるんですが……それも贅沢ですね。昔は私もそうだったのですが最近は、ウーロンですね(笑)年にもよりますねえ。

コーヒーとウーロンを交互に飲みます。どちらにしても入れる水が大事ですから、近所の湧水を汲みに行きます。熊本は阿蘇があって地下が軽石の貯水槽みたいになっています。あちこちで湧水が出ます。これで入れると、うまいです。

私も若い頃は、その辺の事情は判りませんで、水汲みなんて行きません。コーヒーの価格の高いの入れればいいかと思っていました。まあ、そこそこのコーヒーでもおいしくなります。昔はグラム350円を使っていました。

今は極端なの500グラムで350円のがあります。これを45度〜50度の低温で抽出しますと、いいですな。そこそこ旨い。けっこう旨い。ただし新しい間は、そうです。袋を開けてすぐという意味もありますが、工場から出荷してすぐ、出来立ても大事です。

あと豆で買うか粉で買うか、自宅のミルも問題になります。店に自由に使えるミルがあるなら、100グラム単位で一日置きに挽きに行くとか、めんどうな手もあります。何にどれだけ手をかけ、どこの手を抜くかが問題です。

またコーヒーの話に傾いてしまいましたが、お金も同じだと思います。金かけたい所はどこにするか、どこの手を抜くか裏表になっています。最初の話にもどします。飲物は何にしますか。その理由は?

○プルトップ車椅子、高速とETC……話題を考えましたが今日はボツ。